0話 アミルの生い立ち
少々暗い話ですので、飛ばしてもらっても構いません。
わたしの名前はアミル。両親がつけてくれた名前なんだけど、良い思い出が1つもない嫌な事を思い出す嫌いな呼び名。この名前を呼ばれる度に、自分は要らない存在だと思い出させられます。
わたしの瞳は左右が違う色をしています。そのような存在は忌み子と呼ばれ、災いを呼び寄せる呪われた者として忌み嫌われて、近くにいるだけで汚い物を見るような目で見られました。親や兄弟はもちろん、村人全員の視線が怖いものでした。
でもその視線を覚えているのも少しの間で、突然の終わりを告げます。
物心がついてしばらくした年、お父さんが今までで一番怖い顔をしてわたしの前に立っています。わたしは怖かったけど、出来るだけ笑顔でお父さんを見ます。そうする事で叩かれる回数が減るからです。でも今日はそれだけでは足りなかったようでした……
「アミル。お前なんかが生まれて来るから今年も不作続きなんだ。お前のせいで!」
わたしの家は農家をやっていました。とくに目立った特産品もない小さな村で、狩猟や野菜を育ててひっそり暮らしている村です。
ただわたしが生まれた年ぐらいから、作物は不作続き、狩猟も成果がドンドン減っていき、今では食べるのにも苦労するほど貧しい状況になったようです。
村人にもわたしのせいだと言われたので、一生懸命に働いていました。食事も他の兄弟より減らされても文句も言いませんでした。それでも子供が1人頑張った程度では、大した成果など出る訳がありません。
「お、お父さんどうしたの? わ、わたし、今日のご飯はなくても大丈夫だよ」
徐々に近づいてくる父親に、わたしは自分が出せる物を差し出す事で許しを請うしか出来ません。
でも、駄目でした。
「このままでは村全体が食うのに困って滅んでしまう。それは全部お前のせいだ! 忌み子のお前がここにいる限り、この村は悪い方にしか向かない! お前のせいだ!」
「お、お父さん! わ、わたしは何もしてないよ」
「黙れ!」
お父さんの右手にはナイフが握られていました。只ならぬ恐怖に周りに助けを求めます。
「お、お母さん! お兄ちゃん! お姉ちゃん! 助けて! お父さんが怖いよ」
しかし誰もお父さんを止めようとは動いてくれませんでした。それどころか皆の目がお父さんと同じ、怖い視線を向けて来るだけでした。
わたしはすぐに分かりました。ここにわたしを必要としてくれる人も、愛してくれる人も、誰1人いない事を……。
わたしの両目はお父さんの持っていたナイフで潰されました。痛みで叫ぶと、今度は黙れと蹴られてしまいました。目の痛みと蹴られた痛みで気を失い、次に目が覚めた時は馬車に乗せられていました。
「お父さん? お母さん?」
目が覚めて周りを見回しても何も見えません。どこを見ても真っ暗闇で、馬の蹄の音と馬車らしいき物の振動しか感じませんでした。
「どうやら目が覚めたようだな」
知らない男の人の声です。その声を聞いて驚いて体を震わせると、全身に痛みが走り、何が起こったかを思い出しました。出来れば夢だと思いたい程の出来事。でも、この痛みが全て現実だと教えてくれます。
「わたし……どうなったの?」
「お前等は売られたんだよ。食いぶち減らしと食う為の金を得る為にな」
お前等、その言葉を聞いて始めて気付きました。わたしの他にも何人か子供の泣き声が聞こえます。どうやら売られたのはわたしだけではないようです。
「……あんたのせいで、あんたのせいでわたし達までこんな目に! 忌み子のあんたが村に生まれたせいで!」
わたしが目を覚ました事を知った周りの子が、突然罵声と共に蹴ってきました。わたしは周りが見えないので、体を丸くする事でしか身を守る事が出来ません。その後、何人かの子が同じようにわたしのせいだと言って蹴ってきます。
先程説明してくれた男の人は止めようとはしてくれません。しばらくその暴力に耐えて、ようやく「うるさい」とだけ怒鳴り、その行為は止まってくれました。
わたしには分かりません。どうしてわたしがこんな目に会うの? わたしが何をしたの? 心の中でいくら叫んでも、その答えを返してくれる人はいません。
その後も人が近づいてくる音がする度に無言で蹴られます。自分達の今後の事を思うと怖く、その恐怖から逃げるようにわたしに暴力を振るうのです。
最初に聞こえた男の人は奴隷を扱う店の人のようで、わたしの生まれた村で大量に子供を売りたいとの話が来たので、買い取り、自分達の町に連れて帰る途中のようです。
その男の人はわたしが蹴られているのに気付いています。目が潰された事で他の感覚が敏感になっているのでしょう、小さい笑い声が聞こえてきました。
ああ、こんなわたしまで買い取ったのは、こうやって不満の捌け口にする事でまだ下の者がいると安心させたかったんですね。
食事のパンも土がついたような触感がしますし、もしかしたら踏まれた物を食べているのかもしれません。わたしが食べると笑い声が聞こえます。それでも食べないと死んでしまいます。
お父さんやお母さんが連れ戻しに……そんな事がありえないとは理解しています。あの時の両親と兄弟の目は、わたしを同じ人間とは見ていませんでしたし。
それでも少し期待している自分に呆れてしまいます。
光は見えませんが、周りが寝静まった回数で大体の日数が分かります。わたしが意識を取り戻してから3日たった時、ようやく目的地に到着したようです。
わたし達はこれから奴隷商による競売に掛けられるようです。ここである程度の未来が変わるようです。国に許可を貰っている奴隷商の店に買い取られると衣食住の保証があり、運が良いと買い取り先で自由を貰える場合もあるようです。
でも、売れ残ると……
「やっぱりコレは売れ残ったか。まあ、ストレスのはけ口になってくれたおかげで、他のガキどもは高値で買い取ってもらえたし、コレには同じように働いてもらって元をとるとするか」
「あんたもなかなか酷い事をする奴だな。忌み子とは言え、一応は商品の1つだろうに」
「ふん。分かってるくせに偽善ぶるような事を言うな。だいたい傷物の忌み子なんて買い取り手が出ると思うか? コレには他の商品の価値をあげるぐらいにしか使い道がないんだよ」
「ま、俺でも同じような使い道をするだろうな」
わたしの事を話しているんですね。分かっていましたが、誰もわたしの名前を呼ぶ人はいませんし、人間扱いしてくれる人もいないようです。
わたしはその後も馬車で揺られ、別の村に行っては子供を買い取ってその奴隷の子の不満の捌け口と、最下層の者になった時の恐怖を教える物として連れ回されました。おかげで奴隷として売られた子供達は少しでも良い待遇を受けようと、自分達を一生懸命に売り込みするようになって良い値で売れていったようです。
そんな生活が1年ほど続いたのでしょうか。もう日付の感覚も曖昧になって、ここがどこなのかも分からなくなった頃、わたしは肺を患う病に掛かったみたいです。最低の食事、日々続く暴力が原因で病気になったのでしょう。それが発覚してからは、良く分からない建物の檻の中に入れられました。
ここは裏の奴隷商の店のようです。まともな用途に使わない奴隷専門の店で、わたしのように忌み子で傷物、病気持ちでも買い取ってくれる人がいるかもしれないようです。最後に売って儲けようと考えたのでしょう。
馬車での移動がなくなり、少しは環境が良くなると期待したのですか、ここは更に酷い場所でした。食事がない時も多々あり、少しでも気にいらないような態度をとったら堂々と暴力を振られるます。今までの子供の暴力ではなく、大人の手加減の少ない暴力に晒され、わたしの足はもう動かなくなってしまいました。
今では足音が聞こえるだけでも恐怖で体が硬直します。
ここに来てどれだけの日数が経ったのでしょうか。地下に閉じ込められて、変化の少ない環境で食事も曖昧。時間の間隔を掴む物がなさすぎて、良く分からなくなりました。
でももう良いのです。最近は咳も酷くなる一方で、わたしの命も何時まで持つか分かりません。甘い期待ももう持っていません。
でも、それでも……せめて1人ぐらいはわたしの事を人として見てほしかった。一緒に笑ってほしかった。そしてその人の事を一生愛したかった。
とてもとても甘い夢。死が近づいて来ているせいか、最近はそんなありもしない夢を見る事が増えてきました。目を覚ますと潰された目から涙が出ています。