表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色の肋骨  作者: 修羅場ーバリアン
24/26

第二十四話




 白雪にとって、一鬼は光だ。

仲間だった一族を失い、家族を失い、唯一生き残った彼女は超越者達の怨念を背負わされた。

姉である碧の愚行が引き起こした一連の悲劇は鬼の一族を殺し、妖狐を殺し、遂には本人までも殺したのだ。

その中で、彼女だけが……いや、彼女と一鬼だけが生き残った。


 当時、一鬼は一度死亡し、紫鬼の心臓によって何と生き長らえていた状態でありながらも、白雪を守ってくれた。

だから彼女はただ甘え続け、二百年という長い眠りについたのだ……ある日、人間達が一鬼を奪った日まで。

その日、彼女は苦痛と共に目覚め、彼を失ったことに気付き、泣いた。

本当はそのまま閉じ籠っていたかったが、彼を見つけねば彼女の心は保てない。


 だから、探したのだ……一鬼を取り戻そうとしたのだ。

しかし、どんなに探し続けても見つけることはできず、結果として彼女はまず自分を害し得る妖達を排除することを選ぶ。

まず彼女よりも格下の妖を、一人を除いて皆殺しにし、そして衰弱していたブルー・シャーマンの精神を引き剥がして空の肉体を宇宙に追放した。

他の超越者達は見つけることができなかったが、ブルー・シャーマンのように弱っている保証は無かったので、ある意味彼女には有難いことであった。




「う……あ……」



 そして、十年も経とうとした頃、白雪は一鬼を探すことを諦めた。


白石銀子という人間として、人間に紛れ込んで生きていた彼女は、そのまま人間になろうかと思ったこともある。

山吹という、同じく人間に紛れて生きる弱小の妖を友として、彼女は日々寂しさを紛らわせるだけで、壊れていく自覚があった。

心の何処かで一鬼が探しに来てくれるという期待があったのは否めず、彼女は待ち続けることしかできなかったのだ。


 探しても見つからないという結果が訪れることが怖くて、彼女は探すのを止めた。

ただ探しに来てくれることを期待して、待ち続けた……それがいかに愚かなことかに気付きながらも。

友である山吹は所詮ただの下級妖でしかなく、彼女の心の支えに放ってくれない。

彼女には一鬼が必要だった……だが、探しても見つからないという結果に陥るのが怖くて動けなかった。


 しかし、ある日彼女は遂に一鬼を見つけた……医者として勤めている病院で、彼を見た。


弱弱しくはあったものの、確かに子守唄をその心臓から放ちながら、彼はそこに居たのだ。




「か……」



そこから白雪はすぐに一鬼に会おうとしたが、すぐに考え直した。

当時赤子だった一鬼は昔のことなど覚えてない可能性が高く、彼女のことを受け入れてくれるかは分からないのだ。

しっかりと説明すれば問題ないかもしれないが、彼女には彼を信じ切ることができない。

彼女の知らない影を抱え、光というよりも闇である紫鬼に雰囲気が近づいている一鬼を前にして、彼女は迷ったのだ。


 一鬼は彼女にとっての光であり、まずはその子守唄を再生させねばならない。

彼を完全に覚醒させることさえできれば、彼女は安心して甘えることができる。

しかし、同時に完全に覚醒された場合、彼が彼女を振り切ってしまう可能性もあった。

完全に再生した空の超越者相手では、不完全な超越者である彼女など虫けら同然だ。

拒絶されては、縋ることすらできない。


 だから、白雪は一鬼を己よりも弱く、しかし唄が蘇った状態でキープすることにした。

彼女を拒絶できるだけの力は与えず、しかし最低限の力は与える……要は、飼い殺しである。

その状態に持っていけば、彼女は安心して彼の光を貪り続けることができるのだ。

故に、彼女は『虹色の肋骨』を用意した……彼にある程度の力を与える為に。




「か……ず……」



 紫鬼の肋骨を利用して白雪が用意した『虹色の肋骨』は、七体の妖を擬似的に甦らせるものだ。


怨念によって擬似的に死者を生かしておくという業を再現したそれは、宿主の生命力を食らって死者を甦らせる。

彼女は敢えて怨恨が根ざした者達を配置し、噛ませ犬としてイエロー・レディ-を、眼として山吹を紛れ込ませた。

一鬼に、強力過ぎず、彼を害す意思の無い者として己が姉、碧の宿る骨を移植することで、計画は始まったのだ。


そして、白雪の思い通り一鬼はすぐにイエロー・レディ-と接触し、目覚めた碧がそれを滅した。

緋蓮という弱者で以て碧のプライドを保たせ、そしてインディゴや超越者達でそれを突き落すという企みもない訳ではなかった。

結果として碧は苦しみ、彼女に対する一鬼の評価は地に落ちたと言っても過言ではない。

当初の予定では碧は彼に拒絶され、絶望の果てにブルー・シャーマンか紫鬼に殺される筈だったのだ。


 だが、何故か碧は生きている……一鬼に受け入れられ、紫鬼やブルー・シャーマンに黙認されている。

それが彼女には許せなかった。最後に全員殺して彼を独り占めしようとしていたというのに、それが覆されてしまったのだから。




「か……ず……き」



 今、白雪は確実な死へと向かっている……姉である碧は生きているというのに、彼女は死に直面しているのだ。


それに理不尽を感じながらも、ただ彼女は一鬼に手を伸ばす……彼女が依存したいと思った男に。

ただ依存していたかった。ただ甘えていたかった。ただ愛されていたかった。

そういった身勝手な感情でも、きっと受け入れてくれると彼女は思っていた。しかし、彼を信じ切れなかった。


 碧と同じく、依存しながらも相手を信じ切れないその脆弱さこそが、今彼女を殺したのだ。




「あい……し……て……」



 白雪は最後の力を振り絞り、己が望みを告げる……何よりも彼女が求めたものを、手に入れようとする。

だが、一鬼はそんな彼女を切り捨てるように赤い眼を歪め、冷たい表情を作った。

そこにはっきりと浮かんだ拒絶に彼女は絶望し、しかし微笑む……まだ終わりではないと笑う。

彼女はここで死ぬ……だが、何も終わりはしない。


 これから始まるのだ……彼女の本当の望みはここから始まるのだ。



 そして、微笑んだまま白雪はその場に崩れ落ち……そのまま死んだ。












 動かなくなった白雪を見下ろしながら、一鬼は静かにその亡骸に歩み寄った。


 ぐじゅりと嫌な音を立てて彼の靴を彼女のどす黒い血が濡らすが、彼は構わずそのまま動かなくなった彼女の体を起こす。

瞬間、見開かれた銀色の眼が彼を射抜くが、既にそこに生命の光はない。

彼はそっとその眼を手で閉じると、やり場のない怒りと遣り切れなさを虹色の炎に変えた。

一瞬で白雪の体を包み込んだ虹色の炎は彼女を燃やしていき、少しずつ灰へと変えていく。

ただ彼女が消え行く様を見ながら、一鬼はゆっくりと立ち上がり、紫鬼を見る。


 一鬼の方を見ていた紫鬼は険しい顔のまま静かに頷き、その手を彼の肩においてその表情を穏やかなものへと変えた。




「その罪は私が背負うべきものだったが……お前も強くなったのだな」


「……いや、この罪は俺が背負うべきものだ。俺がこいつを受け入れたから、全ては始まった」


「それは違うぞ、一鬼。あの日、母上は私の忠告を無視して結界を外した。私はあの場所に居ることができなかった。殺戮者を殺せなかった。白雪を他の超越者に託すことができなかった。罪を背負うべきは、我ら全員であって、お前ひとりではない。忘れるな……お前は一人ではないのだ」


「……ああ」



 一鬼は静かに頷いて、ゆっくりと立ち上がった。


それと同時に、不意に彼らを撫でる風が灰になった白雪の体を運び、そのまま拡散していく。

雪のように舞う灰が、彼らに二百年前起きた出来事を思い出させ、沈黙が場を包んだ。

一鬼はその出来事を見ただけであり、実際に覚えている訳ではないが故に、紫鬼はその出来事で己の無力さを痛感したが故に、碧はその出来事の元凶出会ったが故に、その沈黙に溶け込む。

そんな中で、一人だけにこにこと笑顔のまま彼らを見る者が居た。


 紫鬼の宿主である彼女は、その貼り付けたような笑顔のまま沈黙にノイズを走らせる。

一鬼と紫鬼はそれに眉を顰め、一瞬互いの顔を見合わせて、彼女を睨んだ。

彼らは全く同じ感情を今抱いていた……彼らは、目の前の女性とは絶望的に気が合わない。

彼らがひたすらにもがくことで生きているのだとすれば、彼女は鮮やかに悠々と生きている人種だ。

住んでいる世界が違い過ぎる為、そりが合わないことは明白であった。




「一鬼君、こうやって話すのは久しぶりだね」


「……佐村。やはりお前が紫鬼の宿主だったか」


「うん、私が一鬼君のお兄さんの宿主なんだよ。驚いた?……とは言っても、私にこの場所を教えてくれたのは一鬼君だから、知っていたんだよね?」


「ああ、既に愛梨から話は聞いていたからな」



 一鬼は山吹の気配が消えた辺りを目指すことにして、取りあえず移動を開始する。

それに追随する形で紫鬼の宿主――佐村優希は貼り付けたような笑顔のまま、彼の横を歩く。

眉を顰めて一鬼の隣を進む碧と、腕を組んだまま黙している紫鬼に見守られながら、二人はそのまま廃墟の中を歩む。

一人の人間と妖が並んで歩くのは、これが初めてではない。


かつて二人は幼馴染で一緒に居たこともあった。

一鬼は優希との過去に思いを馳せることもなく、ただ美空の居るであろう場所を目指して歩き続ける。

過去に思いを馳せている優希とは違い、既に決別した幼馴染のことを思う気持ちなど、彼にはなかった。

彼にとって佐村優希は、彼と決別した人間であり、今更話すことなどない。


 かつて確かに一鬼は佐村優希を支えた時期もあったが、それは飽くまでも一時的なものだった。

父の親友の娘だからこそ、彼は苛められていた彼女を助けてやり、支えたのだ。

そうでなくとも己の身近で苛めが起これば、彼はそれを仕出かした連中を完膚無きまでに叩きのめしてはいただろう。

しかし、彼女が佐村敬吾の娘でなければ、彼はもっと控え目に助けていた程度だった筈だ。


 今隣を歩いている幼馴染はその程度の存在でしかなく、彼は今更仲良くしようとは思わない。




「愛梨ちゃんか……あの子、死んじゃったんでしょう?」


「……ああ。死んだ。白雪が殺した」


「羽月君も、死んじゃったんだよね? ニュースで見たよ?」


「……ああ。俺が殺した」



 一鬼は内に秘めた熱が再燃するのを感じながらも、それを抑える。


今それを解き放っても虚しいだけで、前には進めない。怒りをぶつけるべき相手はもう居ない。

白雪は紫鬼が殺したのだ……彼が背負うべきものを、兄が背負ってしまった已上、怒りの行き場は何処にもなかった。

彼は誰かに八つ当たりすることが嫌いだ。八つ当たりされても耐えることはできるが、己がそれを為すことは許せなかった。


 怒りを解き放つならば、それは空でなければならない……誰も傷つけない場所でなければならない。

それが例え決別した幼馴染であったとしても、傷つける訳にはいかなかった。

彼は彼の信念に基づいて行動しているのであって、破壊を振りまく為に行動しているのではない。

彼女のことなど彼はどうでも良い……だが、それを傷つければ彼の信念も傷つく。


 それだけは彼には許せない。許容できない。




「そこまでにしておけ、佐村優希。人の心が分からぬ人間よ……殺されたいのか?」


「……私も紫鬼と同意見よ。それ以上一鬼を刺激するのは止めなさい」


「ふふ……二人共怖いなぁ。大丈夫、私は一鬼君を追い詰めている訳じゃないから」


「だからお前は人の心が分からないのだ。鬼に憧れて、それになり切ろうとした人形よ」


「……何を言っているのか、良く分からないよ?」



 張り付けたような笑みのまま、優希は紫鬼の言葉をのらりくらりと躱す。


それは即ち逃げであり、超越者が最も嫌う弱さそのものだが、彼らはそれを否定しはしない。

弱さは誰もが持つものであり、超越者たる彼らですらそれを消し去ることはできないのだ。

いや、正確には彼らはそれを消し去る訳にはいかない……彼らの弱さ、即ち守るべき存在こそが、彼らの生きる理由なのだから。

それを失えば、彼らは己が生に意味を見いだせない。己が力を揮う理由が存在し得ない。


 彼ら超越者が圧倒的な力を持つのは、その源である光……一鬼を守る為だ。

その存在理由を失えば、彼らは過ぎた力を持つ妖でしかなく、同時に他の妖とは決定的に価値観が違う異常でもある。

力を己が衝動に任せて揮えば、多くの者が死ぬことを彼らは知っていた。

彼らがその気になれば、地球に打撃的なダメージを与えることすらも不可能ではない。


 だが、そんなことをしても虚しいだけだ。悲しいだけだ。

超越者は今存在する光さえ失わなければ……一鬼さえ生きてくれたならば、それだけで生きていける。

光を守ることこそが使命だと生まれながらに刻み込まれた彼らにとって、ある意味一鬼は弱みそのものなのだ。

それがあるが故に、彼らは弱者の弱さを否定しない。否定できない。


 彼らが持つ弱さこそが誇りであり、その価値を自ら下げるようなことを彼らは許せなかった。




「分かったならば良い。次からは、そんな顔でそのようなことを言わないことだ」


「はいはい」


「悲しい程に鈍感なことだ……」



 紫鬼の言葉は、そのまま優希の本質を表している。


悲しいまでに鈍感な彼女だからこそ、一鬼の傷口を抉ることに容赦しないのだ。

守ると誓った者を守れなかったことへの無力感を紫鬼は知っているが、彼女は知らない。

愛する者を失う痛みを紫鬼は知っているが、彼女は知らない。一鬼が抱えている、行き場の無い復讐心さえも、彼女は知らない。

だから、平然とその炎を再燃させるようなことを言うのだ。


 一鬼もそれが分かっている……空の超越者として再生しつつある今の彼には、それが理解できてしまう。

だから、彼は余計に佐村優希との決別を誓うのだ。彼女は望んでいるものを得られないのだ。

紫鬼はそのことが分かっているからこそ、己が宿主に一つの終焉を齎すべきだという結論に達する。

碧はそんな彼らについていけない己の無力さを悔やむが、一鬼が支えてくれることを信じて、そうならないことを疑って、ただ混沌とした表情を浮かべた。


 元来彼ら妖の方が、人間である優希よりも遥かに強い。

だが、今悩んでいるのは彼ら妖であり、彼らからすればちっぽけな存在でしかない優希が突き進んでいる。

それは何故か?……彼女が苦悩を捨てたからだ。彼らが苦悩を捨てずに受け止めているからだ。

佐村優希は己の気持ちに正直ではあるが、しかしそれに付随すべき苦悩を持たない。

彼女は弱いが故に全てを無かったことにして、突き進んでいるに過ぎなかった。


 だから、彼らは彼女と決別する……噛み合わない存在であるが故に。




「一鬼、そこを真っ直ぐ行け。一番奥の部屋にお前の探している者は居る」


「そうか……紫鬼は既に美空と接触していたんだったな。助かった……お蔭で、美空を無事に取り戻せる」


「その言葉、有難く受け取っておこう。早く行ってやれ……あれには、お前しか居ないのだろう?」


「……ああ」



 一鬼は紫鬼の言葉に曖昧に頷きながらも、兄の示した方へと足を運んだ。


彼にとって美空は大切な存在だが、それは飽くまでも彼女が明と夜空の娘だからである。

そういう不純な理由で守っている彼しか傍に居ないなど、悲し過ぎる……それが彼の思いだった。

美空には明が居る。友人が居る。だから、彼は必要ない……そう一鬼は思いたい。

今日彼は、白雪の死で以て神谷一鬼としての人生に一つの決着をつけたのだ。


 元来は彼がその心臓を貫くべきだったのだが、その力は今日の彼にはなかった。

だから、兄である紫鬼が代わりにそれを為した……それだけのことだ。

それだけのことなのだから、彼のやり場のない怒りは、復讐の炎は、彼が処理せねばならない。

遣り切れなさも、消えない復讐の炎も、全ては彼の無力さが招いたことだ。

他人に八つ当たりすることは筋違いであり、彼にその選択肢は最初からない。


 紫鬼の言っていた場所に辿り着いた一鬼は、ゆっくりと扉を開けて中を見た。

瞬間、目の前に白一色の無機質な部屋が広がり、消毒液の匂いが風と共に運ばれてくる。

一鬼は部屋が思いの外綺麗であることに妙な違和感を覚えながらも、その奥で倒れていた美空に気付く。

息があることを確認して、彼は彼女をそっと起こすとそのまま体を揺すった。

少し力を入れれば簡単に壊れてしまいそうな程に軽いその体は、彼女が人間である証拠だ。


 一鬼はもう人間ではなくなった……だから、こんなにも彼女を軽く感じてしまうのだ。




「美空」


「……んん……」


「美空、起きろ」


「……ん……兄……さん……?」


「ああ、俺だ」



 一鬼が暫くの間体を揺すって名前を呼んでいると、美空は意識を取り戻した。


兄を視認した彼女は言葉を発するが、弛緩した筋肉を急に動かそうとした為か酷く間延びしている。

ぼんやりとした彼女の艶やかな黒眼を真っ直ぐ見据えて、彼は彼女の言葉に頷いた。

暫くの間そのままぼんやりとした眼でいた彼女だったが、やがてそこに少しずつ光が差し込み、遂には見開かれる。


 その様をただ見守る一鬼であったが、やがて静かに一つ深呼吸をすると、再び口を開いた。




「美空、大丈夫か?」


「うん……山吹が白雪さんの仲間だったの……でも、紫のひとが助けてくれた」


「ああ、紫鬼から聞いた。まったく……俺の自慢の兄だよ」


「……やっぱり、兄さんは人間じゃないんだね」


「そうだ。父さんに聞けば教えてくれるだろう……俺が何処からやってきたのかを」



 ゆっくりと立ち上がる美空から眼を離すと、一鬼はそのまま部屋の中を歩き始める。

中央にあった椅子に怨念の残り香を見出した彼だが、それもすぐに彼の心臓に取り込まれていく。

今尚彼の心臓はこの地にこびりついた怨念を吸収し続けており、少しずつ己が糧としている。

彼はまさしく鬼――亡霊となり、同じ亡霊を受け入れ続けているのだ。全てを受け止め続けているのだ。


 一鬼が完全に目覚めるには後一日が必要だが、今のままでも世界の怨念を背負い、癒すことはできる。

彼は少しずつだが理解し始めている……世界の怨念を背負い続け、元来あるべき姿に戻すことこそが己が存在理由だと。

それを為せるようになるまで彼を守るのが超越者の役目で、明日その役目は終わる。

だが、彼はきっと紫鬼達と共にこれからも進んでいくだろう……同志として。


 他の超越者は空の超越者あってこそ存在できるのだ……彼には、彼らを否定する選択肢など選べない。




「うん……そうする」


「白雪との件で巻き込んでしまったのは悪いと思っている。許してくれとは言わない……お前の命を危険に晒した原因は俺にもある。遠慮なく責めろ。憎め。お前にはその権利がある」


「……そんなことしないよ。だって、こうして助けに来てくれたんだもの」


「……そうか。帰るぞ」


「うん」



 多くは語らずに一鬼はそのまま部屋を出、それに美空も続いた。


それを眺めていた優希は、貼り付けた笑みを浮かべたまま一鬼の隣へと歩んでいく。

何故彼女が居るのか理解できなかった美空が一瞬驚きに眼を見開くが、一鬼は何も言わない。

説明は後回しになるのだろうと諦めて察した為、取りあえず美空は家に帰ることを最優先することにした。

父が心配しているであろうことは容易に想像できる。


 一鬼もそれは承知しており、だからこそ美空を早く家に帰すことを最優先した。

今尚彼の心臓に群がる怨念はそれを察してか、今まで以上の速度で彼に受け入れられようと襲い掛かってくる。

それら全てを受け入れ、ただ心臓に抱えながら、彼は無表情のまま歩んでいく。

美空が気絶するのを避ける為に引っ込んでいる紫鬼も、きっと優希の肋骨の中で微笑んでいるだろう。

彼は既に空の超越者としての片鱗を見せ始めていた。


虹色の炎で以て怨念を浄化する……それが空の超越者の存在理由だ。




「!……美空、先に帰っていてくれないか? 佐村、美空を頼む。忘れ物を思い出した」


「えっ?……でも……」


「……分かった。美空ちゃん、行こう。ここは素直に引くのが賢い女の条件だよ」


「……は、はい……」


「済まないな」



 優希は一鬼の言葉に素直に従うと、そのまま美空を連れて進んでいく。


それを確認すると、一鬼は苦笑しながらも、すぐさま先程の部屋に戻った。

先程彼が抱いた違和感の正体は、その部屋の中央にある椅子であると気付いたのだ。

元来椅子はその場に固定されていないものなのだが、何故かその椅子は床にしっかりと固定されている。

これがベンチのようなものならば、そういうこともあるかで済むのだが、残念ながらこの椅子のタイプは通常の丸椅子だ。


 その程度のことならば、気にする必要がある筈もないのだが……一鬼はそこから僅かに漏れ出す怨念に気付いていた。

試しに椅子を持ってみれば、いくら床に固定されているとはいえ、その重さは半端なものではない。

良く見れば、いすの下の部分に僅かに床に切れ目が入っており、そこが可動部分であることが分かる。

彼は片手でゆっくりとそれを持ち上げ、そのまま引き抜いた。


 引き抜かれた椅子はそのまま五十センチ程度の深さの床に繋がっている。

軽く数百キロはあるそれを後ろにゆっくりと下ろすと、彼は椅子が隠していた穴を覗いてみた。

瞬間、その奥から風が吹いて彼の頬を撫でた。彼はその意味を瞬時に理解すると、拳を振り下ろして床を破壊する。

一撃で床をぶちぬいてそのまま落下した彼だったが、ほんの十メートル程度で床に到達した。

明かりの無い暗闇の中でも彼の眼ははっきりとそこに何があるのかを見極めるが、しかし念には念を込める。


彼はすぐさまその体から虹色の炎を発し、暗闇はかき消し―――次の瞬間全てが露わになった。




「これは……」


「……妖の死体でしょうね」



 一鬼達の目の前に広がっているのは、様々な大きさの剥製が並べられた広大な部屋だった。

若干形は違うものの、そこには一鬼が見たことのあるものも存在している。

インディゴが生み出したであろう龍人に似た妖の剥製、人間そのものに見える妖、全く彼が見たことのないもの……その数は百にすら達しているかもしれない。

まるで標本のように綺麗に羅列されたそれらから漂う怨念は、寸分の狂いもなく彼の心臓に向かっていく。


 一鬼はこの光景に驚きながらも、これが恐らく白雪が今まで殺した者達の亡骸なのであろうと実感していた。

どの剥製にも胸部に穿たれた穴は残されており、それが詰め物をする際に微調整されていることを彼は瞬時に見抜く。

その穴が実際に腕で貫いたことでできた穴そのものだったならば、もっと自然なものでなければならない。

不自然なまでに綺麗に穿たれているその穴は、余りにも歪なのだ。


 そのまま奥に進みながら、様々な妖の亡骸を見ていく内に、彼はあることに気付いた。




「……碧、『東』『西』『南』の三つの一族の亡骸はここにあるか?」


「ええ、あのトカゲみたいなのと、その隣の角と尾が生えた女の亡骸は『東』の一族、その隣の羽が生えたのが『南』で、最後の虎もどきが『西』の一族よ。白雪に残りの全ての妖が滅ぼされたというのも、嘘ではないようね」


「……白雪は、最初何かしらの方法で俺達から気配を隠していた。もしかしたらだが……他の超越者もこの現代に紛れ込んでいる可能性はあるのかもしれないな」


「そうかしら?……私にはそうは思えないわ。もしも、奴らが目覚めているのならば、既に動いている筈だもの。私が実際に相対したのは紫鬼、ブルー・シャーマン、カナリーだけだけど……その三例で十分過ぎる程に分かったわ。それだけの忠誠心が……狂気が奴らにはあるのよ」



 そう、超越者は己が光である一鬼に対して、狂信とも言える絆を感じている。


ブルー・シャーマンのようにその存在を守る為ならば、光すら欺ける者も居れば、ただひたすらに守ろうとする紫鬼のような者も居るだろう。

だが、その根本的な本質は変わらない……ただ光を守ることこそが彼らの生き甲斐なのだ。

それは酷く歪で、見る者によっては悲し過ぎる生き方であると言えるだろう。

彼らはそれでも、それで良いのだ……いや、それが良いのだ。


 光を守ることこそが使命だと生まれながらに決められ、同時に己が意思でそれを夢だと定めた者――それが超越者だ。

彼らにとってそれは強制された使命ではなく、選択肢はあった。それでも、それを選んだ。

だから彼らはどんなに歪だと言われても、悲しい生き方だと言われても、誇りを持って生きる。

例え他者にどんなにバカにされても、それが彼らの生き方の価値を下げる訳ではない。


 彼らの生き方の価値を下げることができるのは彼ら自身のみであって、他者ではないのだ。




「……取りあえず、ここにある亡骸は全て燃やすぞ。見ていて気分が悪い」


「ええ、そうしてあげて……その方が良いわ」



 静かに頷く碧を一瞥すると、一鬼は瞬時に虹色の炎で部屋を包み込んだ。

きっとブルー・シャーマンや紫鬼も同じことをしただろう……種族は違えども、同じ妖であった彼らに敬意を払って、燃やし尽くすことだろう。

彼らは誇り高く、他者の尊厳を踏みにじるようなことを許しはしない。

それこそ、光である一鬼を守る為以外の場面では、彼らは純粋で、高潔な存在なのだから、


燃えていく剥製を見ながら、一鬼はそのまま部屋の奥に飾られている鎧を一瞥した。

緋蓮が身に着けていたものと同じ形をしているそれは、妙な光を放って彼の注意を引こうとしている。

そこから感じる妙な懐かしさが藍色のイメージに繋がるのを感じながらも、彼は表情一つ変えずにそれに触れた。

同時に、彼に流れ込んでくる怨念が藍色を更に深く彼に印象付けさせる。


 それを碧に知らせることなく、ただ己が心臓で受け止めながら彼はそのまま鎧を取ろうとしたが……そこでふと碧が妙な眼で彼を見ていることに気付く。




「どうした?」


「その鎧……あのシェイプシフターがしていたものと同じものね。いったいどうしてここにあるのかしら? それも、完全な状態で」


「さぁな……それよりも、不満そうな顔をしているな?」


「……いいえ、ただ妙に懐かしそうな顔をしていたから」


「ああ、そういうことか。何、この鎧を見れば懐かしくもなるさ」



 一鬼は鎧の部分的な持ち主であった緋蓮のこと、そしてその宿主であった羽月のことを振り返りながら、苦笑した。

彼にとっての親友と、その体に移植された『虹色の肋骨』に宿っていた妖は既に死んでいる。

どちらも彼が殺した……間接的な死因を作ったのはインディゴだが、直接手を下したのは彼だ。


 実の処、一鬼は緋蓮だったものを殺したことに関してはそこまで罪悪感を抱いていない。

寧ろ、あそこで殺してやった方が良かったということは、彼も分かっているのだ。

それは羽月に関しても同じく言えることだが、彼はそこに痛みを見出している。

所詮大した絆もなかった緋蓮だったものを殺したことよりも、四年以上親友をやっていた羽月をその手で殺したことの方が、彼には堪えていた。


 羽月が一鬼を利用していたことは、彼も重々承知している。

それでも彼にとって佐藤羽月は親友であり、彼が認めた数少ない存在でもあるのだ。

羽月が本当に親友だと思ってくれていたかは分からないが、少なくとも彼にとって羽月は親友だった。

彼にはそれだけで十分だ……例え羽月が彼を心の中で見下していたのだとしても、それで構わない。


 大切なのは、彼にとって羽月が親友であったという、彼自身の思いだ。




「あっ……その……ごめんなさい」


「気にするな。この程度のことは想定済みだ。そうでなければ、お前を受け止めることなどと宣言はしなかったさ」


「でも……」


「言った筈だ……俺はお前を受け入れると。背負って見せると。愛すると。だから、恐れるな。お前のその恐れは、不信は、俺の覚悟の価値を地に落とす。お前が信じない限り、この覚悟は俺にとってしか意味がないものだ。それを理解して欲しい」


「え、ええ……」



 一鬼の言わんとしていることに気付いた碧は、すぐさま怯えを含んだ表情で彼に謝罪した。

しかし、その表情が気に入らない彼は、すぐさまそれを止めさせる。

彼ははっきりと彼女に己が覚悟を宣言したというのに、彼女はそれを信じ切っていない。

本当に彼が愛してくれるのかをまだ疑っていて、拒絶されることを恐れている。

その弱さそのものを否定するつもりは彼にはないが、失望していることは否めない。


 一鬼ははっきりとその気持ちを、決意を言葉にした。眼で、口で語った。

己の罪の証である碧を受け入れ、最後まで責任を持って背負い続けることを彼は決めたのだ。

彼女を殺すことで罪を背負うという手もあったが、実の処彼は彼女に対してそこまでの怨恨を抱いてはいない。

結局は彼女を過去に受け入れた彼自身が全ての元凶であることに変わりはないのだ。

彼女を憎んだ処でその事実は変わらないし、ただ虚しいだけだった。


 だが、白雪に関しては違う。

一鬼にとっての兄貴分も、親友も、恋人も、彼女が原因で死んでいる。

紫鬼や鬼の一族のような彼の記憶に残っていない存在ではなく、彼がつい昨日まで笑い合っていた大切な存在を、死なせたのだ。

だからこそ、彼はその偽りなき怒りを彼女にぶつけた。敵わないと知りながらも、戦った。

本当ならば、明日以降に確実に殺すという道を彼も選びたかったが、白雪はそれを許さなかった。


 美空を人質に取られ、そしてその果てに彼は今ここに居る。




「碧、俺はお前を受け入れると覚悟した。決意した。だから、お前がどんなに弱くとも、これから俺はお前の傍に居続ける。しかし……その怯えを消す強さは持っておけ。お前が俺を信じ切れないのは俺が嘘をついているからではない。お前が弱いからだ」


「……で、でも……こんな私でも一鬼は受け入れてくれるのでしょう? 愛してくれるのでしょう?」


「ああ、受け入れてやる。背負い続けてやる。お前を愛してやる。だが、受け取る側のお前がそれを信じ切れないようではな……」


「お、お願い! 捨てないで! 何でもするから! 何でも受け入れるから!」


「はぁ……そんな誤魔化しは必要ない。言った筈だ……お前を受け入れてやると。今お前が抱いた恐怖は、弱さは俺の決意を変えはしない。俺の決意はお前依存ではない。俺自身が、俺の為に決めたことだ。それを忘れるな」



 怯えを多大に含んだ表情で縋る碧の肩にそっと手を置くと、一鬼は鋭い眼光で彼女を見据えた。

決意の籠った赤い眼と、依存心と捨てられることへの恐怖を多分に含んだ新緑の眼が、向かい合う。

その新緑の眼に、彼はかつて強さを見出した。彼女の素直さを、美しさを感じた。

だが、今の彼女にはそのようなものはない。外見だけは極上だが、それ以外はてんで駄目だ。


 ブルー・シャーマンが見せてくれた記憶の中に居たカナリーの方が何十倍も強い。美しい。

見た目だけならば、碧はカナリーにそこまで劣っている訳ではないが、精神力に関しては完敗だ。

超越者と比べること自体が愚かなことではあるものの、彼女の精神は脆弱過ぎる。

強者として生まれていなければ早々と死んでいたことが容易に想像できる程に彼女は脆弱だった。

だから、一鬼の言葉を信じられない。彼の偽りのない言葉を、そのまま受け止めることができない。


 だが、そんなことは一鬼にはどうでも良い。彼が碧を受け止めるという決意をしたことは事実なのだから。

例え彼女にそれが伝わらずとも、彼は構わない。どちらにしろ、彼が最後まで彼女を抱え続けることに変わりはないのだ。

彼の決意は彼女依存ではない。彼が己で考え、己で決め、己で宣言した、純粋な彼自身の決意だ。

そこに彼女の要素は介入し得ない。ただ、彼が彼女を受け入れてしまったことが重要だった。


 彼女を受け入れなければ、彼は空の超越者では居られない。紫鬼の心臓で生かされる権利が無い。


 彼はまさしく彼自身の信念に従って、彼女を受け入れていた。




「……本当に? 本当に捨てない?」


「ああ、捨てない。捨てるものか……捨てられる訳がない。碧……俺の傍に居ろ」


「うん……」



 一鬼がそっと碧の体を抱きしめると、彼女は不安に押しつぶされそうな表情から一転して、安堵に包まれた表情になる。

そのまま一鬼の背中に手を回し、彼の胸に顔を埋めながら彼女は静かに震えた。

些細なその動作に含まれる不安と安堵が混ざり合った混沌を彼は見逃さず、更に強く彼女を抱きしめる。

彼女もまたそれに応えるように腕の力を強め、そのまま目を細めた。


 一鬼はそんな碧の姿に美空の姿を重ねながら、ゆっくりと彼女の頭を撫でる。

彼の手に伝わる滑らかな髪の感触は実に心地良いもので、上級妖である彼女の容姿が極上であることを彼は改めて自覚する。

その容姿は美空や愛梨よりも遥かに上だと言ってしまえる程のものだ。

だが……逆に言えば、それだけだった。彼の妖としての心に最も近付いた女性は碧だったが、一鬼という個の心に最も近付いたのは愛梨という弱者だった。


 今彼がこうして彼女を抱きしめているのは、彼がそれを決意したからだ。

愛梨のように、また失ってしまうかもしれない。彼の手から滑り落ちてしまうかもしれない。

それでも、彼は彼女を受け止める。彼女が自立する時まで、愛し続ける。

彼女が独り立ちするつもりなど永遠にないことを予感しながらも、抱え続ける。

それが愛を与えられなかった哀れな女への情けであり、そんな彼女に希望を見せてしまった彼なりの贖罪でもあった。


 これから彼は彼女に見せた希望を現実にする……それが、彼の背負うべきものだ。




「俺が怖いか? 信じられないか?」


「怖いわ……私を捨てるかもしれないから……信じられないわ……私は貴方を殺したんだから……」


「お前が俺を信じようがそうでなかろうが俺には関係ないが、これだけは言っておく……俺の覚悟は本物だ。お前のその不信が、恐怖がどんなにこの決意を疑わせても、俺ははっきりと断言しよう。この気持ちは――本物だ」


「一鬼……」



 碧を安心させる為などではなく、ただ己の意志の強さを示す為に、一鬼は揺るがない意思を言葉にする。

彼女が例え彼を信じ切ることができなくとも、それはどうでも良いことなのだ。

大事なのは彼の意思が揺るがないことであり、彼は己の決意をはっきりと示し続ける。

重ね続けた言葉は重さを失っていくが、その重さすら信じ切れない彼女に対しては良い薬だ。


 重ねられた言葉は重みを失い、それが本当なのか嘘なのか余計に分からなくなる。

使い古されたありきたりの言葉がありきたりでしかないように、重ねられた言葉は希少価値を失い、それに伴う重さも消えてしまう。

だからこそ、敢えて一鬼は言葉を重ねる。何度も言葉を重ねて、彼女の不安を煽る。

本当に信じることさえできていたならば救われる筈の行動をして、それができない彼女を苦しめる。


 碧が彼を拒絶し、離れるその日まで、一鬼はそうするつもりだ。

受け止め続けることは止めず、ただ彼女が彼をどこまで信じられるのかを試し続ける。

際限のない不安と不信を抱きながらも、彼を求め続けるその歪さを受け入れ、しかし指摘し続けることを彼は選んだ。

そうしなければ、彼女は愛というものを確かめることができない。彼女では、彼の愛を感じ取れない。

だからこそ、彼は何度も宣言する。何度も彼女に言い聞かせる。

それが彼の言葉の重さを奪い続けると知りながらも、暗示をかけるように、彼女に言い聞かせ続ける。


 そうしなければ、彼女は安心できないのだ。




「だから、お前も……!」


「っ……これは!?」



 しかし、不意に部屋を包み込んだ光に、一鬼達はそれを中断せざるを得なくなった。


 死んだ筈の白雪の怨念が地下から湧き上がり、彼らの居る部屋は愚か廃病院そのものまでも包み込んでいく。

あっという間に廃墟を完全に包み込んだその怨念は、そのまま空間を歪めた。

それが何を意味するかにすぐさま気付いた一鬼は一気に離脱しようと、跳躍する。

一トンを超える肉体が戦闘機に匹敵する速度で移動することによって生まれた破壊力は、何層もの壁を容易に貫き、そのまま一気に彼を屋上まで導いた。


しかし、それでも間に合わない……あと一歩が足りない。

怨念が生み出した透明なドームから抜け出るには、あと一歩空中で踏み込まねばならなかった。

それが可能な能力を一鬼は持っている。だから、踏み込むのだ。

この透明なドームが何を引き起こすか分からない已上、すぐに離脱せねば拙い。

更にもう一歩踏み込めば怨念の外に出られる……得体の知れない何から。




「っ――!!」



 だから一鬼はその一歩を踏み込み―――そのままそこから消えた。











 もう午後八時近いであろう時頃に、神谷美空は自宅に到着した。


 静寂と闇に包まれた家の中で、リビングだけに光がついている。

きっと父……明はそこで待っているのだろうと予想しながらも、彼女はそこに向かう。

すると、案の定父はそこでパソコンに向かって作業をしながら待っていた。

美空の姿を確認すると、父は静かにパソコンを閉じて彼女を直視する。


 一鬼とは違い、その眼には強さはあっても他者を恐怖させる凄みは無い。

だが、それでも美空はその眼が苦手だった……一鬼程彼女に期待していない父親が、苦手だった。

いや、父だけではない……母も、回りの人間も皆、一鬼にばかり期待して、彼女に対する期待は薄い。

それを思い出してしまう己の弱さを呪いながらも、彼女は静かに父と向き合った。




「美空、随分と帰りが遅かったな。それで、一鬼は居ないのか?」


「兄さんは……もう少ししたら帰ってくると思う。それよりも、聞きたいことがあるの」


「?……なんだ?」


「兄さんの出生について……いや、兄さんを見つけた時について話してくれない?」


「!……誰から……聞いた?」



 一鬼の出生に関することを口に出した瞬間、明の放つ雰囲気が揺れた。


それを見逃さず、美空は表情を引き締めて、声を震わせる父と向き合う。対峙する。

愛梨が言った一鬼の出生に関して父親に聞いてみろ、という言葉を美空は反芻しながら、ゆっくりと向かいにある椅子に座って明の眼を見据えた。

愛梨は今日死んだ……その言葉にどのような真意を秘めていたのかは彼女にはもう確認する術はない。

だが、彼女の言葉をなぞることはできる。


 きっと、これから美空が暴こうとしているものは、一鬼が最初に知るべきことなのだろう。

それでも彼女は今それを知りたい。一鬼の出生の秘密を知って、彼女と彼の違いをもっと知りたい。

唐突過ぎることは彼女も自覚しているが、大切なのは彼女の気持ちだ。最優先すべきは彼女の願いだ。

他者を理由にするのではなく、ただ己の意思で以て彼女は尋ねる……一鬼の正体を。

半ば答え合わせでしかないものの、彼女はそれを父の口から聞きたかった。




「柿坂愛梨……という名前を知ってる?」


「……亮と愛子の娘か。成程、確かに知っていてもおかしくない。それで、お前は……」


「知りたいの。父さんがどうやって兄さんを見つけたかを。どうやって出会ったかを」


「聞いてどうする?……一鬼に話すつもりか?」


「それはしないよ。だって、兄さんは直接父さんに話を聞きたい筈からだ。それが、兄さんだから」



 美空は一鬼の性格を知っている。その潔さも、頑なさも知っている。


彼はきっと父に直接問うことを好む筈だ。間接的に話を聞くようなことを彼は望まない。

しっかりと父親と向き合って、己の過去を受け入れたいと望む……一鬼はそういうひとだ。

彼女とは比べ物にならない程に強く、筋を通すことを望む兄は、彼女からそれを語られることを望まない。

だから、彼女はそれを彼に言いはしない。言える筈もない。


 一鬼がそのようなことを嫌うことは、彼女も良く知っている。

彼女はそんなことをして彼に嫌われたくない。愛想を尽かされてしまいたくない。

後ろめいた理由ではあるが、彼女は彼が己自身で聞くまでは、その話はしないと決めている。

いつだって彼は彼女を助けてくれてはいるが、それは飽くまでも彼女が彼の義妹だからだ。

愛想を尽かされては、依存することなどもう二度とできないだろう。甘えることも許されないだろう。


 それが嫌だからこそ、美空は一鬼の嫌なことをしたくない。

山吹は依存しかできないような生き方は止めろと言っていたが、彼女にとってそれは非常に難しいことだ。

確かに一鬼が甘やかしたことも彼女の依存癖には関係しているだろう。

だが何よりも大きな原因は、彼女が生来依存心の強い者であることだ。誰かに縋らなければ生きていけない、弱者であることだ。




「……そうだな。良いだろう……あの日のことを教えてやる。それでお前の気が済むのならば」


「……ありがとう」


「気にするな。丁度古い友人達と語らったばかりでな……それよりも、覚悟は良いか?」


「……うん」



 決意を確認する明の言葉に頷くと、美空はその顔を引き締める。


これから彼女は一鬼の出生……否、両親と一鬼の出会いの秘密を知ることになるのだ。

一鬼が彼女の兄ではないことは、既に分っている。彼女と彼の間に血肉の絆がないことも、分かっている。

それでも、彼女にとって彼は兄であり、彼にとって彼女は妹である筈なのだ。

どんなに否定されても、彼女はその絆を信じたい。


 その絆のみが美空を一鬼に繋げてくれている。彼女が彼に依存するのを許している。

兄妹の絆を失ってしまえば、きっと彼は彼女に依存させてくれない。甘えさせてくれない。

醜い人間だとは彼女も自覚しているが、それでもその思考は止まらない。止められない。

彼女は何処まで行っても、依存者でしかないのだ。一鬼に依存しなければ生きていけない弱者でしかないのだ。


 勿論、愛梨のように弱くても強くあろうとする者も存在するだろう。

だが、彼女は生憎その人種ではない。ただ弱いだけで、強くなる為に進み続けることすらできないのだ。

そんな彼女にとって、兄に捨てられることはまさしく死に等しい恐怖すべきことである。

だから、彼女はその絆を離さないように、必死に抱える。一鬼に愛想を尽かされることを恐れる。

一鬼をもっと知って、より上手く依存しようとする彼女は確かに浅ましい。


 そんな彼女でも一鬼は背負ってしまう……一度背負ったが故に。




「私があいつと最初に出会ったのは―――」



 ここ最近で美空の髪に混ざり始めた白髪が、静かにその存在を主張する。


もっと依存して良いのだと、彼女を甘やかす。もっと上手く依存する方法があると知恵を授ける。

まるで赤子をあやす母親にように、それは彼女に依存することを許す。甘えることを許容する。

彼女はそれに気付かず、だがはっきりと影響を受けていた。依存することを止められない原因は、そこにあった。


揺籠の中の彼女は知らない……彼女をあやしてくれている子守唄が誰のものなのか。




 彼女は気付かない――その黒い眼に少しずつ混ざり始めた他の色に。













 十九年前から心霊スポットとして扱われているとある山が、日本には存在する。


心霊スポットというものは、余程鈍感な人間でもない限りそうそう近づけない。

霊感というものを持つ者は、そこにこびり付いた怨念を感じ取り、場合によっては壊れてしまうこともあるのだ。

それ程に怨念というものは強烈で、感じる者の心に多大なる負担を齎す。

故に、それを完全に受け止め、糧にできる妖という存在にかつて人間は憧れた。その強大さを、残酷さを恐れた。

だからこそ、妖という超自然の存在から様々な逸話が生まれたのだ。


そして、十九年前何十人もの死者を出したその山に怨念をばら撒いたのもまた妖である。

いや、正確にはその内のたった二つの種族……妖狐と鬼の一族が原因であると言うべきであろう。

二百年前に鬼と妖狐双方の一族が各々一名ずつを残して滅んだその場所で、十九年前それは目覚めた。

そこから死者が続出し、今やその山は立ち入り禁止になっている程である。

今や人間はそこで何が起きたのかを知っているのは二人のみ……当時の生き残りと、その友人のみだ。



 今尚誰一人として踏み入ることの許されないそこに、突然それはやってきた。

空間が捻じ曲がり、山の一部を切り裂いて現れた廃病院はそのまま静かに鎮座する。

まるで空間が入れ替わったかのように、その部分にあった木々や大地を切り裂いて現れたそれは、瘴気と言える程の怨念を振りまく。

しかし、元々瘴気と言える程に怨念を振りまいていたこの山にとって、それは些細な事だった。

そう、それだけならば大したことはなかった……その廃病院と共にやってきた別の存在さえ居なければ。




「っ―――!!」



 その別の存在である最後の妖――神谷一鬼は突然空に放り出されたものの、すぐさま足場を作ってそこに着地した。


一トンを超える重量を軽々と支えたその足場を踏みしめながら、彼は辺りを見渡す。

全く見覚えのない筈なのに、やけに懐かしいものを感じさせるこの場所に、彼は違和感を抱く。

まるで故郷に帰ってきたというのに、そこが故郷だとはっきり認識できないような、もやもやとしたものを彼は感じるのだ。


 それもその筈、ここは彼がかつて生まれ、そして死んだ場所なのだから、その違和感は勘違いなどではない。

ただ、彼からすればそれはブルー・シャーマンの助けで見た過去の映像でしかなかった。

だから、はっきりとそこが彼の生まれた場所だと、死んだ場所だと認識できない。

所詮彼にとっては他人事でしかないのだから、それも無理はなかった。

どんなに薄情だと己を責めようとも、彼にとってそれが他人事であることは変わらないのだから。


 確かに一鬼はこの場所で生まれたのだろう。この場所で死んだのだろう。

だが、彼はそのことを今日知ったばかりで、実際に覚えている訳ではない。

碧のことも彼は覚悟を決めて受け止めたが、何も覚えていない彼がそうする必要はないのだ。

それでも、そうせねばならないと彼は感じた。その罪を背負わねばならないと思った。

しかし、それは罪を自覚したが故にできることであって、自覚なくして決意は定まらない。


 丁度今彼がこの場所を己の出生地だと気付けないのは、その自覚がないからだ




「……ここは……何処だ?」


「ここは……まさ……か……」


「そう、ここは私達全ての鬼の故郷……鬼の里のあった場所だ」


「! 紫鬼!?」



 不意にかけられた声、そして同時に現れた圧倒的な気配に一鬼と碧は振り向いた。

すると、そこには地上に立っている優希と紫鬼の姿があり、彼らを驚かせる。

美空と共に外に出た筈の彼女達が何故ここに居るのか疑問に思いながらも、一鬼はその近くに降り立った。

優希を傷つけないようにしっかりと足場を生み出した上で着地することも、その際には忘れない。


 一鬼からすれば優希などかつての幼馴染でしかないが、彼女の肋骨には兄である紫鬼が宿っている。

その点を考慮すれば、下手に彼女に危害を加えることは宜しくなかった。

彼としては彼女に用はないが、兄である紫鬼にはまだ色々と確認したいことがあるのだ。

例えばそれは力の使い方であったり、ブルー・シャーマンについてであったりする。

すぐに確認することは容易なので、確認できるものはしておかねばならない。


 一鬼と紫鬼の信念は同じものではないのだから、ぶつかる可能性もある。

その時の為に、彼は碧を手元に置いておこうとしたこともあった。実際は彼女では寧ろ足を引っ張り得るだけであることが判明しただけだが。

何にせよ、これから先彼らがぶつかることになる可能性は否定できない。

だからこそ、彼は紫鬼から聞けることはすぐに聞くことにした。




「紫鬼……いったいどうしてここに居る? 美空はどうした?」


「安心しろ。あれはさっさと帰らせた。五分もあれば、流石に離脱は用意だ。私達がこちらに居ることなど知りもせずに、今頃帰宅していることだろう」


「そうか……良かった」


「……一鬼、このようなことは言いたくないが、あれは醜過ぎる。弱過ぎる。あれはいつか、お前を殺すぞ。さっさと切り捨てることだ」


「それを決めるのは俺だ。貴方ではない」


「分かっているとも。しかし、それでも言うのだ……私はお前の兄だからな」



 一鬼は紫鬼の言葉に眉を顰めながら、はっきりとその提案を一蹴した。


確かに美空は弱い。その心の弱さはある意味醜いと言えるものかもしれない。

しかし、その弱さを作り出したのは他でもない彼なのだ。彼が助け過ぎたから、彼女は依存してしまったのだ。

元々依存心が強い子だったかもしれない……それでも、彼はその弱さと無関係ではない。

彼にはその『自覚』があるからこそ、美空を受け入れる。両親の娘である義妹を、守る。


紫鬼は表情一つ変えずに、そんな一鬼の決意に頷く。

彼も理解しているのだ……一鬼がどういう思考で美空を守っているかを。受け入れているかを。

元々彼らにとって信念はそう簡単に揺らぐものではなく、他者の意見などで覆すのは難しい。

況してや今更現れた血の繋がった兄などに言われても、簡単に意見が変わる筈もなかった

そんな意思の強さを持っている弟を誇りに思いながらも、同時に紫の超越者はそれに危うさを抱く。


 一度抱えたならば最後まで抱えきるのは、彼ら超越者にとっては当然のことである。

しかし、時には投げ捨ててしまった方が双方にとって良いこともあると、紫鬼は知っていた。

彼だけではなく、一鬼だってそれを知っている筈だ。知っていない筈がない。

だというのに、弟は頑なに一度抱えたものに最後まで責任を持とうとしてしまう。

故に、今殺戮者は弟の隣に居る。神谷美空という弱者に依存を許している。


 だが、彼女達は紫鬼からすれば弟に寄生する寄生虫でしかなかった。




「う~ん……ここって、かなり空気悪いね。こんなに綺麗な場所なのに」


「……ここには二百年の間に染み付いてしまった怨念がある。お前でなければ、とっくに壊れているとも」


「へぇ……そうなんだ」


「どういうことだ?……この程度の怨念でも人間には十分過ぎる程、害になる。何故お前は壊れない?」



 一鬼は紫鬼の告げた言葉から、ここが己の生誕地だと気付かされながらも、平気な顔をしている優希に思わず問いかけた。

通常の人間ならば、簡単に壊れてしまうであろう程にこの場所に渦巻く怨念は濃い。

彼ら妖からすればこの程度大したものではないが、人間程度に耐えられる筈がないのだ。

元々人間の怨念に対する耐性は低く、己の怨念に押し潰されることすらある。


濃く、重い瘴気と言えるこの空気を吸い続ければ、人間はすぐに気分が悪くなるだろう。

そのまま留まり続ければ、十分も持たずに精神は崩壊を始め、三十分もすれば衰弱している筈だ。

妖にとっては少し気になる程度の濃度でしかないが、脆い人間はそうはいかない。

苦しんで、苦しんで、苦しみ続けて、その果てに狂い死ぬようなことになってもおかしくなかった。


それ程に人間は弱く、今一鬼達の眼の前で平気な顔をしている優希は異常なのだ。




「紫鬼が言うには、私は鈍感過ぎて怨念が抱えられないみたい」


「怨念を……抱えられない? どういうことだ?」


「そのままの意味だ。我々からすれば、信じがたいことだが……佐村優希は怨念を背負えない。背負うことがない。いや、それ以前に感じることすらできない」


「バカな……怨念を背負わずに生きているとでも言うのか? 怨念を抱えない? 怨念を背負わない? 怨念と向き合わない?……そんなことが許されるものか」


「私はそれを許されたの。きっと、こうなることを予感した神様が私に味方してくれたんだと思う。今の一鬼君と向き合うには、それくらいはできないといけないもの」



 馬鹿げたことを言う優希を睨みながら、一鬼は今告げられた驚愕の事実を頭の中で反芻した。

佐村優希は怨念を背負うこともなく、感じることもなく、生きている。生きていける。

彼女は、どんなに憎まれてもそれを重荷に感じることはないのだ。どんなに愛されても、それを感じ取れないのだ。

ある種の者達からすれば、それはとても羨ましいことなのだろうが、彼にはそうは思えない。


 一鬼にとって、怨念とは背負うべきものだ。

他者がそれを拒絶しようがしまいが関係ない話ではあるが、少なくとも彼はそれを受け止めるつもりでいる。

だというのに、優希はそれを受け止めるつもりすら見受けられない。受け止めることすらできない。

他者の怨念を彼女は抱えることはないのだ。愛も、憎しみも、共感も、何もかも彼女は拒絶しているのだ。


いかなる感情であろうとも、それは怨念という形でしか他者に伝えることができない。

皆はそれを感じ取り、時に受け止めて、時に拒絶して、生きている。皆他者の思いを抱えて生きるのだ。

全てを理解しきれずにすれ違うことも多々あるし、理解し過ぎてすれ違うことだってある。

それでも、人間も妖も他者の怨念と向き合わねばならない。それからは逃げられない。

だというのに、目の前の脆弱な人間がそれを許されている。


それは彼にとって、とても苛立たしいことであり、同時に悲しいことでもあった。




「お前は……何とも思わないのか?」


「私は、こう生まれて来て良かったと思っているよ。だって、一鬼君とこうして話せているもの。本性を剥き出しにした一鬼君と話をするの、ずっと楽しみにしていたんだよ?」


「なっ……お前は……本気でそう言っているのか?」


「鋭い一鬼君なら、分かるでしょう? これが嘘なんかじゃないってことくらい」



 そう、確かに一鬼は優希の言葉が嘘ではないと分かっている。


だからこそ、目の前に居る彼女を彼はどうしようもないバカだと思った。貼り付けたようなその笑顔を破壊したいと思った。

父の親友の娘だからこそ、昔は助けたが……今の彼にとってはそのようなしがらみは意味を為さない。

既に彼女は彼からすれば一人前の人間であり、今更守る必要はない存在だ。

彼女は昔のように彼に助けを求めないし、その必要もない。


 そもそも、一鬼にとって優希はただの幼馴染でしかないのだ。

かつては名前で呼んでいたこともあるが、今は苗字で呼んでいる程度の仲でしかない。

彼は彼女から執着心を感じ取ったこともないし、彼女もただ昔のように接しているに過ぎないと考えている。

その認識そのものが間違っているのかもしれないが、そんなことは彼にはどうでも良かった。


 彼にとって大切なのは、彼女がいとも簡単に怨念を切り捨てたことだ。


 そんな彼女が、その口で彼と向き合うとほざいていることだ。




「他者の愛情も感じられないのにか?」


「大丈夫。そんなものを感じられなくても、私は生きていける。」


「他者の怨恨に気付けないのにか?」


「ちっぽけな嫉妬なんかで動く人なんて、たかが知れているでしょう?」


「だが、そんな人間でも力を持っていることはある。金や権力は侮れないぞ」


「それって、そのひとの力じゃないでしょう? 自分で向き合わずに他人をぶつけてくるなんて、効率的だけど格好悪いじゃない」



 一鬼は優希の危うさを指摘するが、彼女はそれをことごとく否定していく。


確かに彼女の言うことは間違いではないが、彼には受け入れ難い。許容できるが、したくない。

彼女の言葉は強者の言葉でもあり、同時に強者であるかのように振舞っている弱者の言葉でもある。

他者の愛を感じられなければ、そのまま静かに壊れていくだけだ。怨念に気付けなければ、振り払える火の粉も振り払えない。


 一鬼達のような妖ならば、その言葉を吐いても、言葉に在り方が負けずに済んだだろう。

しかし、優希は人間でしかない。例え妖のように強くあろうとしても、本質が違い過ぎる。

妖も妖狐のように決して精神的に強いとは言えない者も存在するが、怨念に対する耐性があるのは確かだ。

だからこそ、彼らは強い言葉を吐いてもそれに負けない在り方を見せることができる。

人間が抱える程度の怨念を受け止めるのは、彼らには造作もないことなのだから。




「確かにそうだ。だが、その格好悪さを受け入れて戦っている者が居る。それしかできなくて、毎日耐えながら生きている者が居る。お前は、そんな者達を否定するつもりか? 全ての者が他者に直接ぶつかることができる訳ではないんだぞ」


「でも、一鬼君はその範疇に収まっていないでしょう?」


「……どういう意味だ?」


「一鬼君は強いから、私なんかでも受け入れられるもの。壊れたりしないもの。だから、私は一鬼君のことが好きだよ」


「……脳みそでも腐ったか? 気でも狂ったか? お前は人間で俺は妖だ」


「ふふ……妖と人間の種を超えた愛っていうのも、ロマンチックだと思わない?」



 貼り付けた笑みのままくっくっと笑い出した優希を見ながら、一鬼は目を細めた。


同時に、彼の放つ雰囲気が瞬時に変わり、静かに佇む紫鬼と碧が眉を顰める。

大気に拡散している怨念が彼に集っていき、その心臓へと吸収されるのは今も変わらない。

だが、それによって吸収される量が極端に増加し、恐ろしい速度で大気中の怨念が消えていく。

それを肌で感じ取れる両者は、一鬼の水面下での変化に気付いていた。


 だが、優希は気付かない。気付けない。

致命的に鈍感な彼女では、彼の中に渦巻く拒絶の感情に気付けない。己が最初から受け入れられていないのだと気付かない。

彼女を見る一鬼の眼に失望と拒絶が混ざり始めたことにも気づかず、ただ貼り付けたような笑みを浮かべ続ける。

いくら彼の放つ雰囲気が変わっても、彼女は気付けない……アンテナが存在しない彼女では、気付かない。




「ナンセンスだな。そのようなことをお前が感じているとは思えない」


「あれ?……私のこと理解してたんだ」


「ああ、今理解した。お前がいかにつまらない人間かを。お前がどこまでも空虚な人間かを」


「ふふ……そうだよ。私は空虚。私は空っぽ。でもね……空っぽだからこそ、憧れるの。強くあれるの。夢に向かって突き進めるの。その為なら何だってできるよ。それが、私の強さ」


「痛みを感じないのはただの麻痺だ。それは逃げだ。だから俺は痛みを受け入れる。麻痺などさせない。だが、お前は違う……お前の在り方は俺の在り方とぶつかる。共存できない」



 一鬼と優希の生き方はある意味対照的だ。


痛みも苦悩もひたすらに受け止め、乗り越えることで生きて来た彼と、最初から痛みが存在しない優希では、在り方が違い過ぎる。

かつては痛みを感じていた筈の彼女も、今は完全にそれを失っていた。

以前は泣き虫だった彼女はもうここには居ない。彼と対峙し、ただ貼り付けた笑みを浮かべる彼女が、今の彼女だ。


 一鬼はそれを素直に寂しいと思った。悲しいと思った。

彼が一度は受け入れ、守った者がこのような歪になってしまったというのに、気付けなかった己を恥じた。

何故彼女と彼が過去に決別したのかが、漸く今浮彫になってきている。

彼女と彼の在り方の違いが、今二人を対峙させている。

弱さを忘れてしまった今の彼女を前にして、彼は混沌としたものを抱かずには居られなかった。




「そうかもね。でも、私も共存は必要ないと思うの」


「……何だと?」


「だって、一鬼君は妖なんだもの。私達人間をゴミだと思う、化け物なんだもの。化け物は人間に退治されるものなんだよ?」


「そうか……ならば、お前も覚悟はできているのか? 誰かに何かを押し付ける時、己もそれを背負わねばならないことを分かって、そう言っているのか? 誰かを殺そうとする時、己の死を覚悟できているのか? そこから始まる怨恨と向き合う覚悟があるのか?」



 誰かに何かを押し付ける時は、己もそれを背負う覚悟が必要になる。


己が背負えていないというのに、それを他者に押し付けるのは最低限の条件すら満たしていない。

どんな痛みも甘んじて受け入れると覚悟できなければ、誰かに運命を押し付けることは誰にも許容されないのだ。

少なくとも一鬼はそう思っている。そう信じている。


どんな理由も手段を正当化はしない。どんな覚悟も、行いを正当化できはしない。

それでも、何か守りたいものがあるからこそ、彼は覚悟する。正当化できなくとも、ただ覚悟するのだ。

覚悟を問われた時に揺らぐようでは、他者の人生に深く介入することはできない。

それを否定することも、破壊してしまうこともできない。

だから彼は覚悟する……他者の人生を捻じ曲げかねない時は、己の人生全てをかける。


 それでも拒絶されることの方が圧倒的に多い。

当たり前だ……己の人生は己のものであり、他者に大きく捻じ曲げられるようなことがあってはならないのだから。

どんなに覚悟があっても、それを拒絶されてしまえばそこまでで、そこからは退くかぶつかるかの二択しか選択肢はない。

だというのに、優希はその覚悟すらしていない。恐らくは己の命をかけてすらいない。


 それが酷く腹立たしく、悲しく、一鬼は混沌とした感情を抱きながらも優希を見据えた。




「はは、そんな訳ないじゃない。私はそんなもの気にしないよ」


「だろうな……期待するだけ無駄だ」


「だけど、一鬼君にずっと憧れてた。私とは違って、地を這い続けて、全ての人と向き合おうとして、それでも私よりもずっと上に居た一鬼君のこと、好きだったよ」


「ほざけ……俺は誰とでも向き合う訳ではない。俺が向き合うのは、俺がそうすべきだと思った者達だけだ」



 一鬼の語気が荒くなり始め、その表情は修羅の如きものへと変わっていく。


彼の中で、優希を排除しようという意識が強く働き始め、彼を戦闘態勢へと入らせているのだ。

それに呼応して、大気中の怨念は更に圧倒的な速度で彼の心臓へと向かっていき、その質量を肥大化させている。

今はまだ八尾より数倍強い程度でしかない彼だが、明日になればその力は元来の領域に達するだろう。


 今ここで不確かな戦いに臨むべきではない。

後一日我慢すれば、一鬼は完全に目覚めることができるのだ。空の超越者としての再生を果たすのだ。

だが、それまで待っていては、優希が何をしでかすか分かったものではない。

彼女の『虹色の肋骨』には紫鬼が宿っている已上、警戒しなければ、足元を掬われる。




「でも、今私とも向き合ってくれてる」


「それは、俺がお前を破壊する覚悟をしているからだ。お前に破壊される覚悟をしているからだ」


「そう、それで良いの。その化け物じみた覚悟をしている一鬼君じゃないと、殺しても超えたことにならないもの。振り切ったことにならないもの」


「……佐村優希―――貴様、本気で言っているのか?」


「紫鬼……私が本気じゃないとでも思ってるの?」



 引き締まった表情で覚悟を明言する一鬼とは対照的に、優希は貼り付けた笑みを浮かべたままだ。

恐ろしいまでに覚悟ができている一鬼と、覚悟が必要ない優希……その対比は、面白さよりも歪さを感じさせる。

覚悟できる者と、覚悟が必要ない者……その対比が、今ここにあった。


 紫鬼はそんな両者のぶつかり合いを否定はしないものの、一鬼とぶつかることに関しては否定的だった。




「言った筈だ。お前などでは一鬼は殺せんと。私は一鬼を傷つける行為を許さないと。私はお前の戦いに手を貸してやるつもりはない。だが―――殺戮者は殺しておかねばならない。お前の死はその後だ」


「っ……!」


「駄目だ……紫鬼、碧には手を出すな。これは、俺の背負う十字架だ。俺の罪の証だ。例え貴方であっても、手出しはさせない」


「そうだよね。こうなるよね。だから―――戦うしかないんだよ、紫鬼?」



 紫鬼の言葉に息を呑んだ碧を隠すように一鬼は立ち塞がると、静かに紫鬼に己が覚悟を告げた。

その様子を貼り付けた笑みのまま見ながら、優希は紫鬼に告げる……戦うしか道は残されていないと。

本当にそうかは彼女には関係ない……紫鬼にそう思わせることが、彼女にとっては重要だった。

ほんの数秒の間ではあるが、紫鬼は険しい表情のまま一鬼と碧を交互に見る。


 紫鬼としては、一鬼に危害を加えうる碧はここで殺しておきたい。

いかに改心したと言われても、過去に彼女が一鬼を殺したのは事実であり、二度目が引き起こされるのは想像に難くないからだ。

だが、一鬼はそれに気付いていながらも、彼女を背負うと言っている。覚悟をしている。

弟の意思を尊重すべきではないのだろうかという思いが紫鬼にはあって、それが碧を殺すことを躊躇わせていた。


 それさえなければ、碧は昨夜紫鬼に殺されていただろう。




「……一鬼、考え直してはくれないのか? その妖狐は……殺戮者はお前に死しか齎さない。分かっている筈だ。お前は今日、それを拒絶すべきだった」


「ああ、確かにそうかもしれない。だが、碧をああしたのは、元はと言えば俺のせいだ。俺が希望を持たせなければ、ああはならなかった。鬼の一族も、妖狐も、滅びずに済んだ」


「それは違うぞ。お前にそのような責任を誰も求めてはいない。いや、殺戮者はそれを利生してお前に依存しようとしただろうが、我々はそれを求めない。我々には、お前の笑顔さえあれば十分なのだ」


「それで十分ならば、碧を見逃してくれ。俺はこの胸に宿る心臓にかけて誓ったんだ。こいつを受け入れると。貴方の心臓に嘘はつけない。誓いを破ることはできない」


「……そう、か」



 一鬼は己が胸に移植された紫鬼の心臓に誓って、碧を受け入れると誓った。

だから、彼女を受け入れることを最後まで止めない。紫鬼とぶつかってでも、信念を貫き通す。

紫鬼の心臓に誓った已上、それを破るような真似はできない……そう彼は考えているのだ。

二百年前、彼の代わりに死んだ兄の心臓が今、彼の胸の中で彼を生かしている。

兄の深い愛情が……狂気すら孕んだ愛が、彼を生かしてくれた。


 だから、一鬼は紫鬼の心臓をかけて誓ったことを曲げはしない。

彼の兄の心臓なのだ。二百年前に己が愚かさ故に死ぬ筈だった彼を生かした、兄の心臓なのだ。

それにかけて誓ったことを捻じ曲げて良い筈がない。例え本人が許しても、己は許してはいけない。

一鬼は己の信念にかけてそう誓った。だから、その信念を捻じ曲げない。

例え頑固だと言われようとも、つまらない者だと嘲笑されても、貫く。


 そんな一鬼の覚悟を紫鬼は嬉しく思いながらも、その誓いに碧を受け入れることが含まれていることに納得できない。

彼女はかつて一鬼を殺し、これから先それが再現されることが、彼には分かるのだ。

一鬼が全てを知った上で排除すると予想していた紫鬼にとって、今目の前に彼女が居るのは想定外だった。

受け入れてはいけない者を弟が受け入れている。それが、やがて弟を殺す。貪り、食い潰す。


だから、紫鬼は碧を排除する……一切の躊躇もなく、排除する。




「一鬼、ならばその殺戮者は私が殺そう。お前は抗うが良い……そうすれば、誓いは破ったことにならない。それで良いのだな?」


「良いものか……何故そこまでして、碧を殺そうとする? 貴方にとっても、俺にとっても碧は脅威になり得ない筈だ」


「脅威になり得るからこそ、私はこうしている。お前を殺し得るからこそ、私は殺戮者を殺す。それしか道は無い」


「覚悟はできたみたいだね……それじゃあ、始めようか?」


「っ……」



 一鬼は優希の言葉を合図に、すぐさま後方に大きく跳躍した。


紫鬼の速度を考慮すれば、まともに戦って勝てる相手ではないことは一目瞭然だ。

優希を狙おうとしても、簡単に止められて捕縛されることは明らかで、そうなれば碧は確実に殺される。

だから、彼はすぐさま距離を取ることにした。

全速力で後方に大きく跳んで、そのまま木々の間を縫うように森の中を走っていく。


 紫鬼の移動の仕方は一鬼達と同じ通常の移動方法である筈だ。

白雪のような瞬間移動とは違い、気配が消えた後に現れるようなことはない。

だが……いや、だからこそ一鬼はその強大さを思い知る。その圧倒的な能力値を思い知らされる。

彼の眼はマッハ二十に達する速度ミサイルの軌道すら見切るというのに、紫鬼の動きはまるで見えないのだ。

白雪とは違い、点から点にじゃジャンプしている訳ではない。普通に線の軌道を描いて移動している筈だ。


 だというのに、まるで動きが見えない。眼で追うことすらできない。




「か、一鬼……どうするの?」


「奇襲しかない。インディゴのようにミサイルをぶちかませるのならば、優希を殺すくらいはできるだろうが……」


「どうやって? ここは一旦退くべきよ。明日になれば、紫鬼すらも貴方は凌駕するわ」


「そうかもしれないな……だが、恐らく明日丸一日は俺も動けないだろう。その間にお前が殺される可能性は十二分にある。それに、俺がいつ動けなくなるかは分からないんだ。お前を殺させない為には、今どうにかするしかない」


「一鬼……」



 一鬼は碧を守り切らねばならない。

今は敵対しているが、紫鬼は彼にとって尊敬できる兄であり、超越者としての見本でもある。

そんな兄の心臓にかけて、彼は碧を受け入れると誓った。最後まで面倒を見ると約束した。

だからこそ、彼は兄である紫鬼とぶつかることを選んだ。元来味方である兄を敵に回してでも、彼女を守ろうとしているのだ。


 本当ならば、紫鬼の言う通りに碧を拒絶すべきなのかもしれない。殺すべきなのかもしれない。

今朝までの彼ならばそれができただろう。彼女の過去を、己の過去を知らなかった彼ならば。

だが、今の彼にはそれはできなかった。彼女が己の罪の象徴であると知ってしまった彼には、それができない。

己の罪の証である彼女を拒絶し、殺すなど、彼にできる筈がなかった。


 況してや、まだ更生の余地があるのならば猶更だ。




「言った筈だ。お前がどんなに俺を信じられなかったとしても関係ないと。俺の覚悟はお前依存ではないと。安心しろ……お前は殺させない。例えこの命を失ったとしても、守って見せる。それが、俺の覚悟だ」


「でも……どうやって、紫鬼に勝つの? 過去を見た今ならば、貴方も分かるでしょう?……私では手も足も出ないわ。貴方には、動きは見えていたの?」


「いや、見えない。あの速さを前にしては、恐らく誰一人として太刀打ちできないだろう。だが、考えても見ろ。いかに紫鬼が強かろうとも、宿主は人間だ。実体化にも限度がある」


「……宿主の生命力の枯渇を狙うの?」


「そうだ。ただでさえ、上級以上の妖の消耗は激しい。況してや、あの圧倒的な能力値だ。恐らく一日に実体化できるのは五分程度だろう。半妖の愛梨でさえ、ブルー・シャーマンの実体化は三十分も持たなかった。それ以上の消耗を強いる紫鬼を、ただの人間の優希が同じ間実体化させられる筈がない」



 紫鬼と碧では、その速度も破壊力も、何もかもが圧倒的に異なる。


はっきり言って、『虹色の肋骨』での比較では一鬼側に勝ち目はないだろう。

碧と紫鬼では力に差があり過ぎる。碧の力を百とすれば、一鬼の現在の力は三百程度。

それに対して、紫鬼の今の力は最低でも一万……下手をすればそれ以上の力がある。

しかも、『今現在の状態での差』だ……優希という枷がなければ、紫鬼の力は恐らく今現在の更に数万倍……いや、数億倍以上に膨れ上がるだろう。


 それ程に、一鬼がブルー・シャーマンに見せられた過去の中での紫鬼は圧倒的だった。

今の一鬼では到底手も足も出ないことは明白で、まともにやりあっていては勝てない。

まともにぶつかっては、紫鬼は容易く彼の認識をすり抜けて碧を殺してしまうだろう。

だからこそ、卑怯ではあるものの宿主である優希を狙うことを彼は選ぶ。

それしか、今の彼にはできない。明日まで待てば他の選択肢も出てくるが、碧の命の保証はない。


 今一鬼はまさしく追い詰められた状態にあるのだ。

たった一つの妥協で潜り抜けられはするものの、彼にはその選択肢は最初からない。

己の意思を捻じ曲げて碧を見捨ててしまえば、彼は一生後悔するだろう。己の意志の弱さと、紫鬼の心臓にかけた誓いを破ってしまったことを悔やむだろう。

だから、紫鬼本人とぶつかってでも、彼は碧を守る。彼が受け入れてしまったことで余計に狂ってしまった彼女を受け入れる。


 故に、彼は今日ここで兄を殺す―――愚かな己の命を救ってくれた兄の命を。


 それが恩を仇で返す形であるとは分かっていても、彼にはその信念を捻じ曲げることはできなかった。




「消耗を狙うのは良い案だと思うわ……でも、どうやって? 紫鬼の活動可能半径は間違いなく私よりも広いわ。迂闊に踏み込めないわよ?」


「お前の目は節穴か? その外から攻撃できて、しかも人間に致命傷を与えうるものがそこら中にあるだろう」


「……?」


「まぁ、良い……すぐに分かる。良いな、俺達にできるのは飽くまで消耗戦を強いることだけだ。それ以上は絶対に踏み込むな……死ぬぞ」


「えっ……?」



 一鬼は、彼の言葉の意味を理解しかねている碧から眼を離すと、気を引き締めて優希の居る方を見た。


距離を取ったとしても、まだ安全であるとは言えないことは彼も既に分かっている。

インディゴが射出した核ミサイルを爆発させずに灰にした紫炎は、間違いなく撃ちだされたものだ。

いくら打ち上げられている途中のミサイルが最高速度に達することができないと言えども、空高く打ち上がったミサイルは既に相当な速度に達していた。


つまり、それを容易く打ち抜いた紫炎の速度は、それ以上の速さということになる。

地上から撃たれた紫炎が、既に空高く打ち上げられていたミサイルを撃ちぬくのに一体何倍の……いや、何十倍の速度が必要になるのだろうか?

恐らく、一鬼ではあの紫炎に反応することは不可能だろう。

しかし、あの何もかもを燃やし尽くすであろう紫炎は、恐らく簡単に優希の生命力を枯らせる。


 強過ぎる紫鬼の力が、優希を殺す……そこに一鬼はかけているのだ。




「さぁ……攻撃開始だ」





 月夜を反射して怪しく光る赤い眼を細めながら、一鬼は微笑んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ