表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
槻影閑話作品集  作者: 槻影
2015年クリスマス
1/7

クリスマスの準備をせよ(堕落の王)

堕落の王のクリスマスネタです。

本編を二部まで読み終えてから読む事を推奨します。


本編はこちら


堕落の王

http://ncode.syosetu.com/n4760cl/

 いつも通りベッドの中から頭を出してぬくぬくしていると、ふとサイドテーブルに乗っている卓上カレンダーに気づいた。


「十二月二十四日、か……」


 魔界の四季は日本ほどに顕著じゃない。多少気温の上下と天候の変化はあるようだが、それも一年の大多数をベッドの中で過ごし、おまけに高い耐久を持つ悪魔である俺にはあまり関係ない。

 今の俺は何時間だって眠れる。眠ろうと思えばまだまだ眠れたが、ふと頭の片隅に引っかかる所があり、カレンダーをもう一度見た。


 十二月二十四日……何かあったような。


 首を傾げた直後に、答えに思い当たる。忘れっぽい俺にしては珍しい事だ。


「あー、明日はクリスマス、か……」


 人間だった頃に存在した風習だ。

 悪魔に転生してからもう長いが、人間だった頃の記憶はまだ色濃く残っている。それだけ悪魔に転生してからの時の流れが薄いという事なのだろう。

 思い出を想起しながら独り言をする。


「そういえば、ケーキとか食ったなぁ……」


 胸中を満たすのはどこか切なくなるような、眼の奥がつんとくるような郷愁だ。

 人間だった頃、子供の頃に家族と一緒に祝った記憶。社会人になった後、仕事帰りにコンビニでケーキを買って一人食べた記憶。多分、あらゆるリソースを睡眠に割り振っていた俺が社会人になってからもそれを祝ったのは、今思えば幼少時の楽しかった記憶が残っていたからなのだろう。


 転生後のこの世界を何と呼称するのかは知らないが、恐らくこの世界ではそんな風習ないだろう。

 全然詳しくないが、クリスマスの起源は確かイエス・キリストが生まれた日だった……と思う。流石に異世界にイエス・キリストはいないよな……。


 寝返りをうち、天井に視線を向ける。


 だが、変な所で転生前の世界と風習が一致しているのも事実。そもそも、この世界に転生した者も俺だけではないのだ。

 全部で何人いるのか知らないが、俺のような者が転生しているのだ。数自体はそれなりにいるだろう。クリスマスの風習の欠片が伝わっていてもおかしくはない……のか? おかしい……か?


 そこで、考えるのが面倒になってくる。誰かに聞いた方がいいか。

 面倒臭いが、転生前の記憶は俺にとって唯一色褪せない記憶でもある。


「今のスキル()があればサンタを捕縛するのも楽勝だな……」


 自分の考えに布団の中でにやにやする。

 勿論、存在しない事を知っている。が、しかし、想像するのは自由だろう。

 怠惰を成すためのスキルは戦闘では大して役に立たないが日常生活を便利にするスキルの数々だ。それにプラスで超広範囲の知覚を持ってすれば赤帽子の怪人、恐るるに足らず。

 逆にこれで捕まえられなかったら、サンタクロースはどの魔王よりも強い。


 忘れてしまう前に、布団に潜ったまま脚で探る。すぐに脚が柔らかい感触にぶつかった。殺してしまわないように注意して何度もつっつく。


「んむ……みゅ……?」


 すぐにベッドの中からもぞもぞと女が這い出てきた。

 ピンクの髪に真紅の瞳の十代半ばくらいの女だ。そこそこの力を感じるが、寝癖で髪が跳ね眠そうに眼をこすっている様子を見ると歳相応の少女にしか見えない。

 いつの間にか『怠惰』を得て、それから度々潜り込んで来ている寄生虫のような悪魔だった。面倒だったので放置していたが、こういう時に呼び出す手間が省けるのを考えるとなかなか役に立つのかもしれない。ベッド広いし、後二、三人はいけるな多分。


 淡いピンク色のパジャマを着た女はしばらくぼんやりとこちらを見ていたが、状況の把握が出来たのかすぐに顔色が蒼白に変わった。これが今の唯一の俺の部下らしいが、こいつ仕事してるんだろうか……。


「にゃ……あれ!? は、はい! 何か御用でしょうか?」


「クリスマスってあるのか?」


「……へ?」


 単刀直入な俺の問いに、女は目を丸くした。




◇  ◇  ◇



「クリスマスってあるのか?」


「……へ?」


 何を唐突に。


 いつも通りベッドの中に潜って睡眠を貪っていると、脇腹をつっつかれ起こされた。初めての経験だ。

 この世界で他に例を見ない怠惰の魔王であるレイジィ様は怠惰の悪魔初心者の私なんかより余程睡眠時間は長い。最近は私も結構眠れるようになってきたが、それだってレイジィ様の足元には及ばないのだ。もはや起きている時間の方が短いくらいである。

 そんなレイジィ様に起こされるというあまりに現実離れした状況に、先ほどまでぐっすり眠っていた私の頭はついていけない。


 慌ててベッドの中から抜け出し、レイジィ様の目の前に片膝をつけ跪く。例えレイジィ様が気になさらなくても、臣下の礼は忘れてはならない。


 ……私、パジャマだけど。


 私の動作を見ても、レイジィ様はさも面倒臭そうに視線を向けるだけだった。もう一度言葉を出すつもりはないらしい。

 仕方なく、唐突に投げられた言葉を必死で考える。あのレイジィ様がわざわざ起こしてまでかけてきた言葉だ。どれだけ重要な話か……。


 レイジィ様の目の下に刻まれた隈を見ながら考える。


 クリスマス。クリスマス……か。

 聞いたことがある単語ではある。確か、人族の間で広まっている風習だったはずだ。

 私は地上に出たことがないし、人間なんて興味もなかったのでよく知らない。


 だけど、あるかないかで言えば、『ある』が回答になるだろう。多分。

 人族の風習とレイジィ様に何の関係性があるのか知らないけど。


「……確か、地上にはそのような風習があると聞いたことがあります。この地であるかどうかはちょっと……」


「そうか」


 いつも通りの表情でレイジィ様がただ一言返した。

 駄目だ。これじゃ駄目だ。レイジィ様の深謀に、期待に、添えていない。

 でも、私にはわからない。だって私、生まれた時から悪魔だもん……。


 私はしばらくパジャマの裾をいじりながら必死に考えていたが、何だか面倒になってきたので他人に投げる事にした。

 もしかしたら怠惰を得た結果かもしれない。


「私は詳細を知りませんが、リーゼなら知っているかもしれません」


「リーゼ、か」


 レイジィ様がため息をついた。


 次の瞬間、リーゼが隣にいた。何の前触れもなく現れた気配に心臓が大きく打ち、その場から飛び退く。

 だが、リーゼ自体の驚きはその比ではないだろう。まるで夢でも見ているかのような表情で室内をきょろきょろと見回し、最後にレイジィ様の方を見て呆気にとられたように口をぽかんと開けた。


 果たしてレイジィ様が起きている事に驚いているのか、あるいは今レイジィ様が行使したのであろうイカれた力に驚いているのか、それとも両方か。


 どちらにせよ、リーゼ……ご愁傷様です。


「な、ななな、なななな……」


 唇を震わせ、しかし意味を成す単語が出てきていないリーゼを眺めながら、私は自身の役割が終わったことを悟った。


 そして、思った。

 今の力便利だなぁ……私もいつかできるようになるかなぁ……。





◇  ◇  ◇





 ハード・ローダーの動向について報告書をまとめていたらいきなり視界が切り替わった。

 ハード・ローダーの居城、閃鬼殿(せんきでん)の一室から影寝殿のレイジィ様の寝室に。

 余りに脈絡がなく、余りに前触れのないその変遷に脳内が空白になる。


 隣に傅くパジャマ姿のミディア・ルクセリアハートの姿がその意味不明感に一層の拍車を掛ける。


 な……何事!?


 慄く心臓を沈め、口を開くが、余りの混乱に出てきた言葉は意味を成していない。


「な、ななな、なななな……」


「クリスマスって知ってるか?」


 そんな私を完全に無視し、世間話でもするかのようにレイジィ様が声を出す。

 久しぶりに聞いたレイジィ様の声はさすがレイジィ様、と感心するくらいにレイジィ様な声だった。何言ってんだ私は。


 私を転移させたのはレイジィ様で間違いない。私はレイジィ様の持つ瞬間移動のスキルを知っている。恐らくそれの亜種だろう。

 仕事の途中でいきなり転移させられたが、怒る気にはなれなかった。敵対する魔王が現れても自ら行動しなかったレイジィ様の招集だ。並大抵の事ではない。


 次の言葉を出す様子はなかったので、レイジィ様の言葉を頭の中で反芻する。レイジィ様から意見を求められるなんて初めてかもしれない。


 クリスマス……クリスマス……ね。

 脳を限界まで回転させ、今まで積み重ねてきた知識から該当のキーワードを検索する。

 結果はすぐに出た。確か、地上で存在するイベントだったはずだ。魔界ではそれほど有名ではないが、それでも魔界まで知れ渡っているという事は、相当に大きなイベントだろう。


 詳しくは知らないが、聖人の誕生日だったはずだ。


 聖人。悪魔にとって敵と言ってもいい者である。それがレイジィ様に対して何の関係があるのだろうか。そもそも、魔界は愚か自室から殆ど出ないレイジィ様からそんな言葉が出て来るとは思わなかった。


 私は内心、首を傾げながらレイジィ様に回答した。


「確か……聖人の誕生日だったはずです」


「明日だ」


「……へ? クリスマスが、ですか?」


「ああ」


 レイジィ様が重々しくベッドの中で首肯する。そして、言葉を続けた。


「今日はクリスマスの前日……クリスマス・イブだ」


「……なるほど。そうでしたか」


 卓上カレンダーにちらりと視線を向ける。十二月二十四日。


 それが何なんだよ。

 そんな思いが脳裏をめぐるが、それを口に出すことは私のプライドが許さなかった。

 何より、レイジィ様がわざわざ私を呼び出す程の事態なのだ。あの怠惰を司る王が私を呼び出す程の事態なのだ。意味がないわけがない。何か重大な意味があるはずだった。


 いつも通り、暗い表情のレイジィ様を見ながら必死に考える。わからない。私を呼び出した意味がわからない。


「……聖人の誕生日、ですか」


「……」


 聖人の誕生日と悪魔の王たるレイジィ様の関係性。

 誕生日という事は一年に一回来ているはずだが、去年はそんな事を言っていなかったはずだ。そこが余計に意味がわからない。

 私は内心、首を傾げながらカマをかけた。


「……準備が必要……だと?」


 私の言葉に、レイジィ様が眉を顰める。身体全体に伸し掛かる重々しい空気。プレッシャー。

 やがてレイジィ様が面倒臭そうに首肯した。


「……ああ」


「!! はっ、了解しました」


 何の準備をするのかわからなかったが、ヒントは貰った。

 悪魔の中には人の風習に詳しい者もいる。確認するのは難しくないだろう。

 問題は時間だ。壁に掛けられた時計を見る。現在時刻は正午を回った辺り、翌日まで後十二時間。

 クリスマスの準備とやらが何時間かかるのか知らないが、急いだ方がいい。


 私は隣で眠そうにしているミディアの腕を引っ張って、レイジィ様の寝室から出た。


「……何?」


「クリスマスの準備をするわよ」


「……何をするの?」


 どうやらミディアも知らないらしい。まぁ、余り期待していなかったから構わないが。

 やる気のなさそうなミディアにいらっとするが、そんな場合でもないと怒りを沈める。

 ミディアは現在、私を除いて実質的にレイジィ様の唯一の部下だ。手伝ってもらわねばならない。


「ミディア、貴女は文献を調べなさい」


「リーゼは?」


「カノン様に報告します。カノン様だったら何か情報を持っているかもしれないから」


 私の言葉に、ミディアが事態の深刻さを理解したのか、表情を変えた。

 初めて成されたレイジィ様の自発的な命令。この非常事態、私の名に掛けて解決してみせる。





◇  ◇  ◇





 執務室でハード・ローダーと敵対勢力について話し合っていたら、リーゼが泡を食ったように飛び込んできた。

 私はリーゼがただの一悪魔だった頃から知っているが、そのような姿を見るのは初めてだ。

 椅子に浅く腰をかけていたハードが眉を顰める。


 だが、そんな様子を気にする事もなく、リーゼはつかつかと私達二人の前に進むと、洗練された動作で跪く。


「カノン様、ご報告が」


「その慌てっぷり……非常事態のようだな。許す」


 リーゼの全身から伝わってくる緊張感。つま先から頭の先まで、いつもならば整然と整えられている衣装も少し乱れている。

 例え天使の軍勢が徒党を組んで魔界に攻め入ってこようとこうはなるまい。

 リーゼは息を整えると、毅然とした表情で頭を上げた。


「レイジィ様から命令を受けました」


 その言葉に一瞬、時が止まった。いや、止まったかのように錯覚した。


 兄様からの命令……だと!?


 その意味を考える。その言葉が違う意味を示していないか考える。

 あの怠惰のレイジィが命令するなど、そんな話聞いたことがない。私がまだ魔王となる前、兄様の元で黒の徒として仕えていた頃だってなかった。

 まさに一万年に一度の――非常事態。リーゼの慌てっぷりにも納得がいく。


 私よりも長い事、レイジィ兄様の元で仕えていたハードにとってもそれは非常事態だったのだろう。表情が敵対勢力について話し合っていた先ほどまでより遥かに険しいものに変わる。

 腕を組み、脚を組み、ハードが強めに命令する。


「言え」


「クリスマスの準備をしろ、との事です」


「クリスマス……?」


 何だそれは? 何かの暗号か?


 ハードの表情を窺う。ハードは唇を噛んでまるで射殺さんばかりにリーゼの方を睨みつけていた。

 リーゼが言い訳でもするかのように続ける。

 

「本来ならば私の方で準備すべきなのですが、かの怠惰のレイジィがわざわざ私を呼び出してまで行った命令、カノン様にご報告すべきだと馳せ参じた次第です」


 兄様が呼び出してまで行った命令……だと!?


 あの自室から殆ど出ないあのレイジィ兄様が、魔界の争いも天界との戦争も何一つ興味を示さなかった兄様が呼び出した、だと!?

 心臓が跳ね上がるように鼓動する。それを怒りで塗りつぶすようにかき消す。平静を装い、リーゼに視線を向ける。


「よい。それは確かに非常事態だな……」


 クリスマス、か。知らないな……。

 魔界の情勢については黒の徒だった頃に知識を蓄えたはずだ。その中にクリスマスとやらは存在していない。

 クリスマスの準備、という事は某かの準備が必要な事態なんだろうが……。


「クリスマス、か……厄介だな」


「!? ハード、知っているのか」


「ふん……地上で祝われる聖人の生誕祭だな」


 悠久の刻を生きる悪魔の言葉には信憑性がある。元より、ハード・ローダーは冗談を言うような性格ではない。

 ハード・ローダーが腕を組んだまま続ける。


「詳しく知っているわけではない、が、ある程度の知識はある」


「生誕祭、という事は年に一度来るということか。今まで準備はハードがしていたのか?」


「いや、レイジィがそれについて言及したのはこれが初めてだ」


 聖人。天使を除いた悪魔の天敵の一つである。

 闇を滅ぼす光の力を持って生まれしもの。勇者と同様に人族が悪魔に対抗しうる力を持つ一つの可能性。


「事前準備、か。私は知らないな……ハード、その口ぶりだと貴様は知っているようだな」


 地上の風習まではさすがに網羅していない。私が知っているのは悪魔と天使の滅ぼし方だ。

 地上の風習に詳しい悪魔のリストを脳内で作成する。


「まず必要なのは……サンタクロースだ」


「サンタクロース……? な、何ですか、それは?」


「ああ」


 ハードが重々しく首肯し、言葉を続ける。

 サンタクロース……何だか不吉な響きを持つ単語だ。


「全身を真紅で染めた怪人。二本の角を持つ生き物の狩る馬車に乗り、高速を超えた神速で世界中を飛び回る力を持つ。その背に背負いし神秘の力を持つ袋には希望が封じ込められているという」


「全身を真紅で染めた怪人……鮮血で染めている、という事ですか……悪魔の一種なのですか?」


「詳細は不明だ、その存在だけがまことしやかに囁かれる。僕も以前、一戦交えるべく探し求めたが発見できなかった」


「ふむ……貴様程の男が探して見つからないとは……相当厄介な存在だな」


 ハード・ローダーは傲慢の悪魔だが、その積み重ねてきた日々と経験はその傲慢に相応しい。

 ハードが探して見つからないのであれば、並の悪魔では発見は不可能だろう。


「希望を封じ込めた袋……世界中を飛び回り希望を狩る存在、という事ですか……希望を封じ込める……概念系スキルを持つ能力者ですね」


 その言葉の意味を考えたのか、リーゼが一度恐ろしげに身体を震わせた。


「しかし、その存在と聖人の生誕祭が何か関係あるのか?」


「ああ。恐らく、レイジィはこう言っているのだろう。今年のクリスマスにその聖人が復活する、と」


「何だと!?」


 思わず立ち上がりかけ、ぎりぎりで腰を下ろす。真っ赤に染まりかけた脳内が潮引くように平静に戻る。

 聖人の復活。さすがに聖人といえど、魔界で悪魔に勝てる存在など滅多に存在しない。だが同時に、あのレイジィ兄様がわざわざ警告するような事態だ。もしかしたら、という可能性もある。


 ハードが珍しくため息をつき、私とリーゼを見た。その漆黒の虹彩の中に渦巻く感情を読み取り、背筋がゾクリとする。


「そして、その聖人に勝てる相手は……サンタクロースのみ」


「!?」


「そ、れは……」


 ハードの言葉は信じられないものだった。

 最近何人か討滅されてしまったが、こちらには魔王(デーモン・ロード)が十人以上いる。魔王以下の悪魔の総数を含めると万を遥かに超える大所帯だ。

 悪魔に大きな力を与える魔界でならば、聖人は勿論、天使の王すら容易く打倒できるだけの戦力。


 そして、それを述べたのが傲慢(スペルヴィア)の王であるハード・ローダーである事が信じられない。


「……その情報に信憑性はあるのか?」


「ない。だが――」


 ハードがぎろりとこちらを睥睨する。仮にも大魔王である私に対して向けられる視線ではなかったが、それでも微塵も怒りは湧いてこない。ある程度の冷静さは持っているつもりだ。今は仲間割れをしている場合ではないのだ。


「レイジィの言葉を総合するとそう推定できる。勿論、この僕が負けるとは考えていないが、太古の昔から生きるあのレイジィ・スロータードールズがあえて命令まで出す事態、その聖人が悪魔に対して絶対の概念を有する可能性は高い」


「悪魔に対する絶対の概念……」


 存在には相性がある。天使が悪魔に対して強力な力を発揮するのと同様、それは力の総量ではなく質の問題だ。

 その理論で述べるのならば、悪魔に対して絶対無敵の力を誇る者がいても……おかしくはない。


「準備せよという警告を無視する事はないだろう。カノン」


「……ああ、そうだな」


 確かにハードの推測が正しいのならば、レイジィ兄様のクリスマスの準備をしろの警告も納得できる。

 聖人の一人や二人現れた所で負けるとは思えないが、兄様が睡眠を捨ててまで出してくれた警告を無碍にする事はない。

 各魔王へ通達。全身全霊を持ってその聖人とやらを迎え撃ってやろう。


 心の底から湧き上がるのは歓喜とそして――世界を焼きつくすような憤怒だ。感情が制御を失い、世界に力が満ちる。


「全魔王に通達を出す」


「現在作戦決行中の魔王もおりますが?」


「こちらが優先だ。ハード、他に必要な物は?」


「クリスマスツリーだ」


「クリスマスツリー?」


「ああ、クリスマスの朝に希望を産み落とすとされる木だ。恐らく、希望を狩るサンタクロースを呼び出す媒体となるのだろう」


 どこに生えているのだ、その木は。





◇  ◇  ◇





 自然と鼻歌がこぼれ出ていた。

 軽快なステップを踏みながら、キッチンで生クリームを泡立てる。

 身体能力の向上は悪魔に転生して純粋によかったと思える事の一つだ。元々人間だった頃から包丁で人間を解体できる程度に腕力があったが、今の力はその比ではない。


 生クリームを泡立て、スポンジケーキに盛り付ける。ケーキの台座を手に入れるのには苦労しなかった。地上にある食べ物の殆どは、暴食の悪魔が魔界に引っ張ってきているらしい。私はそれを掠め取るだけでいい。


 一番大好きな物は人の身体の部品だが、人の物を奪い取るのも大好きだ。掠め取られた対象の表情、絶望はいつも私に安息を与えてくれる。


 今日はクリスマス・イブだった。魔界に存在するのかわからないが、前世からの習慣でクリスマス・イブにはケーキを作る事にしている。といっても、出来合いのスポンジケーキの台座に生クリームといちごを盛り付けるだけだけど。


 いちごを洗っていると、キッチンの扉が開き、カノンから派遣されている悪魔が慌てたように入ってきた。


「シトウ様、カノン様から緊急命令が入っております」


 ……面倒臭いなあ。楽しく準備していたのに。

 何だか知らないが、いくら大魔王とは言え、あの女、調子に乗っている。いつかその肉体をばらばらにしてコレクションしてやる。特に眼がいい。烈火の炎を体現したような美しい純粋な憤怒の眼。人体の中でも特に好きな部品だった。


 でもまだ早い。まだ勝てない。不意打ちなら勝てるかもしれないが、その周りが邪魔だ。それに、カノンだけじゃない。その配下の魔王だって大した部品を持っている。もしそれらを綺麗にコレクション出来たのならば、さぞ素晴らしい気分になるだろう。


 私はその光景を想像して、自然と頬が緩むのを感じていた。

 でもまだ早い。そうだ、クリスマスにしよう。自分へのクリスマスプレゼントだ。それがいい。明日はもう無理だけど、来年か再来年か、十年後か二十年後か、いつか絶対に――


 うきうきしながら悪魔の方に向き直る。私の微笑みを見て何を思ったのか、狼人間のような悪魔の、厚い毛に覆われた顔色が僅かに青ざめたのを感じる。


「……何か?」


「はっ。ク……クリスマスの準備をせよ、との事です」


「……」


 クリスマスの準備?

 私は作りかけのクリスマスケーキと狼人間の表情を見比べた。

 ツリーも用意している。魔界のルールは力、ただそれだけだ。強欲(アワリティア)の魔王である私に逆らえるものなど存在するわけがない。あらゆるものは命令するだけですぐに集まった。


 冷蔵庫から冷凍してあった七面鳥を出してテーブルの上の皿にどんと乗せ、伝令の方を向いた。


「もうしてるけど?」


「……はっ、し、失礼しました」


 初めに派遣された黒の徒をばらしたのが良かったのか悪かったのか、私に逆らう事はない。

 だって仕方ない。とても美しかったから。


「サ、サンタクロースの準備も……されておりますでしょうか?」


「サンタ……クロース?」


 その言葉に目を瞬かせる。

 魔界でそんな単語を聞くとは思わなかった。というか、魔界にクリスマス……あったんだ。一体どういう理屈なんだろう。

 さすがにサンタの準備はしていなかった。というか、サンタの準備って……何?


 着込んでいた黒のセーラー服をしげしげと見下ろす。


 コスプレでも……すればいいの?

 したことないし、勿論衣装もない。今から準備するのも厳しいかもしれない。何せ、クリスマスは明日だ。もう四、五時間しかない。


「……時間がない」


「緊急事態です」


 何が緊急なんだろう……。

 しきりに首を傾げながら、『強欲の蔵(ビッグ・ポケット)』から指を取り出した。人間のそれに酷似した悪魔の指だ。人差し指が一番好き。コレクションの中でも最上のそれをケーキに蝋燭代わりに差す。


「大魔王様からの命令です。魔王各位は現状行っている作戦を全て保留にし、全力でクリスマスの準備をせよ、と」


「……え? ……何で?」


 そんな命令初めて聞いた。

 悪魔とクリスマス。むしろ正反対だと思うんだけど……。


 全力でクリスマスの準備をせよ……。

 凄い……愉快な命令。


 去年までそんな命令は出ていなかったはずだけど、命令されたのならば仕方ない。

 そもそも、ケーキも七面鳥もクリスマスケーキもできている。後はサンタクロースの準備だけだ。まさか、迎え入れる準備という事はないだろう。いくら異世界とは言え、日本と同様、サンタクロースは実在しないと思う。去年、来なかったし。


 私こと、紫籐(シトウ) (ツカサ)は前世も含めて初めてサンタの扮装をすべく、服飾系の技能を持つ悪魔について狼人間さんに質問した。






◇  ◇  ◇






「クリスマスツリーを探せえええええええええ!」


「……希望を産み落とす木なんて本当に存在するのか!?」


「大魔王様の命令だ。魔界全土を洗え! 教団にも使者を出せ! 何が何でも十二月二十五日に間に合わすのだ!」


「駄目だ! わからねえ! そもそも、見た目もわからねえものをどうやって探すんだ!?」


「魔力だ。魔力を見るんだ! それだけの異能を有する木、悪魔である俺達ならば絶対に見つけられる。信じろ!」


「何としてでも探せ! 万が一間に合わなかったら大魔王様に魂ごと燃やされるぞ!!」


「それよりもサンタクロースだ! 赤帽子を探せ! それならワンチャンあるだろ!」


「くそっ、時間が足りねえ! 命令が急過ぎる!」


「言っても仕方ねーだろ! どうやら地上に派遣された部隊もいるらしい……俺達はまだマシな方だ」


「地上だって!? まじかよ……一体、何が始まるんだ……」





◇  ◇  ◇





 リーゼが一抱えもある奇妙な鉢植えを持ってきた。

 黄色の鮮やかな幹に、伸び出た茨のように棘だらけな枝。枝の先には人の顔を模した気持ちの悪い葉が生えており、それぞれが『ぎょえぴー』とか叫んでいて本当に鬱陶しい。嫌がらせかよ。

 幹は鎖で縛られており、鉢植えに取り付けられている。幹が上下に振動をしている所を考慮すると、どうやら自走するらしい。

 そしてリーゼが信じられない事を言った。


「レイジィ様、クリスマスツリーを捕まえました」


「マジかよ……」


 捕まえたって何だよ。クリスマスツリーってそういうもんじゃないよね?

 いや、ここのクリスマスツリーはそういう物なのか? クリスマスツリーって(もみ)の木だろ? まさかそれが異世界の樅の木なの?

 信じられないっていうか信じたくない。


「それ、俺の知っているクリスマスツリーと違うんだが……」


「!? し、失礼しました……」


 リーゼが青ざめた様子で頭を下げる。俺はそれに対して念のため追加のオーダーを出した。


「装飾も忘れるなよ」


「装……飾!?」





◇  ◇  ◇





「ところでサンタクロースって一人なのだろうか?」


 私の疑問に、ハード・ローダーが自信満々に答える。


「ふん……そこまでは知らないが、一人という事はないだろう。世界中の希望を封じるのに一人では人数が足りるまい」


「という事はサンタクロースは単一の個体名ではなく、種族名か」


「間違いないだろう」


「一人で聖人を倒せるのか? あの怠惰のレイジィが私達では敵わないと判断した相手だぞ?」


「ふん……ならば人数を揃えればいいだけの事」


「それもそうか……おい、各魔王達に伝令だ。サンタクロースは一人ではない! 出来る限り数を集めろ! これは魔界の存亡を掛けた戦いだ!」





◇  ◇  ◇






「シ、シトウ様……ご依頼のものが、完成致しました……」


 背があまり高くない私よりも小さな、服飾系の仕事を営む人型の悪魔がびくびくしながらそれを差し出す。

 帽子と服とスカート。真紅の生地と白のふわふわから成るそれは、言葉と絵で伝えたとは言えかなりの出来だ。間に合ってよかった。


「試しに着てみる」


 セーラー服を脱ぎ捨て、それを着こむ。

 膝下まで丈のあるスカートに分厚いコートのような衣装。ブラウンのブーツ。ついでに作ってもらった真っ白の袋を背負えば、まぁプロよりは劣るとは言え、サンタクロースのコスプレとしてはかなり上等な出来だろう。

 これならば文句を言われる事はあるまい。


 鏡の前でくるりと回って微笑む。鏡の中の自分はどこか満足気な表情をしていた。

 サイズもぴったりだ。


「こ、これでよろしかったでしょうか?」


 びくびくしながらこちらを見上げる悪魔に親指を立て、サムズアップをしてみせる。


「ばっちり」


「あ、ありがとうございます」


「お礼に私のコレクションにしてあげる」


「!?」


 後退る悪魔に一歩距離を詰め、スキルを使用しようとした瞬間に扉が開いた。

 狼人間のような悪魔……私担当の黒の徒だ。いつも思うんだけど、どうやって私の場所を把握しているんだろう……。


 狼人間の顔色は真っ青だった。私の姿を見てぎょっとしたように目を見開いたが、すぐに思い出したように吠えるような声で述べる。


「シトウ様……命令について続報です!」


「なに?」


「サンタクロースは複数用意しろとの事です!」


「え!?」


 何で……?

 自身の服装を見下ろし、今しがたコレクションに加えようとした小型の悪魔を見る。

 そちらに視線を向けたまま聞き返した。


「……何のために?」


「……一人では勝てない可能性があるため、との事です」


「え?」


 意味がわからない。勝てない可能性があるって、何と戦うつもりなんだろう……。

 ……まぁいい。大勢用意しろっていうのなら、そうさせるまでだ。


「何人用意すればいい?」


「……聞いていませんが、他の魔王様方にも命令は通っているはずです。取り敢えず百人もいれば十分かと」


「……わかった」


 百人か。悪魔の風習って本当にわからない。

 小型の悪魔の方を向いて命令する。


「同じ服飾を後九十九人分作って」


「……九十九人分!? む、無理です! 時間が……足りません」


「作れたらコレクションにしないでおいてあげる」


「全身全霊で取り組まさせて頂きます」


 引きつった表情で悪魔が敬礼した。


 やれやれ、これだから悪魔は面倒なのだ。

 仕事なんだから本気を出して欲しい。私みたいに。


 椅子に座り、スカートの裾を指でいじくりながら、ふと思いついた事を悪魔に告げる。


「時間がないから、スカートはもう少し短くてもいい」


「しょ、承知しました!」


 ミニスカサンタってのもあったはずだよね?








◇  ◇  ◇







「レイジィ様、クリスマスツリーを捕まえました!!」



「いや、捕まえたって時点でアウトだから」







◇  ◇  ◇








「デジさん、赤帽子の怪人を捕まえろという命令が大魔王軍全体に出されているようです。」


「赤帽子……赤帽子、か。きっきっき、ゼータ、これは……チャンスだぜ。あらゆる悪魔が騒々しく探してらあ、ここでばしっと捕まえて出して見せりゃ俺達への褒賞は間違いねえ」


「ま、まさか思い当たる節が!?」


「ああ……まだ若いお前にはわからねえかも知れねえが、俺にはわかる。赤帽子……レッドキャップと呼ばれる種族だ」


「レッドキャップ?」


「ああ……廃墟や塔、処刑場跡に発生する子鬼だ。特徴はその名の由来となった赤い帽子。犠牲者の血で真紅に染まっているという……」


「なるほど……指令の内容通りですね。早速捕まえに行きましょう。……しかし、指令によるとサンタクロースという名らしいですが?」


「きっきっき、甘えなあ。情報の伝達には齟齬はつきもの……そもそもの指示はサンタクロースじゃなく、サタンクロースだったに違いねえ」


「サタンクロース?」


「ああ。サタン……つまり、悪魔の神とされるサタンのCrossしたもの……つまり、それは邪鬼を指す隠語だ」


「なるほど……」


 混じり物を指すのならばCrossではなくMixになるのではないだろうか。

 ゼータは一瞬浮かんだその考えをすぐに捨てた。一万年以上の時を生きるデジ・ブラインダークがそのような誤りを犯すわけがない。






◇  ◇  ◇





 リーゼが疲労困憊の様子で色鮮やかな銀色の幹の木を差し出してくる。

 どっから探してきたんだよ。


「はぁ、はぁ……レイジィ様、このクリスマスツリーは如何でしょう?」


「チェンジ」






◇  ◇  ◇









「どこからかかってきてもこれならば敗北はありえまい」


 何とか編成を終える。魔王全員への通達も済んだ。態勢は盤石の構え。

 魔王未満の悪魔たちは話になるまい、魔王だけで組んだ隊列はまさしくオールスターズと呼べる。


 各地に伝令を送った部下達に労いの言葉を贈る。


「盤石の構えか」


「いざという時には私が直接出る」


 事前に情報まで貰っておいて敗北なんて事になれば、兄様に顔向けできない。

 私の言葉にハードも訳知り顔で頷く。


「序列十七位のシトウが百人のサンタクロースを用意するようだな」


「ああ……あいつは私からの伝令が来る前から用意していたらしい」


 頭のネジが十本単位で吹っ飛んでる魔王だと思えば、意外と使い物になるらしい。

 頼もしいと思える。序列の向上も考慮するべきかもしれない。が、ともかく全ては結果が出てからだ。


「徹底抗戦だ。我が軍に敗北はない」





◇  ◇  ◇





「お姉ちゃん、何か騒がしいね?」


「本当ね……あ、そこのいちご取って頂戴?」


 手伝いを担当してくれた妹――ヒイロが調理台の上に載せられたボールを取り、こちらに手渡してくる。

 周囲が騒がしかったとしても私達にはあまり関係ない。ボールを手に取り、丸太の形をしたケーキ――ブッシュ・ド・ノエルに苺を乗せていく。

 レイジィ様に仕えて何年たったか……初めにクリスマスの準備をしろと命令を受けたのはいつだったか。毎年作っているので、既にケーキの出来は自身の眼で見ても納得の出来にまで昇華されていた。


「……なんでもサンタクロースを捕まえるとか。大魔王軍全体に周知を掛けて取り組んでるみたいだーけーどー」


「サンタクロース?」


 思わずヒイロをまじまじと見るが、特に冗談を言っている風でもない。

 本人自体も戸惑っているのだろう、私と瓜二つの碧眼をくるくるさせて首を傾げている。


 ……一体、大魔王様は何を考えているんでしょう……。

 そもそも、クリスマスというイベントの趣旨はサンタクロースを捕まえる事ではないはずだ。


 手を止めてしばらく考えてみたが、何故そのような事になったのかさっぱりわからなかった。

 大魔王様もなかなか猪突猛進な所があるので、どこかで認識の齟齬が発生していそうだ。まぁ、私にはどうでもいいことだけど。


 何年前からかはわからないが、十二月の二十五日にはケーキを初めとしたいつもとは異なるご馳走を作る事にしていた。

 全てはレイジィ様からの要望である。仕えるものとしてはそれに全力で応えるまでの話だ。初めは作り方の分からなかったクリスマスケーキも、何回も作るうちに慣れきっている。


「一体何が起こるのかな……ねぇねぇ、お姉ちゃん」


「カノン様にはカノン様のお考えがあるのでしょう。私達は……レイジィ様の御心に沿うよう尽くすだけよ」


「でもレイジィ様、いつもクリスマスの朝は寝てるって――」


 妹のあまりにあまりな言葉にため息が出る。

 ケーキから手を避け、私はヒイロに眼をしっかり合わせた。私の後釜の予定なのだから、こんな事では困る。


「ヒイロ、いい? そんなの関係ないの。レイジィ様が寝ていたとしても、手を抜く理由にはならないのよ」


「……私が起こしてあげようか?」


「……やめなさい」


 レイジィ様にとって怠惰とは呼吸のごとく自然な情動。私にはそれを止める権利も理由もない。

 例え真心込めて作ったケーキの味を覚えられなくたって、それは仕方のない事なのだ。いや、それを誇りにしなくてはいけない。


「ヒイロ、ターキーの焼き加減はどう?」


「はーい。確認しまーす」


 ヒイロが行儀よく手を上げ、オーブンの様子を見に行った。





◇  ◇  ◇





「シトウ様……申し訳ございません、生地が足りません……」


 小型の悪魔が今にも死にそうな表情を向けてくる。

 急に百人分と言われても困る、か……。


 ちょっと迷ったが、そんな時間もない。後一時間程度でクリスマスがやってくる。 

 私は服飾担当に向かい、はっきりとした口調で命令した。


「……スカートはなくてもいい」


「へ……!?」


「帽子と上着があればサンタってことがわかる」


「……下はどうするおつもりで?」


 そんなの決まってる。


「履かない」


「……それでいいのですか?」


「いい」





◇  ◇  ◇






「さぁ、いつでもこい、聖人よ」







◇  ◇  ◇







「はぁ、はぁ……レイジィ様……こ、このツリーで如何でしょうか?」


「いや……うーん……それでいいか」



 別にツリーにこだわりがあるわけでもない。

 リーゼの持ってきた紫色の巨大なゼンマイみたいな植物を見て、もう面倒くさくなっていた俺は仕方なく妥協した。









◇  ◇  ◇








 意識が覚醒する。

 瞼を開けると、ローナが目の前で微笑んでいた。


「レイジィ様、今年はお目覚めになられたのですね……」


「ああ……」


「クリスマスおめでとうございます」


「ああ……」


 クリスマスおめでとうってクリスマスってそういうものだっけか?

 そんな疑問が脳裏をよぎったが、目の前に広げられたご馳走は大したものだ。俺がまだ人間だった頃よりも余程豪華である。七面鳥の丸焼きなんて初めて見たわ。

 室内には紫色のゼンマイと並んで、飾り付けられた樅の木がある。そうそう、それそれ。それが俺の考えてたツリー。やれば出来るじゃないか。


 ……ゼンマイ、凄い邪魔だな。何で植物が叫んでるんだよ。


 ローナの姿もいつものメイドの姿ではない。

 サンタクロースの姿だ。若干コスプレっぽくなっているのはやむを得ないのだろう。サンタは本来男だからな……多分。

 ローナが取り分けてくれたケーキにフォークを立てる。クリスマスケーキを食べるなんて何年ぶりだろうか。一人暮らしだった頃に食べたコンビニケーキを含めても百年ぶりぐらいのような気がする……。

 フォークに刺さったそれを口に含む。強いチョコレートの風味がした。俺の舌は馬鹿だが美味しい、と思う。


「……甘いな」


「クリスマスケーキですから」


 ケーキよりも甘い微笑みを浮かべ、ローナが答えた。

 こんな感想でも構わないのか。ローナには頭が上がらんな。


「レイジィ様、そういえばカノン様から写真が届いております」


「見せてみろ」



 二枚の写真を手渡される。

 一枚目は悪魔の軍団の写真だ。相当大規模な軍団、上空から撮られたそれには地上に並ぶ悪魔どもの姿が映っている。その総数、数える気にもなれない程の数だ。一体カノンはこれを俺に見せてどうしろと言っているのか理解できない。


 二枚目の写真には上着と帽子だけサンタで下を履いていない痴女サンタ達が映っていた。勿論、パンツは履いているがどこからどう見ても変態だ。何故かその周囲には赤い帽子の被った気味の悪い子鬼が沢山つまった檻が置いてある。


「卑猥だな」


「卑猥ですね……」


「そして何だこの子鬼は……」


「レッドキャップと呼ばれる悪霊みたいですね……何でも、サンタをサタンと勘違いし、それをCrossしたものだとか何だとか」


「何だそれは……」


 意味がわからん。

 あいつらは一体何を考えているのか……。そもそも、サンタクロースのクロースのスペルはCrossじゃないだろ……。

 世界の真理について思いを馳せそうになったが、すぐに面倒臭くなってやめた。まぁ、今日はクリスマスだし、準備もこうしてちゃんと成されている。下らない事など考える事もないだろう。


 写真を床に落とし、もう一度クリスマスツリーの方に視線を向けた。


 樅の木の頭に取り付けられた星形の飾りだけが、俺が人間の頃に見たものと同様に輝いて見えた。


Tamer's Mythologyと夢幻のソリスト・ウォーカー分については明日書けたら書きます。。。


メリークリスマス!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ハチャメチャで草
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ