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虹色の肋骨  作者: 修羅場ーバリアン
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第十七話



 煌々と燃え盛る蒼炎を纏う骸骨……ブルー・シャーマンと名乗るその超越者は、かつて真理を求め、その果てに永遠の命を得た。

真理に辿り着いた彼は、その時初めて世界に愛された者の存在を知り、己と同じ存在を知る。

そして……彼は出会った。世界から最高の暴力を与えられた紫炎を纏う鬼に。

彼は選ばれた。世界から最大の愛を与えられたそれ以上の存在を守護する者として。


 彼はそのことを誇りに思った。どんな犠牲を払ってでも守ろうと誓った。

しかし、その結果は散々たるものであったことを彼は良く覚えている。守ろうとした者を、守り切ることすら彼にはできなかったのだ。

七体の守護者の内、三番目の序列を与えられたにも関わらず、彼は守り切れなかった。

ことが起きた時、彼さえそこに居たならば全ての悲劇は回避できたというのに、彼はその時別の大陸に居た。


 妖狐という、彼らにとっては取るに足らない筈の愚かな一族の暴走が、全てを狂わせたのだ。

殺戮者という思い上がった有象無象が、全てを白紙に戻してしまったのだ。

それを彼の親友であり、尊敬する存在でもある紫炎の超越者は己が命を以て止めた。

まだやり直せる……だから、彼は今度こそ守るべき者を守る。


 彼は、青の席を与えられた蒼炎の超越者なのだから。















 星が力強く光り輝く藍色の空が美しい夜、その町はいくつもの爆炎を辺りに散りばめていた。

少し前までは静かだった町も、今やサイレンが鳴り響き、人々の叫び声が響き、煌々と火炎に彩られている。

その中心に、今一鬼は居た……町に大量の被害を齎した張本人であるインディゴを前にして。


だが、インディゴの藍色の眼は彼ではなく、ブルー・シャーマンを捉えている。

蒼炎の超越者として圧倒的な存在感を放つブルー・シャーマンを最大の脅威と認めているが故であろう。

一鬼も逆の立場ならば間違いなく同じようにブルー・シャーマンを警戒していた。

それ程に、ブルー・シャーマンは強力で完成されているのだ。


 宿主が愛梨ではなく一鬼であったならば、間違いなく最強のコンビであったであろう存在なのだ。




「ふん、超越者か……笑わせてくれる。本当に超越したのならば、私はお前を歓迎しただろうが……残念ながらお前は超越していない」


「ならば、認めさせてやろう……私がまさしく超越者の力を手に入れたということを!」


「やってみるが良い……すぐに貴様は後悔する」


「ブルー・シャーマン!」


「選ばれし子よ、重ね重ね言うが愛梨を頼む。愛梨では機動力も自衛力も……持久力も圧倒的に足りない。私も全力は出せない……お前が私の相棒であれば最良だったのだがな」


「……ああ、分かった。俺の可能な限り守って見せる」



 一鬼は苦笑しながら、すぐさま愛梨を抱え直して姿勢を低くする。

インディゴが劇的に変化したのは確かだが、その移動速度までもが劇的に上昇するとは限らない。

一鬼の身体能力ならば十分過ぎる程にインディゴ自身の動きに対応できる筈なのだ。

ただ、愛梨の負担にならないように動きを制限しなければならないのは非常にマイナスな要素である。


 ブルー・シャーマンの言った通り、一鬼がブルー・シャーマンの宿主であるのが最良だった。

ブルー・シャーマンは宿主の体力に気を遣わずに能力を百パーセント発揮でき、一鬼の機動力で縦横無尽に移動が可能だ。

それらすべての要素が合わされば、一瞬でインディゴを倒せただろう。

だが、実際はそうはならず、一鬼の肋骨には碧が宿り、ブルー・シャーマンは愛梨の肋骨に宿った。


 今彼らにできるのは、限られた能力を駆使して目の前に居る者を倒すことだけだ。




「近代兵器の恐ろしさを知れ」


「ふん……そんなものが私に効くとでも思っているのか?」


「分かっている……お前には効かないだろう。だが、宿主ならば話は別だ!」


「当たれば、な」



 インディゴの宇宙から放たれた数十のミサイルが、音速を超える速度で一鬼達に襲い掛かる。


だが、それらはブルー・シャーマンの能力によって時が止まったかのように静止し、そのまま灰となっていく。

その圧倒的な能力の前では最新鋭の近代兵器すらも通用しない。

どんな威力を持っていようとも、全ては超越者のみに与えられた領域に運ばれ、消滅させられるのだ。


 ブルー・シャーマンがちらりと見たのを確認すると、一鬼は若干口角を歪めながら一気にインディゴに接近した。

それに対してインディゴは慌てて距離を取るが、その速度に然程の差は無い。

ブルー・シャーマンの能力故に、一鬼を中心に半径三十メートル以内にインディゴが入れば、彼らの勝利はほぼ確定する。

それを理解しているからこそ、インディゴは逃げるのだろう。


 だが、一鬼達の狙いはそこではない……インディゴの何が変化したかを見極めることだ。

自爆攻撃も今のインディゴが本当に実体化しているのならば恐らくできない。

仮にできたとしてもかなりの傷を負うことは間違いないが、対して一鬼達はそれを無傷で捌く術がある。

ブルー・シャーマンさえ居れば、それが可能になるのだ。

一鬼は碧から凡そのブルー・シャーマンの能力を聞かされていた為、その能力の副作用を良く分かっている。


 ブルー・シャーマンが何故不死の存在なのかも、それに大きく関係していると言っても良い。




「私が怖いか? お前の攻撃を全て無効化できる私が」


「……私も超越者なのだ。怖くは……ない!」


「ならば、抗って見せよ……重荷を抱える私にな」


「……重荷って私のことでしょうか?」


「いや、俺もだろう。ブルー・シャーマンは元来不死性を利用して特攻するのが、最も効率が良い戦い方だからな」



 勿論一鬼達が重荷であるのは間違いない……一鬼が宿主であれば話は違うのだが、実情はそうはいかない。

機動力は一鬼に任せれば良いが、絶対強者達にとって最も重要な肝心の持久力が愛梨には足りないのだ。

そこも一鬼が宿主ならば容易に補える分、ブルー・シャーマンの失望感は拭えない。


そもそもブルー・シャーマンは一鬼の言う通り、特攻していればほぼ勝利は確定する能力を持っている。

己を中心に半径五メートル以内の物を己が世界に引きずり込むことができるのだ。

そして、その世界で破壊されたものは灰となって消滅する……丁度先程のミサイルがそうなったように。

生物だけではなく物質すら取り込めてしまうのが恐ろしいことだ。


 そして、その能力の応用法を考慮すれば、益々一鬼がブルー・シャーマンの宿主ではないことが悔やまれる。




「っ……嘗めるな!!」


「――!?」



 インディゴの宇宙から大量の巨大な拳がブルー・シャーマン目掛けて放たれる。

そのどれもが幾ばくか前に一鬼に放たれた物の何倍もの質を誇るが、しかし遅い。

一鬼や碧の最高速の拳には到底及ばず、一鬼はブルー・シャーマンならばそれを捌けるだろうと踏む。

しかし、それに対してブルー・シャーマンは何の対処もせずに粉々にされてしまった。


 驚きに目を見開く一鬼であったが、それに対してインディゴは遠慮してくれない。

すぐさま一鬼に対してミサイルを射出しようと向きを変えてくる。

彼はそれをさせまいと更に深く懐に潜り込もうとし、その時ブルー・シャーマンの狙いに気付いた。

彼は更に加速し、インディゴの懐に潜り込むことを試みる。

それと時を同じくして、ブルー・シャーマンの全身が瞬時に再生していく。


 だが、それを察知したインディゴはすぐさまミサイルを生み出し、その上に乗って距離を取り直してしまう。




「ちっ……読まれたか」


「……中々に感が良い奴だな」


「えっ?……えっ?」


「ブルー・シャーマンはやられた振りをして、俺に奴の懐に潜り込む隙を与えたかったんんだ」


「な、成程……」



 今一良く状況を掴めていない愛梨に説明をしながら、一鬼は周囲を警戒する。


インディゴは今新たな力を得たことで舞い上がっている……このまま逃げるようなことはせず、必ず戻ってくる筈だ。

ミサイルの雨を降らしてくるくらいは覚悟しなければ、これから先の戦いで苦労するだろう。

インディゴからの攻撃はブルー・シャーマンさえ居れば防げるが、問題はこちら側からの攻撃になる。


 ブルー・シャーマンの能力を考慮すると、半径三十メートル以内に入れなければ勝利は確定しない。

インディゴはそれを理解しているからこそ近づかないのだろう。

今のインディゴには恐らく宿主という足枷は無く、ただ一鬼達と持久戦に持っていけば勝利できるのだから。

一鬼は丸一日戦っていても問題ないが、ブルー・シャーマンの実体化は愛梨の消耗を考慮すれば数十分が限界だ。


 その数十分程度の間、ひたすらに爆撃をする程度の能力が今のインディゴにはある。




「それよりも、いったい何がどうなっているのかを教えてくれ。何故インディゴが実体化している?」


「お前達に移植された肋骨は、とある妖の肋骨でな……それを起点にし、宿主が媒介となって、我々はこうして第二の生を与えられた。つまり、我々『虹色の肋骨』はそれら全てを一括して初めて存在できる訳だ。元来ならばその全てを一個体で担うにも関わらず、な」


「……それを、元来あるべき形に戻したということか? 起点である肋骨と、媒介である宿主を取り込み、『虹色の肋骨』という亡霊が蘇ったと? 先程車の中で血しぶきが上がったのは……そういうことなんだな?」


「ああ、そうだ。その抜け道があるからこそ、奴は今まで派手に動いていた訳になる。確かに、私と『彼』以外を相手にして後れを取ることはないだろうな」


「困ったものだな……碧、一度引っ込んでくれ」


「えっ!?……え、ええ」



 心ここに在らずという言葉が似合う状態で放心していた碧を引っ込ませると、一鬼はブルー・シャーマンの半径五メートル以内から離れないように気を付けた。

蒼炎の超越者の能力は絶対的な代わりに半径五メートル以内でしか使用できない。

これから来るであろうミサイルの速度などを考慮すれば、常にブルー・シャーマンの傍に居るのが最善だ。

問題は愛梨の体力、というよりも生命力だが……後二十分程度は持つだろう。


 一鬼は不安そうな愛梨に微笑むと、すぐさま表情を引き締めてインディゴの気配を探す。

圧倒的な存在感を放つのだから、すぐに見つかりそうなものなのだが、何故か彼は半径百メートル以内しか気配を探せない。

この町に居ることは分かるのだが、肝心の居場所までは分からず、彼は内心苛立った。

耳を澄ませども、聞こえてくるのはサイレンの音や人間達の声、そして燃え盛る炎が弾ける音くらいだ。

インディゴに繋がるものは何もなく、ただ静寂のみが存在し、彼に重圧を与える。


 それこそが狙いなのかもしれないと気付いた彼は、一度緊張を解くことにした。




「愛梨、体力はどのくらい持ちそうだ?」


「今後に支障がないレベルならば十分程度……死を覚悟するなら二十分程度です。ブルー・シャーマンをベストコンディションで実体化させたら十秒も持ちませんけど」


「やはり、か。となれば、その間全力で爆撃をしてくるのが考えられるな」


「うむ。その可能性が高いだろう」



 インディゴはミサイルを利用して逃げ、ミサイルで攻撃しているだけで一鬼達に勝てる。

いかにブルー・シャーマンであろうとも、その機動力は宿主である愛梨に依存しているのだ。

一鬼ならばそれを補うことはできるが、それでも音速の世界には辿り着けない。

音速で動けば愛梨の体が耐えられない為、速度は一定以下に抑えないといけないからだ。


 一鬼達上級以上の妖ならば音速に達する者も居るには居るし、事実それに耐えられる肉体を得ている。

だが、半妖でしかない愛梨は精々下級妖以下の肉体しか持たない。

人間よりは格段に頑丈だが、それでも人間の部分が残っている已上、脆さがある。

かつて一鬼が緋蓮の腹部に決めた一撃を同様に打ち込めば、愛梨はほぼ確実に死ぬだろう。


 それ程に、隔絶した耐久力の差が彼らの間にはある。




「インディゴは常に距離を取って撃ち続けるだけで良いからな……実に良い能力だ」


「ああ、宿主が居なくなれば相当に優秀な能力だ。だが……すぐに終わる。所詮借り物だ」


「借り物?……どういうことだ?」


「奴の能力は『再現』……既に存在するものを再現するのだ。ただ、妖だけは完全に再現できず、劣化してしまう。お前も妙な輩達と戦っただろう?」



 一鬼は先刻彼を妨害した妖もどきの存在を思い出すと、静かに頷いた。


妖としては余りにも不完全で、彼と碧によって何をすることもなく消えていった為、その印象は薄い。

だが、それがインディゴの能力によるものであったことは一鬼も予想していたし、それが意味することも、大まかではあるが理解していた。

だが、本当に妖が絶滅したか確証がない彼では、ブルー・シャーマンに言われるまでは確信が持てなかったのだ。




「ああ、あれか……成程な。だが、今は?」


「今は……恐らく一時的ではあるが、完全に再現できる筈だ。とはいえ、その時間はそう長くあるまい……精々十分だ。肋骨に拒絶される未来は分かり切っている」


「拒絶だと?……肋骨が拒絶するのか?」


「そうだ。あの肋骨は、資質を持つ者にしか扱えないからな。そして、その資質は……奴にはない」


「随分と詳しいな……まさか、俺達に肋骨を移植した者のことも知っているのか?」


「……それに関しては、まだ断言はできない。しかし、いずれ明らかになる筈だ……その時を迎える為にも、今は奴を倒すことに集中しろ。十分耐えろ……それで勝負は決まる」



 ブルー・シャーマンの言葉に一鬼は静かに頷こうとし……その瞬間、殺気を感じて身構えた。

彼が殺気を感じた方向から数十のミサイルが彼らに向かって飛来するのを、彼は目撃する。

だが、それを口頭で伝える時間などない……音速を超える速度で迫る近代兵器を前に、そのような時間はないのだ。

しかし、ブルー・シャーマンはそれら全てを身動き一つすらせずに全て空中で止めた。


 灰になっていくミサイルを眺めながら、一鬼は自分達目掛けて放たれたミサイルが他に無いかを用心深く観察する。

しかし、彼らに目掛けて放たれたミサイルはなく、他のミサイルは軌道が大きく逸れている。

そう、逸れているのだ……ブルー・シャーマンの届かない場所に向かっているのだ。

そのことに気付いた一鬼はすぐさま反転し、空中に向かって大きく跳躍した。


 巨大な爆炎が後方に広がるのを確認しながらも、彼は迷うことなく駆け抜けていく。

敢えて彼らを狙わないように放たれたミサイル群が建物を破壊し、爆風が気流を乱して一鬼の頬を撫でる。

その熱気が若干背中を焼いたのを感じながらも、彼は上へ上へと向かい続けた。

空中にさえ逃げれば、ミサイルの威力任せによる絨毯爆撃は使えないことを理解しているからだ。




「一鬼先輩!?」


「愛梨、喋るな! ブルー・シャーマン、奴の位置は!?」


「ここから十キロは離れている……あの山の頂上に居るな。どうやら、スコープを具現化して適当に狙っているようだ」


「面倒なことをしてくれる。だが、あの距離ではミサイルしか撃てない。誘導式のミサイルでもなければ……っ!? この感じは!?」


「その誘導式のミサイルが来たようだ」



 一鬼達が話し終わる前に眼前に到達したミサイルだったが、それすらもブルー・シャーマンは身動き一つせずに止めてしまう。

インディゴの能力は確かに脅威だが、ブルー・シャーマンの能力の前では怖くは無い。

互いが互いを倒せはしないが、絶対に負けもしない……そういうある意味詰まらない戦闘が今現在繰り広げられている。


インディゴがもしも接近戦を得意とする妖だったならば、最初に一鬼達が戦った時点で簡単に勝てていただろう。

しかし、現実はそうはいかないもので、一鬼達は遠距離からミサイルを撃ち続けるインディゴを前に苦戦を強いられている。

このままではジリ貧だし、ブルー・シャーマンの言う通りにならなければ今後彼らはインディゴの影に怯えなければならない。

今日インディゴを倒さなければ、彼らに安寧はないのだ。


だが、インディゴを倒すにはどうしても接近せねばならないし、一鬼達では機動力が足りない。

元々の機動力ならば一鬼はインディゴに匹敵するだけのものを持っているが、如何せんミサイルを利用されては分が悪かった。

ブルー・シャーマンが言う通りに肋骨がインディゴを拒絶してくれなければ、疑いようがない程に明確な敗北を喫することになる。




「やはりと言うべきか……近代兵器も反応さえできれば怖くは無いな。これに反応できないようでは、やはり人間の程度は知れている」


「……反応できても回避が間に合わないだろう」


「そうだな。だが、私は回避する必要が無い……全て滅ぼせるからな。人間がここまでの兵器を生み出したのには素直に感心するが、やはり超越者からすれば玩具だ。核兵器ですらも、玩具でしかない」


「ブルー・シャーマン……それって凄く傲慢だと思うんだけど。核は一つの町なんて簡単に消せるのに……」


「超越者はそういうものだ。その程度で驚いていては、他の超越者に会った時に身が持たんぞ」


「……超越者、か。俺もいつかその領域に辿り着きたいものだ」



 ブルー・シャーマンの言葉に驚かされながらも、一鬼はそう言った。


愛梨の言う通り、ブルー・シャーマンの言っていることは弱者からすれば酷く傲慢だ。

核兵器ですらもどうにかできてしまうという超越者にとっては、上級妖ですらも道端の石ころ程度の存在でしかないのだろう。

それ程に絶望的な差が彼らの間にはあるのだ。一鬼を八尾相当の力だとすれば、ブルー・シャーマンは最低でもその十倍……下手をすればそれ以上の力を持っている。


 一鬼はそんな力を持ち、絶対的な精神力を持つ超越者に憧れた。

どんな苦痛にも歪まない精神力を持ち、何処までも真っ直ぐに生きるその姿に、彼は共感を覚えた。

彼もまたそうやって生きたいと何度考えたことか。何度それを無理だと諦めたことか。

その世界に踏み込めた時、きっと彼は救われる。今までの苦しみから、虚無から解放される。


 だから、生きたい……心から彼はそう思った。




「……くく、はははは! はははははは!! まさか、そのような台詞を聞ける日が来るとは思わなかったぞ! 安心しろ……お前は誰よりも世界に愛された存在だ」


「それは、どういう意……っ!!」


「インディゴなど、所詮は一時的に『彼』の力の鱗片を借りたに過ぎない……この程度が限界か」


「空に打ち上げるタイプのミサイル?……この距離なら、直接打ち込んだ方が速い筈だ。何故、上に……?」


「核、だな……奴はこの町ごと我々を消すつもりだ」



 一鬼はブルー・シャーマンの言葉に驚きながら、しかし内心それを肯定した。


彼の感覚もそれを訴えかけている……彼がこのままでは死ぬことを、必死に知らせている。

心臓が再び熱を持ち、明確な死のヴィジョンを彼に齎しているが、それもブルー・シャーマンの傍ならばかき消せるだろう。

だが、ブルー・シャーマンの傍に居ない羽月や美空はどうなる? 家で帰りを待っている明はどうなる?


皆死んでしまう……彼が守るべき者が、彼が居場所を与えてくれた者が、この世から消えてしまう。

彼にはそのようなことは耐えられない。守らねばならない……だが、どうやって?

彼には数十の核ミサイルを止める手段などない……ブルー・シャーマンを以てしても、そのようなことは不可能だ。


 全てが一ヶ所に留まっているのならばまだしも、そうでなければ、全てを捌くことはできない。




「……しかし、それも無駄なことだ。『彼』が動いたぞ」


「なっ!?……ぐっ!?」



 だが、次の瞬間空に打ち上げられた数十のミサイルが横からそれ以上の速度で飛来した何かによって突如紫炎に包まれた。

唖然として見守る一鬼を他所に、そのままミサイルは灰となり、消えていく。

それとほぼ同時に世界が揺れたのかと錯覚する程の圧倒的な存在感を感じ、彼はよろめいた。

それを静かに受け止めるブルー・シャーマンに揺らぎはなく、寧ろ喜んでいるようにすら見える。


 一鬼は世界が狂う程の圧倒的な気配に対して、吐き気すら感じていた。

今まで感じた怨念とは圧倒的に質も量も異なる……先日彼を襲った怨念すら可愛く思える程の、絶対的な量の怨念だ。

しかし、それに対して同時に彼は何処かで懐かしさを感じており、その矛盾が更に彼の気分を害する。

どうにか意識を失わないように注意して、彼は愛梨の様子を確認した。




「愛……!?」


「っ……あ……う……」



彼の腕の中に居る彼女は、体をあり得ない程に震わせて彼にしがみついていた。

その金色の眼は濡れており、そこから大量の涙が溢れだしているのが、彼には見える。

相手は、八尾相当の力を得ている一鬼ですら意識をやりそうな程に圧倒的な存在なのだ。

半妖でしかない愛梨など、ショック死していてもおかしくない。


 そういう意味では、彼女は良く耐えていた。




「ブルー・シャーマン! 愛梨が!」


「安心しろ。お前が傍に居る限り、愛梨は壊れない……光は闇を打ち消す。お前が居る限り、『彼』も壊れない……光は闇の裏となる。彼は我々に害をなすようなことはない。ただ―――」




 ブルー・シャーマンは楽しそうにインディゴの居るであろう方角を見ると、続けた。




「超越者でないにも関わらず、超越者を名乗った者に対して罰を与えに来ただけだ」



 その声に多大な尊敬と信仰が見え隠れするのを感じながら、一鬼はただ愛梨を抱きしめる。


彼女の心が恐怖で壊れてしまわないように、彼もまたその圧倒的な存在に呑まれてしまわないように。

ブルー・シャーマンですら赤子のように思えるその圧倒的な存在感に彼は恐怖と懐かしさを覚えていていた。

そして、同時に心臓に宿る熱を彼は感じていた。圧倒的な何かに呼応するように心臓はあり得ない速度で拍動する。


 それに伴う激痛に耐えながら、彼はただその場に居た……何もできなかった己の無力さと、混沌とした何かに耐えながら。






 そして、次の瞬間―――インディゴの気配はこの世界から消えた。











 インディゴは、今現在己が置かれた状況に驚いていた。


 一度は酷く追い詰められ、宿主ももはや使い物にならなくなったと思える程だった処を、彼は抜け穴を利用して超越した。

彼はそうであることを疑っていないし、今その体に満ちている圧倒的な量の力はそれが正しいことを示している筈だ。

しかし、それを同じ超越者である筈のブルー・シャーマンは嘲笑し、思い違いだと言った。


 それを否定し、己が超越者になったことを証明すべく彼は今絨毯爆撃を行っている。

ミサイルを利用して一気に十キロ程先にある山頂まで後退した彼は、現在スコープを想像し、一鬼達の様子を確認していた。

度重なるミサイルによる絨毯爆撃をものともしない彼らに対して、インディゴは改めてブルー・シャーマンの恐ろしさを思い知る。


 口では己が上だと言って見せたものの、インディゴは絶対にブルー・シャーマンとまともに戦おうとは思わない。

こうして相手が手出しできない領域から攻撃するくらいしか、彼には抵抗の手段がない。

そう、対抗ではなく抵抗だ……彼には、蒼炎の超越者を倒す術がないが、その逆は存在する。

だからこそ、彼はこうしてその倒す術を使用されないように遠くから攻撃をしているのだ。




「……流石は、『彼』が贔屓した超越者……実に恐ろしい」



 口では賞賛しながらも、インディゴは内心ブルー・シャーマンを忌まわしく思っていた。


その圧倒的な能力と精神力故に、紫炎の超越者に選ばれた者……その気になればインディゴが為そうとしたことも簡単にできるのだろう。

その能力故に彼はブルー・シャーマンに嫉妬し、同時にその能力を欲する。

だが、ブルー・シャーマンの能力は飽くまでその過去が生み出した固有のものであり、彼にも再現できない。


 彼に理解できないものである已上、彼には再現することなど到底できなかった。

その点、彼が再現したいと願う紫炎は彼にも理解できるもので、再現も不可能ではないと思われる。

ただその為にはもっと多くの血が必要だ。千処ではない、万にも億にも及ぶ可能性を食わねば、再現できない。

今のままでは余りにも力が足りないことを、彼は理解していた。


 それを手っ取り早く得る為には同じ『虹色の肋骨』を倒し、その心臓を潰せば良い。

だが、肝心の虹色の肋骨も既に一体脱落しており、二体は手が出せず、二体はまともな養分にすらならない。

となれば、必然的に彼が狙うのはそのどちらにも当てはまらない緑色の妖のみになる。

しかし、それを狙うにしてもブルー・シャーマン達が傍に居る限りままならなかった。


 近代兵器では倒せはしても、心臓を握りつぶせない為、肝心の怨念は得られない。

上手い具合に手加減できれば良いが、それを許す程絶対強者は弱くは無い為、彼は人間を糧にするしかない。

今のインディゴでさえも、身体能力そのものは一鬼よりも劣る。

機動力においては同等かもしれないが、それは単に逃げ足が速いだけで、他の部分はからっきしなのだ。


 まともに殴り合えば彼は碧にも一鬼にも勝てない。




「……埒が明かんな。すぐに終わらせる」



 インディゴは静かに呟くと、その宇宙から数十もミサイルを生み出し、射出した。

それも、今まで射出してきたただのミサイルではない……近代壁の中でも最強最悪の兵器である核ミサイルだ。

元々インディゴは米国に生息していた妖だ。その気になればそういった兵器に触れることは不可能ではなかった。

彼はいくつもの兵器を見てきたが、その中でも核ミサイルは他とは比較にならない威力を持っている。


 半径数キロを吹き飛ばすその威力は伊達ではなく、五発もあればこの町は完全に更地になるだろう。

だが、その程度ではブルー・シャーマンに止められてしまうかもしれない。

だからこそ、インディゴは数十の核ミサイルを拡散して発射することにしたのだ。

流石のブルー・シャーマンも機動力が足枷になって、その全てを捌ききることはできない。

いくら一鬼がその機動力を補おうとしても、ブルー・シャーマンの宿主が半端物である半妖である已上、機動力は限られるのだ。




「消えるが良い……何もかも」



 インディゴにとって、選ばれし子などどうでも良い。


彼はただ夜空に浮かぶ星々に手が届くのを夢見ただけで、超越者の役目などどうでも良いのだ。

そんなものに興味はないし、彼はそんなものに意味を見出す他の超越者達を理解できなかった。

己が夢を追求すれば良い筈なのに、光に群がってそれを独占する為に他者を排除するという行為が、彼には理解し難い。


 ただ、彼は世界の理を捻じ曲げるその力に惹かれただけだ。

彼はただ超越者の長たる紫の妖の強さに、その力に惹かれたに過ぎない。

それ以外には興味などなかったし、そもそも彼が欲しいのは星々に辿り着く能力であって、破壊の力ではないのだ。

それも、もうすぐ十二分に貯められる……今の彼ならば、力を蓄えれば再現できる筈だった。

しかし、インディゴは知らない。超越者は何が許されて、何が許されないのかを。


次の瞬間……インディゴの考えを否定するかのように、藍色の空を何かが一閃し、切り裂いた。




「なっ!?」



 一瞬で藍色の空に浮かんでいた数十の核ミサイルが紫炎に包まれ、そのまま灰になっていく。

その様をインディゴはただ驚いて見守るのみで、何が起きたのかまるで理解できなかった。

空を一瞬切り裂いた何かは速過ぎて彼の眼には捉えきれず、しかしそこから紫炎が彼に一つの事実を突きつける。

それはあり得ない筈だった……彼が怒りを買う筈がなかった。


 しかし、降り注ぐ灰がそうではないと告げている。

そこに追い打ちをかけるように現れた圧倒的な存在の気配が、彼に残酷な現実を突きつけた。

空が悲鳴を上げ、闇が揺らぎ、世界を怨念が駆けていくのを感じ、彼はその場でただ唖然とする。

二度と感じることはないと思っていた圧倒的な存在感が、重過ぎる怨念が、再びこの世界に君臨した。


 紛れもなく、彼がかつて憧れた一人の超越者が、そこに居たのだ。




「インディゴ……超越者を名乗る出来損ないよ。超越者を名乗り、暴れまわった気分はどうだ?」


「う……あ……」


「さぞ気分が良かっただろう? 我々超越者と肩を並べたと錯覚できたのだから、そうに違いない。しかし、分かっているな?……『私達』はお前と肩を並べていない。お前は、扉を開けられなかったのだ」


「な……ぜ……」


「何故……? 分からない筈が無かろう。私が何かを滅ぼす理由はただ一つ―――私の信念の為だ」



 インディゴはただただ、驚きに目を見開いて真正面からゆっくりと近づいてくる存在を見続ける。

夜空の如き藍色の髪に、何一つ濁りの無い澄んだ紫色の瞳、そして……その全身から溢れ出す圧倒的な死。

彼を見た誰もがその圧倒的過ぎる存在感に、強過ぎる力に、重過ぎる怨念に叫び、恐怖し、その果てに死ぬだろう。


 事実、インディゴは一歩も動けず、蛇に睨まれた蛙のようにただ目の前の相手を見続けることしかできない。

圧倒的な死のイメージに、彼は無意識の内に全身が震えていることに気付いた。

意志の強い弱いの問題ではなく、これはもはや生まれついての格の問題だ。生まれた瞬間に決定する位階の差だ。

ただ単純に格が違い過ぎるが故に、彼は動けない。抗えない。抗っても無意味だと分かってしまう。




「インディゴ……贋作の妖よ。お前は私の守るべき存在を傷つけた。私にとってお前は間違いなく敵だ。疑いようがない明確な標的だ。覚悟はできているだろうな?」


「いや……だ……私は……」


「何を言っても無駄だ。お前をここで逃がしても、すぐにまたぶつかる。だからこそ、今殺す」


「や……やめ……!」


「覚悟の足りなかった半端者よ……お前は選択肢を間違えたのだ」




 次の瞬間―――インディゴの意識は途絶えた。














 インディゴの気配が消えた……それも、ただ居なくなったのではなく消滅、だ。


 そのことにただ一鬼達は驚くしかなかったが、とにかく羽月達と合流することにした。

既にインディゴを葬ったであろう圧倒的過ぎる気配は消えている為、その間に退くことにしたのだ。

最初は追い詰めることも不可能ではないと踏んでいた今回の藍色の妖討伐も、蓋を開けて見れば結果は散々なものだった。

インディゴを倒せず、宿主を見殺しにし、そして最後は紫の妖であろう圧倒的過ぎる何かがそれを全て終わらせたのだから、彼らはただ今目の前に広がっている死をまき散らしたに過ぎない。


 一鬼は未だに震える愛梨を抱えたまま一鬼は血と炎放つ独特なの匂いがこびり付いた町の中を歩いていた。

既に彼の左腕はほぼ完全に回復し、背中に負った若干の火傷もすぐに治るであろうことが分かる。

彼はこの二週間程度で凄まじく強くなった……それこそ、何十万倍にも強くなった筈だった。

それでもインディゴを倒せなかった。この惨状を生み出す余裕を与えてしまった。


 一鬼は己の無力さを呪い、そして己に宿った妖が碧であることを疎ましく思った。

彼とブルー・シャーマンならばもっと上手くやれた。インディゴを確実に倒し、今だに町を焼いている炎も恐らく生まれることはなかっただろう。

宿主を食らう前のインディゴは一鬼の速度に対応はできていたものの、機動力は圧倒的に劣っていた。

その段階でブルー・シャーマンとぶつけることができれば、間違いなく勝てたのだ。


 だというのに、今の惨状を生み出してしまった……彼と碧がインディゴを追い詰めたが故に、ここまで来てしまった。




「……我ながら、無様だ。ブルー・シャーマン達を待てば、こうはならなかった筈だ。俺が下手にインディゴの相手をしなければ。もっと上手くやっていれば……こうはならなかった。本当に、無様だ……」


「……私が辿り着けば、どちらにしろ奴は同じことをしていただろう。己を責めても何も変わりはしない。寧ろ、非があるとすれば今引っ込んでいる殺戮者の方だ」


「碧に非がある……? どういうことだ?」



 一鬼はブルー・シャーマンの言葉の意味するものを理解しきれず、思わず聞き返した。

彼が碧に不満を抱いていることは確かだが、その幾つかはブルー・シャーマンと比較しているが故のものだ。

彼女は単体で見れば十二分に全ての能力が高いし、一鬼の足手まといになるような要素はそうない。

ただ一つ、絶対強者にあるまじき精神の不安定さが、今回彼の足を引っ張ったのは確かだ。


 しかし、逆に言えばそれ以外は然程彼にとって足手まといではなかった。




「私の能力が、不完全ながらもインディゴとお前の戦いのことを教えてくれている。私からすれば、幾つものミスをしたのは殺戮者の方だ。実際、何度か奴の頭部を潰す機会はあったが、奴は判断を誤った。お前は気付いていた筈だ……だが、奴はそれに気付かなかった。そのセンスの差が、この事態を生んだのだ」


「……だが、俺がそのことをもっと早く伝えていれば」


「その暇があれば、それもできただろう。しかし、戦いの中では常に思考と勘を研ぎ澄ませなければならない。そもそも、実戦経験が圧倒的に足りないお前に、百戦錬磨である筈の奴が勘で劣るのは致命的だ。奴がお前の足を引っ張ったのだ……それは忘れるな」


「……」



 一鬼はブルー・シャーマンの言葉に素直に頷けず、インディゴとの戦いを反芻した。

確かに所々で碧は彼の足を引っ張ったが、それは彼の方も同じだ。

彼女が居たからこそあそこまでできたのだと彼は考えているし、一人ではもっと苦戦しただろう。

ブルー・シャーマンが碧を敵視していることも、碧がブルー・シャーマンを嫌っていることも、彼も知っている。

その好き嫌いに流されてやる気は、彼にはなかった。


 あの時あの場所に居たのが一鬼とブルー・シャーマンであったのが理想的であったのは間違いない。

しかし、それは飽くまで理想的な状況でしかなく、実際の戦いはいつも突然始まる。

今回に限っては、分担を決めたのは一鬼なのだから、この状況を生み出した原因もある意味彼だ。

そのことは忘れてはいけない。今彼が感じている痛みを忘れてはいけない。


 愛梨や羽月達がそれを忘れることを彼は望むが、彼自身は絶対にこの日を忘れないと誓う。

この惨劇が一年前の事故を想起させるのは明白で、一鬼はそれを引き起こした原因の一旦を担ったことに苦しみを覚え、同時にそれで良いとも思った。

彼らが痛みを背負う必要は無い。彼だけがこの痛みを背負い、向き合い、怨念を背負う。

妖である彼こそがその責任を負うべきだ……その重圧に耐えるだけの力がある彼が、背負うべきだ。


彼はそう自己完結すると、静かに一つ溜息をついた。




「選ばれし子よ、お前が今何を考えているか当ててやろうか?」


「いや、良い。どうせ小言をくれるのだろう?」


「勿論だ。お前は周りの者を甘やかし過ぎる……誰かを傍に置くのならば、お前についていける者達を選べ。『我々』はいつでも待っている」


「……有難い話だが、それとこれとは話が別だ。これは俺の信念の問題なんだ。全てを片付けるまでは、この町が……皆が居るここが、俺の居場所だ」


「……そうか」



 静かにブルー・シャーマンは頷くと、そのまま黙り込んでしまった。

一鬼はそれに内心驚きながらも、同時にブルー・シャーマンの言葉がどういう意味を持っているかを考えてみた。

ブルー・シャーマンの言う『我々』とはどういう意味なのか……それが彼には引っ掛かる。


愛梨とブルー・シャーマンが待っている……というのは話の流れを考えればあり得ない。

一鬼の能力についていける者についての話をしていたのだから、当然その『我々』に含まれるのは純然たる妖でなければならず、愛梨はその候補から外れている。

確かに愛梨は良くついてきてくれているが、やはり妖の世界では生まれの差というものは大きく出てしまう。

半妖では絶対に妖には勝てないし、ついていけない。


 一鬼はこれからもっと強くなる。より本来あるべき姿へと近づいていく。

その圧倒的な速度に愛梨はついていけない。彼の変化に彼女の心が追いつかなくなる。

ブルー・シャーマンはそれを知っている筈だし、知りながら強要するような輩ではない。

ならば、その『我々』という言葉に含まれているのは蒼炎の超越者以外に誰が居るのだろう?

一鬼はそこに未だ彼が知らぬ何かの存在を感じ、過去を知ることの重要性を改めて感じさせられることになった。


 全ては彼の過去に関係している筈なのだ。




「! あそこか」



 一鬼は周りに誰も居ないことを確認すると、すぐに目的のビルの屋上に向かって跳躍した。

彼の予想通り、そこで待機していた羽月達は突然戻ってきた彼に対して驚きの眼を向ける。

いきなり戻ってくるに飽きたらず、跳躍で戻ってきたのだから、それは驚くだろう。

一鬼も立場が逆だったならば驚いていたかもしれない……それが現実になることはないが。

妖であるのは彼であって、羽月と美空は人間でしかない。




「羽月、あれから何も変わりはないか?」


「ああ、俺達はずっとここでポツンと待っていたよ。お前らは……相当派手に戦ったみたいだな」


「……ああ、お蔭で相当な被害が出た。もうこの町も暫くの間は閉鎖されるだろう」


「閉鎖、か。確かにこんなテロ紛いの事態に陥れば、そうなるかもな。それで、藍色の妖は?」


「……死亡は確認した。だが……やったのは俺達ではない」


「……は?」



 一鬼の言葉の意味することを理解できていないらしい羽月に、彼は何と説明すべきか悩んだ。

彼もその眼でインディゴの死を確認した訳ではないし、ただ妖特有の感覚がそれを知らせているに過ぎない。

それが間違っている可能性もあるだろう。完璧な感覚などそうそう存在しないのだから。


 しかし、今回に限って彼はそれを確認できた。

インディゴなど比べ物にならない圧倒的な怨念を感じさせた存在が、インディゴを殺したのだ。

そう断定できる程にその存在は間違いなくそうすると、何故か彼には分かった。

その理由を説明できないことに歯痒さを感じるものの、彼は己の感覚を信じている。

間違いなくインディゴは死んでいる。紫の妖が殺した。




「信じられないだろうが、恐らくは紫の妖がやった。この目で確認した訳ではないが、ブルー・シャーマンもそうだと言っている」


「……どういうことだ?」


「佐藤羽月、この子の言う通り藍色の妖は紫の妖が殺害した。私は青の席を授かった超越者として、その言葉が正しいことを保証しよう」


「おいおい……それじゃあ、なんだ? 紫の妖様が俺達の代わりに人間に有害な者を始末してくれたってことか?」


「それは少し違う。『彼』は藍色の妖が超越者の名を軽々しく使ったからこそ……そして、大切なものを傷つけたからこそ、倒したのだ」



 ブルー・シャーマンが怒気を感じさせる声でそう言うのと同時に、その体を纏う蒼炎が大きく揺れた。

まるで怒りに呼応して炎が揺れているかのようで、しかしそれが熱を持たないことを一鬼は知っていた。

ブルー・シャーマンの纏う蒼炎は飽くまで『境界』の蒼炎が漏れ出して可視化したものでしかなく、実際の熱は『境界』に閉じ込められている。


 ブルー・シャーマンはこの世界においては単純な能力においては七尾相当の力しか持たず、その本領は生と死の境目にある『境界』で初めて発揮されるのだ。

事実、その能力は凄まじいもので、『境界』に引き込まれた物全ては現実世界での時間を失い、『境界』で死を迎えることで灰となり消えていく。

ブルー・シャーマンは半径五メートルにおいて一瞬でその能力を扱え、しかも不死身だ。

一鬼や碧のような近接タイプにとっては相性最悪の敵であろう。


 そんなブルー・シャーマンではあるが、味方になれば恐ろしい程に頼もしい。

碧は敵視しているが、一鬼と羽月はブルー・シャーマンの能力や精神を高く評価し、寧ろ尊敬すらしている。

その言葉には確かな重みがあり、事実があり、偽りはない。

確かにブルー・シャーマンは多くを語りはしないが、その言葉は全て事実に基づいているのだ。


 そんなブルー・シャーマンの言葉に対して、羽月は酷く困惑した表情を見せながらも、納得するしかなかった。




「良く分からんが、紫の妖の大切なもの?……に関しては意味は分かる。だが、超越者の名に関してはどういうことか説明して貰えるか?」


「ああ、藍色の妖は宿主を食らって受肉した。その際八尾の五倍近い力を示した訳だが、それを奴は超越したと勘違いしてな……超越者を名乗った訳だ。しかし、我々超越者は皆同類を感知できる……すぐにそれが間違いであると分かった」


「……成程。要は、勘違い野郎に引導を渡してきた訳かい」


「そういうことだ」


「しっかし、そんなことで引導を渡すなんて、以外と超越者様も懐が狭いんだな」


「寧ろ、懐が広いと思うことが間違っているのだ。超越者は己が信念の為に存在し、それに敵対する者には容赦しない。藍色の妖はまさにそれだった訳だ」



 ブルー・シャーマンの言葉に一鬼は内心同意した。

確かに超越者であるブルー・シャーマンも己が信念に敵対する者には容赦しないだろう。

本人や碧がそれを明言していたし、彼も超越者はそういうものだと考えている。

超越者は基本的に他者に関与しないが、己が信念に敵対する場合は容赦しない。

だから、今回のインディゴに関してもそれが当てはまるのだろう。


 ただ、紫の妖の大切なものが何なのかは、彼には良く理解できなかった。

彼の予想では、その大切な何かは恐らく紫の妖の宿主あたりだろうと踏んでいる。

インディゴと彼らの戦いに巻き込まれたのかもしれない……だが、それを考慮すればどうやって紫の妖が辿り着いたのかが分からなくなる。

傷つけかけたならまだしも、ブルー・シャーマンは『傷つけた』と断定した。

その筋から考えれば、インディゴが紫の妖の宿主の親族を殺害したという可能性もあるが……そこまで考えればキリがない。


 一鬼は紫の妖のことは後回しにし、美空と話をすることにした。




「美空」


「……」


「?……美空?」


「あ……う……」


「美空、何をそんなに怯え……て……」



 怯えを多大に含んだ黒目を見た一鬼は何事かと言葉を紡ごうとし、気付いてしまった。


美空が見ているのは彼ではなく、彼の後方に存在する圧倒的な気配の持ち主であることに。

先刻消えた筈のその気配が再び現れたのだ……それも、先程とは比べ物にならない近距離に、だ。

しかし、一鬼はその気配に既に慣れ始めていた。

確かに圧倒的過ぎる存在感と、世界を捻じ曲げ惣な程に多量の怨念が渦巻いていることは人間の正気を奪いかねないだろう。

だが、そこに殺意が存在しないことに彼は気付いた。


 だからこそ、振り返ったのだ。

何の躊躇いもなく、インディゴを葬ったであろう者が居る筈の場所に目を向けたのだ。

彼は相手がどんな姿をしていても、どんなに圧倒的でも、彼は真直ぐ見据える覚悟をした。

死の覚悟をする必要が無いだけ、宿主を取り込んだ状態のインディゴと向き合うよりも楽だと己に言い聞かせ、彼は振り返る。

だが、すぐにそれは驚愕へと塗り替えられてしまう。




「……俺と、同じ髪の色?」


 そこに居たのは、一鬼と同じ藍色の髪の毛を持つ男だった。



いや、それだけではない……顔の形も、その目つきも、とても似通っている。


ただ、その鋭い紫電の眼と、全身から溢れ出す圧倒的過ぎる存在感が、二人の間にある絶対的な差を示していた。

闇そのものなのではないかと錯覚する程に濃く、絶大的な量の怨念が凄まじい重圧を与えてくる。

しかし、一鬼はそれにも耐える……一度目は臆したが、二度目ならば耐えられるのだ。


 一つ深呼吸をし、一鬼は他の者達の様子を確認しようとして、再び驚愕した。

腕の中の愛梨はやはり恐怖に怯えているが、それは想定内である為、彼も驚きはしない。

だが、人間でしかない筈の羽月はその存在に圧倒されており、ただただ唖然としている。

対して、恐怖の余り美空はその場にへたり込んでいた。

その黒い眼にはただただ絶望と恐怖のみが映り、それ以外の色がまるで見つからない。


 一鬼は現状に驚き、唯一まともに話をできるブルー・シャーマンに目を向けた。

何故か左胸に握り拳を当てているブルー・シャーマンを訝しみながら、彼はそれが意味するものを思い出す。

碧と彼が行った、何かを誓う時の仕草と同じ……己が心臓にかけるという、妖にとって絶対的な誓いを意味する仕草だ。

何故それを今ブルー・シャーマンがしているのかは、彼には分からない。


 しかし、話ができそうな者はブルー・シャーマンくらいしか居ないことに変わりはなかった。




「ブルー・シャーマン……あれが?」


「ああ、彼こそが―――紫の妖であり、紫の鬼であり、最強の超越者だ」


「そうか。あれが―――!?」



 ブルー・シャーマンから紫の妖に視線を戻した一鬼であったが、そこには既に紫の妖の姿は無い。

ハッとしてブルー・シャーマンの方を見遣れば、一鬼とブルー・シャーマンの間に腕を組んだまま紫の妖は立っていた。

一鬼はそのあり得ない速度に戦慄する。

マッハ八を超える弾道ミサイルすら視認できた彼の眼がまるで反応できなかったのだ。


 一鬼がブルー・シャーマンから眼を離した隙に、紫の妖そこにやってきたということは分かる。

だが、それならば一鬼の眼はその動きを捉えていなければおかしいのだ。

だというのに、彼には全くその動きを捉えることができなかった。移動したことにすら気付けなかった。

それだけ両者の間には絶対的な差が広がっている……そういうことだと、一鬼は分かってしまう。


 今の彼は、紫の妖からすれば地を這う虫けら程度の力しか持ち合わせていないのだ。



「ブルー・シャーマン、良く今までこの子を守ってくれた。やはり、お前こそ私の唯一認める守護者だ。もう隠す必要もあるまい……今後は、私の名をこの子達の前で話すことを許可する」


「有難い言葉だ……実はかなり窮屈だったのでな。素直に受け取っておこう。しかし、安心するのはまだ早い……」


「ああ、分かっている。まだ―――」


「しぃぃきぃぃいいい!!!」



 紫の妖が話し終わるか否かのタイミングで、突如実体化した碧が紫の妖に殴り掛かった。


一鬼はその様に一瞬驚いたものの、すぐさま碧が紫の妖に対して復讐を誓っていたことを思い出す。

同時にこの圧倒的な威圧感を前にして動けた彼女に対して、戦士としての評価を若干上方修正した。

だが、同時に実力差を理解している彼は、そんな碧の行動が無茶なものであることが分かってしまう。


 純粋な能力値ならば既に碧を上回りつつある一鬼ですら反応処か目で追うことすらできなかったのだ。

それ以下の碧では勝負にならないことは明白で、自殺しに行くようなものだろう。

事実、碧のその行動を前にしてもブルー・シャーマンと紫の妖は微動だにしない。

いや、動く必要性すら感じていないのだ。




「こいつ達が残っている」


「がっ!?」


「っと……!?」



 案の定、碧は一瞬で吹き飛ばされ、一鬼はそれを受け止めた。

本気で踏ん張ったにも関わらず数メートル後退してしまったことに、更には紫の妖の動きがまたもや見切れなかったことで一鬼は度重なる驚愕に襲われる。

今のも紫の妖がその気になれば、碧は心臓を貫かれるか頭部を潰されて死んでいただろう。

それ程の隔絶した差が両者の間にはあるのだ。今のは、それを示す為の威嚇に過ぎない。


 一鬼は内心圧倒的過ぎる差に戦慄しながらも、腕の中で咳き込む碧の様子を確認した。

口から血を吐いており、恐らく内臓に重い一撃を貰ったであろうことが分かる。

余程痛いのだろう……眼尻に若干の涙を浮かべながら、碧は一鬼の肩を掴んで暫くの間咳き込み続けた。

それを見守りながら、一鬼はゆっくりと顔を上げ、彼を見守っていたブルー・シャーマンと紫の妖と向き合う。


 その赤い眼に確かな意思を宿して、彼は紫の超越者と相対した。




「貴方が、紫の妖……ブルー・シャーマンが言っていた最強の超越者か?」


「そうだ。私が、最強の超越者……名を紫鬼という。紫の鬼と書いて、紫鬼だ」


「紫鬼……紫の……鬼?」


「そうだ。一鬼……最後の鬼よ。良くぞ生きていてくれた……我が弟よ」


「――!?……なん……だと……?」



 一鬼は一瞬、紫の妖……紫鬼が何を言っているのか良く理解できなかった。


今、紫鬼は確かに彼を弟だと言った。その圧倒的な存在感と圧力に似合わぬ優しげな笑みで。

その紫電の眼に一切の敵意を映すことなく、彼を見据えてそう言ったのだ。

しかし、彼にはそれを素直に受け入れることなどできる筈もなかった。

何がどうなっているのか分からず、彼はただ紫鬼が続きを話すのを待つ。


 それを察知したのか、紫鬼はそのまま流れるように言葉を続けた。




「我々は同じ親を持つ、正真正銘の兄弟だ。一鬼、お前も感じている筈だ……我々の中で燃え盛る鬼火を」


「鬼……火?」


「そうだ。その傷から溢れ出す熱こそが、その証……他の妖にはない、我々にのみ許されたものだ。見るが良い……これが私の鬼火だ」


「っ……!!」



 紫鬼の言葉に合わせて現れた紫色の炎はそのまま形を変えていき、やがて人型の鬼になった。


それの額に部分から突き出した一本の角が、伝説上の存在である鬼を想起させる。

機械じみたその造形は鎧のようにも見え、それが動いた瞬間に一鬼は思わず身構えてしまう。

眼のような部分はあるものの、そこからは何も伝わってこない。

その虚無さに、一鬼は己自身を見出して思わず身構えてしまったのだ。


 そんな彼を見守るように微笑む紫鬼の方を見遣ると、紫炎の鎧はそこから消え去った。

一鬼は静かに碧を離すと、そのままゆっくりと紫鬼とブルー・シャーマンを交互に見遣る。

そのどちらもが嘘をついているようには見えず、恐らく今語られたことが事実であろうことを表している。

しかし……しかし、だ。このような形で己の血族に出会うことになるなど、彼は予想だにしていなかった。


勿論誰にもそんなものは予想できなかっただろう。

一鬼は愚か、ブルー・シャーマンですらこのような事態になることは予想できていなかった筈だ。

しかし、ブルー・シャーマンは既にこの状況を受け入れ、静かに佇んでいる。

己が宿主である愛梨が恐怖に震えている傍で、ただただ紫鬼と一鬼の様子を見守っているのだ。

そこに歪さを覚えるものの、超越者の在り方を理解している彼は、指摘する気にはなれなかった。


 結局愛梨はブルー・シャーマンの信念において、守るべき者ではないというだけだ。




「今はまだ使えないだろうが、すぐに理解する筈だ。鬼火のことも……お前の出生のことも。ブルー・シャーマンの能力で過去を知れ……それが最も早く、誤解のない方法だ。私達やその殺戮者の主観の入り込まない、純然たる事実を見て判断しろ。私達はお前に余計なことは言わない……事実を知れ。その上で決めるのだ……何を守り、何を排除するかを」


「そういうことだ。選ばれし子よ、今日はもう休め……明日に備えて」


「ふざ……け……ない……で」


「……殺戮者。私は、お前が過去にしたことを許した訳ではない。今回見逃すのは、一鬼の為だ。お前を守ろうとしたその子の意思を汲み取ってのものだ。同じ過ちを犯そうというのならば、今ここで消すぞ」


「っ……くぅ……うう」



 よろめきながらも紫鬼を睨みつける碧であったが、圧倒的な殺気を叩き付けられ、そのまま閉口してしまう。

その眼に宿る復讐心は本物だが、如何せん能力に差があり過ぎる。

一鬼の眼でも、紫鬼の動きを目で追う処か捉えることすらできないのだ。

現在の一鬼以下の能力しか持たない碧では、動きを追うことすら叶わないであろうことは容易に想像できる。


 しかし、それでも立ち向かおうとする意志があるのは間違いなく賞賛に値すると、一鬼は思った。

緋蓮が碧に挑もうとするのと同じように、碧が紫鬼に挑もうとするのもまた、能力差故に無謀なことなのだ。

それでも碧は諦めを見せない……必死に追い縋ろうとしている。

彼女のそんな姿に一鬼は尊敬を覚え、同時にその因縁の正体を知らねばならないと感じた。


 全ては彼の出生に関わっている……それを知らねば、何も決められない。何も選べない。何も捨てられない。




「……本当に、全て分かるんだな? 明日……碧のことも、超越者達のことも……俺自身のことも」


「ああ、分かる。ブルー・シャーマンの能力はそういうものだ。お前が何故生まれたのかも、何故その殺戮者が我々を憎むのかも、全て……」


「……分かった」


「良い子だ。それと、私は今後お前達と敵対するつもりはない……もしもの場合を除いては、な」


「もしもの……場合?」



 紫鬼の言葉に一鬼は違和感を覚えた。

現在敵対するつもりはないが、もしもの場合は敵対すると明言するのは、確かに己の立場を示すのには良いだろう。

実際、圧倒的な能力を持っているであろう紫鬼がそれを明言すれば、表だってそれに刃向う輩はそう居まい。

だが、逆に言えばそれ以外のことならば見逃すと言っているにも等しい訳だ。


幸運にも、紫鬼の禁止することから外れたものが目的である者にとっては都合の良い言葉だろう。

表だって暴れることを許されたも同様なのだから、暴れない筈がない。

しかし、それは同時に紫鬼が本当は何処まで許すのかを見極めなければできないことだ。

そもそもその言葉自体が誘いであり、乗せられた者を滅ぼすという策である可能性もある。


 超越者は己が信念に敵対する者を許さない……それを見極める為の餌である可能性を考慮せねばならないのだ。




「私はお前を害する者全てを排除する……それは、今ここに居る全ての者に対して言えることだ。例えブルー・シャーマンであろうとも、な」


「ふっ……そうでなくてはな。私も、お前がその子を害するようなことがあれば、排除しよう」


「当然だ。それができなくて、何が超越者か。二度目の失敗は許されない」


「……何を、言っている?」


「今はまだ分からずとも良い。明日だ……明日全て分かる。お前はその時まで羽を休めていろ。名残惜しいが……そろそろ私は行く。また会おう……」





 煌々と光を放つその紫電の眼を細めると、紫鬼はそのまま消えた。

やはりと言うべきか、注視していたにもかかわらず一鬼はその動きを捉えることはできず。気配を感じることすらできない。

いや、気配そのものは感じている筈なのだ……ただ、それが圧倒的過ぎるだけで。

半径百メートルという狭い範囲全てを埋め尽くしてしまうが故に、彼はその場所を正確に感知できないのだ。

一つ溜息をつくと、彼は周りを見渡した。


 未だに辺りに上がる煙に、所々に飛ばされた列車、誰かの叫び声、そして鳴り響くサイレン。

酷く非現実的な状況の中に彼は居て、それを作り出した原因の一旦を担ったのも彼だ。

愛梨は紫鬼が去った今も恐怖に震え、羽月も未だに硬直から抜け出さない。

美空に至っては、もう今にも発狂しそうな程だ。




「ブルー・シャーマン、愛梨を頼む……」


「……分かった。しかし、今日はそちらにお邪魔させて貰うぞ。愛梨には、紫鬼の怨念は強烈過ぎる。お前が傍にいてやらねば、立ち直れない」


「……それは困るな。分かった。ご両親には俺から話しておく」


「頼んだぞ」



 愛梨を抱えると、ブルー・シャーマンは静かに一鬼にそう告げた。


蒼炎の超越者にとって、愛梨という少女は飽くまでも己が存在を保つ為の存在に過ぎないことを、一鬼は知っている。

だが、それでも構わなかった。少なくともブルー・シャーマンは、己の存在を保つ為に愛梨を守ってくれるのだ。

勿論インディゴのように宿主を食らって受肉するという選択肢もあるだろう。


しかし、それに関して一鬼はあり得ないと断言できた。




「ブルー・シャーマン……俺達に移植された肋骨というのは……やはり、紫鬼の……俺の兄の、ものなのか?」


「……そうだ。紫鬼の力が……鬼火があるからこそ、我々はこうして実体化できている。仮にただの妖の肋骨を移植した処で、同じことはできん」


「……だが、いったい誰が移植を?」



 そう、一鬼達に移植された肋骨は紫鬼のものなのだ。


ブルー・シャーマンは紫鬼を尊敬し、崇拝し、そして己との間に明確な線を引いている。

憧れはするものの、同化願望などは少しもなく、一体の戦士として、超越者として、守護者として尊敬しているのだ。

そんなブルー・シャーマンがインディゴと同じ道を辿る筈がない。

超越者であるブルー・シャーマンは、そうではなかったインディゴとは違う分岐を選ぶだろう。


 インディゴは超越者に憧れ、超越者になろうとした……その点は一鬼と同じだ。

しかし、インディゴはただ超越者と『同化』することでそれを為そうとした……自ら何かを極めることを放棄したのだ。

インディゴはただ、真似をすることで超越者になろうという、愚かな考えを持っていた。

既存の物を再現するという能力がその精神を強く物語っている。


 だが、ブルー・シャーマンは違う。

既に超越者であり、不死を永遠と刹那を突き詰めた蒼炎の超越者は、模倣を必要としない。

いや、正確には模倣するつもりはないのだ。既に確立している個を崩すつもりが、最初からないのだ。

それこそがブルー・シャーマンとインディゴの最大の違いであり、紫鬼がブルー・シャーマンを仲間だと認めている理由でもあるに違いない。


 一鬼はそう断言できる。できてしまう。


 彼の感性は……第六感とも言うべきそれは、間違いなくブルー・シャーマンの本質を捉えていた。




「まだ現れはしまい……そこまで無謀な輩ではないだろうからな」


「……その口調からすると、心当たりがあるようだな?」


「ああ、ある。だが……そのことは紫鬼に任せろ。良いか……お前は絶対に探そうとするな」


「……分かった。そうしよう」



一鬼は若干の違和感を覚えながらも、ブルー・シャーマンの言葉に頷いた。

そこから伝わる不安と恐怖が、彼を困惑させる。

ブルー・シャーマンが恐れる者など、この世に存在などしない筈だ。少なくとも、彼の感覚はそう告げている。

しかし、同時に彼はその恐怖が存在ではなく事象に向いているのだと理解した。

つまり、ブルー・シャーマンは一鬼達に紫鬼の肋骨を移植した何者かではなく、一鬼がその何者かに接触することで起きる何かを恐れているのだ。


 それすらもが彼の過去に関わっているのだろうと、一鬼は理解する。

既に黒幕は判明しており、その誰かと一鬼が出会うのが不都合だと暗に告げているのだ。

それが意味するのは、即ち彼の過去に関係する何かに違いない。

碧が時折浮かべる罪悪感の籠った表情も恐らく関係している……そこにこそ、紫鬼達超越者と、碧達妖狐の因縁の正体があるのだろう。


 一鬼はそれを明日知る……明日、あるべき姿に戻る。

そこから多くの苦しみがあることだろう。多くの怒りがあり、決意があり、迷いがある筈だ。

それでも、一鬼はその全てと向き合い、変わっていくつもりだった。

全てを受け止め、進んだ果てにこそ、彼が求めるものがあると感じるが故に。




「美空、行くぞ」


「う……に……い……さん……兄さん!! 怖かった……本当に怖かった!!」


「怖かっただろう……済まないな。こんな怖い思いをさせてしまって。その状況では歩けまい。俺が背負って帰ろう」


「あ……その……」


「……気にするな。今更多少汚れても変わらん」



 恐怖に震えながら縋りついてくる美空のズボンにシミができていることに気付いた一鬼は、肩を竦めて美空を背負った。

一鬼でさえも一度目は意識を手放しそうになったのだ……恐怖で失禁してしまっても、何ら恥ずかしいことはない。

発狂していないだけマシだ……必死に彼にしがみついている美空の震えを感じながらも、彼はそう考える。


 美空にとって今日この日は余りにも強烈で、ショッキング過ぎる一日だった筈だ。

一年前の事故を思い出させる町の惨状に一鬼の負傷……これだけでも事故の光景がフラッシュバックするには十分過ぎる。

更には、家族である一鬼が人間ではないことを今彼女ははっきりと知ってしまった。

紫鬼の圧倒的な威圧感を前に放心していた為、聞き逃していた可能性はあるが、その可能性に縋ることを一鬼は良しとしない。


 常に最悪の状況を想定しておかなければ、いざという時に動けないからだ。




「羽月……帰るぞ」


「……」


「羽月!!」


「うおっ!?……あ、ああ……すまん。余りの怒涛の展開に……圧倒……されていた」


「分かっているさ。俺もかなり混乱している。だが、ここにいつまでも居るのは得策ではない。戻るぞ」


「ああ、分かった……」



 紫鬼が去った後もずっと放心していた羽月であったが、一鬼の言葉に漸く我を取り戻した。


しかし、その表情はどこかぼんやりとしており、いつもの覇気が感じられない。

一鬼はその原因が紫鬼であることは理解したが、それでも圧倒されるだけだった羽月に若干の疑問を抱く。

何故美空や愛梨が酷く恐怖していたにも関わらず、羽月はただ放心しただけで済んだのかが彼には分からなかった。


 何か……何か見落としているものがあることを彼は感じ取っている。

しかし、それが何なのかはまるで分からず、すぐにそのことは忘れることにした。

忘れると言っても完全に忘れ去る訳ではない。今はそのことは考えず、後回しにするだけだ。

いずれぶつからねばならない時が来るかもしれないその時に考えようと、彼は決めた。


 今の一鬼には優先すべきことが多過ぎる。

美空と愛梨のこと……そして、怒りと無力さから体を震わせてただ立ちすくむ碧のこと。

それらを解決せねば、細かい部分にまで気を配る余裕を作り出すことは、今の彼にはできなかった。

紫鬼、ブルー・シャーマン、インディゴ、目の前に広がる惨状、そして……明日に待つ己の過去。

今日起こった出来事は多過ぎて、今のままでは正常に物事を判断することができないと、彼は判断した。




「……!」



ポケットに入れていた携帯電話が着信を示す振動をしていることが、彼に一つの事実を思い出させる。

既に型落ちの携帯電話のディスプレイが示すのは、彼の想像通り『佐村敬吾』の四文字だ。

サイレンが鳴り響く中、静かに鳴り響いた携帯電話を取り出して、通話に出ると敬吾が慌てた様子で現状確認をしてくる。


それに対して、彼は静かに告げた……多大なる後悔と、罪悪感を抱えて。




「はい、終わりました……連続食人殺人事件は今日、終わりました。ただ……結末は最悪です。俺は……猟犬失格ですよ」



 一鬼は空を見上げて、ただ敬吾の言葉を聞いた。


 ただ、己の髪の色のような藍色の空を見上げて、彼は内心嘆いた……己の無力さに。



 そんな彼をあざ笑うかのように、星々は輝き続けた―――残酷なまでに、美しく。




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