ヘアアレンジ。
俺は高校を卒業した。
そしてもうすぐ大学生になる。
今野 久志。それが俺の名前。
8月11日生まれのAB型、好きな食べ物はハンバーグ。趣味は陶芸。そんな俺もとうとう大学生になるのだ。ここは大学デビューをばっちり決めてかっこいい大学生の一員にならねば‼
最初に思いついたのは、髪型。
カッコイイヘアースタイルになれば、女子にモテる。きっとそうだ!
そうして俺は意気揚々と美容院へ足を運んだ。
店内に入って順番を待っていると、やっと俺の番が回って来た。そして同時に気が付いたのだ、俺はカッコイイ髪型を知らないという事に……。
ど、どうしたらいいんだ!!
ここまできて希望の髪型がないなんて言えないぞ……なんとかせねば!
「こちらへどうぞ」
店員さんの声が嬉しいはずなのに今はとても苦しい。背中に嫌な汗をにじませつつ恐る恐るといった形で椅子に座った。
来るぞ、来るぞ、あの一言が!
「本日はどのような髪型になさいますか?」
っあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
来てしまった!この時が来てしまったぁ!!
何の準備も出来てはいないというのに現実は非情にもタイムリミットを与えてくるんだ。でも待てよ、こういう非常事態をかっこよく切り抜けてこそカッコイイんじゃないだろうか。そうだ、きっとそうだ!これは神が俺に与えた大学デビューまでの試練に違いない!ならばこの今野久志、その試練をお受けいたしやしょう。
そして意気込んだ俺はこう口にした。
「とりあえずクールな髪型にしてください」
「かしこまりました。ではまずは髪を濡らしますね」
お痒いところはございませんかというありがちなセリフを乗り越えて、ついに俺の髪にハサミがかかる。
なんでもいい、なんでもいいからモテそうな髪型になってくれ!心中で願った言葉は通じているのかいないのか、緊張状態の俺にはそれを思考する余裕すら持つことが許されない。
ドキドキでは収まらずバクバクとなる心臓に、体中が鼓動しているように錯覚させられる。はやく、はやく終わらせてくれ!
首の皮1枚でつながっているような気分に耐え切れず目を瞑る。いっそ一思いに殺してくれー!
「おわりましたよ」
その美容師さんの一言で俺は思考の海から浮上した。
見たいという衝動と、見たくないという心情の板挟みを勝手に生み出し、硬く瞑った瞳をどうしようかと誰にも見えない瞼の内で視線を彷徨わせる。
覚悟を決めて瞼をあげると、そこに居たのは高校球児さながらの坊主に近いような髪型の男だった。生まれてこの方こんなにも髪を短くしたことのなかった俺は、鏡に映る人物が自分自身であると認識するのに時間を要した。
「いかがですか?」
店員さんのどこか探るような口調に、意識のはっきりしないまま
「とてもいいです」
と返す俺。
後悔はしていない。そして悪いのは店員さんじゃない。視界がかすむのは、涙ではなく昇天しようとしているからだ。きっとそうだ。
俺の大学デビュー……。
無知な自分が高望みしたのが悪かったんだろうな、そうでしょう神様?
まさかクールな髪型が坊主だとは夢にも思わなかったよ。
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