1話 転生
数話の間、ヒロイン(アミル)は登場しませんのでしばらくお待ちください。
真っ白い世界…何もなく、何の色もなく、何の音もしない静寂な世界。気付いたら俺はそこに漂っていた。
俺はいったいどうなったんだ?
……いや、それ以前に俺は何なんだ?
分からない…何も思い出せない……………
「君には悪いけど、これもこの世界のバランスを守るためなんだ」
誰だ?俺に話しかけているのか?
どこからともなく集まった光の塊が、人の形になって話しかけている。
「そうだよ。君、<神社 雪兎>くんに話しかけているんだよ」
神社……雪兎?
「そうか……それも忘れてしまったんだね。あれほどの事をしたんだから仕方がないか」
……駄目だ…何も思い出せない。
「このままでは話をしても記憶に残りそうにないから、最低限の一般常識と自分の名前だけは思い出させてあげるよ」
そう言った男?の手が光ると、霧がかかったような頭の中がスッキリとしていく。
そうだ。俺の名前は神社 雪兎だ。日本で生活していた人間だったはずだとは分かるが……それ以外が思い出せない。いつ生まれ、何をしていて、どうして今に至るかが分からない。
「どうだい? 少しは話を聞ける状態になったかい?」
それにしても、今の俺はどうなっているんだ? 手や足の感覚もなければ、体の重みすら感じないぞ?
「それはねえ。君の体はもうどこにもないんだよ。今は魂だけの存在って言えば分かりやすいかな」
俺は……死んだのか?
「死んだとも言えるし、生きているとも言える。詳しくは説明出来ないけど、君の肉体は全て魂に吸収されたんだ」
???。意味が分からない。
「そうだろうね。だから過去の話はもう終わりで、これからの話をするよ。君はこの後、別の世界に行ってもらう」
外国に?
「違うよ。文字通り異世界に行ってもらうんだ。そこは剣や魔法の世界、地球に比べてだいぶ文明が古く感じるかもしれないけど、君が君の力を思い出したとしても問題がない世界だよ」
俺の力? 何を言っている、これは夢なのか?
「今は忘れている。だがその魂が覚えているはずだ。まあ、話を戻すけど、異世界に行く君に1つスキルをプレゼントしよう。スキルってのは、ゲームなどでお馴染みの特殊能力の事だよ。……それでは会得方法を2種類用意した。ほどほどの性能だけど内容を選べるスキルか、ゴミから非常識まで性能に幅があり、内容も選べないランダムで得られるスキル。どっちを選ぶ?」
よく分からないが、夢ならギャンブルをしても良いだろうな。……後者で頼む。
「OK。さて、何が出るかな」
何やら男?の掌の上で光の玉が次々と色を変えて輝いている。綺麗だと思って眺めていると、その変化が急に止まる。
「なるほど、これが選ばれたか。このスキルが君の力になるか、妨げになるかは分からないが、今後の活躍を楽しみにさせてもらうよ」
掌に浮かんでいた光が俺のところに飛んで来て、1つにまとまる。
「ではこれでお別れだ。君のおかげで久しぶりに楽しむ事が出来た。これは個人的なお礼として、自分のステータスを見る事と物や人の情報を見る事が出来る目をあげるよ」
また1つの光が俺に融合する。
「君が次の生では楽しく長生き出来る事を祈っているよ」
周辺が激しく輝き出す。周りが何も見えない。意識も………遠くなって………い……く。
気がついたらそこはどこかの森の中だった。すぐに立ち上がり、周囲を確認するが見覚えがある物は何もない。いや、それ以前に知識はあっても何かを見た記憶はまるでなかった。
とりあえず落ち着いて何故こうなったかを思い出してみる。だがいくら考えても思い出せるのは、よく分からない状態の時に出会った男?の言葉だけだった。
しかしなぜ男と思ったのだろう……顔の部分が霞んで思い出せない。
(まあいいか。夢じゃ無ければ、見えるはずだよな)
神社 雪兎 レベル1
HP 12 / 12
MP 3 / 3
力 6
素早さ 9
耐久力 7
魔力 3
スペル
スキル アブソープション ・ 鑑定眼
(夢じゃないのか?)
今、俺の視界の真ん中に半透明な文字と数字が浮かんでいる。間違いなくゲームなどで見る、ステータス画面そのものだ。
(鑑定眼ってのはこの画面を見る能力だろ。ならこの<アブソープション>ってのがランダムで得たスキルか。だが、どういう能力なんだ?)
そっとその項目に手を伸ばしてみる。が、その時気が付いた。俺の手が……黒い毛で覆われて短くなっている。いや、全身を見てみると、全て黒一色の体毛?が生えていて何かの動物のようだ。
アプソープション ・・・ 死体を吸い込む事でその者のステータスの一部と固有スキルを吸収し、自分の力とする事が出来る。
(って、スキルの説明はありがたいが、それより俺の体はどうなっているんだ!? 動物……なのか? そういえば言葉が話せない……)
自分の姿に驚き、声をあげたかったが何も話せない。いくら言葉の知識があっても、人間の声帯がないから声が出せないのだ。
(でもよく考えてみれば、たぶん人間だったというだけで確証を持てないから別にいいか)
記憶がないせいか、人間である事にそこまで執着を持てない。それより未知のスキルを試してみたいという好奇心が俺を満たしていた。そう思っていると、目の前に青いゼリー状の何かが近づいてくる。
(なんだあれは? 生き物、なのか?)
正体不明の物体を眺めていると、それの横に文字が浮かび上がってくる。
《ブルースライム レベル 1》
(ブルースライム? モンスター…だよな)
と、考えていると、ブルースライムは勢い良く体当たりを仕掛けてきた。突然の攻撃に驚き、俺は何も出来ずに直撃を受けてしまう。
(痛っ……まるで全速力の自転車に撥ねられたような衝撃と痛みだ)
かなりの痛みを感じたのでステータスを確認してみると、HPが9になっている。このままでは死ぬ? そう思ったらすぐに立ち上がり、反撃を開始した。
スライムには顔がなかったので、どちらが正面か分からない。だから気にしないで突っ込み、拳に力を込めて殴りかかる。
ポフ。
場の空気が沈黙する。明らかにダメージを与えていない、気の抜けた音だった。自分の手を良く見てみると、とても柔らかそうな肉球がある。
すぐさまバックステップで距離をとる。気の抜ける拳での攻撃とは違い、動きは軽快だ。つまり足で攻撃した方が威力が高いのだろうとすぐに判断出来た。
スライムはゆっくりとこちらを見るように向きを変えている。その回転に合わせて俺も移動し、死角? から全力で蹴り込む。その衝撃でスライムは吹き飛ぶ。しかしスライムは生きていたようで、また体当たりを仕掛けて来た。
だが今回は油断していない。冷静に見極め、横に跳んで攻撃をかわす。落ち着いて戦えば勝てると確信する。スライムの体当たりのスピードより、俺の足の方が早いからだ。
俺は繰り返すように何度も蹴り飛ばし、最後には木にぶつかって弾けて粉々に散ってしまった。
(あれ? やり過ぎたか?)
命懸けの戦いだったとはいえスキルを試したい気持ちは残っていたので、飛び散ったスライムを見て失敗したかもと後悔した。近づいて見てもピクリとも動かないスライムの残骸。その欠片の1つ持ち上げて見ていると、一瞬で手に吸い込まれるように消えてしまい、周囲にあったその他の欠片も手に集まるように吸収する。
神社 雪兎 レベル 1
HP 9 / 13
MP 3 / 3
力 7
耐久力 9
素早さ 7
魔力 3
スキル アプソープション ・ 鑑定眼
ステータスを確認してみると、HPと力が少し上がっていた。そして<アブソープション>の効果を理解出来た。つまりモンスターを倒せば倒す程、俺は強くなるって事だ。
(面白い! この世界がどういう所なのかはまだ分からないが、少なくとも退屈はしそうにないな)
これでとりあえずの目標が決まった。ここはモンスターに命を狙われる弱肉強食の世界。まずは身を守れる強さを手に入れる必要があるため、モンスターを倒しまくる事にする。