16話 幽霊屋敷
騒然となった冒険者ギルドからアミルは逃げるように立ち去った。本当は夜に行った方が良さそうだが、依頼を複数受けれないので時間を潰せず、まだ日中だが目的地である幽霊屋敷に向かう事にした。
「ここが幽霊屋敷ですか? ……とくに普通のお屋敷と変わらないように見えますね」
『確かにそうだな。だが楽しみだ。どんなモンスターが現れるんだろうな』
「私は怖いですよ……」
ワクワクしている雪兎と、ビクビクしているアミル。その対照的なコンビは、屋敷の中に入っていった。
中に入ると肌に感じる空気が一気に冷えた気がする。アミルはそれだけで顔を青くして震え、雪兎の背中に隠れるように縮こまってしまった。
この屋敷は2階建てなので、まずは1階から回っていく。幽霊が相手なので、夜に来ないと現れないかもと心配したが、最初の部屋でアミルの悲鳴とともに、いきなり発見する。
《ファントム レベル 6》
半透明で顔はハッキリしない人型の幽霊で、部屋に一歩足を踏み入れると、突然こちらに振り向き襲い掛かって来た。
ヒール一発でケリがつくと事前情報を得ていたので、雪兎は恐怖を感じなかった。実際、動きはブルーウルフより少し早い程度だったので、十分落ち着いて対応できる。ただ吸収はしたいので、右手を前に出し、ギリギリまで引き寄せてからヒールと同時にアブソープションも使う。
ギルドマスターの言った通り、ヒールの聖なる光を浴びると周りから霧が晴れるように霧散していく。そして半分ぐらい消えたところで雪兎に吸収されてしまった。
これで依頼は終了かもと思うと少々呆気なさを感じたが、隣の部屋にもウロウロ宙に浮いているファントムを発見する。もちろんヒールの一発で戦闘は終了だ。
結局1階はすべての部屋にファントムがいて、全部一発づつで仕留めて来た。だが流石屋敷と言うべきか、無駄に部屋数が多く8室もあったので、一度MPを回復させるために、屋敷の外に出て休憩をする事にする。
神社 雪兎 レベル 10
HP 151 / 151
MP 5 / 101
力 133
耐久力 104
素早さ 116
魔力 81
スペル ヒール(LV1)
スキル アブソープション ・ 鑑定眼 ・ 念話 ・ 嗅覚強化(LV1) ・ 耐火防御(LV1) ・ 耐水防御(LV1) ・ 憑依
憑依 ・・・ 自分の魂を他人に乗り移させる事が出来る。ただし、相手が強い反発心をいだいた場合、魂が消滅してしまう恐れもある。
休憩中、ファントムを吸収してどのステータスが上がったか確認していると、新たなスキルが増えているのに気付いた。
『ん? なんか面白そうなスキルが手に入ったな』
「何を覚えたんです?」
『それは……これは説明するより、身を持って体験した方が早そうだな』
雪兎がそう言うと、アミルは意味が分からず首を傾げる。すると次の瞬間、雪兎は意識を失ったように倒れ込んでしまった。
だがアミルは慌てる様子も見せず、下を見たまま動きもしなかった。
「ククク、どうやら成功したようだな」
ようやく動き始めと思ったら、突然柄の悪そうな言葉を発して、アミルは顔を上げる。心なしか目付きが悪くなっているアミルは、キョロキョロ面白そうに周りを見回していた。
「少々視線が低いが、久しぶりの人間の体だな。……しっかし、貧弱な体だな」
『な、な、な、何でユキトさんが私の体を動かしているんですか!? 何故? どうして? んーーー!!! 自分の体なのに全然自由がききません???』
「そりゃそうだ。今、この体は俺が乗っ取っているからな」
『だからどうしてですかーーー!?』
「説明してやるから、あまり大声で叫ぶな。頭の中にお前の声が響いて、五月蝿くてたまらん。……つまり、これが新しく手に入ったスキル、《憑依》だ。効果は見ての通り、他人の体に俺の魂を移す事が出来る。どうだ、面白いだろ?」
アミル(雪兎)は、転がっている自分の体を持ち上げ、久々の人間の体を楽しむように屋敷の庭を歩き回っている。
だが乗っ取られているアミルは、それどころではない。意識はあるのに自由のきかない体に、泣き叫びながら自分の体に戻るように訴えかけていた。
しかし雪兎は止まらない。
「しかし、やはりと言うべきか、俺の魂が乗り売っても身体能力は変わらないんだな。こんな蹴りじゃ、ブルーウルフも倒せないぞ」
『やめてくださーーーい!!!』
雪兎がいつものような蹴りを何もないところにくり出している。するとアミルは今までで一番大きな声で叫ぶ。
雪兎にとってはいつもの上段への蹴り。だが今はアミルの体のため、スカートをはいている。女の子がスカートをめくり上げる行為は、いくら誰もいない幽霊屋敷の庭だからと言っても、かなり恥ずかしいものだったのだろう。
「たく、五月蝿い奴だな。もう戻るから、少しは静かにしろ」
そう言って雪兎は渋々スキルを解き、自分の体に戻っていった。
「グスン、グスン」
憑依を解いた途端、アミルは膝を抱えて泣きながらいじけてしまった。
『おいおい、何で泣く必要がある。別に少し遊んだだけじゃないか』
「少し遊んだじゃないですよ。自分の体なのに自由がきかないのは、とても怖かったんですよ。それにあんなに足を上げてなんて……他の人に見られるかもと考えただけで、すごく恥ずかしいですよ!」
『あの程度、足がむき出しになったぐらいで、何を恥ずかしがる必要がある。お前が奴隷市場で檻に入れられて運ばれて来たときは、もっときわどいほど足が出てたぞ?』
「っ!!!!!」
その言葉を聞いたアミルは、ますます小さく丸まって、恥ずかしそうに落ち込んでしまった。
『おいおい、勘弁してくれよ……』
結局、アミルの落ち込みは、雪兎のMPが回復し終わってもしばらく続いた。
『それじゃあ、2階に行ってみるぞ』
「はい」
屋敷の中に戻り、もう一度1階の全部屋を確認する。1階のファントムが復活していて、2階に上がった途端挟み打ちになるのは御免だと思ったが、どの部屋も無人で何もいなかった。
階段を上がって見える部屋数は6つ。まずは身近な部屋から覗いてみる。
「……何も…いませんね」
2階も全部屋に幽霊がいると思い、警戒していたのだが拍子抜けだった。次の部屋も、その次の部屋も無人……結局最後の1部屋を残して全て空振りに終わった。
ただ落胆する必要はなかった。最後の部屋、これはこの屋敷で一番立派な扉がついている。そしてその扉を触っただけで走る悪寒。ここに親玉がいる。そう判断するのに十分な感覚だった。
『気を抜くなよ。ここに大物がいるぞ』
アミルにも緊張が伝わったのか、無言で頷き、開かれ始めた扉の先を見つめる。
《ファントムロード レベル 15 スキル 魔力波》
部屋の中心で入口を睨みつけていた一回り大きい幽霊、ファントムロード。その体は今までみたいな半透明なだけではなく、杖のような物を持ち、黒い煙みたいの物が全身から吹き出していた。
「なんか……全然強そうに見えるんですけど……本当にヒールで勝てるんですか」
『たぶん一発じゃ無理だろうな。こいつはファントムロード、レベルも2倍以上高いし攻撃スキルも使えるようだ』
アミルはますます逃げ腰になる。
『お前は距離をとってミズチを呼べ。そして奴から攻撃されそうな時だけ、スキルで迎撃しろ!』
雪兎は慌てて指示を出す。ファントムロードはまだ部屋に入っていない雪兎達に向かって襲って来たのだ。アミルを後ろに下げさせ、雪兎は一歩前に出てヒールを放つ。
『クソ! やはりヒールだけじゃほとんどダメージが与えられない』
突っ込んで来たファントムロードに合わせてヒールの光を浴びせたが、黒い煙に邪魔されて一瞬動きが鈍くなった程度で、雪兎に向かって黒い玉を撃ち込んで来た。
この黒い玉のスピードは速かったが、事前に魔力波を使える事は知っていたので、何とか避ける事が出来る。
(あいつを下げさせて正解だったな。今のが近くで放たれたら、一発でアウトだぞ)
雪兎はアミルのところに行かせないように立ちまわる。しかし実際は手詰まりだった。ヒールの光の効果が薄いとなると、幽霊に対する攻撃手段がない。こっちの攻撃は無効化され、相手の攻撃だけ有効。まさに一方的な戦いだった。
最後の望みでもあるMPが切れたら逆転のチャンスが消えてしまう。なのでヒールの無駄撃ちは出来ない。今は相手の攻撃を避ける事に集中するしかないのだが、それでも完全に避け切る事は出来ず、少しづつだがダメージを負っていく。
「ミズチちゃん、ユキトさんを援護してあげて!」
徐々に傷を負っていく雪兎を見て、危ないと感じたのか、アミルはミズチに攻撃させてしまう。その水の玉の勢いで黒い煙を吹き飛ばしたが、何かに当たる様子もなく通りすぎ、少しもダメージを受ける事なくアミルの方に視線を向ける。
「ひっ!?」
アミルはその睨むような視線を受けて、距離があるのにもかかわらず、悲鳴を上げて腰を抜かしてしまう。
『まったく、そうなるから狙われた時だけ手を出せと言ったのに。だが、良いヒントをくれた!』
雪兎は自分から視線を放したファントムロードの顔にめがけて跳び上がる。このまま普通に攻撃をしても物理攻撃なので意味はないはずだった。
だが、
「オォォォォォォ」
ファントムロードは雪兎の蹴りを受けて壁に弾き飛ぶ。
「す、凄いですユキトさん!」
『お前は今の内に立ち上がっとけ! それとも怖くて漏らしちまったか』
「な、何で分か…………少しだけ、少しだけですからね!」
『……冗談で言ったんだがな』
「っ!? う~~」
アミルは自爆で自白してしまった事に、涙目になって雪兎を睨んでいる。恥ずかしくて睨んでいるアミルだったが、先程までとは違い余裕を感じる。
『お漏らし娘はほかって置いて、さっさと終わらせるか』
既に死んでいる存在のファントムロードのくせに、雪兎に攻撃された事で怒りの表情を露わにして向かって来る。
しかし雪兎は余裕の表情で待ち構える。確かにファントムロードに苦戦はしていたが、それは物理攻撃が効かないから強いだけで、動き事態は対応できない程ではない。
移動しながら放たれる魔力波を避け、カウンターの蹴りをくらわす。
「ユキトさんの足が光っている」
ファントムロードがまたもや蹴り飛ばされる様子を見て、アミルが不思議そうな顔をして呟く。
『いつもはビビって目を閉じているくせに、今日は良く見てるじゃないか。そうだ、その光はヒールの光だ』
「でもヒールの光は効かないんじゃ」
『確かにそのまま放っても、奴の黒い煙に防がれて効果は薄かった。だがミズチの水弾の勢いで黒い煙が吹き飛ぶところを見れたからな。蹴りと同時にヒールを足から放ち、黒い煙を吹き飛ばして直接本体に打ち込んでやったんだ』
浸透剄。本来は自分の氣を相手の体内に叩きこみ内側から破壊する技だ。今回はそれを応用して、氣の代わりに魔力、そして体内に流した瞬間に魔法に変え、ヒールの聖なる力を直接叩きこんでやったのだ。分散して浴びせていた光が一点に集中した為、その威力は格段に強い。
雪兎は動き出したファントムロードに向かって走り出す。相手の動きが鈍い。間違いなく攻撃が効いていると確信する。
勝てると確信した以上、逃がすつもりはない。ファントムロードの右足、左わき腹、右腕、左頬、左右からの連続攻撃で相手をその場で張りつけにする。
最後の力を振り絞ってか、魔力波を放ってくる。しかしそんな雑な攻撃が当たる訳がない。雪兎は相手に余裕がないと覚り、残りのMPを全て込めて顔面への蹴りと同時にヒールを放つ。
『トドメだ!』
「オオオオオォォォォ…………」
今までで一番眩しい光を放った蹴りを受け、ファントムロードは断末魔の声を上げながら体が薄くなっていく。
『残念だが、そのまま成仏させてやるつもりはない。お前も俺の糧となれ』
完全に消え去る間際、ファントムロードは<アブソープション>を受けて雪兎の中に吸収される。強敵との戦いに勝利し、満足そうな笑みを浮かべる雪兎とホッと安心するアミル。
その瞬間、屋敷から感じていた悪寒が完全に消え去った。