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7話 アミル

 ようやくヒロインの登場です。

 町の裏通り。そこは日中なのにも係わらず、薄暗く危険な雰囲気を感じる場所だった。その裏通りの一角にある扉の中に入り、地下への階段を降ると、そこには奴隷市場があった。



「おやおや、珍しいお客さんが来たもんだな。おたくはこんな店に用があるとは思わなかったんだが……いったい何のようだ?」


「ちょっと訳ありでな。正規の奴隷商じゃ駄目なんだよ」


「客か、ならいいさ。俺達は金さえ払ってくれれば、誰にだって奴隷を用意するからな。ただ、値段はかなり割高だぞ。それとも……その娘を売ろうって言うなら高く買い取るがな」



 ローラの父親と話している奴隷商の言葉を聞いていた周りの男達は、場違いな雰囲気に緊張してカチカチになっているローラを見て笑い出す。



「そんな訳がないだろ! ……実はな、娘が抱いているスノーラビット用の奴隷を買いたいんだ」


「はあ? ペットの世話をさせる為に奴隷を買いたいのか? それなら正規の奴隷で十分じゃないか」


「違う。このスノーラビットを主とする奴隷が欲しいんだ」


「………ククク、お前みたいな表の世界の人間が面白い事を考えるもんだな。モンスターの奴隷にしてどうなるかを見て楽しもうってか。そんな事、俺達でも考えた事がなかったぞ」



 父親の説明を聞いて、奴隷商は少し勘違いして笑っていた。本当の事情を話さず、自分たちの評判を少しでも落とさないように訂正して話を進める。こちらが求めるのはモンスタートレーナーのスキル持ちだと伝えると、条件に合った奴隷がいる部屋に案内された。




 目の前には3人の男達が並んでいた。手と足は鎖に繋がれていたが、自分を少しでも高く買ってもらおうと堂々と立っている。



《ムクヒ   レベル 10    スキル モンスタートレーナー・6級》


《トービー  レベル  8    スキル モンスタートレーナー・5級》


《サムニ   レベル  9    スキル モンスタートレーナー・6級》



 鑑定眼の力で3人を見てみると、名前とレベル、それとスキルが読みとれた。スキル名の後にある級は、数字が小さいほどスキルの効果が優秀のようだ。レベルも雪兎よりも高く、誰を選んでも頼りになるだろう。



「ここで手に入るモンスタートレーナーはこの3人だ。全員、冒険者ギルドに登録していて、ギルドカードも持っている実力者だ。もちろん、値段はそれなりにするがな」


「分かっている。……それでは誰にするか選んでください」



 ローラの父親は雪兎に声をかけて選ばせる。



(別に誰でも良いが……)



 とくに真剣に選ぶつもりはなかった。どうせ名前とレベルが見えたからといって、その人間の人柄などが分かる訳ではないのだから。そうして一番近い奴を選ぼうと歩き始めると、



「コホッ…」



 部屋の奥の方から小さく咳をする音が聞こえた。



『まだ奥に人がいるようだが?』



 俺は気になったのでローラの父親に聞いてもらう。



「あー…まあもう1人いるっちゃいるが、あれは忌み子で病気持ちだ。もうすぐ死んじまうだろうから、お勧めしないぞ?」



 そう言って奥から檻ごと運ばれてくる。その中には痩せ細った栗色の髪の女の子が鎖に繋がれていた。起き上がる力も残っていないようで、横になって丸まったまま咳をしている。


 そんな女の子が入れられている檻が近付いてくると、病気がうつるのが嫌なのか奴隷商は少し逃げるようにその場から移動する。



《アミル   レベル 1   スキル モンスタートレーナー・10級》



 他の男達のように自己アピールするかと見つめていた。だが、一向に立ち上がろうとはしない。


 いや、出来ないのだ。


 女の子の全身はまるで何かに殴られたような痣があり、とくに足の怪我は酷く、骨が折れているかもしれない。

 この酷いと感じる姿を見たローラ達は息を飲み、雪兎は黙って不機嫌になる。



「おいアミル! お前を買ってくれるかもしれない客の前だぞ。少しはアピールしろ!」



 奴隷商の怒鳴り声を聞いて、アミルと呼ばれた女の子はビクッと体を震わせ、小さい体の上半身だけを何とか上げて口を動かす。



「お客様……アミルと申します。こんな体ですが、精一杯ご奉仕させてもらいます……ゴホゴホ」



 前髪で目元が隠れているので表情が分かりにくいが、言わされている感が酷かった。この台詞には感情が籠っておらず、怒鳴られた時の反応から見て、言う事を聞かないと暴力を振るわれていたのだろ。



(それがエスカレートしていき、今のこの姿に至る……か。それに……)


「売られて来る前に目は潰されて見えていないし、こいつは忌み子だ。黙って売って後から文句を言われたくはないからな。選ぶなら理解した上で買ってくれよ」



 奴隷商が言うように目が見えていないのだろう。少女が無理をして頭をあげた先には誰もいないし、雪兎が近くにいても驚かなかった。


 だが目を潰されたと聞いて、俺はますます気分が悪くなる。



「もしそれを買うなら安くしとくよ。まあ、買うだけ無駄な買い物になるだろうがな」


「確かにこの子を選んでも無駄だな」



 奴隷商の話を聞き、ローラの父親も死にゆく者を買うはずがないと思ったのだろう。だが俺はもう誰を選ぶかは決めている。



『おい、俺はこのアミルを選ぶ。そこの奴隷商にそう伝えろ』


「ちょ!? 本当に良いんですか! おそらく……長くは持ちませんよ」


『黙れ! 選ぶのは俺だと言ったのはお前だろ。これが終わればお前との契約も終了で、二度と関わり合う事がないんだ。いいからさっさと話をつけろ』



 確かにここに来る前に雪兎が選ぶ事で、あとの事は係わらないと決まっていた。だからと言ってこれを選ぶのは……と、ローラの父親は思ったが、不機嫌そうな声に逆らう事が出来ず奴隷商と話をつける。もちろん奴隷商も本気で選ぶとは思っていなかったようで驚いていたが、売れ残りが処理出来たのだから気が変わる前に売っちまおうと迅速に動き出す。






「それじゃあ最終確認だが、アミルの主はそこにいる黒いスノーラビットでいいんだな」



 少女の代金を支払うと、何やら地面に魔法陣のような物が描かれている部屋に連れて来られた。ここは奴隷契約をする場所で、主従契約をする事で奴隷が主に逆らうと苦痛が発生し、最悪は死んでしまう程の制約をかける事が出来る。これはどこで奴隷を買っても一緒で、一種の安全対策のようなものだ。


 主従契約は簡単で、まず契約内容を書いた用紙を魔法陣の中心に置き、そこに奴隷となる者の血を垂らし、その後に主となる者の血を垂らす事で終了だ。


 雪兎が血を垂らすとアミルの胸に光が集まり、暫くすると治まっていき…消える。少し痛みがあったようで、少女は少し痛そうに胸に手を当てていた。



「これでこの奴隷はこのモンスターの物。今後どう扱かわれようがそれの自由だ」



 こうしてアミルの所有権は雪兎に移った。



『おい、確かアミルと言ったな。今から俺がお前の主となった、<神社 雪兎>だ。俺の事は雪兎と呼べ』


「はい……ユキトさん。短い間ですが、よろしくお願いします。ゴホゴホ」



 アミルは檻から出してもらっていたが、怪我のせいでいまだ寝たままの状態だ。そんなアミルが急にユキトと呼びだしたので、念話による声が聞こえない奴隷商はついに頭がおかしくなったと思い、笑いを堪えるように口を手で押さえている。



『何をふざけた事を言っている。お前を買ったばっかりなんだから、短い付き合いにするつもりはない』


「ですが……私は病気で、もう長くは持たないと思います。……目も見えませんし、最近は咳も酷くなる一方で」


『そんな事を悩む必要はない。……おいローラ! 預けているアイテム袋をよこせ!』


「は、はい!?」



 ローラは突然呼ばれるとは思っていなかったようで、驚いてしまった。ローラからアイテム袋を受け取ると、中からあるアイテム取り出す。



「ユ、ユキトさん!? まさかそれを使う気ですか!?」



 ローラは雪兎が何をしようとしているか分かり、もったいないと言いたそうに止めに入る。だが雪兎は少しも止める気はない。


 すぐにアミルの顔の近くに行き、アイテム袋から取り出した瓶の中の液体を強引に飲ませる。ローラの慌てっぷりに、父親はもちろん奴隷商も首を傾げていた。



「それはエリクサーなんですよ!!!」


「「「 エリクサーだって!? 」」」



 ローラの叫び声に父親や奴隷商達も驚きの声を上げる。どんな病も治してしまう治療薬、それが目の前で薄汚い奴隷なんかに飲ませているのだから、すぐに嘘だろうと思い始める。


 だがその後のアミルの変化を見て、本物だったと気付かされた。痣だらけだった体が綺麗になっていき、苦しそうにしていた咳も止まり、血行が悪かった顔色に赤みが戻っていく。そして前髪で見えにくいが、潰されて見えなくなっていた瞳が開かれた。



「ま、眩しいです!?それに……体の痛みが、胸の苦しみもなくなってしまいました。ど、どうして?」



 アミルは眩しそうに目の前に手をあてて、何故か元気になった体を不思議そうにしていた。



『だから言っただろ。短い付き合いにするつもりはないと』


「は、はい。でもどうして私は健康に? それにユキトさんはどこにいるんですか?」



 この部屋の光源はランタンのような物から出ている光があったが、現代の日本の照明と比べると少し暗いが、その明るさでも光を失っていたアミルにとっては眩しいようで、指の隙間から覗いて雪兎を探している。



『さっきから目の前にいるだろう。お前の足元にいるスノーラビットとやらが俺だ』


「え? ……えーーーーー!!!!!」



 アミルは雪兎を発見して驚き、眩しいのも忘れて両目をしっかりと開いて見つめていた。





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