10話 ファイアフォックス
遅くなりましたが、今日の更新分です。
アミルが冒険者登録を終えたので、さっそく依頼を受ける事にした。もちろんお金がないのも理由だが、雪兎の未知のモンスターに対する好奇心を抑えれないのが一番の理由だ。
「あ、あの……この依頼を受けます…」
まだギルドマスターの顔や体格に慣れていないのか、アミルは腰が引けた状態で依頼書とギルドカードを出す。
「……これはFランクの依頼だが、いいのか? こいつは弱いが火を吐くから盾か何か遮る物がないと、怪我じゃすまないぞ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんですかって……もう少しモンスターの特徴を調べてから依頼を受けないと、命がいくつあっても足りないぞ」
ギルドマスターは先程アミルのステータスを見ている。スライム相手でも勝てるかどうか分からない貧弱なステータスでは、いくら連れているモンスターが強くても指示を誤れば直接攻撃を受けて死ぬ危険があるのだ。
その話を聞いて素直に依頼書を取り下げようとする。だが、
『構わん受けろ。モンスターの位置は分かるから不意討ちはくらわんし、ブルーウルフと同格の相手に不覚などとらん!』
アミルは諦めて依頼を受ける事にする。実戦経験はもちろん、武器すら持った事がないのだから怖い。怖いのだが主である雪兎に逆らう訳にはいかないので、もう一度ギルドマスターの前に立つ。
「こ、これで構わないそうなので、お願いします」
先程より小声になっていた。
「お嬢ちゃんがそう言うなら構わんが……これは常時受けている依頼だから、1日で終わらせる必要はない。無理だと判断したら、すぐに引き返せよ」
『ん? なら討伐結果はどうやって確認するんだ?』
雪兎の疑問をアミルが聞き直す。
「すまない、その説明をしていなかったな。ギルドカードは依頼を受けると、その内容を登録されるんだ。そしてその対象のモンスターを倒したら、自動的にその討伐数が記録される。だから今回は依頼を受けたら何も気にしないで討伐していいのだが、対象がモンスターの牙などの部位だったなら、ちゃんとその部位を剥ぎ取って持って来ないといかんぞ」
(このカードにそんな機能が付いているとはな。魔法もそうだが、興味が尽きない世界だ)
そしてファイヤフォックスが現れる場所を聞き、冒険者ギルドをあとにする。
町を出る前に残された小銭で食料を買い、依頼が失敗したら食べるのも苦労する背水の陣で町を出た。
途中でスライムとホーンラビットと遭遇するも、雪兎の一撃で無双する。スライムは捨てておき、ホーンラビットだけを吸収する。跳びはねる足が自慢なだけに、雪兎のステータスは素早さがメインに上がっていく。
「それがユキトさんの言っていたスキルなんですね。それに……本当に強いんですね」
『こいつ等が雑魚なだけだ。それと俺のスキル<アブソープション>については誰にも話すなよ』
「はい」
ギルドマスターに言われたとおりに進んで行くと、森を抜け、岩場に到着する。匂いで確認したところ、さっそく何匹が集まっている場所を見付けたので向かう。
「ユ、ユキトさん……明らかに私を狙っていますよね」
様子を見るなど何もせず、ファイアフォックスの前に立つ雪兎達。もちろんすぐに存在がバレて、逃げ腰のアミルを餌でも見るように舌舐めずる。
ファイアフォックスは真っ赤な体毛の狐だ。息をするのと同時に口元から火が見えるので、ギルドで言われたとおり火を吐くのは間違いないだろう。
普通なら火を警戒すべきなのだが、雪兎は相手の数が3匹だと確認したらすぐに走っていく。
突然格下と思っていたモンスターが向かって来たので、ファイアフォックスの対応は遅れてしまう。出会ったすぐに火を放てば、まだ良い勝負が出来たかもしれなかったが……すでに雪兎は一番近くにいた個体の目の前に来ており、火を吐こうと口を開けた瞬間に蹴り飛ばされてしまう。
雪兎はそのまま止まらない。無駄に火を吐かれる前に2匹目、3匹目と速攻で倒してしまう。
「……………」
『ボーとするな。次に向かうぞ』
「はい!?」
倒したファイアフォックスを吸収し、呆けているアミルに声をかけて次の集団のところに向かって行く。
『さて、次の集団でラストだな』
「まだ行くんですか……もう、帰っても……。依頼もすでに達成している事ですし……」
アミルは疲れ果てていた。すでに日は沈みかかっており、帰り道の時間を考えると町に着くのは間違いなく夜になるだろう。戦っていたのは雪兎だけだったが、森を抜けて足場の悪い岩場を長時間歩き続けるのは女の子にはキツイものだろう。
だが今後の事を考えるとアミルの体力強化は必須なので、最初から厳しくすると決めていた。もちろん休憩はとっているが、効率重視でその間に戦う力のないアミルを残し1人で狩りに訳にもいかない。
『次で最後だ。気を抜くなよ』
「は、はい……」
それからしばらく歩くと、目標としていた集団を目視出来た。だが何やら様子がおかしい……
「なんだか……真ん中の子が苛められているように…見えませんか?」
アミルの言ったように、5匹のファイアフォックスに囲まれ、噛みつかれて手足を引っ張られているように見えた。正直……モンスターの行動など自分には関係ないのだが、ただ黙って攻撃を受けて血を流しているファイアフォックスを見てると、何故かムカつく。
「あの子…かわいそう。ユキトさ……」
アミルの言葉が終わる前に雪兎は動き出していた。まだ距離があるのに音を出して駆け出したので、相手に迎撃する時間を与えてしまった。
ファイアフォックスの火の息が壁となって雪兎を遮る。
しかし雪兎はそれを気にしない。目の前にそびえ立つ火に一直線に突っ込み、その先にいるモンスターを蹴りつける。雪兎はファイアフォックスを吸収し続けた事で、スキルに<耐火防御>を得ていた。これは文字通り火に対する防御力が上がるスキルで、ファイアフォックスの火程度なら無傷で耐えれる。
自分達の最大の武器である火が効かない以上、もはや勝ち目はない。仲間の死を無視して一目散に逃げ出す。
だが雪兎は逃がすつもりがない。近場の奴から順に狩っていき、最後の一匹を匂いで追ってトドメを差す。
いつもの雪兎だったら、逃げだしたモンスターを追いかけてまで倒す事はない。だが今回は戦闘前に見た胸糞悪い光景に、このままでは気が済まなかったのだ。
最後の一匹を吸収して戻って来ると、アミルは苛められた怪我で動けないファイアフォックスに薬草を使って治療していた。苛められていて傷付いているとは言え、モンスターはモンスター。目を覚ました途端に攻撃される危険もあったので、雪兎はアミルの隣に立ち、怪しい動きをすればすぐに攻撃出来るようにする。
だが目を覚ましたファイアフォックスは、周りをキョロキョロするだけで殺気どころか戦意も感じなかった。
「良かった……モンスターにも薬草って効くんですね」
『お前はそんな事も分からずに治療に使っていたのか。まったく、ビビりかと思えばモンスターの治療をしたりと、度胸があるのか無いのか分からん奴だな』
「危ないとは思いました。……でも、何だか他人事に思えなくって」
アミルが同情するのも分かる。助けたファイアフォックスはまだ子狐だが、明らかに他の個体と違う。赤一色の体毛のはずが、この子は白い体毛に赤い毛で模様を描いているような毛並みだった。そして他がスマートな体格をしているのに、丸い。太っているとも言えるが、骨格から違うように思える。
《ファイアフォックス亜種 レベル 1 スキル ファイアブレス》
鑑定眼で調べてもハッキリ亜種と出ている。つまり同じ種族でありながら、同族に仲間と認めてもらえない存在……目の色が左右で違うだけで忌み子と嫌われているアミルと同じ境遇だったのだ。だからアミルは助けたくなったのだろう。
『まあいい。そいつは見逃してやるから、さっさと町に帰るぞ。これ以上遅くなると、宿が締まってしまうかもしれないからな』
「はい。それじゃあ、元気に暮らしてね」
アミルは小狐を優しく地面に下ろしてあげ、町に向かって歩いていく。だが振り向いて見ると、先程の子狐は怪我をしているのに後を追うように着いて来る。たまたま向かうところが一緒かと思って進むが、こちらが曲がれば向こうも曲がる。どう見ても後を追っているようにしか見えなかった。
「どうして……町にまで着いて来たら、人間に攻撃されるかもしれないのに……」
『……もしかして、お前の事を主と認めたんじゃないのか? 一応、お前はモンスタートレーナーだからな』
「え? ……そうなの?」
立ち止まって子狐が近づいて来るのを待っていたので、アミルの足元で顔を擦りつけている。膝を曲げ、視線を下げて手を差し出して問いかけると、指を舐めて甘える態度をとる。すると淡い光が子狐から発せられ、アミルは何か繋がった感覚を感じた。
『始めて見る現象だが、お前のモンスターに決まったようだな。……そう言えば』
雪兎は何かを思い出したようにアミルの腰にかけているアイテム袋に手を突っ込み、中に入っていた腕輪を取り出す。
『これをお前にやる』
「え、え!? ユ、ユ、ユキトさん! それって私の事をそう思って!!!」
『うるさい。黙ってこれをつけろ!』
急に激しく動揺して大声を出すアミルを無視して、雪兎は強引に腕輪をはめる。
「ユキトさん……分かりました。末長くよろしくお願いします」
『ん? まあ、お前は俺のものだからな。一生一緒だ』
「はい」
なにやらアミルの様子がおかしく感じるが、雪兎には理由が分からないのでスルーする事にした。
『その腕輪はモンスターを7体まで収納出来るらしいから、お前にはちょうど良いだろ』
「私の事を考えて選んでくれたんですね。ありがとうございます。一生大事にしますね」
(別に選んだ訳じゃないんだが……大事にしてくれるならいいか)
話が噛み合っているようで噛み合っていない感じがするが、やはりスルーする。今度ローラと出会った時にでもその理由を聞こうと思い、この時は深く聞き出そうとはしなかった。