22話 オーク襲撃 開戦
ゴブリンの悲鳴を皮きりに、冒険者達が雄叫びを上げて突撃を開始する。
アミルも一生懸命走っていたが、所詮レベル3の子供のステータス。Eランクの集団からはもちろん、Fランクの冒険者にも着いて行けず、端へと追いやられていく。ギルドマスターがすぐ後ろを走ってくれているので、転ぶ事もなく自分のペースで進む事が出来たが、明らかに出遅れてしまう。
次第に横へ横へと広がっていく陣形。これが意味するのは先頭の戦いが始まったという事だ。
この作戦はスピードが命。一点突破を仕掛けている以上、時間が経つと囲まれてしまう危険があるのだ。
だいぶ遅れたが、アミルの目にもゴブリンが見え始めた。
『前方の敵は俺が始末する。お前はミズチを呼んで、横から近づいて来る相手に攻撃させろ。それと走るのを止めるな。道は俺が作る』
「は、はい! ミズチちゃん、出てきて」
アミルはミズチを呼び、肩に乗せた。横から近づいて敵に<ウォーターレー>を放ち、倒す事は出来ないがダメージを与えて動きを止める。
雪兎はその間、前方から襲って来るゴブリンを蹴り飛ばし、まるでボーリングのピンのように弾いて道を確保していく。
その規格外な攻撃力を見たギルドマスターや冒険者は、驚きを隠せずゴブリンから目を放して雪兎の戦いに目を取られていた。
だがすぐに別の事に驚かされる。アミルが2匹目のモンスターを呼びだしたのだ。モンスタートレーナーが従わせる事が出来るのは、1人1匹のはず。それなのに2匹のモンスターを従わせて平気な顔をしている。いや、走り続けている事で、少し苦しそうな顔はしていた。
しかしその2匹の活躍で、ギルドマスターやその周囲にいる冒険者は一度も武器を抜かずに済んでいた。
『このまま一気に抜け、オークを後ろから襲うぞ!』
「分かりました!」
当初の作戦であった一点突破はすでに失敗と言っていいほど、戦場は横に伸びてした。このまま中央まで移動するのは時間が掛かり過ぎると判断した雪兎は、自分達だけゴブリンの壁を突破しようと考えた。
横に伸びている事で、正面にいるモンスターの数は限られている。雪兎は手早くゴブリンを蹴り倒し、アミルが安全に駆け抜けれるスペースを確保した。
ただ雪兎の予定と違ったのは、アミルを守ると言っていたギルドマスターも着いて来たので、周りにいた冒険者達も一緒に包囲網を抜ける。
結果としてアミルを先頭に、……いや、雪兎を先頭に一点突破する形になってしまった。
雪兎はすでに<超音波探知>を使い、オークやゴブリンの位置を全て把握していた。狙いはオークの集団。ゴブリンがおらず、最短で辿り着ける道を選んだので、少し走ると視界にオークが見え始めた。
ここでギルドマスターに着いて来ただけのFランク冒険者の足が止まる。元々ゴブリンの相手をする予定だった冒険者が、オークに勝てる訳がないのだ。
しかし雪兎は止まらない、止まる理由がなかった。彼の目には、自分のステータスを上げる餌にしか見えていない。
『ここから先、不用意に近づかず一定の距離を取っておけ!』
ゴブリンとは違い、オークにはミズチの水の玉は通じない。無駄に攻撃をしてアミルが狙われると、守りながら戦わないといけないので効率がかなり下がってしまうのだ。
雪兎が言いたかった事を理解し、アミルは走るのをやめる。
ギルドマスターもアミルの近くで止まり、雪兎の戦いに魅入られる。
誰もが勝てないだろうと思われる体格差。それを無視して雪兎の一発一発の蹴りでオークは舞い上がり、その姿が消えていく。
ギルドマスターは当然として冒険者ならアイテム袋の性能は知っている。持ち主の魔力量で収納量が変わるのだが、巨体と言えるオークを複数入れれる程の魔力量となると、スノーラビットでは異常と言えるほどありえない話だった。
すでに観客となってしまったギルドマスター。本来ならオークと戦うはずだった他のEランクの冒険者は、まだオークの集団まで辿りついてさえいなかった。
雪兎が戦い始めて数分で、オークの数は半分以下まで消え去っている。このままいけば、被害が最小限で勝てると誰もが思った時、アミルを通じて雪兎から凶報を聞かされる事になる。
『……おい、こっちはいいから後ろの方を警戒しろ。大物が向かって来ているぞ』
「え!?」
雪兎の言葉に驚き、アミルはオークから目を離して後ろの森の中を見つめる。
「?。どうしたんだお嬢ちゃん? いくら優勢だからって、モンスターから目を離したらいかんぞ」
「……ユキトさんが向こう側から大きなモンスターが向かって来るって、教えてくれました」
「なに!?」
そのアミルが指を指しながら言った言葉を聞き、ギルドマスターとその周りの冒険者もその方向に振り返る。
「……何も見えないよな?」
「ああ、なにも……」
一番後ろにいた冒険者が、何も来ないでくれ、と願望を込めて眺めている。しかしその願いは叶えられる事はなかった。
突然視線の先の木が折れると、そこには普通のオークより二回りは大きいオークが現れた。
《オークキング レベル 20 スキル 威圧》
『奴はオークキング。レベルは20のようだ。おっさんに教えて、俺と交代するか時間を稼ぐか選ばせろ』
「ギ、ギルドマスター、あれはオークキングでレベルは20らしいです。ユキトさんが残ったオークと戦うか、自分が倒しきるまで時間を稼ぐか選んでほしいと言ってます」
「レベル20!? ……なんでそんな事が分かるかも不思議だが、その話が本当なら、俺達が束になっても敵わないぞ……」
ギルドマスターはゆっくりと進んで来るオークキングと雪兎が戦っているオークを交互に見つめ、悩む。アミルの言葉を裏付けする証拠は何もないが、見ただけで分かる強さがある。そしてまだ10匹ぐらい残っているオークは雪兎しか戦っておらず、当初戦う予定であったEランクの冒険者は合流していない。
それに対してこちらの戦力は現役を引退したギルドマスターと、それについて来たFランクの冒険者が数人だけだった。
「……お嬢ちゃん、俺達はオークキングと戦って時間を稼ぐ。そのモンスターに負担を掛けちまうが、今だけは後ろを気にしないで戦ってくれ」
ギルドマスターは散々悩んだ結果、オークキングと戦う事を選ぶ。オーク10匹に一度に襲われるより、相手が1匹の方が時間を稼ぐだけなら勝算があると判断したのだ。
雪兎の戦闘力からして、残りのオークを倒しきるまで3分といったところだろう。なるべく相手の間合いに入らず、足止めに専念するように冒険者に指示を出す。
オークキングの武器は、右手で握って肩に掛けいる棍棒だ。深入りせずに牽制だけならば致命傷をくらう事はないだろう。そう思っていたのだが……
「あ、あ、あ……???」
ギルドマスターはすぐに自分の考えが甘かった事を後悔した。オークキングが一睨みすると、完全に逃げ腰だった冒険者が硬直してしまい、その巨体がゆっくりと近づいてくるのに、小さく声を出すのが精一杯で動く事が出来なかった。そしてそのまま殴り飛ばされる。
吹き飛ばされて木に激突した冒険者は、逃げ腰で殴られる瞬間に後ろに尻餅をつこうとしていた為、偶然だが攻撃の衝撃を逃がせたので一命を取りとめることが出来た。
すでに他の冒険者も<威圧>を受けて硬直している。
その後、一分も経たない内に残りはギルドマスター1人になってしまった。
オークキングは誰がリーダーか分かっていたようで、ギルドマスターの方に顔を向け、ニヤリと笑う。その笑顔はまるで「次はどんな無駄な努力をする?」と語りかけているようだった。
馬鹿にされているのはすぐに分かった。しかしここで自棄になって向かっていけば、残されるのはアミル1人になってしまう。それだけは避けなければならないので、剣を正眼で構え、待ちの姿勢で時間を稼ごうとする。
だが、ここは戦場。一対一の戦いではない。ギルドマスターに向かって横からゴブリンが1匹が迫って来た。全ての意識をオークキングに集中している彼は、その事に気づいてはいなかった。
「ミズチちゃん! タマモちゃん! お願い!」
もうすぐゴブリンが攻撃範囲に入ろうとしているのに、まったく動こうとしないギルドマスターを助けようと、アミルはタマモも呼びだし、ゴブリンに攻撃をする。
その行為でようやくゴブリンの存在に気づいたギルドマスターだったが、厄介な相手の目にもついてしまった。
オークキングだ。
オークキングは余裕がなくゴブリンの存在に気付いていないギルドマスターを見て、慌てる様子をニヤニヤしながら楽しみに待っていた。それを邪魔した存在……アミルに苛立ちを込めて睨みつけてきた。
『ガイアも呼びだし、防御に専念しろ! 完全にターゲットがお前に絞られてるぞ!』
雪兎はタマモが出す火の明りが見えて、アミルが攻撃を仕掛けたと気付いた。アミルが攻撃に参加した以上、それは相当追い込まれている証拠でもあるので、横目で様子を確認していた。
アミルはすぐにガイアも呼びだした。ガイアは雪兎の声が聞こえていたのか、それともオークキングの出す威圧感に圧されたのかは分からないが、出てきてすぐに防御力アップのスキルを使う。
ギルドマスターも視線の先に気付き攻撃に出るが、振り回される棍棒に打たれ、吹き飛ばされる。それでもFランクの冒険者とは違い、何度も立ち上がる事が出来た。だが7度目の攻撃を受けた時、剣が折られ棍棒の直撃を受けてしまい、立ち上がれなくなってしまう。
怖くて動けないアミルを守ろうと、タマモとミズチは懸命に火と水の攻撃を繰り出している。しかしオークキングは少しも気にせず、ゆっくりと向かってくる。
「モンスターに攻撃を続けさせて、お前は逃げろ!」
だがアミルの足は恐怖で言う事聞かない。すでに<威圧>を受けて硬直していたので、逃げるどころか、一歩も動く事が出来なかった。だが動けたとしてもアミルはタマモ達を残して逃げる事はしなかっただろう。
タマモ達はそれが分かっているからこそ、自分達も怖いが逃げずに攻撃を繰り返しているのだ。
ガイアも前に出る。オークキングが棍棒で殴りつけるが、強化した防御力と元々の重量で攻撃に耐えた。
しかし、すぐに殴っても無駄だと気付かれ、持ち上げられて横に放り投げられてしまった。
これでオークキングの歩みを止める者は誰もいなくなった。
アミルは腰が抜けて座り込んでしまう。恐怖で涙を流して震えているアミルだったが、スキルの使い過ぎで息切れを起こしているタマモとミズチだけは守ろうと、体を張って覆い被さる。
オークキングは叩き潰す事を楽しみにしているのか、ニヤニヤ笑いながら棍棒を高く持ち上げる。アミルは目を力強くつぶっていたが、足音が止まった事で目の前にいると分かってしまい、恐怖で体をさらに強張らせる。
ドォォォォォン!
大きな衝撃音が戦場に響く。誰もがアミルが叩き潰された音だと思った。
しかしそれは別の音だった。
『なかなか頑張ったじゃないか。お前のおかげで、全てのオークが俺の糧に出来たぞ』
「ユキトさん、遅いですよ……」
アミルは腰が抜けているので立ち上がる事が出来ないので、顔だけ上げて雪兎の姿を確認する。その両側からタマモとミズチも顔を出して、喜びの声を上げた。
『お前達もよくやった。あとは俺が蹴散らす。ゴブリンが向かってくるかもしれないから、そのお漏らし娘を守ってやれ』
「おも!? ……私はお漏らしなんて……してませんよ」
『フッ。ならそう言う事にしといてやるよ』
「……ユキトさんの……馬鹿……」
アミルはバレていると気付いていた。雪兎は匂いだけでモンスターの居場所が分かる。そんな雪兎の近くにいて、バレないはずがなかったのだ。それでもデリカシーの欠片も見せない雪兎に、「馬鹿」の一言だけは、言うのを止める事が出来なかった。




