冒険者カードローン『輝き』
冒険者ギルドに登録をし、やっとギルドカードが無印から一星になり、今までより少し難易度が高く、だけど儲かる仕事を請け出したところで問題が発生した。
使っていた長剣に刃こぼれが出来てしまったのだ。
原因はモンスターを切った事ではなく、回避された時に勢い余って岩に叩きつけてしまった自分のミス。
まあ、多少の刃こぼれがあったとしても、モンスター退治には問題は無く、依頼を達成し怪我も無く街まで帰る事が出来た。
出来たのだが――街に戻り、鍛冶屋に長剣を研ぎに行ったら問題が発覚したのだ。
「兄ちゃん、こいつは刃こぼれと言わねぇよ、欠けてるって言うんだ」
鍛冶屋の大将が呆れ混じりに言う。
「そ、そーなんですかー?」
滲み出る汗、嫌な予感がヒシヒシとしていたが、あえて無視していたのに、目の前に突きつけられた。
「おうよ、コイツを研ぎ直して、使えるようにするってなると、新品が買えるだけかかるぞ」
「え、やべ、どーしよう」
「まったく、買ったばっかりだってのに」
大将の言葉に頭が真っ白になる。
これを買う為に貯蓄は使い切ってしまった、買い換える金なんて無い。
だが、長剣無しとなれば、受けれる仕事に限りがあり、買いなおしは遠くなる。
「どどど、どうしよう」
「どうするって、棍棒かなんか、安い武器にするか、それとも――」
「それとも?」
「ギルドから金を借りるしかねーだろー」
「え!?」
ギルドから金を借りるそれは――呪われる事だともっぱらの評判。
それが、冒険者ギルドカードローン『輝き』だ。
※
一晩悩んで、諦めて冒険者ギルドの扉を開けたのは、朝の混雑が緩和された頃合だった。
受付カウンターは静かで、相談しやすい空気になっている。
「はーい、いらっしゃいませー、ギルドカウンターへようこそ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
ギルド職員の女性がにこやかに話しかけてくるのを、俺は苦虫を食った気分で見た。
「あの、ギルドカードに星が入ったら、お金を貸してくれるって聞いたんですが」
ギルド職員の笑顔が引きつる。
「え、ええ、大丈夫です! 色々言われていますが、ちゃんとコツコツ返せば呪われませんから!!」
「や、やっぱり呪われるんですか?」
噂は本当だったのだ、しかし、コツコツ返せば呪われないなら――飛び込むしかない。
「男は度胸! 冒険者になったからには度胸大事! お願いします!!」
「いや、冒険者に必要なのは慎重さだから。とりあえず、カウンターで事情を聞いても大丈夫ですか?」
「え? はい、武器を壊してしまって、その買い替えの為です」
ギルド職員は首を傾げる。
「ギルドカードを見せてください」
首から下げていたギルドカードを服から引っ張り出し、ギルド職員に手渡す。
木製のギルドカードは一口で食べれるようなサイズなので、首から下げていても重くは無い。紛失するとエラい事になるので要注意とされている。
どんなエラい事になるかは、知らないが、先輩達からよーく言い聞かされている事だ。
「ちゃんと規定通り身に着けてますね、偉い偉い。えーっと一星、で、番号が……ちょっと待っててくださいね」
ギルド職員はギルドカードを返すと立ち上がった。
待つことしばし、ギルド職員が紙の束を手に戻ってきた。
「えーっと、これが君の今までの活動記録ですね、ギルドへ預けているお金についても書かれています」
「あ、そうなんですか」
依頼を受付と完了の度に何かに書かれているのは知っていたが、記録が残っているとは思わなかった。
「はい、ある程度、過去の入出金記録も残っているのですが、えーっと、つい最近、全額引き出してますね」
「はい、それで長剣を買ったのですが、刃をやってしまって、鍛冶屋の親父さんが直すのと新品を購入しても同じくらいかかると言われて。直すのに時間もかかるし、その間、仕事 が出来ないのも困るので、借りて、買いなおそうかと」
ギルド職員が困った顔をする。
「えーっと、棍棒とか安い武器じゃダメなんですか?」
ここでも鍛冶屋の親父と同じ事を言われるとは思わなかった。
「一星で安い武器を持っていると、狩りのパーティに入れて貰えないんですよ」
「あー、確かに、それはありますね」
良い武器を持っていれば、それだけ稼いだ経験がある、と、他から見られる。
二星のパーティがサポートとして一星を募集する時に選ばれれば、危険もあるが収入は格段に違う。
今回もそれで稼げたのだが、失敗をしてしまった。
「んー…ぶっちゃけ、貸すのは良いのですが、ギルドとしては良いのですが、ええ、貴方は真面目で堅実な仕事っぷりなようなので大丈夫でしょう、うん、タブン」
ギルド職員の視線が左右に揺れた。
「えーっと、じゃあ、貸しますね」
「なんか、すごーく、不安なんですけど、それって、噂の呪われるに関わるんですか」
「ええ、ぶっちゃけ」
ギルド職員が真面目な顔で頷く。
凄く不安になる様子だ。
「とりあえず、手続きをする為にご案内しますね」
その後ろを慌てて追う。
裏口から外へ、小さな庭があり、その先に家がある。
「すみませーん、神官さーん、ギルドの者です、呪われ希望者が出ました」
「やっぱり呪われるんですか!?」
思わず逃げの体勢を取る。
危険から素早く逃げるのは冒険者に必要な技能だ。
「呪われません、神罰です」
静かな声がし、扉が開いた。
そこに居たのは焦げ茶色をしたずるずる~なローブを頭から被る小柄な人物だった。
「いらっしゃいませ、ようこそ、冒険者の方。こちらは『正当なる復讐』を司る神の館です」
ローブからは妙齢の女性の声がした。
「あ……」
その神の名を知らぬ冒険者はこの街には居ない。
この街の冒険者ギルドは入会する時に、ギルドと『正当なる復讐』を司る神の名の下、契約を行うからだ。
冒険者ギルドは各街毎に独立した組織であり、他街とは相互協力の関係にある。
その為、ギルドによっては宗教色が強い事もあるのだ。
この街の冒険者ギルドは、ギルドマスターが以前、借金と不義理で逃げた男を追い、その過程で『正当なる復讐』の神に帰依したのだ。
「あー……そっかー」
何故、借金をすると、呪われると言われたのか判った。
冒険者ギルドに対し不義理を働き、それが、ギルドにとって納得が出来ない事柄だった場合、『正当なる復讐』の神の神官であるギルドマスターにより、『正当なる復讐』が降りかかる。
だから、不義理を働かない事、働くのであればギルドから抜けろ、みたいな事を入会時に誓約をした。
誓約をした証に木製のカードにサインをする。そしてそのカードを二つに割り、ギルドカードは作られる。
そう、ギルドカードは身分証明であると同時に、誓約の証。誓約を破ると――
「兵隊や貴族、自警団員、神官など100人に自分が行った事を言うまで、身体が衰弱する、呪い――」
「神罰です」
神官がすぐさま訂正をする。
「呪いですよねー、どう聞いても、でも、大丈夫ですよー、不義理をしなきゃ、発動しませんから」
ギルド職員はうんうんと頷く。
「とりあえず、こちらへどうぞ」
案内されたのは飾り気の無い室内だった、テーブルと椅子があるだけ。しかし、爽やかな香りが広がり、落ち着く感じが好感触だった。
ここが『正当なる復讐』の神の館とは思えないほど、落ち着いた雰囲気の民家だった。
「さて、こちらが私が管理しておりますギルドと冒険者の方との借金契約書です」
神官が取り出した紙には綺麗な文字で様々な注意書きが書かれていた。
「はい、こちらが冒険者ギルドが貴方にお金を貸すという契約書です、で、私が貴方が借りたい金額を書き込みます」
ギルド職員が指差すところにはまだ金額が書き込まれていなかった。
「は、はい、お願いします」
「んで、貴方がここにサインをすると契約が成立して、お金を貸します。この契約で重要な事は、仕事をしたら銅貨1枚でも良いのでギルドに返す事です。それは、返済の意思を『正当なる復讐』の神に示す為です」
凄く予想外の単語を聞いた。
「示す、ですか?」
「はい、するとギルドマスターが借金返済に時間がかかる、借り逃げするのでは、と、不安になり、思わず『復讐』をする恐れが減ります」
ギルド職員の説明にゾワっと寒気が襲う。
「双方の契約を取りまとめる私から致しましても、返済の意思がある限りは『正当なる復讐』の対象とは認められません」
神官の言葉に思わずガクガクと頭を上下にふる。
「さて、冒険者ギルドに対し、返済を滞った場合、こちらの一文にありますように『正当なる復讐』が発動し、その身柄はギルドカードの半券を持つ者に委ねる事になります」
「え?、ど、どうなるのですか?」
神官が重々しく口を開く。
「冒険者ギルドが保管するカード、それの所持者が『正当なる復讐を終えた』と認識するまで支配します、命令に逆らう事ができません。死ねと言われれば死ぬしかありません、それが『正当なる復讐』だと認められているからです」
「そ、それって、呪いー!!!」
「ですよねー」
「神罰です」
ギルド職員と神官がそれぞれつっこむが、それどころではない。
「お、お金を借りるだけで、そんな事になるんですか!?」
「逃げなければ大丈夫ですよー」
「はい、逃げなければ復讐の対象ではありませんから」
「だ、だけどぉ」
ギルド職員が手を上げた。
「具体的に言いますと、返済意思無しとギルマスに判断された瞬間、呪いのギルドカードの半券がある場所、大抵は冒険者ギルドですね。こちらに歩いて移動をしてきます」
「神罰です」
「は、はい」
「そして、ギルマスはその冒険者を適切な場所に売りつけます、すると、購入された方はその金額にあわせ、あらゆる汚れ仕事でこき使うわけです。呪われているので逃げる事はできず、休暇無しで、こき使われます」
「神罰です、神威です」
「休暇無しですか!!!」
「なお、売りつけ先は兵役、鉱山、墓地、下水道管理と複数あり、その中で一番、本人が嫌がる場所に売りつけます、裏切られたギルマスの復讐なので」
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
「まあ、借金して逃げた人物に対し、容赦がない方ですから、シカタガナイデスネ」
ギルド職員のしたり顔を見て、思わず逃げ出したくなる、が、逃げ出した場合は武器無しでのやり直しだ。
そっちの場合、二星になるのが遅くなる。
稼ぐ為には二星に出来る限り早くなるのが、鉄則だ。二星にさえなれば、仕事の幅は広がり収入は格段に跳ね上がる、もっとも危険も跳ね上がる。
「でででで、でも、ちゃんと、銅貨1枚でも返済していれば、呪われないんですよね?」
「神罰です」
「大丈夫ですよー、そこは。ギルドでお金を貸すのは、互助の精神ですからー、ちょっぴり利子は取りますけど、それも街で借りる場合に比べ超少ないですから」
にこやかなギルド職員、真面目な雰囲気の神官、二人の女性が真っ直ぐにコッチを見た。
「まあ、お金を貸さなくてもギルドとしてはどうでも良いです、利子で運営しているのではありませんから」
「教義としましては、この契約に手を貸しても貸さずとも良いです、ですから」
「「契約しなくても良いですよ」」
それが後押しだった、二人とも無理にとは言わない、特にギルド職員はどちらかと言うと否定的だった。
だからこそ、借りても、ちゃんと返せば呪われないと信じられた。
「か、借ります、お金、借ります」
「はーい、冒険者カードローン『輝き』ご利用ありがとうございます」
ギルド職員が重々しく言う。
「では、冒険者カードローン『輝き』の契約を見届けさせていただきます」
神官が普通に言う。
こうして冒険者カードローン『輝き』の利用者がまた一人現れたのだった。
※
街外れの古びた小さな家にやってきたのは、このあたりでは見かけない上等な服を着た男性だった。
「借金をして逃げているうちのギルドのメンバーをどうにかしたいんだけど、どうにかできるかい?」
初老に手が届きそうな男性は、しかし服の上からでも鍛えられているのが判る身体をしている。
昔は冒険者として華々しい活躍をしていたそうだ。
そうして、戦いから身を引く年齢となり、この街の冒険者ギルドの顔役となり、ギルドマスターの地位についたのは世慣れていない私には初耳だった。
そんな立場だからだろうか、話し方が非常に若々しく、会話をしているだけでは同年代と話しているように錯覚してしまい、調子が狂う。
「どうにかできるかい? と聞かれましても、呪うと評判の私に何を求めているのでしょうか?」
とりあえず、何時も通りの対応をする。
そう、私は呪術師と呼ばれている存在だ、出来る事は限られている。
「そう、その呪いなんだが、逃げたヤツを呪い殺すより、借金をどうにか回収したいんだよ。挙句にこの街だけではなく他の街のギルドに所属しては借金をして逃げている。そちらの不義理もどうにかしたい」
「はぁ」
じっと彼を見れば、軽妙な口調ながら、怒りを感じる。
「その逃げた者を信じていたのですか?」
「ああ、信じて、そして、金も貸していた。だからこそ裏切りが許せない」
その声は冷え切っていたのに、灼熱の熱さがあった。
正当な復讐を求める者だ――
声が聞こえた。神聖な声が。
「ああ、判りました、我が神」
我が神に祈りを捧げる。
「神? 呪術師が神に祈るのか?」
「呪術師と呼ばれていますが、『正当なる復讐』を司る神にお使えしております」
「は?」
そう言われるのは、驚かれるのはいつもの事なので、気にしない。
「正当な復讐を求める者を助け、神に共に縋り、達成する。その結果が神聖術と他者から認められず、呪術師と呼ばれております」
「あれ? でも、火とか風とか出したりできるよね? 先代が屋敷を燃やしたのを知っている」
彼は予想外の事を知っていた。
なるほど、様々な者が出入りする冒険者ギルドの元締めだけある、ならば、ある程度は話した方が良いだろうと判断する。
「魔術は魔術で使えます、が、復讐を手伝う為の神聖術も使えます」
「それは予想外」
そんな話をしながらも彼からは神が認める『正当な復讐』の意思が感じられた。
常に怒りを持ち、復讐を望んでいる。
「さて、貴方の憤りは神より『正当な復讐』と認められました。私はその復讐に助力いたしましょう――私が復讐を代行するか、貴方が復讐をするかで喜捨は変わります」
「おや? 私が復讐する事もできるのかい?」
「はい、そして、この復讐を己の手で完遂する事が出来た時、貴方も『正当な復讐』の神の僕として認められ、他者の『正当な復讐』を手助けする事ができるようになります」
正直に伝えれば彼は首を傾げた。
初老の男性がする仕草ではないが、真面目な会話中なのでツッコミは我慢する。
「僕ねぇ……確かに特定の神に帰依してないから、ありっちゃーありだけど、そか、ありか、自分の手で復讐が出来るのか、ありだな」
「早いですね」
「それが生き残ってきたコツだからね、ところで、自分でやるにしても神官殿がやるにしても、手順を知りたいね」
理知的な言葉に静かに頷く。
「己の復讐が正当である事を神に伝える、これが重要です、その為には相手に何をされたか紙に詳細に書く事が一般的です、私が行う場合はこれを受け取り、神に橋渡しをします」
「字が書けない場合はどうするんだい?」
「文字として書くのが重要ではなく、そこに込められた思いが重要です。ですので、相手の名前である必要も無く、何らかの形が書かれていれば使えます」
「なるほど」
「そして、紙に書かれた文字である必要もありません」
「え? そうなの?」
「はい、恨みを込めた刺繍や細工物、料理でも良いのです。また、それすら出来ぬ場合は全ての思いを込めた一欠けらのパンを私にくださるだけでも可能です。この場合は私が食べる事で神に届けます」
彼の顔色が悪くなる。
「ちょ、ちょっと待って、つまり、呪いを込めて作ったハンカチを君に喜捨するだけでも呪えるの?」
「神罰です、そのようにして奥様から浮気性の旦那様に対し復讐を依頼された事もあります、いけます」
神官には守秘義務があるので誰とは言えないが、その手の依頼は年に数回あり、その喜捨で生活を持たせてもいる。
ありがたい事だが、何故に世の中のご主人方は浮気をするのだろうか? 疑問は尽きない。
「まじで呪いだな」
「神罰です」
そこは大事なのでツッコミを入れる。
「あ、はい、神罰ですね。じゃあ、自分がやる場合は?」
「同じようなものです、最初の導きは私が行います。その後、恨みを込めて文字を書くなり物を作るなりしていただく事になります。また、同じような立場の方より恨みを受け取る事ができましたら、成功率が跳ね上がります」
「なる、ほど、うん、判った」
彼は満面の笑みで、しかし、その眼に暗いものを燃やしながら頷いた。
「帰依します、我が師よ」
「貴方の復讐を受け入れましょう」
こうして、彼は私の弟子となり、帰依した。
※
「我が師よ、戻りましたぞ」
彼は満面の笑顔で巡礼の旅から帰ってきた。
「うち以外にも借金をしていたのでね、その情報のとりまとめをしつつ、足取りを追った所、見事、女の家で苦しみ抜いていたのを確保してきた」
復讐を終えた者の晴々とした顔は嬉しい、だから、私も笑顔になる。
「我らが神の声は聞けましたね」
「はい、我が師。我が神の慈悲深さを知りました。あ、これ、お土産です」
どかどかとテーブルに詰まれる土産は見知らぬものばかりだった。
「喜捨としてありがたく受け取ります。それで、どうなりましたか?」
「はい、苦役を求める某所に売りつけまして、その代金を迷惑を受けたもので分けました」
「なるほど、そうでしたか」
「で、我が師、旅の間に考えた事があるのですが、相談にのってもらえませんかね?」
どうみても、年上の彼の方が知恵がありそうだが、相談にのるのも、また、勤めだ。
「若輩者の私の知恵でよろしければ」
「ええ、ギルドの運営に『正当なる復讐』の神のご加護を受けたいと思いまして」
「え?」
意味不明でしたので、説明を受けました。
「なるほど、つまり、ギルド員として受け入れる時に裏切った場合の復讐をすると先に宣言するのですね、でしたら大丈夫です」
「いやー、良かった良かった、それで、この契約を元に、金貸しも大丈夫ですよね?」
「はい、大丈夫です。ギルドマスターを裏切った場合、復讐と貸したお金の回収もかねて、身柄を拘束するのは、他の神からも支持されるでしょう」
「よっし、なら、さっそくそ規律から作り直しをしますね」
彼は朗らかに笑う、が、私はちょっと心配になった。
「ですが、『正義』の神や『契約』の神でなくて大丈夫なのですか?」
「そちらではダメなんですよ」
彼は困ったように笑った。
「ギルドで受付る仕事は一応は精査してますが、どうやってもお偉いさんの裏のある仕事を蹴れません。その仕事が冒険者にとって仁義から外れている場合、仕事を蹴る事も、途中で止める事もあるのですよ。『正義』や『契約』の神では神罰対象になってしまうじゃないですか、ですが、仕事を辞めた事に対し、俺がしかたがねーなーって思えば、『復讐』は発動しませんよね?」
「そうですね、貴方が復讐を望まなければ、復讐は発動しません」
「だから、そのあたり曖昧がある『正当なる復讐』を司る神に頼みたいんだ」
「判りました」
ならば、彼の道が善き信仰の道となるように祈り、手伝いのが先達の役目だろう。
「私に手伝える事がありましたら、言ってください」
「あ、じゃ、さっそく、うちのギルドで金貸し業務を手伝ってください」
「はい?」
こうして、私の新しい住処は冒険者ギルドの裏に作られ、ついでに金貸しの契約を担う事になった。
「解せぬ――」
※
冒険者カードローン『輝き』、それは『正当なる復讐』の神による契約。契約を司るのはその力により領主殺しを行ったという神官だ。
常に顔を隠すのはその領主によりつけられた火傷の痕を隠す為だと言われている。
他の神の加護を持つ者すら神罰を下すと、噂される神官の実力を知る者は少ない。
だからだろう、年に数人、冒険者ギルドより金を借り、逃げようとする者が出るのは。
ギルド受付カウンター前にあるテーブルに座るギルドマスターは、恐ろしい殺気を出しながら出入り口を睨んでいる。
職員たちはそんなギルドマスターを遠巻きに見ている、が、神官と受付カウンター業務主任の女性は平然とした顔で同席していた。
「そろそろこちらにつきます」
神官はギルドカードを手に持ち断言し、ギルドマスターは重々しく頷く。
「さてと、怪我をさせたら回収できないからな、どう痛めつけるか」
「不能で良いかと」
ギルド職員の女性が他人事の気安さで言う。
それを聞いた周囲の男性職員の顔色が悪化する。
「やっぱ、不能か」
ギルドマスターはその提案が気に入ったのかうんうんと頷く。
「何故、人は、不能にしたがるのでしょうか? 判りません――」
恋人居ない暦=年齢の神官が遠くを見る。
「浮気をした男性に対する復讐で圧倒的人気は不能です、また、男性が男性の命を奪わない復讐を望む場合も不能が多いです」
「そうだろうな」
ギルドマスターがうんうん頷く。
「男にとって重要らしいですよー、どうせ、老人になったら不能になるのにー」
ギルド職員があっけらからーんと言う。
「己にとってもっとも重要だからだろう、さあ、来たな」
扉が開き、30代くらいだろう、脂の乗り切った剣士と言える男がよろよろとした足取りで入ってきた。
そして、がくり、と、膝を突く。
「ふん、うちから金を借りてトンズラできると思うなんて、甘いな」
ギルドマスターがにやにや笑いながら、神官より半券を受け取る。
「な、何故だ、俺は戦神の加護を持つんだぞ、神官より上位と認められている、なのに、何故、呪いなんかに」
唸るような言葉は呪詛のよう。
神の加護は神官のように神の声を聞くのではなく、神に気に入られた事により守護や力を得る。
その効果は様々だが、神威により呪いなどは跳ね返す事が出来る、ただし、呪いならだ。
「呪いではなく神罰です」
神官の言葉に男が殺さんばかりに睨む、が、神官は普段通りだ。
この程度の殺気では神官は揺るがない、その程度では信仰は揺るがない。
「おいおい、我が師は護符を大量に持った領主を呪い殺すほどの腕前なんだぞ」
「我が弟子、神罰を呪いと言ってはいけません」
「ああ、申し訳ない」
ギルドマスターがぺこりと頭を下げる。
「ま、まさか、あ、あの、呪術師なのか!! 数多の神の護符に守られ、傍若無人を行っていた領主を呪い殺したと言う!」
男は逃げようと足を動かそうとする、が、ギルドマスターが難なく捕縛し、紐で縛り上げる。
「呪術師ではなく、神官です。呪いではなく、神罰です。そして、殺したのではありません――1000人の恨みを四六時中見聞きし、精神が壊れ、しかし、護符の効果で正気に戻り、また、壊れる、それだけです」
神官の口元だけが見えた、その口元は嬉しそうに歪んでいる、正気には見えなかった。
「ひぃぃぃぃ」
男は身体全体で逃げようとする、動く事が出来ない。
そんな男をギルドマスターはひょいと肩に担いだ。
「うちのギルドで金を借りて逃げようなんて、させねーよ」
「に、逃げようとしたんじゃねー、金策、そうだ、金策をしようとしてだな」
「復讐が発動したんだ、諦めな」
「お、俺は戦神の加護を受けてるんだ、戦神神殿が黙っていないぞ!」
「復讐が発動してるからな、何を言っても無駄無駄、んじゃちょいと身柄を売って、身包み剥いでくるぜ」
「「「「いってらっしゃいませー」」」」
ギルド職員一同で笑顔で見送る。
「あの、よく知りませんが、あの方、偉そうでしたが……」
神官が隣に立つギルド職員を見た。
「別のギルドの三星持ちで、こっちの奥にある魔獣の巣を狙うってんで、ウチにも所属したいって言ってたんだけど、結局、奥までは一度も行かなかったね」
その説明に、神官はあぁ、と頷いた。
「なるほど、借金契約をする時にやけに高圧的だと思ってましたが、勝てると思っていたのですね――」
「身の程知らずですよねー」
「そうですね」
神官はギルドマスターの手腕を思い頷く、だが、ギルド職員一同はこの小柄な女性神官の方を恐れていた。
彼女の復讐は神速で行われるからだ。
こうして、また、冒険者カードローン『輝き』に伝説が増えた。
神官であろうとも、神の加護を受ける英雄候補だろうとも、借金を踏み倒す事はできず、呪われる。
それでも、冒険者カードローン『輝き』を利用する者は後を絶たない。
計画的な返済をしている限りは、呪われないからだ。
それが冒険者カードローン『輝き』。
「ご利用は計画的に♪」