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虹色の肋骨  作者: 修羅場ーバリアン
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第三話




 三日月が町を中途半端に照らす夜、その音は廃墟の中で響いていた。


 バキリバキリと枝が折れるような、筋肉が骨から引きちぎられるような、肉を歯で噛むような音が、背筋を震わせるのを男は感じる。

その音が怖い訳ではないが、耳の奥が震えるその感覚が、男は好きではなかった。

彼は、月を背景にして胡坐をかいて廃墟に座り込んでいる影を見遣る。


 その足元に飛び散った赤と肉片を眺めながらも、男は深い溜息をついた。

それらをまき散らし、そして食らっているのは灼熱のように真っ赤な癖のある長髪を持つ女だ。

胸部から腹部にかけてまでと太ももより下を鎧で隠し、左腕にガントレットを装着している上に、短パンという、何処から見ても滑稽な恰好をしている女性が、大きな骨に付着している肉を食いちぎって咀嚼している……それも生で、だ。


 そんな女性を見ながら、男は再び溜息をつくと、ついに口を開いた。




「……おい、もう少し行儀良く食べられないのか? 幾ら何でも汚いんだよ。せめて、口を閉じて食え。証拠が残りまくりだろうが」


「良いじゃないか。私達はこうして証拠を残して人間を恐怖させていたんだから。それに、こいつの場合は証拠が残っている方が人間達も安心できるだろう?」


「良くないんだよ。いかに犯罪者だとしても、人間を生で食うのは関心しない。そもそも、雑食動物なんて不味いんじゃないのか?」


「お前も食ってみるか? 腹壊しても良いならやるぞ?」


「いらねえよ。一人で食ってろ、この食人鬼が」



 男は吐き捨てるように言うと、足元に残っている足跡を見遣った。


自分が歩いてきた足跡ではあるが、それが証拠になることについて彼は少しも心配していない。

彼が現在履いている靴はかなり人気のあるブランドのもので、この町ですらもかなりの人数が履いているものだ。

おまけに、彼の靴のサイズはありがちなサイズなので、彼が特定される可能性は低い。

仮に行き着いたとしても、彼とこの場所を関連付ける証拠はそれしかない。


 数十分前にこの廃墟で一人の男が死亡しているが、それは所詮連続殺人犯だ。

死体が見つかった処で害は少しもないし、寧ろ喜ぶ者の方が多いくらいであろう。

遥々遠くから逃走してきた処悪いが、犯人には食人鬼の養分になって貰っている。

男としても、食人鬼としても、この犯人は実に都合が良い存在だった。




「しっかし、お前も随分と思い切ったことをするな。まさか、ここまでぶっ飛んだ人間だとは思わなかったぞ……正直見直した」


「ああ、喋る時は食うのを中断するのね……で、お前らは本当に人間一人食うだけで力が増すのか?」


「ああ、勿論だ。ただ、可能なら数十人単位で食いたい。それくらい食えば、安心できる……この町にはやばいのが居そうだからな」


「……できればお前がアタリであることを願っているよ」


「あ~……アタリなら、こうして力を蓄える必要は無かっただろうな。少なくとも私よりも強い奴が居るのは確定だ」



 真っ赤な眼を細めて言う食人鬼に、男は再三の溜息をつく。

彼はこの町でこれから起こるであろうことを知っているつもりだし、既にその第一幕が幕を下ろしていることも理解している。

しかし、彼に宿った力は余りにもあやふやで、頼りない……本当に大丈夫なのかと不安になってしまう程に。


 それでも彼は進むしかなかった……どんなに他者を巻き込むことになっても、見捨てることになるとしても、彼には守りたいものがあるのだ。




「行くぞ……」


「ああ、分かっている。この町に潜む闇に、挑んでやろうじゃないか」



 不敵な笑みを浮かべて、骨を放り投げると、食人鬼は男に歩み寄る。

不思議なことに、彼女が歩いても地面には足跡はつかず、更には足音すらもしない。

まるで、幽霊か幻のように、そこには少しも痕跡が残っていないのだ。

ただただ、投げ捨てられた骨がコンクリートに当たって響く軽い音のみが、彼女の存在を確かなものにする。



「それで、だ。その闇は今どこに居る? 人間の俺には感じ取れないぞ」


「……実は私もだ。半径百メートル以内で姿を現してくれたなら分かるだろうが、それ以上は分からん。そもそも、その距離だと逃げられちまう可能性があるからな。この前感じた奴なんて、まさにそうだっただろう?」


「ますます頼りない奴だな、お前は。恐らくあの時の相手は逃げたんじゃない……俺達の正体を明らかにしようとしていたんだろう。つまり、あの妖はお前よりも優れた感知能力を持っているということになる」


「だろうな。どうやら、感知能力にも個人差があるみたいだ。で、それがどうした? 感知している間は向こうも姿を現さなければならないのは同じだろう?」


「はぁ……分からないか? 個人差があるということは、お前が引っ込んでいる時ですら感知される可能性があるということだ。そうなれば、俺達は圧倒的に不利だ」



 男は、物分かりの悪い食人鬼に思わず米神を押さえた。

彼は最近あまり普通の人間との交流を取っておらず、常に優秀な人間達とのみやり取りをしていた。

故に、食人鬼の考えなしの言葉にイラついてしまうのだ。


 男としては、彼の思考についてこられる者であって欲しかったが、実際はそうではない。

確かに単純な戦闘力ならば食人鬼は彼を圧倒するだろうが、肝心の頭脳がこれでは困るのだ。

相手の能力は未知数……既に死亡が確定している者ですらも食人鬼よりも強かった可能性がある。

格上の相手とぶつかるのは必至なのだから、彼としては己と連携が取れる相手であって欲しいが、少なくとも彼女にそれはできない。


 それが、彼にはこの上なく歯痒いのだ。




「!……おい、新手のお出ましだぞ。見えるか?」


「ああ、見えている……暗闇の中であれだけ光っていれば見える。骸骨……か?」


「さあな。取りあえずジョーク交じりで話しかけてみるか?……あれが笑ってくれるとは思えないが」


「バカを言うな。スルーされるだけだろうが」


「バカの言うことは、意外とバカにならないものさ」


「自分で言うな! 行くぞ……挨拶だ」



 やれやれと首を振って続く食人鬼に、苛立ちを覚えながらも男は進む。

目標は廃工場の屋根の上に居る青く燃えている騎士にも骸骨にも見える、明らかに異質な存在だ。

その中で燃えている蒼炎は、いったい何を暗示しているのかは彼らには分からない。

だが、あれは間違いなく妖の一種だ……だからこそ、彼らは進むのだ。


 男は、失われた光を取り戻すために、半分の視界の中に佇むそれ目掛けて、走り出した。












 一矢の死、更にはその葬式から一週間が経った……既に火葬された彼の骨は、彼の両親と同じ墓に納められている。


 あれから発覚したことだが、一矢は万が一の時の為に遺書を残していた。

その遺書によれば、彼の家及び財産は神谷明、つまり一鬼の父に譲るとのことだったが……これには訳がある。

何も複雑な理由ではない……単純に、彼には親戚が居なかったのだ。

一番親しいのが神谷家であったという、ただそれだけのことだった。


しかし、受け取った処でどうすれば良いというのか?

親しかった故人の住んでいた家を受け取った処で、寧ろその死を思い出して悲しみが増すだけだ。

それでも、父は受け取ることを選んだ……そして、それに一鬼と美空は反対しなかった。

どんなに悲しかろうとも、今まで過ごした時間は忘れられないし、無駄でもない……思い出は生きる力となる。

一矢の死を風化させないでいる為に、神谷明は受け取ったのだろう。


 それが分っているからこそ、誰も居ないその家は広く過ぎ、恐ろしく静かに感じられる。


 その恐怖すら感じさせる静寂の中に、一鬼は敢えてその身を晒していた。




「……ここは、静か過ぎる。だが、都合は良いな。そう思うだろう?……碧」


「ええ、そうね。ここを上手く使って、拠点にしましょう。情報はここに纏めておけば良いわ。向こうだと貴方の妹に見られる可能性があるから」


「そうだな。取りあえず、まずはお前の妹の情報が欲しい。特徴、性格、傾向……色々と役に立つ情報はあるだろう」


「……いえ、それは難しいわ。妖の中には人間の思考を読む者も居る。貴方に話すのは危険なのよ」


「成程。しかし……お前の妹はかなりの力を持っている筈だろう?」


「ええ、それでも……不利になるような要素は残したくないの」



 以前言っていたこととは矛盾しているであろうに、碧は不安げに一鬼にそう語る。

鬼にあれ程自慢げに、妹の生存とその力を説いておきながら、その情報が漏れることを心配するその姿は、彼には妙にちぐはぐに思えた。

いかに妖が心を見透かせようが、その妹を害するだけの力は無い筈だ。碧はそう言っていた。

だからこそ、彼女のその提案は不自然に見えて仕方ない。


 嘘を嘘で塗りつぶそうとするかのような、妙な感覚を彼はそこから感じていた。




「……まぁ、良い。妹探しは自分の手でやって貰うという話だったから、無理に知る必要もない。それよりも、この数日で他の妖の気配を近くに感じたことはないか?」


「貴方も感じているのでしょう? 近くに一つ感じたわ。それも、本当に間近に。あれは多分―――そういうことなんでしょうね」


「……ああ、俺も感じている。恐らく、父さんか美空のどちらかに、妖が宿っていることは確実だろう。見極める為に必要なのは、何だと思う?」


「妖が既に宿主に接触しているか否かで大きく展開は変わるわ。既にしているなら、私を危険視するでしょう。妖が何かしらの情報を与えている筈だもの。その真偽はともかく、ね。どちらにしろ、宿主かどうかを確かめるのは簡単……私があの子に姿を見せるわ。宿主なら見える筈」


「そうだな……お前の戦闘力を見る限り、それで問題ないと思う。美空も父さんも隠し事ができるタイプではない。見えるのなら確実に反応する」


「そうね。そうしましょう」



 一鬼の言う通り、美空と明は隠し事に向いていない……神谷家は素直な家系なのだ。


それは彼自身も例外ではない、となるのが理想だが、彼は違う……彼はいざとなれば平気で嘘をつく。

彼は目的の為ならば手段を選ばないタイプであり、時と場合によっては嘘をつけるのだ。

そういう違いこそが、彼が父と母の子でないことを如実に表している。

彼は結局余所者なのだ……分かり切っていても、それは思い出すのは悲しいことだ。




「!……誰か来たな」



 鳴り響くインターホンの音に、一鬼は内心首を傾げながら玄関に向かった。


この家に尋ねて来るものなどそう居ない筈で、居たとしてもそれは美空か明くらいだ。

玄関の向こう側にある気配は人間のもので、妖ではないことに一先ず彼は安心すると、扉を開ける。

チェーンはつけない……寧ろチェーンがあることでこちら側から追いかける際の障害となり得るからだ。

仮に相手が妖を宿す宿主であったとしても、この距離ならば一瞬で止めを刺せる。


 そして、些細ながらも警戒を忘れずに扉を開いた一鬼が見たのは、羽月の姿であった。




「よっ、元気にしてたか」


「……羽月か。いったい何の用だ? そもそも俺がこちら側に居るとどうして分かった?」


「いやはや、元気そうで何よりだ。こちらに来たのは、向こうに居なかったからだよ」


「成程。取りあえず、入るか?」


「ああ、お邪魔させて貰う」



 不敵な笑みを浮かべる羽月を室内に招くと、一鬼は静かに気配に気をつける。


羽月は碧がまだ完全に現れることができなかった時点で、その存在に反応していた可能性があった。

もしかすれば、妖を宿している人間の一人かもしれない……だからこそ、彼は気を付ける必要がある。

羽月自身に敵意がなくとも、その体に宿る妖はそうではないかもしれないからだ。

一撃……たった一撃だけでも凌ぐことができるように、彼は密かに神経を研ぎ澄ませた。


 碧の反応速度と、一鬼自身の反応速度を考慮すれば、その妖が彼女以上に強くなければ、一撃は凌げる。

一撃さえ凌げば、そこからはどうにでもできる……一鬼と羽月の身体能力差を考慮すれば、もう一撃を碧が防いでくれたならば、勝負は決するのだから。

ただ、それは連携の練度の差が、一鬼達とあちら側で殆どない場合のみに当てはまる。


 連携は力量差をある程度まで覆す……それに注意しなければ、一鬼も無事では済まないかもしれない。




「一鬼、そういえばここ一週間、例のバラバラ殺人事件は起きなかったな」


「そうだな。犯人も流石に身を潜めたのかもしれないな。もしくは――」


「もしくは、既に犯人はこの世に居ないのかもしれない、か? 俺はそちらの可能性の方が高いと思うが……何故だと思う?」


「……分からないな。何故なんだ?」


「それは……もう犯人が死んでいるからさ。誰かが殺した……いったい誰なんだろうな?」


「さぁな? しかし、どうしてそんなことが分かるんだ?」



 一鬼は羽月の言葉から、彼が凡そのことに感づいていることを悟る。

既にどれ程の情報を彼が知っているのかは一鬼には分からないが、少なくとも妖と無関係ではないだろう。

しかし、今ここで碧を出して戦うつもりは一鬼にはない……羽月から動かない限り、彼は行動を起こさないつもりだ。


 一鬼が力を揮うには理由が必要だ……自分を害しようとする相手が必要だ。

そうでない相手に先手必勝で危害を加えるようなことは彼にはできなかった……彼の性質がそれを許さなかった。

大義も理由もない状態での殺し合いは、彼にはできない……彼が満足する理由があって初めて彼は剣を振りかざすのだ。




「実はな、協力者が居るんだ。性格はあれだが、能力はお前くらいあるよ。どうだ、心強いだろう?」


「そうだな。だが、殺人鬼相手に通用するとは思えない」


「はは、実際に会ったような物言いだな。実際に会ってそう言っているのだとすれば、お前は何故ここに居る?」


「……何を言っているのか理解できないな。俺は、ただ―――」


「誤魔化すなよ、一鬼。お前、感知されてるんだよ」



 笑顔でそうのたまった羽月の体から、不意に何かが一鬼目掛けて飛んだ。


一鬼はそれに瞬間的に反応し、後方に跳躍する……その途中で家具が大きな音を立てて動かされるが、気には止めない。

ただ、己目掛けて突き進んでくる何かの腕を掴むと、彼はそのままの勢いで後ろに放り投げた。

その襲撃者にまともに目を向けず、ただ捌くことだけに集中して彼は羽月の気配を伺う。


そして、瞬間羽月の身柄の確保を行うことを決定する。




「碧!」



 羽月は半径五メートル以内に居る……それを見ないまま感じ取った一鬼は、碧を呼ぶ。


それに呼応するように、彼女は彼の背後から現れ、驚くべき速さで羽月を壁に叩きつけた。

途端に呻き声を上げる羽月を他所に、一鬼は碧の手が届きそうな距離まですぐさま近づく。

襲撃者の姿は既に見えなくなったが、全方位の何処かから襲い掛かってくるのは分かっている。

気配は確かにこの部屋の中にあり、彼は凡その場所も掴んでいた。

それでも、もしかしたら相手は飛び道具を持っているかもしれない。何かしらの能力を持っているかもしれない。


 だからこそ、一鬼は注意しながらも、羽月に声をかけた。




「羽月、随分と間抜けな奇襲だったぞ。次はもっと上手くやれ」


「ぐっ……早速かよ。一鬼……こんな強い奴を引くとは、反則だぞ!」


「先手は譲ってやっただろう? それに、まだお前を殺していない。さて、話を聞こうか」


「やれやれ……仕方ない。お前ももう分かっているようだが、俺もお前と同じく妖を宿した存在だ。どうやら俺の引いたのはハズレだったようだが」


「誰がハズレだ! お前こそ、話が違うじゃないか! 何が私と同等だ……強い処か、よりにもよって伝説の妖狐じゃねえか!」


「ああ、紹介しておく。あれが俺の妖……緋蓮だ」



 怒った様子で一鬼達の前に現れたのは、真っ赤な癖のある長毛と眼が特徴的な女性だった。

胴体、足の太ももより下に鎧を身に着け、左腕にガントレットを装着している彼女は、両手を腰に当てて羽月を睨んでいる。

彼女を実際に放り投げたのは一鬼だというのに、怒りの矛先が羽月であることに、一鬼は驚いた。


 そんな彼に苦笑しながらも、碧は女性を見て、侮蔑の笑みを浮かべる。




「……貴方、シェイプシフターね。臭いで分かるわ。それと、口が臭うわよ……ちゃんと歯は磨きなさい。化けの皮を被らないと人間一人殺すのにも苦労する出来損ないの種族に、まだ生き残りが居たとはね」


「そういうお前は、妖狐だな。私達の種族を滅ぼしておいて、よくもまぁそんな口がきけるもんだ。それと、歯はちゃんと磨いている。余計なお世話だ」


「……滅ぼした? 貴方、何を言っているの? あれは勝手に滅んだのでしょう。妖狐にちょっかいを出すからああなるのよ。妖狐の評判は良いものではなかったでしょうに、何故態々接触しようとしたのかしら」


「ああ、ひたすらぶっ殺しまくる一族だもんな。でも、その妖狐最強の殺戮者もこうして私と同じ境遇に居るということは、死ぬんだな。ざまぁみろ」


「私の死に様を見られなくて残念だったわね」



 いきなり互いに毒を吐く碧と緋蓮という女性に、一鬼は思わず溜息をつきたくなった。


彼が羽月の方を一瞥してみると、羽月も苦笑しているのが良く分かる……どうやら彼らに敵意は無かったようだ。

実際問題、羽月が本気で一鬼を殺しに来たのだとすれば、その殺意は容易に感じ取れる。

彼の眼には、羽月が本物の殺意と共にここに来てはいないという事実が見えていた。

幸いなことに、妖という過ぎた力を得ても彼の親友は力に溺れなかったようだ。


そのことに安堵しながらも、一鬼は緋蓮という女性がどう動くかに注視しながら、碧に声をかけた。




「碧、そのくらいにしておけ。羽月を開放するんだ。彼らに敵意は無い」


「一鬼、甘いわよ。攻撃をしかけてくる時点で害意はあるわ。腕試しだなんて言い訳はさせない。特に、その食人鬼は貴方への攻撃が成功していたら、そのまま食らいついていたでしょうね。はっきり言って、この男はそれを制御できていないのよ」


「それは俺も同じだ。いや、そもそも制御できる筈がない。お前達にだって自我はある。俺達にもある。だから、どちらかがもう片方を完全に制御するなど無理だ。俺がお前の秘密を暴けないようにな。それに、その程度の妖でお前が危機に陥るとは思えない」


「……分かったわ。でも、何かあった時は容赦なく殺すわよ。こいつらは所詮他人……死なれては困る貴方とは違うのよ」


「ああ、好きにしろ。だから、まずは話を聞くんだ」



 一鬼と碧は暫くの間、互いに視線をぶつけあったが、やがて碧の方が折れた。


彼女は静かに頷いて、一鬼に忠告を投げかけた後に羽月の拘束を解く。

途端に咳き込みながらも必死に酸素を求める羽月に、一鬼は彼女が力を込めていたことに気付く。

それが意識的なものかそうではないのか彼には分からないが、碧の拳が握りしめられていることから、恐らく前者だと思われる。

一鬼はその僅かな仕草から怒りを感じ取りながらも、いったい何をそこまで怒る必要があるのか理解できずにいた。


 それは己の生命が危機に瀕した時の物とは違う、別の理由による怒りだと理解しながらも、いったい何に対してのものなのかを彼は理解できない。


 理解できないことを考えても仕方ないと思考を切り替え、すぐさま彼は次に行くことにした。




「羽月、聞かせて貰おうか? 何故俺達を襲ったのか、何故俺が妖の気配とやらを放っているか」


「分かっている。お前を襲ったのは、お前が本当に妖を宿しているか、そしてその妖がどれくらい危険かを確かめる為だ。まぁ、まさかここまで強い奴だとは予想だにしていなかったけどな。しかし、安心した……どうやら私欲の為にお前を虐げるような奴ではないようだな」


「ああ、まだ一週間の付き合いだが、良くして貰っている。一応俺に最低限の信用はあるようだしな。こちらも彼女のことは信用している。まだ互いが全幅の信頼を得るまでは、時間は必要だが」


「そうか。こちらは見ての通り、凸凹コンビだよ。で、ここに来た目的は他にもあってだな……お前と情報交換をしたい。俺が知っていること全てを話すから、お前も教えてくれ」


「……分かった。できる範囲で答えよう」



 ちらりと碧の方を見遣ると、一鬼は羽月の言葉に頷いた。

彼は碧の妹の件については話すつもりは無い……話して無駄に危険性を広げる必要性もないのだから。

碧と緋蓮の会話から、碧は過去に敵を多く作っている可能性を、彼は察していた。

まさにその一人である緋蓮に態々アキレス腱の存在を教えてやる必要もあるまい。




「まず、この町には今現在八体の妖が居る。先週までは九体だったが、死んだようだ」


「八体?……取りあえず先週死んだのはイエロー・レディーだな。連続猟奇殺人の犯人だ。だから、殺した」


「やはりお前達だったのか。で、宿主は誰だったんだ?」


「……一矢さんだ。イエロー・レディーに人質にされて、殺された」


「……成程、そういうことか」



 一鬼の眼を見た羽月は、そこに何か恐ろしいものでも見たのか、額に汗を浮かべていた。

それ気付くことなく、一鬼は苛立ちを垣間見せながら、腕を組み、歩き回る。

碧と緋蓮は暫くその動きを眺めていたが、やがて互いの視線がぶつかり、再び睨みあいを始めた。

怨恨と侮蔑、憧れ、後悔……様々な感情が交差し、その全てを彼は感じ取る。

殆どの感情は緋蓮が碧に向けたもので、碧の方はただ格下を見下しているに過ぎない。


それが再び爆発するのを防ぐ為にも、一鬼は歩みを止め、碧の方を見遣ると、忠告を告げる。




「碧、それ以上は煽るな。緋蓮さんもだ。静かに話を聞くこともできないようなら、引っ込んでいてくれ」


「……一鬼、命の恩人にその口の利き方はないんじゃないかしら?」


「今それを持ち出すのは、大人げないぞ」


「はぁ……分かったわ。大人しくすれば良いんでしょう?」



 少しばかりむくれながらも、碧は両手を上げて降参のポーズをとった。

その様子に一鬼は苦笑すると、内心で抑えてくれた彼女に礼を言う。

実力差は一目瞭然で、碧が負けることはないが、それ故にここで戦われては困る。

緋蓮はともかく、羽月は心強い仲間になってくれる可能性が高いのだから、彼の自衛手段となる緋蓮を潰させる訳にはいかないのだ。


 全てが不明瞭な状態で不用意に動くのは危険であると、彼は知っていた。




「ははっ、ざまぁ見ろ!」


「緋蓮、お前も大人しくしていろ。で、現在この町に居る妖は八体になった訳だが……お前、他の妖に心当たりはないか?」


「全くない。そもそも俺が会った妖は、碧以外なら緋蓮さんが三人目だ。お前はどうだ?」


「お前の妖で、三人目になる。一人目は相当狡猾な奴で、姿は確認できなかった。二人目は……蒼い炎を宿す骸骨みたいな奴だったよ。こいつとは戦ったんだが、圧倒的だった。もしかしたらお前の妖よりも強いかもな」


「!?……私よりも強い、ですって? それなら、貴方達は間違いなく死んでいる筈よ。いったい何をしたの?」


「いや、それがな……どうやら最初から相手にされていなかったようだ。こちらの戦力を把握した途端に去って行ったよ」



 自分よりも強い……その言葉に鋭い反応を示した碧に、一鬼達は驚いた。


彼女は確かに圧倒的な能力を持っているが、一鬼も彼女が最強であるとは考えてはいない。

一鬼自身、彼女よりも強い妖が存在する可能性を考えておく必要があると考えていたくらいだ。

肝心の本人がそんな考えを持っていないことこそが最も問題なのだが、そこは時間が解決するだろう。

一度でも痛い目にあえば、嫌でも学ぶのだから。




「あれはムカついたな。あの骸骨野郎、次に会った時はバラバラにしてやる」


「……あれ、知能低いわね。貴方も苦労しているようね」


「ああ、あれで話が通じなかったら、是非とも別の奴とチェンジしたかったくらいだ」


「聞・こ・え・て・る・ぞ!」


「……羽月、済まないが冗談はそのくらいにしておいてくれ。何故この町に八体の妖が居るのかを知りたい。碧の話では、残りは六体だった筈だ」


「何? そうなのか、緋蓮?」


「いや、この町に居るのは八体だ。今も感じるぞ。それと……ここには三体の妖が居る」



 羽月達は怪訝な表情をして顔を見合わせると、一鬼と碧を交互に見た。


一鬼もまた、碧の眼を見遣ったが、碧は気まずそうに新緑の目を逸らす。

まるで何か都合の悪いことに気付かれてしまったかのようなその仕草に、彼は己が十分な情報を彼女から得ていなかったことに気付く。

一鬼としては、碧と緋蓮の索敵能力に差があるのではないかという推論もあるが、彼女の反応を見る限り、それは違うようだ。

ならば、碧は敢えて彼にそのことを言及しなかったということになる。


 そこから生じるかもしれない不和を彼女は恐れている。怯えが新緑の眼に宿る。


 怖いならば最初からしなければ良かったというのに、何かが彼女にそうさせた。




「他にも妖が居るのか 何処に潜んでいるか分かるか?」


「それがな……緋蓮が言うには―――」


「三体目は、お前だよ。青髪根暗野郎」


「俺?……碧も感じているのか?」


「……ええ。イエロー・レディーを殺して以降、貴方が変質を始めていたのは感じていたわ」



 己が三体目の妖の反応であると言われて驚く一鬼から、碧は視線を背けたままだ。


彼女がそのことを黙っていたことに罪悪感を抱いていること、更にはそれが彼を心配させたくなかったからであろうことは、一鬼も容易に想像できた。

しかし、彼としてはその程度のことでは揺るがないことを信じて欲しかった……彼は既に生ける死人なのだから。

揺らぐのは、死人である彼を生かしている者に異変が起きた時だけだ。


 羽月は一鬼がそういう男であることを良く知っている……だからこそ事実のみを伝える。

一鬼はそんな彼のことを大層気に入っているし、無二の親友であるとも思っている。

己がどの程度まで耐えられるかを一鬼は分かっている……だからこそ、それを読み取れる羽月がお気に入りなのだ。

碧ともそういう関係になれたのならば、より心強い味方になってくれると、彼は確信している。


 しかしながら、彼らがその境地に到達するのは、まだ当分先のようだ。




「碧、心配してくれてありがとう。だが、この程度のことなら俺は大丈夫だ。俺が何者かは重要ではない……これから何をするかが重要だ」


「ほはぁ……随分と図太いもんだ。まるで妖だ。お前、案外生き残った妖なのかもな」


「?……生き残った妖? どういう意味だ?」


「何だ。そのことも知らなかったのか。良いか? 知っての通り、私達は宿主無しでは生きられない脆弱な存在だが、元来妖とはそういうものではない。だが、その生きている妖の気配がこの町以外には少しも感じられないんだよ。私達六体は死者で、それ以外に感じる気配は二体のみ。そして、この町以外からはまるで気配が感じられない。そうだろう、バケギツネ?」


「……ええ。私も、この町以外から妖の気配は感じられないわ。私達と同じ一度死んだ者は合計で六体、それ以外が二体。これが私の感じる全ての気配よ。残念ながら、海の向こうにも気配はないわね」



 碧の眼に宿る希望と微かな恐れに、一鬼は漸く彼女が何故妹のことを話さないのかに気付いた。

妹が生存しているという確信を抱き、しかしその力を感じ取れないと彼女は言った……だが、それは嘘である可能性がある。

一鬼ともう一人、生きている妖の反応があるという言葉が本当ならば、そのもう一人こそが彼女の妹である可能性は大いにあり得るだろう。


 そして、気配の種類が異なり、更には生きているということは、大きなディスアドバンテージとなる。

碧は互いの位置をある程度正確に知る為には、相手が姿を現している必要があると言っていた。

つまり、一鬼ともう一人の生存している妖は、常に居場所を感知されているのだ。

感知範囲が異常に広い妖などが居たならば、そのターゲットになる可能性は高い。


 だから、碧はそれが己の妹である可能性を打ち明けないのだ。

しかし、だからこそ一鬼は思う―――すぐに会いに行って、庇護下に置けば良いのではないか、と。

それができない理由があるのならば、彼は是非とも彼女の口から直接聞きたかった。

少なくとも、このまま一人にしておくよりは安全な手段の筈なのだ。




「妖がこの町以外に存在しない?……つまり、既に元来の妖は滅んでいるということか?」


「恐らくそうだ。だから、生きているのはお前と、もう一体の誰かだけだな。それが誰かは分からないが……狙われやすいのは変わらないだろう。お前とそいつは、常に存在を感知される立場にあるんだからな。早めに接触した方が良いぞ」


「いや、それは……餌かもしれない。俺ならその生存している妖を餌として利用する。警戒して近づかない奴も居るだろうが、多くは関心がある筈だからな」


「……お前、結構冷酷だな。まぁ、事実私達もその内接触するつもりだったが」


「俺はすぐに接触して、場合によっては保護した方が良いと思うんだが、碧はどう思う?」


「……私は反対よ。正体も分からない妖相手に、そんなことをして足跡を残すのは危険だわ。一鬼、貴方が言ったことを既に実行している者が居る可能性もあるわ」



 やはりと言うべきか、不安げな表情で反対する碧に、一鬼はどうするべきか迷った。

彼女の制止を振り切って会いに行って、それがフェイクだった場合、彼はただ窮地に彼女を巻き込むだけになる。

ならば、彼がすべきは、地道に彼女と共に情報を集めていくだけであろう。


碧との付き合いはまだ一週間程度だが、常に密着した生活をしているのだから、彼としては彼女を要らぬ危険に巻き込みたくはなかった。




「分かった。では、予定通り一体ずつ接触していこう。で、目の前に居る妖には聞かなくてよいのか?」


「そうね、一応聞いておきましょう。貴方、私以外の妖狐にこの一年で接触したことはある?」


「はぁ? 私がこの姿で出会った妖狐は、お前が初めてだよ。何言ってんだ?」


「そう……なら良いのよ。変なことを聞いたわね、ごめんなさい」


「?……」



 何がどうなっているのか分からない緋蓮と、それに苦笑する羽月を傍目に、一鬼と碧は顔を近づけて、現状の再確認をした。

残る四体の妖、そして生存が確認されているもう一人……この残り五体の妖が妹の情報を知っているか否かが勝負になる。

イエロー・レディーのように情報を知らない者も居れば、知っていたとしても教えない者も居るだろう。


 つまり碧の妹の情報が得られる可能性は非常に低いということだ。

残り四体の妖の内、妹の情報を知っている者が居たとしても、正直に教えてくれる訳ではない。

最悪の場合、残る四体の全ての妖と戦い、それでも情報が得られない可能性もある。

しかし、一鬼は一度碧と約束した已上、可能な限り最後まで付き合うつもりだ。

美空達を傷つけるような事態に発展しない限りは、彼は約束を遵守する。


 そういう風に彼は育てられた。そう望んだ。




「一鬼、取りあえず二つ程確認しておこう。俺とお前は基本的に戦わない。新しい妖に会った場合は、特殊な場合を除いて互いに知らせる。この二つを提案したい」


「成程、悪くない。碧はどう思う?」


「私もそれで構わないわ。ただ、一つ問題があるとすれば……貴方達は私達と協力した方が良い、ということかしら。その妖では、貴方の身は守れないわよ?」


「確かにそうかもしれないな。だが、あんたは敵が多そうだから、なるべく接触は避けたい。報告は電話やメールでする。直接口頭で説明するのなら、あんたと緋蓮は引っ込んでいる状態で、だ」


「私も賛成だ。妖狐は無意味な殺戮を楽しむ、虐殺大好きイカレ野郎の集団だった。その中でも群を抜いて有名だったのが―――そいつだ。いったいどれだけの妖の種族がそいつに滅ぼされたか分かったものじゃない。青髪根暗野郎、お前も精々気を付けるんだな。今は味方だが、敵になれば、そいつはお前を容赦なく殺すぞ」



 緋蓮の冷たい言葉に、しかし一鬼は納得する。

碧は結局の処彼と同類だ……理由さえあれば殺しを躊躇わず、寧ろ嬉々として行う。

そして、己の家族を守る為ならば、それ以外を犠牲にすることに抵抗は殆どない。

だからこそ、今こうして同じ道を進めていることはある意味奇跡で、いつ決別してもおかしくないのだ。


 彼らはそういう危うい関係の中に居る……故に、気を付けなければならない。

一鬼はできれば碧とは敵対したくないが、いざという時は切り捨てることができるし、逆もまた然りだ。

所詮彼らの付き合いは一週間程度で、既にある絆を犠牲にしてまで保つようなものではない。

本当に守りたいものがある已上、彼らはやがてぶつかることもあるだろう。


 しかし、一鬼は思う……今の彼らは運命共同体なのだとも。

いかに碧が彼と袂を分かとうとしても、彼女は彼の肋骨に宿り、彼から力を得ることで生きている。

謂わば、彼女は彼に憑りつくことで生きながらえている怨霊に過ぎない。

一鬼が倒れた時彼女も倒れるが、逆はあり得ない。


そう、彼らが道を分かつ時、碧は必ず死ぬのだ。




「ええ、分っています。ですが、安心してください。俺も碧も、同類ですから。俺達は似た者同士です。どんなに否定しようともそれは変わらない……ただ、守りたいものが違うだけです」


「……ふん! 良かったな、バケギツネ。お前の宿主はお前と同じくらいイカレてるみたいだ。お前を捨てたりはしないみたいだぞ……イカレた殺戮者の癖に、捨てられた子犬みたいな眼をしやがって」


「っ!! 貴方―――死にたいようね!」


「碧! 言わせておけ……お前の一撃は強過ぎる。ここで彼女を殺す訳にはいかない」


「っ……分かったわ。ここは、貴方に免じて抑えましょう」



 緋蓮の嘲笑と共に告げられた挑発に、碧はその眼を見開いて動こうとするが、一鬼はそれを制止した。

少なくとも羽月を守ってくれる戦力である緋蓮をこのようなことで失う訳にはいかないのだ。

片手を己と緋蓮の間に置いた彼に不安げに目配りする彼女を見た瞬間、内心一鬼はその美しさにドキリとした。

しかし、彼はそれを悟られることなく、ただただ制止することに徹する。


 ここで碧が緋蓮に手を出せば、間違いなく彼女は一撃で死ぬ。

頭が吹き飛ぶか、四肢を破壊されるか、胴体に風穴を開けられるか、真二つか……様々なバリエーションはあるものの、死という運命は固定されるだろう。

そんなことをした処で、意味はない……羽月は既に他の妖に顔を知られてしまっているのだ。

緋蓮を失った羽月を妖が見逃す保証はないし、情報を漏らされない為に殺す可能性もある。


 つまり、ここで緋蓮を殺すのはそのまま羽月を殺すことになるかもしれないのだ。




「ははっ! バケギツネも、己の命を握っている宿主様には形無しだな! こいつは笑える!!」


「……だが―――」


「んあ?……ガ……ハッ……」


「俺の拳なら死にはしないだろう」



 一鬼は、内心抱いていた怒りを乗せた拳を、思い切り緋蓮の腹部に見舞った。


いつもの彼ならば、女性を本気で殴るということはなかったが、相手は妖である……手加減するつもりなどない。

碧……正確には彼女の種族の方に非があるとは分かっているものの、緋蓮の態度にも問題はある。

協力関係を結ぼうとしているこの場で、それを乱そうとする彼女の行為ははっきり言って愚かだ。

弱者であるというのに、敵を作ろうとしている。弱いのに、無駄にぶつかって敵を増やしている。


だからこそ、彼はその拳の威力を少しも緩めることなく、彼女にぶち込んだ。

その行動がいかに愚かなことかを口で語っても学習しないであろうと理解したが故に、体罰によって示す。

そうやって相手を煽り続ければ敵しか居なくなるということを、その身に叩き込む。

元来そのような暴力的な躾は彼の好む処ではないが、時と場合によっては仕方ない。

今ここで必要な流れに逆らい、逆境に進もうとする愚かさを痛みで以て知って貰わねば、困るのだ。


 そもそも、仮にも己のパートナーをあそこまで笑われて黙ってる程、彼は我慢強くない。

確かにまだ彼にとって碧は家族と同列なる存在ではない……場合によっては見限ることもあり得る。

だが、少なくとも今は行動を共にする仲間であり、信じ、こちらも相手の信用に応えるべき時だ。

その碧をここまで煽られては、それなりに行動を示しておかなければ、彼の彼女に対する信頼は表現できない。


 これは、彼なりの彼女への誠意の示し方なのだ。




「あ……ぐ……バカ……な……鎧を……ひっ……衝撃が……」


「一鬼……大丈夫なのか?」


「安心しろ。この程度で彼女は死なない。だが、鎧がなかったら、もしかしたらということもあっただろう」


「……なら良い。俺も逆の立場なら似たようなことをしてたよ。飽くまで、似たようなこと、だけどな。しかし、まぁ……よくも妖相手にここまでできるもんだ。一週間前に聞いたデータは嘘だったのか?」


「いや、あれは本物だった。俺はこの一週間で成長している……そういうことだ」


「……恐ろしい奴だな、お前は」



 冷や汗を浮かべながらも苦笑する羽月に、一鬼もまた苦笑で返す。

緋蓮の行動は彼らも余り快く思っていなかったし、碧がそれに応じていれば、確実に彼女は緋蓮を殺していた。

それ程の力量差が二人の間にはあり、一鬼はそれを考慮して己で緋蓮を殴ったのだ。

彼と彼女の力の差はそう大きくない……ならば、激痛はあっても致命傷になることはそうない。

痛みから学ぶ前に死んでしまっては何も始まらない。ここで碧に殺されてしまえば、緋蓮は何も学べずに犬死する。


 まさしく、血を見かねない空気を変える為に、彼が動いた訳だ。




「碧、これでどうにか我慢してくれ。無理だというのならば、せめて腕一本程度にしてやって欲しい」


「はぁ……そんな目で見られたら、無理とは言えないわ。貴方は本当に……変わらないわね」


「?……とにかく、抑えて貰えて何よりだ。未来がどうなるかは分からないが、少なくとも今俺達は仲間だ。俺は仲間の信頼には応える。だから、心配するな……お前を拒絶したりはしない」


「……そう」


 碧は、一鬼の言葉に対して多くを語りはしなかったが、静かに一言、安堵の笑みと共に答えた。


少なくとも彼にとってはそれで十分だった……碧が彼をどう思っていようが、今彼は誠意を見せたのだから。

彼女は一年間の間彼の姿を見てきたが、彼は彼女のことを知ってまだ一週間だ。

それなりにはっきりとした形で信頼を示さなければならない……言葉だけではなく、行動で、だ。


 結局の処、この行動は彼自身の為でしかない……それは彼も分かっている。

未だに苦しそうに呻いている緋蓮には気の毒だが、彼は彼女を利用したのだ。

しかし、彼が怒りを感じていなかった訳ではない……怒りがなければ、彼女は今こうして苦しんでいないだろう。

好都合だからこそ、怒りを抑えずにぶつけた……それだけのことなのだ。


 目の前で呻いている彼女に対して罪悪感を抱いていないことこそが、彼が異常であることを最も裏付ける証拠であろうか。




「お前……ぐっ……覚えて……ろ……よ……」


「ええ、覚えておきます。いつか、お返しは受けましょう。だから、貴方もそれまでは必ず生き残ってください。でなければ、羽月が死ぬ」


「……本当に……っ……お前も……イカレてる」


「そう思っていただいて結構です。俺は、目的を達成する為ならば手段は選びません」


「ハッ……嘘……ぐっ……だな……お前は……手段を選ぶ……だから、イカレてるんだ。手段を選ばない……のなら……いつでも……警戒できる。だが、お前は……時に選び、時に選ばない……ブレてるんだよ……」


「……それだけ話せるなら、痛みは引いてきたようですね」



 脂汗を流しながらも話すのを止めようとしない緋蓮に、一鬼は一種の尊敬の念を抱く。

彼女は口から先に生まれたのかもしれないが、決してバカではない……彼女は物事の核心を的確についている。

羽月は彼女のことをバカにしているが、それは飽くまで彼女の戦闘力と頭の回転についてだろう。

物事の核心を見抜く力においては、彼女は一鬼や碧を凌駕しているかもしれない。


 羽月が緋蓮に文句を言いながらも、仲違いしていないのはこれが理由であろう。

彼は人懐っこい性格ではあるものの、能力のある者しか認めない節がある。

そんな彼の妖なのだから、それなりの力がなければ、彼も認めはしない……少なくとも、彼女はその基準を超えてはいるのだ。


 今一鬼達に必要なのも圧倒的な暴力ではなく、核心を見抜く力だ。


 そういう意味でも、羽月との協力は悪くない提案だった。




「羽月、良い妖を引いたな。お前に似た不屈の挑戦者だよ、彼女は」


「ついでに、お前の妖くらい強かったら良かったんだけどな。まぁ、それは高望みか。あまり力の差が大きいと、言うことを聞いてくれないだろうしな。そういう意味では、お前達は不思議だよ」


「俺達は……仲間だ。互いの目的の為に、協力している。それに――運命共同体だ。互いを蔑ろにするのは難しい。それは皆同じだ」


「そうか? お前が死ねば、彼女は死ぬが、彼女が死んでもお前は死なないだろう? そういう点で、妖は不利だ」


「彼女を殺した相手が、俺を見逃さないとでも? それは甘い考えだ。彼女は俺の剣であり、盾だ。俺は彼女の庇護があってこそ今ここに居る。それを忘れてしまえば、足元をすくわれる」


「……そうか。だが、気を付けろ。お前達もまた似た者同士だ。足をすくう存在は隣に居るかもしれないことを忘れるな」



 羽月の忠告に頷きながらも、一鬼はその眼を碧に向けた。

彼はその眼にただ強い信頼を示し、彼女はそれに静かに頷く……それが正確に彼の意思を汲み取っているかは定かではないが、少なくとも何かが届いたのは確かだ。

彼にとって、彼女は運命共同体であり、否が応でも歩み寄らねばならない相手である。

彼女無しでは、彼はこれから先やってくる妖達に、成す術もなく殺される可能性があるのだから。


 今の一鬼にとって、碧はまさしく庇護者だ。

彼女が居なければ、彼は妖から満足に身を守ることもできないかもしれない。

だからこそ、彼女との仲を険悪にしてはならないのだ……中にはそれを狙う妖も居るかもしれないが、揺るがぬ関係性を築き上げる必要がある。

バラバラになってしまった時は、一鬼もそれが最後だと覚悟せねばならないだろう。




「取りあえず、挨拶はこんなもんだな。今日からよろしく頼む」


「ああ、こちらこそ」



 差し出された手に、一鬼は己の手を重ねると、羽月と握手をする。

これは、彼らが暫くの間は協力体制をとることの承諾を表しており、同時に彼らが互いに害意を持たないことを示す。

妖の方はともかく、宿主である二人は互いにぶつかるつもりはない。

互いの目的は大きく異なるだろうが、彼らはぶつからない……その時が来るまでは。


 既に、戦いは始まっている……生き残る為に、誰かを守る為に、誰かを殺す為に――彼らは進む。

新たな生を与えられた七体の妖と、それを宿した者達……そこに、潜む思惑は何であろうか?

まだ一鬼達にはそれは少しも見えてこない……偶然生じたものなのかも、恣意的なものなのかも、彼らには分からない。


 だが、ただ一つはっきりとしていることがある。


与えられた力の使い方は……彼ら自身に委任されたのだ。












 神谷美空は、考古学者である神谷明と神谷夜空の間に生まれた娘である。


彼女は生まれて以降、三歳にして既にある程度の力を得ていた兄、神谷一鬼に支えられながら、生きてきた。

両親と兄からの溢れんばかりの愛情を受け取ったお蔭か、彼女は今まで家族と大きな喧嘩や反抗をしたことはない。

まさしく、恵まれていると言われても仕方ない環境で彼女は育ったのだ。


 そんな彼女の運命が狂ったのは、一年前……家の近所で起きた大規模な事故だった。



その日、彼女は一鬼と共に徒歩でショッピングモールに向かっていた。


 その日は何故か、いつも通っている交差点に大型トラックが複数台停車していた。

彼女達はその時、特に気にせずに通ろうとしたが……何が起きたのか、そのトラックは信号を無視して、突然急加速したのだ。

一斉に数台の大型トラックが、信号を守って進んでいた車を薙ぎ倒し、歩行者を撥ね、轢き、遂には彼女に突っ込んできた。


 驚きの余り動けなかった美空を咄嗟に一鬼は庇ってくれた。

すぐさま彼女を抱きしめ、彼は跳躍によって一台目のトラックを回避し、そのまま二台、三台と避け続けた。

しかし、四台目を避けることはできないと悟った彼は―――美空を安全な処に放り投げたのだ。


恐怖のあまり思考が停止してた美空も、その瞬間に見てしまった―――綺麗な笑顔を浮かべて、四台目のトラックの向こう側に消えていく一鬼の姿を。

事故の際のことで、彼女が覚えているのはそこまでだが、感覚だけはべっとりと彼女の感覚にこびり付いている

彼女の頬を濡らした真っ赤な血、鉄の臭い、鳴り響く悲鳴、熱気……最悪だった。



それだけならば、まだ救いがあったかもしれない……一鬼は生きていたのだから。

だが、その交差点には仕事帰りの両親が居て、トラックが突っ込んだ先にあった車の一台は、まさにそれだった。

そして、母は死んだ……父だけが偶然生き残り、母はトラックによって人の形すら残さなかったのだ。


今でも、彼女はその事故のことを思い出す度に気分が悪くなる。


 忌まわしく、封印したい記憶だ。




「美空ってさ、時々遠い眼をするけれど、あれって何なの?」


「あれは……その、一年前のあれ。だから、あまり美空の前でそういうこと言わないで」


「ご、ごめんなさい……」


「いいの。もう終わったことだから……」



 友人達の言葉に苦笑しながらも、内心フラッシュバックを起こしそうになる己の脆弱さに、彼女は自嘲する。


 ショッピングモールのカフェで雑談している今でさえ、それは忍び寄ってくるのだ。

美空は一年前の事故のことは、それなりに受け止めたつもりだったが、受け止めきれずに今にも倒れてしまいそうなのが現実だ。

沢山の人間が死んで、きっと自分はそれを見ていた筈なのに、思い出せない―――いや、思い出したくない。




『美空、忘れることは大切なことだ。覚えていてはいけないことも、この世界にはある』



 あまりにも弱い己の心に怒りを覚えるものの、兄のくれた一言が甘えを許す。

彼女も本当は向き合わなければならない筈なのに、兄のその一言を言い訳にして、逃げる。

一度は死にかけ、味覚を失った兄はあんなにも強くあるのに、全てを受け入れているのに、同じことをできない己が、彼女は憎い。

助けられてばかりで、少しも支えになれない己が嫌いだ。


 父である神谷明も、過去を受け入れたように振舞っているが、実際はできていない。

今神谷家は、一鬼一人に残る二人が心的に依存していることでどうにかやっていけている状態だ。

あの恐怖を受け入れるなど彼女にはとてもできなかった……思い出すことすら忌々しい。

同じ親から生まれた筈なのに、少しも似ていない己が恨めしい……兄のように強くあれないことが悔しい。


 彼女にとって兄である一鬼は憧れであり、尊敬の対象であり、しかし同時に嫉妬の対象でもあった。

同じ親から生まれた兄弟である筈が、髪の色も眼の色も、強靭さも、全てが似つかない。

似ている似ていないなど関係ない……何があっても彼は彼女達の家族であり、それが揺らぐことはない。


 だからこそ余計に彼女は妬む―――そして、惹かれる。




「そ、そうだ。それよりも美空は誰かと付き合ったりしないの? 彼氏ができたら結構変わるって言うし!」


「それいいかも! 美空、今好きな人とか居る?」


「えっと……居ない、かな。それよりも、今は家族が大事だし」


「ああ、もう! 美空は本当に良い子ね! でも、自分の幸せを追求するのは怠ったらダメよ。気付いたら自分だけボロボロ、じゃ話にならないんだから」


「う、うん。ありがとう」



 美空は友人達の言葉に頷きながらも、嘘をついたことに自己嫌悪する。

本当は彼女も一緒に居たいひとが居る……だが、そのことを話した処で意味はない。

彼女は既に彼の傍に居る……これ以上近づこうとして拒否されては、元も子もないのだ。

今はまだこのままで良い……次に進みたくなった時に、相談すれば良いのだから。


 だから、今は誤魔化しておく……誤魔化し続ける。


 友人も、彼女自身の気持ちも。




「あれ? あれって柿坂さんじゃない?」


「柿坂さん?……」


「美空、知らないの? ほら、病欠で二年くらい留年してる子」


「ああ、成程。でも、どうしてここに居るのかな? 柿坂さん、クラスだと静かだし」



 柿坂愛梨……病欠によって二年間程留年している、美空のクラスメイトだ。

美空のそれよりも艶のある黒の長髪を、後ろで三つ編みにしている美少女である。

何処か人間らしさを感じさせない彼女は、まるで人形のような容姿をしており、外見だけならば学校で一番綺麗な女子であろう。

いつもは静かで、全くの無表情な彼女だが、今は恐ろしい程に美しく、綺麗な笑みを浮かべている。


 柿坂愛梨を見た誰もがこう言う―――まるで人形のようだ、と。

その表情はいつも変わることなく無表情で、声も酷く冷たい為、実は機械なのではないかと思う程だ。

心を見透かされているようさ錯覚を覚えさせる黄金の瞳も相まって、その近寄り難さは他の追随を許さず、彼女に話しかける者は居ない。

いや、それどころか、彼女と近づきになりたいと思う輩がそもそも殆ど居なかった。



 その彼女がショッピングモールに居て、それなりのおめかしをしていて、しかも笑っている。


 こんな状況に遭遇すれば、いったい何事かと思うのも無理はないだろう。




「あっ、あれ……美空の、お兄さんだね」


「えっ? 兄さん?……本当だ」


「おー、あれが美空のお兄さんか。本当に髪が藍色なんだ。あれが地毛なんてねぇ」


「どうやら美空のお兄さんと約束していたみたいね」



 美空は、友人の一人……荒木奈央の言葉で一鬼の存在に気付いた。


笑顔で歩み寄る柿坂愛梨に気付いたのか、兄が片手をあげて挨拶をするのが見える。

その表情を見た際に、美空はカッとなった……彼は、いつもは中々見せない安らかな笑みを浮かべていたのだ。

自分にすら殆ど向けられない笑みが、あの柿坂愛梨に向けられている……その事実が信じられなかった。


 美空にとって、柿坂愛梨と兄を結びつける要素は皆無だった。

彼女が家に来たことなどないし、一鬼も特に彼女の名前を出したことはない筈だ。

だからこそ、彼女はいったいどうして二人が待ち合わせをしていて、しかも互いが笑顔なのかに、強い好奇心を覚えた。

否、それはもはや強迫観念とも言える、強いものだ。




「美空、気になる?」


「えっ? べ、別に気になってなんかないよ?」


「嘘だぁ。嘘つくのは相変わらず下手ね。それにしても……美空のお兄さんってあんなに逞しかったんだ。あれで二十歳を超えてないのは詐欺ね。ビックリしたわ。奈央は会ったことがあるんだっけ?」


「う、うん。体格が良くて、目つきも怖いから私は苦手、かな……」


「はぁ……奈央、兄さんはそんなに怖くないよ。ああ見えても、優しいんだから」


「ああ見えて、って……見た目が怖いのは認めるのね」



 美空の言葉に呆れる友人達に、彼女も苦笑する。

彼女も一鬼の外見が怖くないなどと否定するつもりはない……基本的に彼は目つきが鋭いし、表情も堅く、おまけに声も平坦だ。

長年一緒に居る者の前ではそうではないが、あまり親しくない者に対しては、悪印象の方が強いのも仕方ない。

外見というものは、それ程に影響が強いのだ。


 一鬼にはあまり友人は居ないし、彼自身そういうものを作るつもりは少しもなさそうだ。

美空からすれば、喜んでよいものか否か困る処だが、彼女をつくろうとしないという点に関しては、安心している。

今の家庭環境で彼女など居た処で、美空達の領域に踏み入るには相当の勇気が居るのだ。

それが可能な女性でもない限り、彼女は認めるつもりはない。


 彼が色恋ごとに現を抜かすのは、まず彼女達が立ち直ってからだろうし、彼女もそうであることを願っている。




「あっ、こっちに来るよ」


「えっ?」



 友人の一人の言葉通り自分達の方にやってきた一鬼達にドキリとした美空であったが、意外なことに彼らは彼女達に気付かず通り過ぎ、別の席に向かい合う形で腰かけた。

未だに笑顔のままの柿坂愛梨と、少しばかり眉をひそめている一鬼の組み合わせは、二人の容姿も相まって実に華がある。

そこに居るのが自分ではないことに黒いものを感じながらも、彼女は様子を見守った。

友人達も興味津々で、二人の動向を見守っている。


 一瞬だけ友人達の方に注意を向けた瞬間、彼女は視界の端で柿坂愛梨がこちらを見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた――そんな気がした。




「何か話してるけど、聞こえる?」


「いんや、ダメね。聞こえないわ」


「……!?」



 暫くの間二人の様子を見守っていた美空だったが、不意に一鬼の隣の席に現れた女性の姿に驚愕した。

肩にかかるか否かの長さの黄金の髪の毛に、新緑の眼を持つ女性が、そこには居たのだ。

確かに柿坂愛梨は美少女だが、まだ未成熟な部分も残る少女だ……しかし、この女性は違う。

間違いなく美女と言えるタイプの女性で、単純な容姿ならば柿坂愛梨よりも上であろう。


 それだけならば、美空も驚かなかったであろうが、彼女は見てしまった。

女性の頭でひくひくと動いている獣の耳と、その女性を見据える柿坂愛梨の眼を。

まるで親の仇でも見るような眼で、彼女は女性を見据えていた……いつもの人形のような無表情も消え、今は鋭さのみがそこに残っている。

そんな女性の姿は、友人達からも見える筈であろうに、彼女達は何一つ言及しない。


 そこに美空は違和感を覚え、本能的にその女性のことは口に出さないことにした。




「……あっ」



 だが、彼女は思わず声をあげた……あげざるを得なかった。

一鬼の隣に座っていた女性と目が合ったのだ……向こうも驚いた顔をして彼女を見ているが、美空は本能的にそれを危険と感じた。

次の瞬間、女性が何かを一鬼に囁き、一鬼がちらりと己を見るのが分かった彼女だが、その際に彼の眼にぞっとする。


 彼の眼は―――獲物を見つけた猛禽類のように、鋭かったのだ。











 一鬼は、ショッピングモールというものはあまり好きではない。


 自分がいかに浮いている存在なのかを、人の通りが多い場所では再確認してしまうからだ。

彼が歩くだけで皆の視線が一瞬集まり、そして恐れるようにすぐさま離れていく……そういうことに彼はもう慣れてしまった。

慣れてはいるが、その度に己が異常であることを再確認させられることに、その異常を受け入れきれない者達に、彼は内心呆れる。

生まれながらにして強力な力を持っていた彼は、同世代に友人などそうできず、ただただ一人だった。


そう、一人で居ることには慣れている……しかし、今は一人ではない。




「碧、もしもの時は頼むぞ」



 肋骨に宿っている己の妖に彼は静かに呟くと、それに応えるように肋骨が熱を帯びた。

つい先日分かったことだが、妖と宿主は、妖が宿主の肋骨に潜んでいる間も簡単な意思疎通ならば可能だ。

一鬼はそれに気付いて以降は、基本的に碧を肋骨に潜ませておき、必要な時だけ呼び出すようにしている。


 とはいってもそれは飽くまで外での話で、彼の自室では碧は基本的に常に姿を現している状態だ。

そもそも彼自身が妖であり、常に気配を出してしまっているのだから、彼女を隠しても余り意味がない。

更には、現在彼らの自宅にもう一体妖が居ることが分かっている。

常に碧が居ることで相手へプレッシャーを与え、しかし害はないことを示すことにもなっているのだ。


 碧は強い……彼女と同等の力でも持たない限り、挑んでくるバカはそう居ない。




「先輩!」


「!……来たか」



 不意に聞こえた声に、彼はその源の居るであろう方向を向いた。


そこに居たのは、艶やかな黒髪を後ろで三つ編みにしている美少女だった。

日本人らしからぬ白い肌はシミ一つなく、その中に浮かぶ薄い桜色の唇が神秘的な美しさを感じさせる。

プロポーションもかなり良く、女性らしい曲線が垣間見えるその体は、十八歳としては十二分過ぎる発育の良さだ。


しかし、一鬼が注目しているのはそれらの特徴ではなく、彼女の黄金の眼だった。

彼と同じく人間味の薄い、鋭いその黄金の眼……それこそが、彼が彼女を特別な存在だと思える一つの要素なのだ。

その眼と、もう一つの要素が相まって彼は彼女との関係を続けている。

逆に言えば、それらの要素がなければ彼と彼女との関係が続くことはなかった訳だが。


彼女の名前は柿坂愛梨……彼とは三年来の付き合いになる後輩だ。

最初に出会ったのは高校二年生の時で、本来ならば彼女も現在大学生なのだが、病欠によって二年留年している。

勉強ができない訳ではないし、寧ろ成績に関してはどの教科も頗る良い。

ただ、とある理由から余り登校できなかった彼女は、病欠によって留年するしかなかったのだ。




「待ちました?」


「いや、俺も今来たばかりだ。先週は急にキャンセルして済まなかったな」


「いえ、葬式なら仕方有りません。ちょっとお話したいので、まずはカフェに行きませんか?」


「分かった。しかし……雰囲気が少し変わったか?」


「ふふ、そういう先輩こそ、らしくなりましたね」


「……まぁ、良い。行こうか」



 一鬼はすぐに分かった……目の前に居る少女こそが、もう一人の生きた妖なのだと。


碧達と似たような感じはするが、まるで違う……碧達を池だとすれば、彼女は川だ。

既に流れがなくなり死んでいる妖達とは違い、流れがあり、生きているのだ。

彼以外に生きた妖の気配はもう一体しか感じられないと碧と緋蓮は言っていた。

つまり、既に碧の妹は死んでいる可能性が高い……そう考えるべき事態になったということだ。



 そして、愛梨の言った言葉は、逆に一鬼が変化していることを彼女が認識していることを示す。

一鬼はそれが何を意味するか凡そ分かっている……彼は本当に妖に近づいているのだろう。

なればこそ、彼は急がなければならない……妖になることで己がどんな風になるかは、その時にならなければ分からないものだ。

唯一のお手本であるイエロー・レディーは殺人狂であった已上、安心はできない。




「柿坂は……以前から知っていたのか?」


「先輩が普通の人と違うことですか? 勿論です。先輩は、私のこれが発動しませんから」


「……そうか。そういう人間も居るものだと思っていたが、そういうことだったのか」



 柿坂愛梨は人間ではない……という表現はあまり適切ではない。

正確には、彼女は半分が妖で、半分が人間の、所謂半妖という存在であろう。

一鬼の感覚でも彼女の存在感は非常に薄く、碧と比べればそれこそ、月と鼈だ。

彼女の気配は半分程度が普通の人間のもので、もう半分が一鬼の感覚にひっかかる妖のそれである。


 これを半妖と言わずして、何というのか。




「力の制御はまだできないのか?」


「いえ、最近は大分できるようになってきました。まだ完全には無理ですけど」


「そうか……少し会わない間に、大分成長したな。偉いぞ」


「えへへ……」



 恥ずかしそうにはにかむ愛梨は実にかわいらしく、いつもの無表情とのギャップは余計にその魅力を際立たせる。


単純な容姿に関していえば、彼女は一鬼の妹の美空よりも格段に上だ。

日頃からこういった綺麗な笑顔を見せることができれば、人形のようだと言われることもないだろう。

勿論それが彼女にとっては難しいことであることは、彼は良く理解している。

そうでなければ、彼女は既に彼と同じ大学生になっている筈なのだから。


 彼女にはもう一つ問題がある……それこそが、彼女の二年間も留年させた原因の最たるものだ。

彼女は生まれつき、特殊な能力を持っていた……人間の思考を読む、俗に言う読心能力である。

彼女はその力を制御できず、人の多い場所に行くと、己が圧倒的な情報量の前にかき消されていくのを恐れていた。

学校も基本的に休みがちで、幸い中学校まではギリギリいけたのだが、高校では無理だった。


 そして、そこで彼女は一鬼と出会ったのだ。




「先輩、覚えてますか? 私と初めて会った時のこと」


「ああ、覚えている。最初に会ったのは放課後の廊下だったな。突然柿坂が倒れて、俺がそれを保健室に運んだんだ」


「はい。あの時、私は限界だったんです。自分の力を制御できなくて、もう壊れてしまいそうで……でも、そんな私を先輩は助けてくれました。先輩の傍に居る間だけは、私は人の心を感じずに済んだ。それに―――先輩からはいつも子守唄が聞こえたんです。だから、挫けずに頑張れました」


「子守唄か……以前からそう言っていたが、本当に俺からそんなものが聞こえるのか?」


「はい。しかも、今の先輩からは以前よりもはっきりと聞こえます」



 綺麗な笑顔で頷く愛梨に一鬼は驚きながらも、己が妖に向かっていることを再確認する。


一鬼が正確に愛梨の妖の部分を感じられるようになったように、恐らくは愛梨も感じているのだ……彼が完全なる妖になっていくのを。

それは元来恐れることなのかもしれないが、それが彼女の救いになっているのならば、彼はそれでも構わなかった。

彼の力が大切な者達の救いになるのならば、彼は喜んで化け物になる。そういう風に望む。


 彼が守るべき存在は、家族である明と美空に、兄のように慕った一矢、友人である羽月と、可愛い後輩である愛梨の五人だ。

その内、一矢は既に失ってしまった……彼の力の及ばぬ、一矢自身の強い意思によって、救える可能性は零となった。

残りの四人だけは何としても守りたい……そんな思いが彼にはある。

また守れずに失うようでは、彼の存在価値は揺らぐ。彼の存在理由が消えていく。


 況してや、愛梨は一鬼と同じ生存している妖だ……見捨てる訳にはいかない。

どんなに彼が苦しむことになろうとも、この同類を失う訳にはいかない……碧達とは違う、生きた仲間なのだ。

妖はもう滅びてしまった可能性が高いと緋蓮も碧も言っていた。それが事実ならば、今ここの世界に居る妖は彼らだけだ。

だからこそ、一鬼はこの唯一かもしれない生ける同類を大切にしたい。




「俺も……変わったからな。取りあえず座ろうか」


「はい」



 愛梨が何処かを見て、一瞬勝ち誇ったような笑みを浮かべるのを見ながらも、一鬼はそれを無視して座る。

その方向にある席で、妹である美空が友人と会話をしているのを知りながらも、彼は敢えて追求しない。

そこには彼を苦手としている荒木奈央も居る為、彼はそこにまで関わるつもりは無いのだ。

彼はメニューを一瞥して何を頼むかを決めながら、向かい合う形で座った愛梨と再び目を合わせた。


 彼女の黄金の眼と、彼の赤い眼が交差し、一瞬何かが通じ合った。

しかし、それは一瞬のことで、すぐに彼らは己が何一つ分っていないことに気付かされる。

彼らは互いのことをそれなりに知っているが、飽くまでそれなりでしかない。

一鬼はあまり踏み込もうとしないし、己を多く見せるつもりもない……故に、愛梨もそれに従わざるを得ないのだ。

飽くまで彼は彼女の支えになることを第一とし、その弱さを見せない。愛梨を頼らない。


 二人の距離が縮まるか否かは、一鬼次第ということである。




「さて……柿坂に言っておきたいことがある。お前は、妖というものの存在を信じているか?」


「妖、ですか? そうですね……信じています。さしずめ、私はさとりでしょうね」


「そうか。なら、問題ないか。なぁ、柿坂……俺の隣の席に座っている者が―――見えているようだな」


「っ!?……妖狐、ですか? なんだか、怒っていますけど」


「ああ、気にするな。お前は悪くない。とにかく、見えるようだな……なら、一先ずは安心というところか」



 一鬼の言葉に合わせて、彼の隣の席に現れた碧を、確かに愛梨の眼は捉えている。


 元々予定してたにもかかわらず、碧は妙に威圧的な空気を発している。

彼女の新緑の眼がすっと細められ、敵意のこもった鋭いものへと変わっていくことに内心苦笑しながらも、彼は話を続けた。

碧が不機嫌な理由は至って単純……生きていた妖が彼女の妹ではなかったからだろう。

それ以外の要素も多分に含んでいる可能性はあるが、彼はそれについては考慮しない。


歴戦の戦士の片鱗を感じさせながらも、存外に幼い部分を持つ彼女は、この状況に苛立ちを覚えている。

一鬼としては、ここは抑えてもらえれば有難かったのだが、既に愛梨も敵意のこもった眼で返している已上、言った処で後の祭りであろう。

思わず溜息をつきたくなるものの、それだけで更に温度が下がりそうな空気に、彼はそのまま話を続けることを選んだ。




「彼女は碧……俺の肋骨に宿っている妖だ。故人ではあるものの、俺とお前と同類だ。違う点は、俺達よりもはるかに強いことだな」


「肋骨?……先輩。もしかしてこの女狐に憑かれているんですか? だったら、すぐにお祓いしてもらわないと」


「……一鬼、貴方の後輩は意外と辛口ね。貴方と話している時はいつも嬉しそうだったのに。安心しなさい……世間知らずの子には力は振るわないわ」


「すまないな、碧。柿坂、言っておくが碧は俺の大切な仲間だ。そういう発言は止めてくれると助かる。それに、憑かれている訳ではないぞ」


「うう……分かりました。でも、こんなに際どい恰好、先輩を誘惑してるに決まってます」


「……ある意味そうかもな。確かに彼女の恰好は中々に刺激的だ」



 一鬼はあまり気にしないようにしているが、確かに碧の恰好は中々に刺激的だ。


だが、そんなことで一々興奮していては、妖を相手にしていられない。

妖の中には人間の欲望を利用する者も存在する可能性を考慮すれば、ある意味良い練習になるだろう。

彼女の色気にいちいち気を散らすようでは、この先やっていける筈がない。

そもそも、彼が彼女に望んでいるのは力であって、それ以外の者は今考慮する必要がないものだ。


 ただ綺麗なだけで、力を持たなかったならば彼は既に彼女を切り捨てていただろう。




「やれやれ、まさかそんな目で見られていたとは思わなかったわ。言っておくけれど、私は安くないわよ?」


「ああ、分かっている。そんなことよりも、柿坂が生存者の一人で良いんだな?」


「ええ、間違いないわ。残るは五体の妖のみね」


「五体の妖?……私達以外にも、妖が居るんですか?」


「ああ、正確には俺達を含めてこの町には八体の妖が居る。既に赤髪の女の妖怪には会っているが、あれは恐らく無害だ。人食いではあるようだが、一応節度は保っている。残る五体については分からないが、もしもその気配を感じたら逃げろ。向こうも柿坂の気配を感じることができる……それに、恐らくお前よりも遥かに強い」


「……分かりました。確かに私もこの町に何かがあるのを感じています。その気配にはできるだけ近づかないようにしますね」



 愛梨の言葉に一鬼は安堵し、しかし同時に違和感を覚える。

彼自身は未だに妖がこの町に巣食っているという感覚を味わったことはない。

しかし、それを愛梨は感じている……半妖でしかない筈の彼女が、だ。

もしかしたら一鬼は彼女よりもずっと血が薄い妖なのかもしれない、などという考えが彼の頭を過る。


 しかし、そんなことはどうでも良かった―――彼はただ、できることをするだけなのだから。

嫉妬している暇があるのならば、家族を守る為に、できるだけ早く妖達を見極める必要がある。

残り五体の妖を見極め、最悪の場合は全て殺害する必要があるのだから、碧の協力は必須だ。


 彼は本当にどの世界でも一番にはなれないようだが、それを嘆く暇はない。




「それで、だ……」


「一鬼、少し良いかしら?」


「ん? どうした?」


「貴方の妹さんが居るのには、気づいていたかしら?」


「ああ、それがどうした?」


「あの子――私が見えているわよ」


「―――っ」



 一鬼は碧の言葉に、思わず美空が居る方を向き、見つけた―――恐怖をその瞳に浮かべている彼女の姿を。


 その瞬間、彼は己が失敗したことに気付いた。

彼は無意識の内に、美空の傍に居るであろう妖に向けて威嚇をしていたが、そんな者は居ない。

実際彼はそのような気配を感じなかったし、単純に碧の言葉に反応して、無意識にそうなっただけだ。


 しかし、そのような言い訳は妹には通用しない。

その威圧を諸に食らったのだから、彼女が感じた恐怖は半端なものではないだろう。

故に、一鬼はすぐさま眼を逸らし、彼女を意識の外に追いやった。

下手に言い訳しようとして近づけば、彼女は本能のままに逃げ出すだろう。

それが正しいことであることは否定しようがない……彼は所詮妖であり、人間ではないのだから。


 しかし、今は彼女の信用を失う訳にはいかない……そうすれば、守れるものも守れなくなる。




「碧、後で美空と接触する。それと――柿坂、何故笑っている?」


「えっ? な、なんでもありませんよ? そう、なんでもないんです」


「……そうか。取りあえず、飲み物でも頼もうか」


「はい!」



 愛梨の笑みの意味を理解できなかったものの、一鬼は取りあえずこのまま彼女の相手をすることにする。

今美空の方に行こうとしても、彼女は恐怖が勝って話を聞いてくれない。

だから、ここは時間を空けて話をすることで、頭を冷やさせるのだ。

そうすれば、少なくとも話も聞かずに逃げる、という行動を彼女がとることはないだろう。


 一鬼にとっては、結局の処最後の守るべきラインは家族だ。

それを守れないのならば、羽月や愛梨を見捨てる可能性も彼は否定しない。

その順位は絶対ではないかもしれないが、彼はそれを絶対にしたいし、するつもりだ。

家族こそが真に彼に居場所をくれた存在であり、彼が守るべきものなのだから、それ以外は最悪捨てる。


 彼はそうする……拾える者は拾うが、拾えないと理解すれば、抱えられるもの以外は振り切ってみせる。




「私はこれでお願いします」


「俺はこれで」



 目の前で柔らかな笑みを浮かべる少女を相手にして、内心ではそれを犠牲にする選択肢を吟味している。

一鬼はそんな自分がクズであることをよく理解しているし、それを否定しようがない事実だ。

彼がこの世界に疑問を抱いていたのは当然のことだ……彼はそもそも人間ですらなかった。



 気に止む必要は無い。偽る必要は無い―――所詮、彼は人間ではなく、化け物なのだから。










「そうか……分かった。早速の情報助かった。ああ、それじゃあな」



 佐藤羽月は、ただの人間だ。


 彼は四歳にして両親を失い、その後を叔母である佐藤綾子の養子となった。

その後その才能を開花させた彼は、人々から神童と呼ばれる程に聡明になり、常に一番であった。

しかし、それは高校になって揺らいだ……神谷一鬼の出現によって、彼は初めて二番手になったのだ。


 なんてことはない、ただの体育であったが、彼は一鬼に負けた。

羽月が少し慣らせば全国で通用するレベルだったとすれば、一鬼は世界レベルの実力を秘めていたのだ。

最初は初めて一番になれなかったことに驚いた彼だったが、やがては初めての壁の存在に歓喜した。



 それから先、彼は一鬼に近づき、そして様々なものを彼から学んだ。

取り分け、彼が最も学ばされたのは、父親のような頑健さであり、静かに皆を見守る暖かいものだ。

母親が常に傍に居て、こちらを向いて手を伸ばしてくれる者ならば、父親は背中を向けて、外敵から身を守ってくれる守護の力の象徴だ。


 ある意味それは昔の男の在り方……否、その理想であったと言えるだろう。

理想とするものの、決して他人に求めようとしてはいけない、幻の存在だ。

そんな存在と、一鬼の後ろ姿が被るのを彼は感じたし、今も感じている。

だから、彼は一鬼に一目置いている。尊敬しているのだ。


 羽月はその強さを知らない。口数も少なく、ただただ守護神のように守り続ける背中に、彼は憧れた。

それになりたいと思った。その力を欲しいと思った。何度も手を伸ばした。

だが、無理だった。彼はそこまで強くなれる程、非情ではなかった。異常でもなかった。

何でもできると思っていた己が決して辿り着けないかもしれない何かが、そこにはあるのだ。


 だから、彼は一鬼を見て、真似て―――彼に父親の面影を求める。


 ずっと追いかけたかった父親の背中を見ている気分になろうとする。


 己が欲していた、欠けていたものを、彼に求めようとする。


 それが、佐藤羽月という男だ。




「さて……やはりというべきか、お前の情報はすぐに俺にも知らされたぞ……柿坂」


「先輩は本当に私が居ないとダメですね……こんなストーカーを放置するなんて、危ないのに」



 羽月は、誰も居ない駐車場で柿坂愛梨と対峙する。

時は夕方……一鬼と愛梨が分かれて間もない時間であり、同時に人と人ならざる者の時間の変わり目でもある。

この時間こそが、半妖である彼女の象徴しており、妖へと向かう一鬼を表している。

そこに己が入り込む隙がないことを羽月は知っている……しかし、そこには何の感慨もない。


 目の前に居るのは一鬼が守りたいと思っている存在の一人だ……それは羽月も十分承知している。

しかし、彼女が一鬼に抱いている想いは、彼の妹である美空を害し得る可能性が高い。

それを見越して、彼はこうして彼女と対峙している。

彼は静かに背中を庇護すべき者に向けて、ただ守り通す者になろうとしているのだ。




「ストーカー扱いかよ……まぁ、否定はできないな。確かに、怪しい奴らは全員監視している」


「一鬼先輩が怪しい奴扱いとは、親友が聞いて呆れますね。それとも、そっちの気でもあるんですか? そうなら、ここで掃除させていただきます」


「そういうのじゃない。すぐにそういう風に考えるのは気持ち悪いな。お前、友達居ないだろ?」


「……成程。そういうことですか。貴方は―――同志ですね。しかし、そこまで先輩の妹さんに肩入れするのはどうかと思います。あんな簡単に怖がって、命の恩人から逃げ出そうとする子なんかに」


「!……心を読んだか。お前の能力は正直羨ましいよ。とは言っても、声に出すまでもなくお前には伝わっているか。制御できるようになったと言っていたが、本当だったようだな……お前、どの妖に会った?」



 急に力を制御できるようになった愛梨と、妖達の覚醒の時期が一致している……それだけで、羽月は彼女が何をしたのかを理解した。


彼女は既に妖の誰かと接触して、力の制御の仕方を教えられているのだ。

だからこそ、今も羽月の前で彼女は飄々としていられる。

いくら駐車場とはいえ、ここはモールの近くだ。人間達の思考が流れ込んできてもおかしくはない。

しかし、目の前に居る少女はそのような素振りは少しもなく、寧ろ不気味な余裕すら見せている。

それが意味するのは、羽月の予想が正しかったということだ。


 そして、その妖は―――彼女と共に居るかもしれない。




「ふふ、先輩程ではないけれど、鋭いですね。まぁ、身内を疑う時点で人間としては負けていますけど」


「お前は身内じゃない。俺にとっては、な。あいつにとっては生かしておいても良い程度の存在なんだろうが……お前は、あいつにとって必要不可欠の存在を傷つけるかもしれない」


「ふふ……それじゃあ、緋蓮さんを出してみたらどうですか? それとも、貴方自身が止めに来ますか? どちらでも構いませんよ……私達には敵いませんから」


「……やはり、お前が四人目の宿主か。お前の妖はどいつだ? 橙か? 青か? 藍か? それとも……紫か?」


「……成程。どうやら、確かに私達の仲間は、皆序列があるようですね。でも、安心してください……最弱の赤よりも、私の仲間は間違いなく強い」



 羽月は、愛梨の言葉に確信を得た。

彼は既に明らかになっている妖の名前が色になっていることに気付いており、更にはその数が七であることに注目していた。

七で、赤、黄色、緑を含むとなれば、あり得るのは七色を持つ虹だ。

そして、今の会話で愛梨の妖もまた、残る四つのどれかの色を持つ者であるというのが明らかになった。


 それが意味するのは恐らく序列であり、そのまま強さを表している。

一鬼の妖である碧は緑……丁度真ん中に位置しており、緋蓮は最弱、イエロー・レディーは緑に次ぐ黄色だ。

この三体の妖の情報を纏める限り、少なくとも赤から黄色にそこまでの差は無い。

だが、緑との間には大きな差が生じており、そこから次元が変わっていることを意味する。


 羽月は内心、彼女の妖が最高位の紫ではないことを祈った。




「最弱とは言ってくれるな。しかし、その口調からして……他の妖にも会ったのか?」


「いえ、会ったのは碧という、新しい邪魔者だけです。ですが……感じます。この町に集う者の力の大きさが、まさしく全て序列に並ぶのを」


「……で、お前のお友達はどの色なんだ? 姿を見せてくれても良いんじゃないのか? なぁ、緋蓮?」


「ああ、そうだな。サイコ野郎、そろそろ見せてくれよ……お前のお友達とやらを」


「ふふ……そこまで熱烈コールされては、呼び出さざるを得ませんね。私のお友達を」



 羽月は思わず顔を歪めた。

愛梨の前では、どんな精神攻撃も意味をなさないであろうことが良く分かる。

もしかしたら一鬼の声ならば彼女に届くのかもしれないが、それは飽くまで可能性でしかない。

羽月は一鬼にそのような危ない橋を渡らせるつもりはないし、そうするつもりならば止めるだろう。


 だが、愛梨が一鬼の心を読めないことは大いに役立つ。

彼の心が見えないことが愛梨は恐ろしいであろうし、本当は知りたいと思っている筈だ。

分からないからこそ安心できた筈が、気づけば知りたいのに知れないジレンマに陥っていることに、彼女は気付いていない。

だからこそ、羽月はそれを思考に乗せてやる……彼女が読み取れるように、はっきりと。


 それらの過程が、彼女の激情を呼び起すと理解しているが故に。




「……本当に、気持ち悪い人ですね! 来て、ブルー・シャーマン!!」


「―――!?……こいつは……まさか!?」


「ああ、そのまさかだ。こいつは―――まずいな」



 驚きを隠せない羽月達の前に現れたのは―――先日彼らが戦闘をし、圧倒された蒼炎の骸骨だった。

実際は全身に鎧を纏っており、骸骨と呼べるのは頭の部分だけであるが、そこには鮮やかな青の髪が生えている。

鎧の中で燃え盛る蒼炎には熱は無く、寧ろ寒気を感じさせる程に冷たい。


 その骸骨は二メートルを超えるであろう巨大な体躯を惜しげもなく晒す。

腕を組んで仁王立ちするその姿に美しさと壮大さを感じ、羽月と緋蓮は思わず息を呑んだ。

不気味な存在である筈なのに、妙な引力を感じさせる……そして、もう一つ彼らが感じるものがあった。

それは、次元の違う圧倒的な力だ。立ち向かう勇気を用意に打ち消すだけの力量差だ。

彼らではそれには絶対に勝てない。倒せない。逃げられない。




「感じますか? この力、この壮大さ……ブルー・シャーマンは第三位の青です。貴方の妖は赤……勝ち目はありませんよ」


「分かっている……現に一度負けたからな。だが、ここで引くのはあまり良くない」


「そうだな。今回は―――少しばかり粘らせて貰うぞ!」


「ふふ……どうぞ、お好きに」



 ゆっくりと蒼炎の骸骨が片腕を上げ、降ろしたその瞬間、彼らは走りだした。

もしかしたら碧よりも強いかもしれないブルー・シャーマンと呼ばれる骸骨に向かい、彼らは拳を握りしめ、振りかぶる。

防がれるのは分かっている。いなされるのも分かっている。

それでも彼らは止まらない……目的を達成する為に、真っ直ぐ進む。






 そして―――対峙が始まった。









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