4話 護衛する事に
オークエースは倒したが、俺は疲労でその場に座り込んでしまう。死ぬかもしれない戦いに、思っていた以上に疲れが溜まっていたようだ。
(天地雷鳴撃……たしか俺はそう言っていたな。いったい何なんだ俺は? 覚えている一般常識から考えて、普通の人間が使える技ではないだろ。……くそ!? 思い出そうとすると頭が痛くなる)
天地雷鳴撃。何故この技が使えるかは分からないが、天井を蹴り、その勢いと体重、重力を乗せた蹴りで、天から落ちる稲妻をイメージした攻撃だ。
技の内容は思い出せるのに出所、習得した経緯を思い出そうとすると、急に激しい頭痛に襲われてしまった。
「うそ……愛玩モンスターでもあるスノーラビットがオークを倒してしまうなんて……」
牢屋に囚われていた女性は、素早い動きと闇に溶け込む黒い体毛のせいで、戦いの内容はほとんど見えていなかった。何らかの攻撃を受けて苦痛の悲鳴上げるオークが最後に倒れたところに、鈍い音とともに頭を蹴りつけた雪兎の姿を見て、ようやく何が起こったかを理解したのだろう。
しかしそれを目の前で見ても納得がいかなかった。スノーラビットは30センチ程の体で、長い耳を入れても50センチ程しかないウサギだ。一応モンスターの枠に入るが、その強さはスライムと同等かそれ以下でしかない。
その可愛らしいウサギが、正式な戦士ではないが自分を連れ去った人攫い達を皆殺しにしたオークを倒したのだ。とてもじゃないが信じられなかった。
少し苦しんだが、頭痛がようやく治まった。その間も囚われた女性が何やら驚愕の表情でこちらを見ているが、俺には理由が分からないので気にしないでオーガエース吸収する。オーガが消えた事でまた女性が驚いていたが、無視する。
神社 雪兎 レベル 8
HP 109 / 109
MP 60 / 60
力 98
耐久力 76
素早さ 83
魔力 51
スペル ヒール(LV1)
スキル アブソープション ・ 鑑定眼 ・ 念話 ・ 嗅覚強化(LV1)
ヒール ・・・ 消費MP10。聖なる光で怪我をレベルに応じて治癒出来る。追加でMPを使えばレベル以上の怪我も治す事が可能。レベルが上がると効果も上昇する。
(おお、スペルが増えてる。これって魔法みたいな物だよな。早速試してみるか)
俺は覚えた魔法を試したくなり、洞窟の外に出ようとする。
「ちょっと待ってウサギさん! 良い子だからそこに落ちている鍵を持って来て」
その声を聞いて、そう言えば牢屋に1人捕まっていたなーと思いだして振り向く。魔法の事ですっかり存在を忘れていた。
「そうウサギさん。それを取って。それよそれ」
女性も言葉が通じるとは思っていないようで、身振り素振りで地面に転がっている鍵を取ってもらおうとしている。その行動が面白く、少しからかってやろうと思った。
まずはゆっくりと鍵に近づいてみる。
「そうそうその調子よ。ああ!? ストップストップ。もうちょっと戻って!」
わざと通り過ぎると予想通り慌てふためく。そして散々焦らした後、鍵を持ち上げて見せる。
「それよ! それをこっちにもって来て頂戴!!!」
鍵を持ち上げてくれたのが相当嬉しかったのか、女性は声を大にして叫ぶ。洞窟内での大声はかなり響いてうるさく、先程の頭痛の事もあってイラッときた。なので鍵を明後日の方向に投げつける。
「なんでーーー!!!!!」
相手はモンスターなのに、奇跡的に鍵を拾ってくれた。後はウサギが近づいて来てくれればここから逃げれて命も助かる! そう期待した女性は、突然の俺の行動に驚き叫ぶ。狭い洞窟なので声が反響してさっき以上にうるさい。
『うるさい黙れ。こんな洞窟の中で叫ぶなんて、馬鹿なのか?』
「え!? だ、誰? どこにいるの?」
俺の念話による声を聞いて、誰か助けに来たと周りをキョロキョロして探している。
『お前の目の前にいるだろう。もう一度だけ言う。うるさいから大声を出すな』
「ま、まさか……貴方が喋っているのウサギさん」
『だったらなんだって言うんだ。別に俺が話を出来てもお前には関係がないだろう』
女性は目と口を大きく開け、指を差して驚いている。
『まあいい。俺は手に入れた魔法を試したいからな。もうモンスターがいないこの洞窟に用はない』
俺はもう一度後ろを向き、歩き始める。
「あ!? だがらちょっと待ってって!」
立ち去ろうとした俺を引き止める為に女性は大声を出した。
ドン!!!
「キャッ」
その反省の色がまったく見えない行動に、俺は牢屋の木の格子が激しく揺れる程の力を込めて蹴りつけた。
『何度も言わせるな。お前の話が本当なら、俺はスノーラビットって言うモンスターらしいからな。多少人間の時より耳が良いのか、お前の大声は頭に響いてイラつくんだ。……俺の言葉は理解できたか?』
女性は格子を蹴った衝撃に驚き、尻餅をついて怯えながら首を縦に振っていた。もちろん次はお前を直接蹴りつけると脅しを込めているのだから、攫われるような女性がビビらない訳がない。
「あ、あの……お願いします。私をここから出してください。きっと父も心配していますし、私もこんな所で死にたくはありません。お礼は必ずします。どうか先程の鍵を取ってください」
完全に腰が抜けている状態だったが、目の前に現れた希望に縋るように助けを求めてきた。
『お前は一応大人なんだろ? だったら全て自業自得だ。この結果を素直に受け止めろ』
「そんな!?」
俺が告げた冷たい言葉に、女性は声を大にして驚いた。だが俺の睨みつける視線に、すぐに何が言いたいか気付き、口に手を当てて声を小さくして話し続ける。
「お願い、何でもしますからここから出してください」
若い女性が「何でもする」と、その言葉を聞けば大概の男はすぐに行動に移すだろう。だが、雪兎は少し捻くれていた。
『ならさっき覚えた<ヒール>という治癒魔法の実験体になってもらおうか』
「え? でも私は怪我はしていな………もしかして!?」
『気付いたか。なに、安心していい。死なない限りは治るはずだからな』
「オークを倒すような攻撃を受けて、私が生き残れるわけがないじゃないですか………」
女性はその絶望的な条件に、へたり込み、うつむいて泣き出してしまった。まさか泣くとは思っておらず、流石に冗談が過ぎたと少し反省する。
『安心しろ冗談だ。俺はまだこの世界の知識がないから、助けてやる代わりにお前は俺の質問に答えろ』
「え!? わ、分かりました。私に答えれるものなら何でも答えます」
もともと敵対しない人間に攻撃するつもりはないし、女性を殴りつけて喜ぶ趣味もない。俺は何事もなかったように本当の条件を伝える。それを聞いて女性は顔を勢いよく上げて喜んだ。
だが先程投げてしまった鍵は、どこにいったか分からない。
『さっきの鍵、何処へやったっけ?』
「うそ……冗談ですよね?」
あの時は感情のままに投げたから、記憶にまったく残っていない。女性は確かあっちの方向と言っているが、そんな曖昧な情報で動くのは面倒だと感じた。
『……おいお前。少し隅に行って丸まっていろ』
女性はその意味を理解出来なかったが、言われるままに端によってしゃがみ込んだ。それを見て、俺は木の格子を全力で蹴って破壊する。
『これで出れるな。さっさといくぞ』
「は、はい!」
木で出来ているとはいえ、何の道具も使わないで格子を破壊してしまった。女性は完全にビビっている。それと同時に雪兎に逆らってはいけないと再認識した。
「ちょっと待ってください。そこに落ちているのは私を連れてきた男達の持ち物ですよね。ならこのアイテム袋を持っていった方が良いのでは?」
『アイテム袋?』
女性は牢屋から出て来ると、何も拾わずに洞窟を出ようとした雪兎を呼び止めた。
「はい。これは持ち主の魔力に比例して物を入れれる道具です。結構貴重品ですので、持っていった方が良いですよ」
『確かに今の俺では何を手に入れても持ち運びがキツそうだ。貰って行こう』
しかし普通の人には腰に掛けれる袋でも、ウサギの体である雪兎にとっては装備する場所に困る。
「とりあえず私が町に着くまで預かっておきます。そこで背中に背負えるように改造しましょう」
『フ、お前を町まで連れて行かないといけない理由が出来たな』
「私の名前は<ローラ>です。……貴方の事は何とお呼びすれば?」
『俺の名前は雪兎だ。それよりさっさと行くぞ。暗くなる前に森を出た方が楽でいい』
「分かりました、ユキトさん」
簡単な自己紹介を終わらせた俺達は、洞窟を出て森の中に入って行った。