11話 タマモ
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アミルの異常な状態も落ち着きを取り戻し、今はまた足に顔を擦りつけて甘えているファイアフォックスと向かい合う。そして何か悩んでいる様子を見せたと思うと、雪兎の方に振り向いて、
「ユキトさん、この子の名前を考えてあげてください」
『はあ? なんで俺が』
「ユキトさんは一家の主ですし、この子の父親とも言えると思うんですよ。だから良い名前を考えてほしいんです」
『確かに俺は主だが……まあいいか。おい、その子狐はオスか? メスか?』
「えーと、女の子のようです」
『そうか。ならそいつの名前は<タマモ>だ』
「タマモちゃん……ですか。とても良い名前です」
気にいったなら問題ない。そう思って喜んでいるタマモを見ていると、
《タマモ レベル 1 スキル ファイアブレス(LV1)》
名前のところが種族名からタマモに変わっていた。仲間になったと確認できた以上、怪我を放置する理由はない。雪兎はタマモの頭に触れ、<ヒール>の魔法を使う。
魔法を使うのは初めてだったが、ヒールの魔法の効果をイメージすると、何かが体内からスーと抜ける感じがした。すると雪兎の手から暖かい光が出て、タマモの傷が凄い勢いで治っていく。
タマモも気持ちよさそうに目を閉じていたので、治療に苦痛はないようだ。
「ユキトさん、魔法も使えたんですね。……いまさらですが、本当にスノーラビットなんですか?」
『種族的にはそうなんじゃないか。正直、俺にはこの世界の知識がほとんどないからな』
「……前も言っていましたが、この世界って変な言い回しですね。まるで違う世界から来たみたいですよ」
タマモの治療も終わり、今は町に向かって帰っている途中だ。暇つぶしと言う訳ではないが、アミルは冗談半分で雪兎の一言について問いかけた。
『ん? 言っていなかったか? 俺は前世で人間だったと思うし、この世界とは違う、地球ってところで生活していたはずなんだぞ』
「ち、違う世界、ですか? でも、何か曖昧な表現ですね」
雪兎はアミルの疑問に答えてあげる。一般常識と呼べる知識はあるのだが、肝心な自分の記憶だけは名前以外覚えていない事、そして良く分からない存在にスキル<アブソープション>を貰った事、地球は魔法の代わりに科学が発展している世界だと……。
日が暮れてレッドソウルが徘徊する森で吸収を繰り返しながら語り聞かせている。
俄かには信じられないことばかりだが、アミルは驚きながら雪兎の話を聞き入っていた。
町に着くとタマモは腕輪の中に入ってもらい、遅くなったが宿屋に着いた。アミルは疲れていたが、血や泥で汚れてしまっているタマモを洗ってあげるために、お風呂に向かっていく。
雪兎も当然のように一緒風呂に入り、湯に浸かりながら自分のステータスを確認する。
神社 雪兎 レベル 9
HP 134 / 134
MP 73 / 78
力 117
耐久力 90
素早さ 100
魔力 63
スペル ヒール(LV1)
スキル アブソープション ・ 鑑定眼 ・ 念話 ・ 嗅覚強化(LV1) ・ 耐火防御(LV1)
強敵と呼べる敵を倒していないのでレベルは上がらなかったが、その他のステータスが少々上がっている。お風呂からあがって落ち着いてからアミルのギルドカードを見てみると、
アミル レベル 2
冒険者ランク G
HP 6 / 10
MP 11 / 13
力 5
耐久力 4
素早さ 5
魔力 6
職業 モンスタートレーナー
アミルのレベルは上がっていた。直接戦闘はしていないが、近くで戦いを見ていたからなのか、モンスタートレーナーというスキルのせいなのかは分からないが、少しだけ経験値を得ていたようだ。ステータスの伸びは、子供には厳しい道を歩かせたせいか、肉体的なところが良く伸びて魔力やMPはあまり成長していなかった。
あと、モンスターの攻撃は一度たりともアミルには通していないが、HPが減っているところを見る限り、激しい運動などで体力を消耗しても減るようだ。
お風呂に入ってサッパリしたようだが、ステータスで分かるようにだいぶ疲れが見える。アミルには町を出る前に買っておいた食料の残りを食べるように言い、雪兎は宿屋を出ようとする。
「もう夜ですが、どこに行くんですか?」
『この町の周辺には夜じゃないと出ないモンスターがいるからな。それらを少し狩りに行って来る』
「なら私も……」
『お前はさっさと寝て、今日の疲れを癒せ。明日も森を歩く事になるだろうからな』
自分も着いて行く、その言葉を言おうとして遮られ断られてしまった事で、アミルは少し落ち込んでしまった。やはり自分は足手まといになっているのだと感じて……。
『……今日のお前は良く頑張った。怪我が治ったばかりのガキとは思えない程にな。だから今日はゆっくり休め』
雪兎はアミルが落ち込んでしまった事を感じ、少々威圧的だったがフォローをする。この手の事は苦手だったが、アミルの表情が少し明るくなったように見えたので、成功したのだろうと判断して宿を出た。
この夜、雪兎は遅くまでレッドソウルを狩り続け、ステータスの伸びが悪いMPの上昇に力を入れた。
冒険者ギルドに朝一から顔を出し、ファイアフォックス討伐の報酬をもらおうと受付に行った。
「……お前、昨日一日でこんなにモンスターを倒したのか?」
今日も受付の席にはギルドマスターが座っており、アミルのギルドカードから読み取れる討伐記録を見て驚いていた。
「は、はい。倒したのはユキトさんですが……」
「いや、モンスタートレーナーのお前がモンスターを使って戦うのは恥ずかしい事ではない。それにしても見た目と違って、優秀なモンスターなんだな。それを使役するお前もなかなかだが」
「私は……別に」
いまだギルドマスターの厳つい顔には慣れる事が出来ないようで、アミルは目を合わせないで小声で呟いている。
「まあ、とりあえず報酬だな。ファイアフォックスを20匹で2000クポンだ。今日もまた依頼を受けて行くのか?」
「今日は……これを、お願いします」
アミルはブルーウルフ討伐の依頼書を手渡す。それを認証してもらい、ギルドをあとにする。
『まずはお前の飯だな。あと、タマモの分も買っとけよ』
「ユキトさんの分は?」
『俺はブルーウルフを吸収するからいい。まだ金は少ないんだから、無駄に使う必要はない』
「なら私も食事を我慢して……」
『馬鹿か。育ち盛りのガキが食事を抜こうなんて考えるな。だいたいお前が食う為に稼いだ金をケチって何の意味がある』
「ユキトさん」
アミルは自分の事を心配してくれる雪兎に歓喜の気持ちでいっぱいになった。奴隷として売られてから食事は最低限の量で、何度も貰えない日があった。そこでは人として見てくれる者など誰1人としておらず、商品、物としてしか見られていない。その中で傷物でとくに価値の低いアミルは、更に酷い扱いを受けて来たのだ。
そんな自分を人として始めて見てくれたのがモンスターというのは変な感じたが、それでもアミルにとっては雪兎に対する信頼が更に上がっていった。
食事を終え、昼食用の食料も買ったので、ブルーウルフが現れる森に向かう。今日の目的はアミルの仲間になったモンスター、タマモの実力を見る事とそのレベルアップだ。
森に入ると、アミルは腕輪からタマモを呼び出して一緒に歩く。雪兎はモンスターの位置を把握しているので、指示をするだけのつもりで一歩後ろを歩いている。
出会う事が分かっていたが、アミルはもちろんタマモも緊張しているようだ。
雪兎の念話のようにハッキリとした会話は出来ないが、モンスタートレーナーは自分のモンスターと意思の疎通がある程度出来る。なのでタマモも今から行なう事を理解していた。
そして予定通りブルーウルフと向き合う事になる。
「タマモちゃん、が、頑張って!」
アミルの指示は酷いものだった。ブルーウルフの迫力に負け、腰を丸めて膝が笑っている状態で応援するだけだったからだ。
そしてタマモもまた緊張からか、目を閉じて頭から突っ込んで行くという酷い攻撃方法を選ぶ。
もちろんそんな雑な攻撃が当たる訳もなく、ブルーウルフはタマモを軽く避け、より大きく弱そうな獲物であるアミルに噛みつこうと駆け出して来た。
「キャッ!?」
アミルはその恐怖に負けて涙目で座り込んでしまう。このままでは顔を隠している腕に噛みつかれる、と思われた瞬間、雪兎の蹴りがピンチを救う。
『戦闘中に目を閉じるやつがあるか! だいたいタマモはファイアフォックスだぞ。適当にモンスターが近づいて来るのを待って、火を吐かせて焼き殺せ』
「そうは言っても……あんなに早く動かれたら、怖いですよ……」
アミルはいまだ腰が抜けているようで、立ち上がる事が出来ていない。この様子を見て雪兎は、ブルーウルフとの戦闘は早いと判断し、ブルースライムで経験を積ませる事にする。
もちろんブルースライム相手でも安心して見ておく事が出来なかった。ブルーウルフよりは遅いとはいえ、その体当たりのスピードは案外早い。HP、耐久力と共に低いアミルが攻撃を受けるのは危険なのだ。
雪兎は絶えずアミルの横に立ち、タマモの攻撃をすり抜けて来た時には迎撃している。
流石に昼過ぎになった頃には、スライム相手にはタマモも落ち着いて戦えるようになっており、冷静に火の息で焼き倒す事が出来るようにはなった。