12話 ジャイアントバット
今日一日アミルとタマモの戦いを見てきた。タマモはまだ子狐と言う事とその丸い体格からか、素早さが低い。だが火の息の威力は昨日戦ったファイアフォックスの誰よりも力強いものだった。
その火の息があるのでブルースライムなら負ける事はないだろうが、ブルーウルフとなると素早さで負けているので、危険な場面が多々見えた。
そして一番の問題はアミルだった。前線に1人立った時の慌てぶりが酷い。ステータスが低いのも原因であるが、ブルースライム相手でも緊張してまともな指示を出す事が出来なくなっていた。アミルはまだ子供なので仕方がない部分はあるのだが、痛みに対する恐怖がかなり大きいようだ。
これはアミルと出会った時の傷だらけの体から想像がつき、奴隷だった時の影響だろうと雪兎はすぐに分かった。長い間暴力に怯える生活をしていたので、攻撃されると感じると体が硬直して考えも纏まらなくなってしまう。こればかりは長い目で見て慣れてもらうしかないと諦めていた。
「ユキトさん……私、役立たずですよね。……でも、頑張りますから、頑張りますから、見捨てないで…ください……」
町への帰り道、アミルは自分の不甲斐無さから雪兎に見捨てられるかもしれないという恐怖で、泣きそうな声を出して懇願する。奴隷は基本、主の目的に適さなければ売れれて買い替えられ存在。だからこそ、怖かったのだ。
『見捨てる? 何を馬鹿な事を言っている。俺は途中で放り投げるようなまねなどせん。お前が頑張るのは当然だが、もともと一日やそこらでどうにかなるとは思っていないから安心しろ。言っただろ、お前は一生俺のものだと』
「ユキトさん」
雪兎の言葉にアミルは顔を上げて嬉しそうにする。そして何故か腕輪を撫でながら「やっぱり本気だったんですね」と呟いていたが、その声は雪兎にまでは届いていなかった。
「まさかお前がたったの2日でFランクに上がるとはな。今もそうだが、とてもモンスターと戦えるようには見えないんだがな」
今日はまだ日が沈み切っていないので、宿に帰る前に冒険者ギルドに顔を出して報酬を得る事にした。そしてFランクの依頼を2回連続で成功したので、アミルの冒険者ランクはFとなった。
「おいおい、あの忌み子のガキ。Fランクになれる実力を持ってたようだぞ」
「ああ、あのスノーラビットは愛玩用で、本当はよほど強力なモンスターを持っているんだろうな」
アミルがFランクに上がったと知った酒を飲んでいる他の冒険者は、ざわめきながらこちらを見ている。もちろんアミルもその視線には気付いていたが、そんな男達の顔を見るのが怖いのか、決して振り向く事はしなかった。
「まあ、Eランクともなると、大型のモンスターやら集団で襲ってくるモンスターが対象になってくる。ここから先はソロじゃ厳しくなって来るからな、出来れば仲間を見付けてチームを組んだ方が良いぞ」
「そう……言われても」
アミルは忌み子と言われ続けていた為、人付き合いが得意な方ではない。それに加えて奴隷生活で、大人、特に男性に対しては対人恐怖症に近いぐらいだった。そして今の立場上、決定権は雪兎にあるので勝手にチームを組む訳にもいかない。
『問題ないな。今はタマモも一応はいるし、これからお前が仲間になるモンスターを増やせばチームの出来上がりだ』
雪兎の言葉にアミルは黙って頷く。
「私は、しばらくソロで頑張ります……」
「そうか。だが無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます」
こうしてアミルはFランクとなり、Eランクの依頼を受けれるようになった。
Eランク依頼
・ゴブリンの巣の排除
・ジャイアントバットの討伐
・キルアリゲーターの討伐
・幽霊屋敷の解放
・北の森の調査
今日はもう夜と言う事もあり、残っている依頼は少なかった。だが興味が湧く依頼はある。ジャイアントバットとキルアリゲーターの討伐だ。
『よしアミル。この2つの依頼の説明を受けてこい。明日の朝一から近い方に向かうぞ』
「もうEランクの依頼を受けるんですか!? ……あまり急にランクアップすると、皆の視線が怖いです……」
『確かにそれは言えてるな。……分かった、依頼はお前の実力で倒せるモンスターまで受ける事にしよう。だが、さっきの2体がどこに現れるかだけは聞いておけ。依頼とは関係なしで倒しに行くぞ』
「うう……やっぱり倒しに行くのは変わらないのですね」
アミルは諦めたように項垂れてギルドマスターのところに行き、表向きは明日もブルーウルフの討伐依頼を受ける事にする。もちろんメインである2匹の情報も得て来たので、目的地は決定した。
ジャイアントバット南へ徒歩だと1日ぐらいの場所にある鉱山に現れたらしく、キルアリゲーターは更に南に向かったところにある湖が棲みかと分かった。どちらも方角は一緒なので、食料を多目に買ってまとめて様子を見に行く事にする。
もちろん雪兎の独断だ。
町で必要な物を買い、南に向かって徒歩で半日が過ぎた。その間に出てきたブルーウルフを倒しているので依頼も達成済みである。1体はタマモが倒したので、間違いなくアミルの戦果と言えた。
そして日が暮れる。もちろんアミルにとっては初めての野宿になるのだが、奴隷時代に冷たい床で寝るのには慣れているのと、雪兎が寝ずにモンスターを狩り続けていたので危険もなく安心して休む事が出来た。代わりに日が昇ってから少しの間、雪兎の仮眠時間としてこの場にとどまりアミル達は朝食を済ませる。
雪兎が仮眠から目を覚ますと移動を再開した。この辺りに始めて来たが、現れるモンスターはブルーウルフがメインだったため、アミルとタマモのコンビが戦う。
目的地である鉱山に着いた頃には、タマモのレベルが2に上がっていた。
鉱山の中は明りが灯っていたので、松明などを用意しないでも困る事はなかった。ここから先は雪兎が先頭に立つ。
嗅覚強化のおかげで、奥の方に数体の知らないモンスターの匂いを感知したので、そこに向かって一直線に進む。
少し離れたところで何か掘るような音と、数人の人間の匂いもする。その中にモンスターの血の匂いも混ざっているいる事から、護衛の冒険者と共に採掘しに来た集団だろうと判断出来た。Fランクの依頼に護衛の仕事があったので、まず間違いがないだろう。
しかし問題はジャイアントバットの匂いが移動を開始して、採掘をしている集団の方に近づいている事だろう。アミルに軽く事情を説明し、少し進むペースを上げる。
だが、モンスターと先に接触するする事は失敗に終わる。発掘を行っていた集団が、よりにも寄ってジャイアントバットの方に移動してしまったのだ。そのせいで雪兎達が到着した時には、すでに護衛の冒険者とモンスターの戦闘が始まっていた。
冒険者のルールとして戦闘が開始していた場合、そのモンスターから10メートル以内に近づいてはいけない。もし討伐した時に近くにいると、戦っていないのにギルドカードの討伐数にカウントされてしまうからだ。
そんな戦果だけをかすめ取るような行為を故意に行なった場合、最悪は除名処分を受ける可能性があるし、そこまでいかなくても冒険者からの評価は最悪になる。
だから戦闘が始まっているこの場では、アミルを近づけさせる訳にはいかないし雪兎が離れる訳にもいかない為、戦っている冒険者を見守る事しか出来なかった。
「ユキトさん、このままでは……」
アミルは心配そうに声を出す。冒険者が防戦一方で圧倒的に押されているのだ。護衛をしている冒険者の数は3人、対するジャイアントバットは5匹。冒険者のレベルは平均7ぐらいだったが、例え1対1でもモンスターに負けるほと、力の差は歴然だった。
《ジャイアントバット レベル 9》
(これが種族による差か。この洞窟内では近いレベルでも普通の人間じゃあ、ここまで一方的になるんだな)
薄暗い鉱山の中、黒い体で空から素早い動きで飛び回るモンスター相手では、どうしても冒険者の反応が遅れてしまう。数で負け、実力でも負け、地形も不利となると、誰が見ても冒険者に勝ち目はなかった。アミルもこの戦いの結末を想像出来たようだが、自分ではどうにも出来ないため、ただオロオロしている。
『おい、ここまで追い込まれれば手を出しても問題はないだろう。敵を倒しに行くのに正確な位置を把握したい。タマモを呼んで周りを照らさせろ』
「は、はい!」
アミルの実力では勝ち目のない相手。正直な気持ちではすぐにでも逃げ出したかったが、雪兎が戦うと聞くと恐怖は消えて安心出来た。
1人の冒険者が体当たりをくらってふき飛ばされる。陣形が崩されもう駄目だと思った時、少し離れたところで火柱が上がる。ジャイアントバットも攻撃するのを一度止め、アミルの方を警戒した。
が、その時にはすでに雪兎は壁を蹴ってジャイアントバットの背後をとっている。相手は未知のモンスターだが、生物としての構造は一緒のはず。なので雪兎が狙うのは後頭部への一撃だ。
蝙蝠などは超音波などで相手の動きを感知すると聞いた事があるので、不意討ちの一撃でも避けられるかもと心配したが、しっかりとした手応えとともに地面に落ちる。
次のモンスターに向かう前に倒した奴を吸収する。タマモが吐いた火を見ていた冒険者達は、突然落ちてきたジャイアントバットの落下音に驚いて振り帰る。
空を飛ぶ相手に洞窟の外では、まさに手も足も出なかったかもしれない。だがここは限りのある空間。レベルの違いと圧倒的に差が出ているであろうステータスから繰り出される動きに、ジャイアントバットは逃げる事しか出来なかった。雪兎も数少ない初顔合わせのモンスターを逃がしたくはないので、近くの相手から狩り続けるが、2匹に逃げられてしまった。
『おい、すぐに後を追うぞ』
「ま、待ってください」
雪兎は匂いで逃げた場所を把握している。アミルが合流するまでに倒した残りの2匹も吸収し、すぐに追いかけ始める。
助けられた結果になった冒険者と採掘者はお礼を言おうとアミルに声をかけるが、雪兎が移動を開始しているので足を止める事はせずに駆け抜けてしまった。
残された者達はどうやって助けられたのか分からず、ただ茫然とアミルの駆け抜けた先を眺める事しか出来なかった。