20話 オーク襲撃
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ロックゴーレムの討伐依頼での報酬は12000クポンだった為、学校への入学費まで後1万クポンぐらいだった。しかし目新しい依頼もなく、近場での討伐も禁止されている。
Eランクの依頼もすぐに達成出来る距離にはなく、時間が限られている雪兎たちにとっては適した依頼ではなかった。
残り時間は約5日。移動日などを考えると、あと3日間ぐらいしか活動時間はない。今ある依頼の中で一番効率が良さそうなのがキルアリゲーターの討伐と判断し、合計5日間かけて討伐をおこなった。
キルアリゲーターの狩りを終えて町に帰って来ると、町は慌ただしくざわついていた。店もほとんどが締まっていて、住民が大きな荷物を持って我先と町から出ようとしている。
「なんだろう。みんな逃げ出そうとしてる?」
『何かあったんだろうな。まあ、俺達には関係がない。さっさとギルドに行って精算し、アルティアに行く準備をするぞ』
アルティアの冒険者養成学校の試験日にはまだ余裕がある。しかし日本のように時刻通りの交通手段が存在しないこの世界では、トラブルを想定して早めに行動しないと予定日に到着出来ないのだ。
冒険者ギルドの中も、町中といっしょでざわついていた。ギルドマスターはいつもの席に座っておらず、慌ただしく何かを指示をしている。それを聞いている冒険者達も、誰1人酒を飲まずに真剣な表情で話に耳を傾けていた。
「状況を見に行った第一班はまだ戻らねえか! もしかしたら見つかって、やられた可能性もあるか。少人数で編成して目撃情報があったところに追加で向かえ! 第二班から第四班までは町の外に罠を仕掛けを急がせろ。……住民の非難に人手が足りないだと? 人手が足りないのはどこも一緒だ! 年寄り子供から優先的に手を貸してやり、出来るだけ怪我をしないように安全に誘導するんだ!」
逐一報告に来るギルド職員や冒険者に、ギルドマスターは怒鳴り声のような大声で指示を出す。その波が一端引いたのか、今はギルド内にギルドマスターを残して誰もいなくなった。
「ん、お嬢ちゃんか。すまんが今はたて込んでいてな。……それよりお嬢ちゃん、急いで住民と一緒に南西側にある町に逃げるんだ」
「……何があったんです?」
雪兎はもちろん、アミルも何が起こっているか分からず困惑していた。
「今の状況を聞いたら、お嬢ちゃんも冒険者として戦わないといけなくなる。だから何も聞かず、何も知らずに町を出るんだ」
『話にならんな。だいたい西側に逃げろだって。俺達が行こうとしているアルティアは東側にあるんだぞ。そんな理由も分からん状況で、素直に言う事を聞く必要はない』
雪兎の話にアミルも同じ事を思っていた。だがギルドマスターが自分の事を心配してくれているとも理解出来たので、聞くべきか聞かないべきか悩んだ。その事を悩んだ結果、アミルは現状を聞く事にする。
「……まったく、お嬢ちゃんはまだ子供なんだから逃げて欲しかったんだがな。だが冒険者として自分で判断したなら、俺が止めるのは間違っているな」
ギルドマスターは諦めたようにため息を吐き、今、町を騒がしている原因について話始めた。
話によると、ここから北東の位置にオークの大群を見付けたらしいのだ。発見者は町から町への行商の一向で、冒険者の護衛をつけていたのだが、呆気なく全滅。1人だけ命からがら逃げて来られたおかげで、この情報を得る事が出来た。
その報告によると、オークの数はおよそ30匹。ゴブリンも百匹以上連れて移動している事が分かっている。そんな大群が急に襲ってきたら、何も出来ずに町中に侵入されてしまうところだった。だがオークの大群を相手にするには、ギルドランクC以上の依頼だ。
今、この町にはCランク以上の冒険者はいない。Dランクの冒険者も数が少なく、町が襲われたら防ぐ事が出来る保証はない。
その不安は住民にも伝わり、情報を聞きつけた人から一気に広がってしまった。
「ギルマス! 早馬で様子を見に行っていた第一班が帰ってきた。……残念だが最悪の状況らしい。今のペースで進行されると、半日ほどでこの町に着くと報告を受けた」
「誘導は! 別の方角への誘導はどうなった」
ギルドマスターは第一班に状況確認と同時に、馬を使って町とは別の方向に誘導するように指示を出していた。
「駄目だった……らしい。大群の移動だから、ゴブリンを数匹引っ張ることしか出来なかったみたいだ」
「くそ!? 帰ってきたばかりの第一班には悪いが、第二班と合流して戦いの準備を急がせろ!」
「はい!」
ギルドマスターは指示が終わって冒険者が出払うと、落胆するように椅子に座り深いため息を吐いた。せめてこの町から逸れて進行してくれれば、個別に撃退などの作戦もとれたはずだった。
しかしその作戦も取る事が出来なくなり、正面から戦う事での被害を想像して絶望視してしまったのだ。
「状況は聞いての通りだ。Eランクの冒険者は最前線で戦わないといけない。今ならまだ逃げても良いんだぞ?」
モンスターの大群との戦いで最前線。その話を聞いてアミルは顔を青くして膝が震えていた。皆が絶望を感じるモンスターとの戦闘に、本来はFランクが精一杯のアミルが怖がらない訳がないのだ。
そんなアミルの状態を見て、ギルドマスターはまた逃げるように進言する。
『まったく……オーク程度が集団で襲って来たぐらいで今更騒ぐとはな。いつも酒を飲んでグウタラしていたツケが回ってきただけだ。俺達がつき合う必要はない。さっさとアルティアへの馬車を探すぞ』
「え!? ……でも……」
『なんだお前。この町の連中が遊んでいたツケを代わりに払おうっていうのか?』
「……………」
アミルは何も答えれなくなる。雪兎の言い分も理解出来るし、正直な気持ちは今すぐ逃げ出したいほど怖い。それでもお世話になった宿屋の女将やローラ、忌み子の自分を普通の冒険者として見てくれたギルドマスター達を見捨てて、自分だけ逃げるのは……。
「ユキトさん、ユキトさんなら襲って来るモンスターの群れと戦ったら……勝てますか?」
『なんだお前へ、俺達はこの町をもう出るんだぞ。それなのに命を掛けて町の為に戦うって言うのか?』
「分かってる。分かってるよ! 私も死ぬのは怖いよ! ……でも、それでもこんな私に普通に接してくれた人達を見捨てて、自分だけ逃げたくないよ!」
「お、おい、お嬢ちゃん。大丈夫か?」
アミルはそう言って、その場でしゃがみ込んで泣きだしてしまった。いつものような遠慮がちな丁寧語ではなく、おそらく悩み過ぎて言葉使いに意識を回す余裕がなくなってしまい、彼女の本来の喋り方が出たんだろう。死の恐怖、助けたいと思う気持ち、その二つがせめぎ合って苦しんでいた。
『ったく……お前のお人好し加減には、ほとほと呆れるな』
アミルはビクッと体を震わせる。雪兎に呆れられた。見限られたかもと考えると怖くなり、雪兎の顔を見る事が出来い。
『だが、お前がやる気を出したと考えれば、この戦いも無駄ではないかもしれないな』
「そ、それじゃあ!」
『ああ、すぐにでも終わらせてやる。このままじゃあ、アルティアまでの馬車も走っていなさそうだしな。それじゃあ、行くとするか』
「は、はい! ……って、今からもう行くんですか? 私達だけで?」
雪兎はすでにギルドを出ようと歩き出している。アミルも勢いで返事をしたのは良いが、その内容にすぐに気付き、驚いてしまった。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん? 泣きだしたと思ったら、突然立ち上がって驚いたりして……」
「え? ユキトさんが今すぐオークを退治しに行くって言いだして……」
「おいおい、本当にお嬢ちゃんはそのスノーラビットを従わせているのか? なんだが振り回されているように見えるが……。そんな事より、いくらなんでもお嬢ちゃん達だけで、オーク30匹、ゴブリン100匹以上と戦うのは無謀だぞ!」
「私もそう思います……」
ギルドマスターはビクビクしている割に、やろうとしている内容が無茶の塊だったので、2人の関係に違和感を感じていた。だが今回の内容は聞き流せる事ではなかったので、声を荒げて止めに入る。
「お嬢ちゃんのモンスターは実力もあるし、ヒールも使えるから、前線で回復役になってくれれば十分だ」
「……分かりました。それでは準備をして、またここに来ます」
「すまないな。お嬢ちゃんにまで死地に向かわせるような事になって」
こうしてアミルは戦いの準備をする為にギルドを後にする。




