5話 ローラ、雪兎を見捨てて逃亡する
もうすぐヒロインの登場です。
ローラを町まで連れていく事になった雪兎は、匂いでモンスターがいない道を選んで歩いている。もちろんローラの身を案じてではなく、助ける条件であったこの世界の話を聞く邪魔をされたくなかっただけだ。
「本当に何も知らないのですね。モンスターとして生まれると、やはりこの世界での常識を得る機会がないのでしょう」
元の世界での一般常識を残してくれたのは良いが、どうせならこの世界の情報もくれと、あの謎の人物に心の中で文句を言う。
それはともかく、ローラの話によると、この世界は人間と魔族がいて争っているらしい。だが魔族は肉体的も魔力も強く、普通の人だと対峙する事も出来ないらしい。だが、一部の人が生まれた時に授かるスキルを鍛え、集団で戦う事で何とか戦いになっている。
それと俺のようなモンスターが単独で歩いていると、討伐の対象になるか売買目的で捕獲しようとする者に襲われる。
ただモンスタートレーナーという魔物を従わせ戦わせる事が出来るスキルの持ち主がいるので、人が連れているのなら問題がないとの事だ。
『なるほど……俺が町を安全に歩く為には、脅して言う事を聞く奴を作るしかないのか』
「そんな奴隷みたいな人を、力ずくで作らないでくださいよ……」
『ん? この世界には奴隷がいるのか?』
「はい、いますよ。1人で生きていけない人や、生活が出来ない親が子供を売ったりと様々な理由があります。……もちろん、攫われて売られる人がいるのも事実ですが」
ローラは自分が歩むかもしれなかった未来を想像し、表情が暗くなってしまう。
その後の説明で、正規の奴隷商は主となる者の人柄と生活力などを調べてから売られるので、将来もある程度は安全で安心出来るらしい。
だが……表があれば裏もある。人攫いなどと繋がりがある裏の奴隷商だと、金さえ払えば誰にでも売ってしまうので、買い手によっては命の保証も何もない。
もちろんローラが売られたなら後者の方だ。
そして手に入れたアイテム袋の中身の確認と説明に入る。
中身は食料と薬草、お金、綺麗な石が7つ付いた腕輪のアクセサリーと瓶に入った液体だ。薬草とお金についてはローラが説明してくれた。
薬草はその名の通り、小さい怪我をした時に患部に当てれば治りが早くなる物。
お金の単位はクポン。分かり易いことに1クポン=10円ぐらいの価値で、全て硬貨だ。金、銀、銅の三種類で、それぞれ大と小がある。大金貨10万クポン、小金貨1万クポン、大銀貨1000クポン、小銀貨100クポン、大銅貨10クポン、小銅貨1クポン。
アイテム袋には5000クポンぐらい入っている。
アクセサリーと瓶の中身はローラにも分からないらしいので、俺のスキル《鑑定眼》を使う。
サティスリング ・・・ モンスタートレーナーが装備すると、7つの宝石の数、7体まで自分のモンスターを住まわせておけるブレスレット型魔導具。モンスターのサイズは無制限。
エリクサー ・・・ どんなに酷い怪我も重い病も一瞬で治してしまう伝説の治療薬。
鑑定の結果をローラに話すと、エリクサーを持つ手が震えだして汗も大量にかき始めた。何故か激しい緊張状態になっているようだ。
「エ、エ、エリクサーですって!? あの伝説になっている、幻の治療薬の!?」
『ああ、そうらしいな。俺の鑑定眼にはそう出ている』
ローラは震える手ですぐにエリクサーをアイテム袋にしまい、気持ちを落ち着かせようとしている。
『たかが薬1つで大袈裟な奴だな』
「そうは言いますがどんな病でも治す薬となりますと、どんなに大金を出しても欲しがる人が数多くいますよ? これ1つで一生遊んで暮らせる価値があると思うと、誰だって手が震えますよ」
『別に俺は金は求めていないからな。それより……』
俺はエリクサーの事は無視して、魔法の事を質問した。
この世界では魔法もスキルと一緒で基本的には生まれた時に授かる。例外として後天的に魔法を覚えられる魔導書という本が存在する。これには何種類か存在し、決められた魔法が覚えれるかもしれない魔導書。これは何度も使用できるが、これを読んでも絶対に魔法を覚えれる訳ではないし、閲覧させてもらうにも大金が必要となる。
それと決められた魔法が確実に覚えれる魔導書。ただしこれは一度読んでしまうと効果がなくなってしまうので、法外な大金がかかる。詐欺も多い。
最後に絶対に何らかの魔法を覚えれるが、それは純粋に運で決まってしまう。これも一度読んでしまうと効果がなくなってしまう。
雪兎が《ヒール》の魔法を覚えれたのは、ローラが手に入れたランダム魔導書を人攫いが読んでしまったからだ。結果として雪兎が得をした形になったが、わざわざ<アブソープション>の説明をするつもりはない。
(まあ、俺は火など吐くモンスターを吸収すれば、魔法みたな物を使えるようになるだろうから必要がないな)
<アブソープション>の効果で、吸収したモンスターのスキルなどを自分の物に出来るので、魔導書に対する興味はそこまで湧かなかった。
そうこう話をしていると、風に乗って人間とモンスターの双方の血の匂いが流れてきた。方角的には目的地と一緒だったが、ローラに聞く事がほとんど無くなっていたので気にしないで進む事にする。
そしてやはりと言うか、必然と言うか、人間とオーク、ゴブリンが争っていた場面に立ちあった。争っているとは言ったが、すでに形勢はモンスターに軍配が上がっており、人間側に残されているのは戦えそうにない中年の親父1人だった。
「お父様!?」
その場面を見たローラは、残された中年親父を見るやいなやそう叫んで戦場に跳び込んで行った。
「ローラ? いかん、来るな! お前は早く逃げろ!」
中年親父も向かって来るローラに気付き、危険なこの場から逃げるように叫ぶ。しかし、ローラはその制止を聞かず、父親の下に辿り着いた。
「お父様は私を助ける為にここまで来てくれたんでしょ? ならそんなお父様を残して、私だけ逃げる訳にはいかないわ」
「馬鹿者が……だが、最後に無事なお前の姿を見れて良かったよ」
震える手で抱きついているローラの頭を優しく撫でてあげ、父親は最後に穏やかな気持ちで迎える事が出来た。出来たと思った。
だが次の瞬間、目の前に迫っていたオークの巨体はローラ達の視界から消えてしまった。
『たく……お前はまだアイテム袋の改造の仕事が残っているだろうが。勝手に死のうとするんじゃない』
ローラは何が起こったかすぐに理解する。この場でオークをどうにか出来る存在は1つしかないのだから。
『まあいい。こいつ等も俺の糧となってもらおう』
既に最初に蹴られたオークは、首が180度以上回っていて動いていない。どうやらオークエースに比べると格段に弱いようで、今の雪兎の攻撃に耐えれる者はいなかった。
「いったい何が起こっているんだ? ……いや、そんな事より」
父親はスノーラビットの異常な力には驚いたが、モンスター同士が争っている今が逃げるチャンスと見て、ローラの腕を引っ張って走り去っていく。
『おい! 契約破棄するつもりか!』
「お、お父様、下ろしてください! この場から逃げるのは……」
「お前は黙っていろ、舌を噛むぞ! モンスター同士が争っている内に逃げないと、今度こそ命が危ないんだ!」
雪兎の怒りを込めた念話に対してローラが慌てて父親を止めようとしたが、その念話の声が聞こえない者にとっては逃げるチャンスにしか見えず、その行動を止める事が出来なかった。
そして戦っている雪兎を残し、2人は森の中に消えていった。
「あ、危なかった。良く分からないが、モンスター同士の縄張り争いかなんかのおかげで助かった」
見た目からは想像できない力強さをローラの父親は見せた。ここはオークに襲われていた場所からだいぶ離れたところで、なかなか走ろうとしないローラを途中で抱えノンストップで走り続けたのだ。まさに火事場の馬鹿力的なものだ。
しかし肝心のローラの表情は優れないものだった。彼女の手には雪兎の物であるアイテム袋があり、その中には高価なエリクサーが入っている。助けて貰っておいて、アイテムを持ち逃げした形になった。これは不味い。2人で歩いている時に雪兎のスキルの話も少し出ており、匂いでモンスターの場所が分かると聞いている。
つまり………
『おいおい、人との契約を破っておいて、さらにアイテム袋まで持ち去ったからには敵対すると判断していいんだな』
ローラは1人ビクッと全身を震わせる。いまだ雪兎は姿を見せていない。念話なので声の出所も分からないし、他の人には聞こえないので父親にも相談が出来ない。
声のトーンから静かに怒っているのが分かるので、ローラは座り込んで震えながら汗を大量に流して言い訳を考える。
その異常な怯えを見せるローラの姿に気付き、父親はビックリする。
「どうしたんだローラ。今頃になってさっきの恐怖が出てきたのか?」
「ち、違います。今まさに危険な状況は継続中です。いえ、今の方が酷いぐらいです」
「いったいどういう事だ? この周辺にはモンスターもいそうにないぞ」
雪兎は何も言わない。それがより恐怖心をかき立てる。
「ユキトさん違うんです。お父様は私を守ろうと行動したにすぎないんです。だから敵対するつもりは微塵もありません! ……だから、落ち着いてください」
「お前は誰に向かって許しを乞うているんだ?」
『だが、俺がここに来なければどうするつもりだったんだ? そいつと共に町に逃げていったんじゃないのか?』
「それは………」
ローラはすぐに答えを返す事が出来なかった。この場に着いてから父親を連れてあの場に帰ろうと進言しなかったのは、ユキトが負けていたら自分達の命が危ないと考えてしまったからだ。2度も命を救ってもらいながら、ユキトを見捨てて逃げたのだ。
そう思って俯いていると、木の影から雪兎が姿を現した。