9話 冒険者ギルド
少し寄り道をしたが、雪兎たちはようやく冒険者ギルドに着く事が出来た。約束通りここでローラとお別れだ。
「それじゃ、私はここでお別れね。預かっていたアイテム袋はアミルちゃんが持てば問題ないし、返しておくね」
アイテム袋を受け取ったアミルは腰のベルトにかける。そしてローラが見えなくなるまで見送った後、冒険者ギルドの入口の前に立つ。
見た目は木造の酒場のようなイメージを感じさせる建物だったが、中に入ってみてもやっぱり酒場だった。昼間っから酒を飲んでいる人は大半が男だったが、中には女性もいる。その全員が気の荒そうな顔つきをしており、雪兎の……いや、アミルの姿を見ると、さっきまでうるさいぐらい騒いでいた酔っ払いたちが一度黙る。
「おいおい、場違いな子が来たぞ」
「やめなよ。もしかしたら親に頼まれて依頼を持ってきた子かもしれないよ」
「な!? おい、今ちらっと見えたが、あいつ左右の瞳の色が違う……忌み子だぞ」
「マジかよ…酒が不味くなっちまうぜ」
「け、忌み子がなんだってんだよ。そんな根拠のない迷信に振り回されるなよ、みっともない」
酔っ払い達はアミルを見ていろいろ話している。その見た目と話声を聞いて怖くて逃げ出したい気持ちになったアミルだが、雪兎が受付っぽい所にさっさと向かって行くので仕方なくついて行く。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん。ここは遊びに来るような場所じゃないぞ」
受付っぽい所に座っていたのは、ムキムキの筋肉を持つ男だった。
「あ、あの……その……」
アミルは完全に場の空気に呑まれて言葉が出ない。
『こんな筋肉ダルマたちにビビる必要はない。さっさと要件を言え』
「で、でも……」
『先に言っとくが、さっき払った宿代で金はほとんど尽きた。ここで稼がないと、10日後以降は宿なし金なしの生活になるぞ』
「で、要件はなんなんだ?」
筋肉ダルマはオドオドして話をして来ない事に、少し苛立ち始めていた。
「わ、私……冒険者になりたい…です……」
アミルが何をしに来たのか気になっていた酔っ払い達は黙って話を聞いていた。そして冒険者になりたいと聞いた途端、静寂が訪れ、誰か1人が吹き出すとつられて全員が笑いだす。
「ハハハハハ。こんな小さい子が冒険者になるってよ!」
「おいおい、誰だよ。子供でも冒険者をやっていけるって思わせた馬鹿は! 責任とって現実の厳しさを教えてやれよ」
「それってお前じゃないのか。最近、冒険者の仕事は楽だとか言ってたじゃないか」
「そうか、俺の実力があればって意味だったんだが、勘違いさせてしまったようだな。よし、俺が代表して指導してやるか」
「いいぞ、行け行け!」
そうして1人の男がアミルの方に近づいて来た。
「お嬢ちゃん。冒険者は君みたいな子供がなれる仕事じゃないんだ。悪い事は言わない。さっさと家に帰るんだ」
「おー、あいつ真面目に説得してるぞ。猫を被るのもいい加減にしろよ」
この空間はアミルの事を中心にして騒がれている。だが酔っ払いの話し声の為、そのボリュームは結構大きかった。
『うるさい奴らだ……おい、あいつ等を黙らせろ』
「そ、そんなの無理だよ」
「何が無理だって言うんだ。お嬢ちゃんは俺達の仕事を馬鹿にしているのか?」
男達の声がうるさくて耳を押さえて機嫌が悪そうにしている雪兎に返事をしたのだが、念話はアミルにしか聞こえないので、目の前にいる男に返事をしたように思われてしまった。
「あ、あの……私は……」
「どうやらモンスタートレーナーのようだが、こんな愛玩モンスターを連れていてもブルーウルフとも戦えないぞ!」
そう言って男はアミルの足元にいる雪兎を蹴りつける。
モンスタートレーナーの相棒となるモンスターは、トレーナーの一部として認められているので理由もなく殺傷すると罪にとわれる。それに加えて最弱に近いモンスター相手なので男は手加減した。確かに手加減して蹴りつけたのだが……
「え!? 動かない……」
雪兎はその蹴りを受けたが微動たりしなかった。男は確かな手応えがあったはずなのに、まるで何事もなかったように立っている事に戸惑いを隠せないでいた。
『先に手を出したのはこいつだから、正当防衛の成立だな』
雪兎はその蹴りを避ける気がなかった。一目で避けるに値しないと分かり、衝撃を地面に逃がしたのだ。この技術は<化剄>といって衝撃をコントロールする技とは知っているのだが、雪兎は何故それを自分が使えるかは覚えていない。だが息を吸うように自然と出来たので、すぐに気にするのをやめた。
そしてお返しとばかり蹴って来た男の軸足を蹴り払うと、その一撃で横回転に一回転して床にキスをしてしまう。目を回してすぐに立ち上がれない男の顔の前に雪兎は立ち、さらにトドメを差そうと足を振り上げる。
「だ、駄目です! これ以上は駄目です」
しかしアミルが雪兎を抱き上げたため、トドメを差し損ねた。
「おい! 仲間に攻撃をしておいて、タダで済むと思っているのか!」
いまも寝転がっている男の仲間なのだろう。飲んでいた酒瓶を床に叩きつけて怒鳴りながらこっちに来る。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
『なんでお前が謝る必要がある。こいつ等も敵対するなら叩き潰してやるから、その手を離せ』
アミルはひたすら頭を下げて謝っている。雪兎も抱きかかえられているので、強引に振り解かないと動けない。
「謝って済むと思っているのか! 覚悟しろ!」
男達は剣を抜こうと武器に手を掛ける。雪兎はここまでだと力を込めようとした。
「やめねえか! お前達!」
そこに大声を出して止めに入ったのは、受付に座っていたムキムキの男だった。
「ギ、ギルドマスター……だが、仲間がやられたんだぞ!」
「だが、じゃないだろ。明らかにそこに寝ている奴から手を出しているんだ。そこのお嬢ちゃんに罪はない」
「しかし……」
男達は納得しきってないようだが、ギルドマスターと呼ばれた男には逆らう気がないのか、睨まれると寝ている男を連れて席に戻っていく。
「あ、ありがとうございました」
「なに、先に手を出したあいつ等が悪いんだ。お嬢ちゃんが気にする必要はない。だが次はモンスターをけしかけるのは勘弁してくれよ」
「あれは……私のせいでは」
「それで冒険者登録をしに来たんだったな。そのモンスターの実力を見る限り、最低限の資格はあると分かったから、試験は無しで良さそうだ」
ローラから試験があるなんて聞いていなかったので、アミルは少し驚いた様子を見せる。そして男は机の下からバスケットボールぐらいの水晶玉と一枚のカードを取り出した。
「このカードはギルドカードと言って、レベルやステータス、冒険者ランク、依頼内容、依頼達成率などが登録されるようになる。ま、実際体験した方が分かりやすいな。水晶に右手を、カードに左手を置いてくれ」
アミルは恐る恐る言われたとおりに手を置く。すると水晶とカードが光り出し、暫くすると元に戻った。
「これで登録は終了だ。カードを見てみろ、お嬢ちゃんのステータスが表示されているはずだ」
アミル レベル 1
冒険者ランク G
HP 7 / 7
MP 11 / 11
力 3
耐久力 2
素早さ 3
魔力 5
職業 モンスタートレーナー
『よ……弱過ぎる。これが普通の子供なら当たり前の数字なのか? それに冒険者ランク?』
想像以上に低いステータスに雪兎は驚いていた。そしてアミルも良く分かっていないようなので冒険者ランクの事を聞くように言うと、頷いてカードをギルドマスターに見せる。
「この冒険者ランクって言うのは何ですか?」
なんの危機感も持たずにギルドカードを見せるアミルに、ギルドマスターは少し困った顔をしている。
「あのな、お嬢ちゃん。このギルドカードは本人のステータスが表示されてしまうんだ。つまり人によっては襲っても大丈夫な相手かどうか分かってしまう。だからあまり人に見せるんじゃない」
「え!? そ、そうですね。今度から気を付けます」
そう言ってアミルはカードを胸のポケットに入れる。
「じゃあ説明するぞ。まず冒険者ランクはSランク~Gランクまであって、依頼をこなしていくと上がっていくんだ。依頼にもランクはあり、自分のランクの1つ上まで受ける事が出来る。最初は同ランク依頼を20回中18回成功させるか、1つ上の依頼を2回連続で成功させるかが条件で、次のランクからは同ランク30回中25回成功か、1つ上のランクを5回連続成功だ。ただし最初は登録してから3カ月以内にFランクに昇格しないと、その者は才能がないと言う事で除名処分を受けるから気をつけてくれ」
アミルはその話を真剣に聞いている。もちろんこの仕事で成功しないとまた奴隷生活に戻ってしまう可能性があるのだから、必死になるのもしょうがない。
「あとギルドカードは特殊な金属で出来ているからちょっとやそっとじゃ壊れはしないが、もし紛失したり壊したりしたら再発行に5万クポンかかるからな」
「5万………」
その金額を聞いてアミルの顔色が一気に青くなる。そしてカードをしまったポケットを手で押さえ出す。
「ま、ランクの説明はこんなところだな。依頼はそこのボードから選んで貼ってある紙をここに持って来て、ギルドカードと一緒に見せれば受けれる。カードは裏返しで渡すんだぞ」
「は、はい」
最後にギルド職員だからって油断するなと釘を刺された。アミルはこのままボーと立っていても仕方がないので、依頼が貼られているボードの前に行く。依頼はランク毎に分かれている。
Gランク依頼
・ホーンラビットの討伐
・ブルースライムを討伐
・家の解体作業
・木材運搬作業
・酒樽の運搬作業
Fランク依頼
・ゴブリンの討伐
・ブルーウルフの討伐
・ファイアフォックスの討伐
・隣町までの護衛
Gランクの依頼には街中での依頼も含まれていた。これをこなして体を鍛えろと言う意味と、怪我をした冒険者のリハビリ用でもあった。
Fランクになると実戦がメインとなっている。ただゴブリンとブルーウルフは散々吸収したモンスターなので興味が湧かない。なので未知の敵、ファイアフォックスの討伐依頼を受ける事に決める。
もちろん決めたのは雪兎の独断だった。