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虹色の肋骨  作者: 修羅場ーバリアン
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第一六話



 町を燃やす炎を見ながら、彼女は微笑んだ。


 少しずつ、少しずつ仕込んでいった種が開花し、事態は彼女の望んでいる方向へと進んでいる。

未だに脱落したのが一組だというのは意外だが、全体的な進捗状況は彼女の予想以上に良好だ。

誰も気付かないまま戦いは終わりを迎え、そして彼女が望むものだけが残る。

もうすぐ全てが終わり、あらゆる亡霊が消え去る……生者のみを残して、あるべき場所に帰るのだ。


 その果てにこそ彼女が望む光は訪れる。

怨念を背負いきって完全に目覚めた光が闇を照らし、最後には彼女を照らす。

恐らく、次の脱落者が出る頃にはその光は十分過ぎる程に強くなっていることだろう。

そのことを想像するだけで、己の口角が吊り上がるのを彼女は自覚した。




「ふふ……インディゴ……贋作の妖。貴方も精々養分になることね」



 彼女は今起きているであろう戦いの結末の分岐をいくつか予想し、笑う。

どの分岐でも彼女が望む方向へと進んでいることに変わりはなく、ただ全ての妖が踊らされる。

死者である筈の七体の妖も、それを宿す者達も、彼女の望みを叶えてくれる存在すらも

……全てが掌の上だ。


 だから、彼女は笑う……その白銀の眼を細めながら。











 視界を覆った数十の列車を前に、一鬼は思わず息を呑んだ。


 しかし、すぐさまその圧倒的な物量を前に、彼は完全な回避を諦めて紙一重の回避へと思考を切り替える。

彼の今の身体能力ならば多少の無茶をしても支障はないし、今彼に襲い掛かろうとしているこの物量すらもその多少の無茶の範疇だ。

これを回避することでまた被害が出ることは確定だが、それを防ぐ為に彼がやられては意味がない。




「この程度、避ける必要なんてないわ。蹴散らしなさい」


「はっ?」



 しかし、彼が回避を始めようとした瞬間に碧は一瞬でその数十の列車を打撃で四方に吹き飛ばしてしまった。


一瞬で向きを変えて全方位に四散していくのを呆気にとられながら、彼は碧のごり押しに内心呆れる。

藍色の妖もまた、その様子に目を見開いていた。

一鬼は余計な被害を出しかねない碧の行為に文句を言いたかったが、藍色の妖の動きが一瞬止まったのを見た。

そこに生じた隙をついて、彼はすぐさま前に踏み込んだ。


 距離は五十メートル程度……一鬼の脚力ならば一瞬で詰めることができる距離だ。

しかし、近距離で列車を出されては避けるのは難しい為、彼は直線ではなく螺旋を描くように藍色の妖に接近する。

微動だにせずにそれを見守る藍色の妖に、彼は一つの核心を抱くが、しかしそれを承知で一度急接近することを決めた。


碧と目を合わせ、彼女が頷くのを確認した瞬間に、彼は一気に藍色の妖に向かって踏み込んだ。




「甘い」


「そちらこそ!」



 それに対してカウンター気味で現れる列車に、碧はすぐさま拳を打ち込む。

一鬼と碧の二人がかりならば、片方が列車を排除することに専念すれば、藍色の妖に到達することも難しくはない。

いや、彼らの身体能力と持久力を考慮すれば、寧ろ簡単過ぎると言っても過言ではないだろう。

現在の一鬼ならば、一日中碧をベストコンディションで実体化させ続けても何ら問題はない。


 持久力では妖である一鬼と、人間である藍色の妖の宿主では、圧倒的に前者に分がある。

藍色の妖の能力が物質を移動させるものなのか、それとも生み出すものなのかはまだ定かではないが、どちらにしろ、その消耗は半端なものではないだろう。

人間である宿主ではそう長くは持たない。そして、宿主が死ねば、『虹色の肋骨』は力の源を失う。

持久戦に持ち込むことこそが必勝法なのは間違いないし、これはあらゆる『虹色の肋骨』に対して有効な手段だ。


 だが、下手に被害を増やしたくない一鬼としては、すぐに終わらせたい。

だからこそ、碧と協力して一気に藍色の妖の息の根を止めに行くことを彼は選んだのだ。

それがどのような結果を生むかは定かではないが、より大きな危険性を伴うのは間違いない。

逆に言えば、一鬼はこの瞬間に全てを失う覚悟をしているということだ。

そもそも、ここで戦闘を行わないようにすることだってできた筈なのだ……その分岐を選ばなかったツケを彼は今から払わねばならない。




「なっ……? 列車の中に!?」


 一鬼の拳が藍色の妖に届く直前に、藍色の妖の背後に列車が現れ、そこに藍色の妖は隠れてしまった。

それによって一鬼の拳は空しく列車を吹き飛ばすだけに留まり、その中を同様に藍色の妖は移動していく。

実体の中に隠れることができるということは、確かにこういう戦い方も確かに可能にするだろう。

しかも、藍色の妖はその物体を己で用意できる……他の『虹色の肋骨』とは明らかに条件が違う。


 既に数十の列車を生成、もしくは移動させたのだから、その消耗はそれなりの筈だ。

どの程度の消耗かは定かではないが、一鬼の持久力ならば数時間程度は確実に持つだろう。

しかし、ただの人間でしかない宿主ならば、持って精々十分程度……恐らく十五分もすれば死ぬ。

それ程に、藍色の妖の能力の燃費は悪い筈なのだ。


 特に特殊な能力を持たない碧ですら、二十分もベストコンディションで実体化させていれば、人間は確実に死ぬ。

ただ八尾の能力を完全に引き出す為だけに、人間の数十年分の生命力全てを二十分で空にされるのだ。

藍色の妖は常にベストコンディションで実体化するような愚行はしていない筈だが、それでも碧と一鬼を前にすれば、それ相応の消耗を強いられる。


 そして、その消耗は既に宿主に影響を及ぼし始めている筈だ。




「このままでは埒が明かない。碧、次はお前が攻撃に回ってくれ。あの列車程度なら、俺だけで十分対処できそうだ」


「そうね……心配だけど、そうする方が確実ね」


「引っ込んだ処を追撃してやれ」


「了解よ」


「では、改めて……行くぞ!」



 一鬼はまだ半分は愚か、一割も体力を消耗していない。


このまま互いに消耗すれば、先に根を上げるのは彼ではなく藍色の妖の宿主だ。

その前に藍色の妖を討伐できれば良し。そうでなくとも、最悪宿主の生命力の枯渇による討伐を狙う。

確かに藍色の妖の物量は面倒だが、決して捌ききれないものではないし、一鬼達に致命傷を与えられるようなものではない。

どちらにしろ、一鬼達の方が有利なことに変わりはないのだ。


 一鬼は再び藍色の妖に向かっていく……今度は彼が防御を、碧が攻撃を担いながら。

互いが攻守の片方を担うことで、片方のみに集中することができることが、彼らの利点だ。

一鬼は他の宿主にはない圧倒的な身体能力があり、それは碧すら凌駕する。

こうして、真の意味で『虹色の肋骨』と宿主が共闘できるのは、彼らのペアだけだ。

再び繰り出される列車の数々を拳のラッシュで、被害が出そうにない場所に吹き飛ばしながら、彼は進んでいく。


 碧が防御に専念していた時と比べれば進行速度は若干劣るが、しかし彼の純粋な身体能力は既に碧を上回っている。

藍色の妖の速度では、彼からは逃げられないし、彼も逃がすつもりは無い。

そして、遂に碧が藍色の妖のすぐ近くにまで迫った瞬間……彼は藍色の妖の胸部の小宇宙が怪しげな銀色の光を放つのを見た。


 次の瞬間―――彼は己を襲った銀色の何かを咄嗟に回避した。




「――!?……ぐっ!?」


「一鬼!?」


「今のは非常に危なかったぞ……」



 回避したのと同時に強烈な衝撃波に叩き付けられて、一鬼は数メートル後退してしまう。

次の瞬間、近くにあった窓ガラスが一斉に音を立てて割れ、続けて彼の背後で何かが耳をつんざく音を立ててぶつかった。

回避しきれなかった為か、彼の上着の左側が衝撃で破れてしまっている。

上腕二頭筋に痛みが走るのを感じながら、彼は己の後退が原因で碧が藍色の妖を仕留め損ねたことに気付く。


彼から半径五メートル以内でしか活動できない碧の拳は空しく空を切ったのだ。

しかし、そのことなど忘れてしまったかのように、碧は一鬼の傍にすぐさま駆けつけた。

藍色の妖を仕留めそこなったことを残念に思いながらも、一鬼は己の腕の状態を確認する。

傷口から蒸気のようなものが溢れ出しており、同時に血の匂いを彼の嗅覚が捉えた。

彼は己が本当に人間ではなかったことを再確認し、そして己が久しぶりに傷を負ったことに改めて気付く。


 実質一鬼が最後に傷を負ったのはイエロー・レディーと初めて対峙した際で、その時も彼は同じように傷口から蒸気が出ていたのを覚えている。


 この蒸気が何を意味するのか彼には理解できないが、何かしらの意味があるのは確かだ。




「一鬼、大丈夫!?」


「ああ、大丈夫だ。それよりも……今のは、まさかとは思うが……」


「本当に大丈夫なのね!?」


「くどいぞ。大丈夫だと言った筈だ。今俺の横を通ったものが見えたか?」


「……ええ」


「なら、分かるな?……こいつは、本当にお前よりも強いかもしれない」



 一鬼は痛む左腕の調子を確認しながら、ゆっくりと立ち上がった。


周りのガラスが砕け、衝撃波が多くの物を吹き飛ばしている様を確認すると、彼は己の考えが正しいことに思わず溜息をつく。

ただ静かに佇む藍色の妖を見据え、彼はこれからどのような戦闘が繰り広げられることになるかを実感した。

これからは一瞬で勝負が決する、まさしく気の抜けない命がけの戦いだ。


 一鬼としては、これが他人を巻き込まない戦いであったならば願ったり叶ったりだが、実際はそうはいかない。

ある意味彼が望んでいた命がけの戦いがここにはあるが、それに素直に喜べる程彼は戦闘狂ではないのだ。

今彼の左腕を掠めたものはこの世界に実在するもので、普通ならばお目にかかることはないものだった。

それを加速させた状態で呼び出したということは、常に音速の世界の攻撃が迫ってくるということだ。




「確かに、私と同等の速度で動けるものを大量に出されては、困るわ。でもね……あれは搭乗者が居ないわ。直線にしか進んでいないのも、その証拠ね。私だけでも勝てる」


「ブルー・シャーマン達と合流した方が無難だが……逃がす訳にはいかない。このまま張り付き続けるぞ」


「……ちょっと? 私の話を聞いていたわよね?……なんでそうなるのかしら?」


「ああ、だからこそだ。パイロットが居ない状態で、あれがどうして加速する? 奴の能力は……非常に面倒だ」



 不機嫌そうにジロリと睨んでくる碧に、一鬼は表情を崩すことなく現状の拙さを再確認する。

碧は気付いていないようだが、藍色の妖の能力は恐らく複数か、もしくは応用の効くものだ。

彼女は『パイロットが居ない』と言ったし、実際一鬼も銀色のそれは直進しかしなかったのを確認している。

つまり、物質の状態は出現した瞬間に決まっており、それ以降は変化していない訳だ。


この状況から予想できる能力は、大まかに考えて二つある。

一つは、物質を出現させる瞬間だけそれを操作できるテレポートこそが能力である可能性。

何処からか実在する兵器を呼び出し、それを一瞬だけ操作して解き放っているという可能性が存在する。

もう一つは、物質を生成して、一瞬だけ操作した上で射出ているという可能性。

この場合は、物質を生成して、そこから一瞬だけ操作していることになる訳だ。


 二つの可能性は、傍から見れば同じことをしているようにしか見えないが、実際に行われていることは大きく異なる。

前者ならば、既に存在する物を何処からか持ってくるということを意味しており、どうやって持ってきているのかが分からない。

後者ならば、実在するものを『生み出す』ことで、その疑問を解消できる。

先程一鬼達を襲った妖もどきの存在を考慮すれば、後者である可能性の方が圧倒的に高いだろう。


どちらにしろ非常に厄介な能力であることに変わりはないが、藍色の妖の持つ能力は後者ではないかと一鬼は疑っていた。




「そんなことは分かっているわ。それがどうしたと言うの? 私達はそれでもあちらよりも上よ。況してや、二人がかりで負ける筈がないわ」


「……なら、息切れしない程度にやってみるか? どちらにしろ、このまま戦い続ければ二十分以内に宿主は死ぬだろう。こちらの方が有利なことに変わりはない」


「ふふ……そうこなくちゃね。行くわよ!」


「ああ、次はもっと上手くやる」



 一鬼は戦いを止められそうにない碧の言葉に頷きながら、再び藍色の妖に接近を開始した。

碧は口では藍色の妖のことをバカにしているが、内心この戦いを楽しんでいるであろうことを彼は既に覚っている。

一鬼もまた、今彼が居る場所が人の居る場所でなければ、心躍る戦闘であったのや間違いないと思う。

しかし、今彼らは周囲の人間達の命を背負っている……それを忘れてはいけない。


 藍色の妖のマントが再び揺らめき、その中から数十の列車が生成される。

その波のような圧倒的な物量を前に、一鬼は逆にそれらを足場にして一気に藍色の妖に接近した。

余りの速度に目を見開く藍色の妖を前に、彼は再び半径五メートル以内……つまりは碧の攻撃可能範囲にその存在を捉える。

そして、碧の右腕がその隙を見逃さずに無防備な胴体に一撃を叩き込もうとした瞬間……彼は死のヴィジョンを見た。


 その直感に抗うことなく、彼は後方に大きく跳んだ。




「なっ!? 一鬼!?」


「あの宇宙のようなものは……駄目だ。あそこに触れるな! お前は感じないのか?……あそこから漂う死を!」


「一鬼? 貴方、おかしいわよ……どうしてそんなに焦っているの?」


「お前は絶対強者なのだろう? なら……いや、良い。とにかく、胸部は狙うな。狙うなら頭だ」



 一鬼は己が感じた死のイメージを碧に伝えきれず、それを感じ取れない彼女と、上手く伝えられない己に歯噛みした。

彼の感覚は間違いなく藍色の妖の胸部に宿る小宇宙に死のイメージを重ねている。

それがただの幻ならば良いが、そうではないであろうことを彼は直感的に理解できてしまう。

何故百戦錬磨である筈の碧がそれを感じられないのかは彼には分からないが、少なくとも今信じるべきは彼の感覚だ。


 実際、一鬼の行動に藍色の妖は驚きの表情を浮かべている。

それが愚行に対するものなのか、それともその予想を上回る動きをしてみせた一鬼に対してなのかは読み取れない。

だが、一鬼は己の判断を正しいと判断し、彼を不思議そうに見る碧の勘を頼りにすることを止めた。

酷く自分勝手な判断であるという自覚はあるものの、彼は絶対的な感覚がそうすべきだと言うのを感じるのだ。




「何と……今のを見切るのか。流石は選ばれし子だ。そこの駄狐などとは比べ物にならない」


「……先程の言葉と言い、貴方まさか本当に……知っているの?」


「知らぬ……と言えば、満足するのか? 憧れた存在も、守るべき存在も嫉妬の果てに裏切った女狐よ。所詮貴様は妖狐でしかなかった訳だ」


「……貴方、いったい何者なの? 私は貴方に会ったことなどない筈よ。何故そこまで知っているかしら?」


「ふん……貴様がそれを知る必要はない。死にいく者には無用なものだ!」



 藍色の澄んだ眼を怒りに歪めながら、藍色の妖は再び動いた。


露わになった胸部の小宇宙から幾十もの銀色の何かが高速で射出される。

それを確認した一鬼は咄嗟に、その物量の中に隙間を見つけ、そこに潜り込みながら腕で顔面を庇う。

彼の眼はそこならば全ての銀色の物体が彼を直撃しないことを見切っている。

顔面を守ったのは、その衝撃波を眼に受けることを考慮しての行動だ。


 いくら彼でも眼を潰されては、戦闘能力は半減する。

藍色の妖の居場所を察知するのは妖である彼には容易いが、それ以外が問題なのだ。

確かに、地形などの把握などは眼を潰されても暫くすれば慣れはするだろう。

だが、それに慣れるまでの間は確実に無防備になってしまうし、彼の方から仕掛けることも難しい。

碧が盾の役割を担ってくれるであろうことから防御は問題ないだろうが、攻撃に積極的に移れないのが、眼を潰された場合の最大の欠点だった。


 だからこそ一鬼は己の眼を最優先して守った訳だ。

数秒後に背後から聞こえてくる衝突音に振り返ることなく、彼は今現在己の横を通過した物の巻き起こした惨状を確認する。

酷い騒音に、後方にある山への衝突に、付近の建物の破壊等々、上げればキリがない。

いかに近代兵器が面倒な相手であるかを実感しながら、彼は交差していた腕を退けた。


 静かに佇む藍色の妖を見据えながら、彼はこれからどうするべきかを考える。




「やはり戦闘機だったか……あのような轟音を上げて高速移動する物など、それくらいしかないが……俺が人間だったら最初の一機を回避できずに死んでいたな」


「……秒速一キロにすら匹敵する近代兵器を二度も回避するか。最高速で打ち出した筈なのだがな」


「使い方を間違っているぞ。戦闘機はぶつける為の物ではない。しかし……改めて見ると、思ったよりも話せそうな相手で驚いたな。一つ聞いても良いか?」


「……なんだ?」


「お前がそこまでして多くの人間を食う目的を知りたい。もし良ければ教えてくれ」



 一鬼は確かな知性と理性を宿す藍色の妖の眼を見据えながら、そう問いかけた。


藍色の妖もまた、彼の赤い眼を真っ直ぐに見据え、そこに宿る何かを探していたが、やがて諦めたように一つ溜息を漏らす。

一鬼は藍色の妖が話の分かる相手だと判断し、話しかけた訳だが、それに藍色の妖が応じたことに内心驚かざるを得ない。

突然攻撃を仕掛けてきた彼に対してそのような態度になるのはおかしいのだ。

元来、拒むべき状況で何故藍色の妖が応じるのかが読めない……それが彼には不安だった。


 隣に居る碧は驚きに目を見開くばかりで、一鬼に助言をしてくれる余裕は無さそうだ。

どちらにしろ、彼は己で考えて行動せねばならないことを自覚しているし、今更碧の言葉でどうこうなる話ではない。

一鬼はどちらにしろ藍色の妖を倒すし、今から何を聞こうがその意思は揺らがない自信がある。

かつて碧が言った、『相手を理解しても滅す覚悟』を彼は既に得ているのだから。


 どんな理由にも同情はしないし、ただ彼は知的好奇心を満たす為に効くだけだ。




「超越し、私はあの星々に届く力を手に入れる……紫の鬼と同じ力を」


「超越……ですって? 貴方も奴やブルー・シャーマンのようになりたいと考えていると言うの? 超越者の在り方に反することを散々しておいてよくもまぁ、そんなことを言えるわね」


「確かに、超越者は争いを好まない存在だ。しかし、私は知っている……超越者は須らく膨大な闇を背負い、それに相反する光に照らされるべきだと。背負う闇が膨大であればある程に、超越者に近づけるのだ……光に照らされるのだ」


「訳の分からないことを言うわね……一鬼、こんな狂った奴の言葉に耳を貸してはダメよ」


「ほう……白を切るのだな? 光を独り占めする為にはそうするしかないか。だが、既に『彼』はそれを知っている……すぐにでもお前を再び殺しに来るだろう」


「……すぐに殺しましょう。戯言に付き合うのは時間の無駄よ」



 碧は何処か慌てた様子で一鬼に会話を切り上げることを提案した。

彼女は自覚していないかもしれないが、その新緑の眼が不安を宿し、声も若干上擦っていることに彼は気付く。

碧にとっては都合の悪いことを藍色の妖は知っているという訳だ。

そのことを考慮すれば、藍色の妖を情報も引き出さずに倒してしまうのは愚かなことに思えてしまう。


どちらにしろ、ブルー・シャーマンが来れば藍色の妖は討伐される。

ブルー・シャーマンの能力は絶大だ……もしも万全な状態であったならば、七体の『虹色の肋骨』の中で最強なのではないかと思える程に。

勿論、未だ見ぬ紫の妖には勝てないと本人が明言していることから、恐らく最強は紫の妖なのだろう。

しかし、今一鬼の目の前に居る藍色の妖などブルー・シャーマンの前では取るに足らない存在だ。


 もしも一鬼に宿る『虹色の肋骨』が碧ではなくブルー・シャーマンであったならば、既に勝敗は決していただろう。




「そうか。貴様達はやはり姉妹揃って駄狐なのだな」


「……白雪のことを知っているの?」


「知らぬ。存ぜぬ。与り知らぬ。私はただ……奴を食う。食って、扉を開けるのだ……その先に、彼らが待っている。血濡れた雪は彼らへの手向けだ」


「そうはさせないわ……あの子は、貴方には殺させない」


「なんたる滑稽さか!! なんたる道化か! せめて何も知らずに逝くが良い……我が名はインディゴ……藍の席を得る者だ!!」



 藍色の妖は碧の言葉に対して笑いもせずに、ただ憐れみの色を強く宿す眼と声で、決別を告げる。

取ってつけたような言動から、道化であるのは藍色の妖の方だと思いながら、一鬼はすぐさま身構えた。

音速の攻撃が繰り出されるであろうことを予測できる已上、身構えることなく居るのは危険過ぎる。


 藍色の妖の胸部に宿る小宇宙が赤みがかり、そこから何かが現れることを予感させる。

すぐさま身構える碧を一瞥すると、一鬼はそこから何が現れるかをいくつか想像した。

近代兵器の類が現れるであろうことは明らかだったが、その中でも最悪のものは間違いなく核兵器であろう。

藍色の妖の能力を考えれば、それをできないとは思えないのが恐ろしい処だ。

次に恐ろしいのは、言わずもがな弾道ミサイルだ……マッハ三程度の戦闘機とは比べ物にならない速度を持つ弾道ミサイルを相手にしては、流石に一鬼も回避はできない。

最低でもマッハ五を超え、場合によってはマッハ二十すら凌駕する速度を出せるのだ。


 そんなものを複数撃たれてしまえば、それだけで一鬼は窮地に陥る。

ミサイルの威力は絶大で、彼に直撃せずとも近くの建物に撃ち続ければ爆風が彼を始末するだろう。

弾道ミサイルの元来の使い方とは異なるが、要は当たりさえすれば良いのだから。

しかし、それを使用される可能性は低い……何故なら、そう遠くない場所に藍色の妖の宿主も居るからだ。

仮に弾道ミサイルで一鬼を倒せても、その圧倒的な威力を前に宿主が巻き込まれない保障はない。


 理性と知性を持つ藍色の妖がそれを理解していない筈がないのだ。




「消えろ……駄狐」


「なにっ!?」


「……甘いわよ!!」



 藍色の妖の胸部の小宇宙から現れたのは近代兵器などではなく、巨大な腕だった。


それも、妖の気配を持つ腕だ……つまり、碧はそれを透過することができない。

一鬼は驚愕しながらも、戦闘機と比べれば悲しい程に鈍重なそれを回避しようとしたが、なんと碧は巨大な拳に真正面から己の拳をぶつけた。

瞬間、互いの動きが止まったかに見えたが、次の瞬間には碧の拳が巨大な拳を粉々に砕いていくのを一鬼は目撃する。


 一鬼はその様子に驚きながら、今日は驚いてばかりであることに思わず苦笑してしまう。




「行くわよ、一鬼!」


「ああ」


「っ……!」



 これを好機と見た一鬼はすぐさま前進し、碧の行動範囲内に藍色の妖……インディゴを捉えた。

碧はそれを確認してニヤリと笑うと、そのまま流れるようにインディゴの懐に潜り込む。

それに対して慌ててもう一つの腕を出すインディゴであったが、もう遅い。

碧の拳は一瞬でその頭部に到達し……一鬼は勝利を確信しかけた。

しかし、次の瞬間に再び脳裏を過る死のヴィジョンに、彼は再び後退を強いられる。


そして、彼が後方に回避したのと同時に、インディゴは突然爆発した。




「ぐっ!?」


「一鬼!?」



その爆発範囲は半径数十メートルに及び、咄嗟に後退した一鬼の左腕がギリギリ飲み込まれてしまった。


もしも後一秒でも彼が後退するのが遅ければ、間違いなく全身を爆発の中に巻き込まれていただろう。

左腕に走る痛みに顔を歪めながらも、一鬼は己の迂闊さを呪った。

確かにインディゴは弾道ミサイルのような大規模な攻撃は行わないかもしれないが、爆発範囲が半径数十メートル程度ならば宿主には影響は出ない。


 そもそも、碧とインディゴは『虹色の肋骨』である為、近代兵器を透過できる。

生者である一鬼や宿主だけがその影響を受け、傷を負う訳だが、インディゴの宿主は少なくとも百メートルは離れた場所に居る筈だ。

つまり、接近戦しかできない一鬼達では、インディゴを持久戦以外で倒すのは不可能に近いということになる。


今しがたのように、インディゴは自爆を続けるだけで一鬼にダメージを与えることができるのだ。

対して一鬼は『虹色の肋骨』であるインディゴを倒すには己か碧が接近戦をするしか術がない。

己の状況の拙さを実感しながら、一鬼は左腕の状態を確認した。

爆発に巻き込まれ浅くない傷を負ったが、特に問題は無い……彼はまだ戦える。


 左腕から溢れ出す大量の蒸気と痛みを他所に、彼は油断なくインディゴを中止し続けた。




「大丈夫だ……若干傷を負ったが、問題ない」


「私が突っ走ったせいで……ごめんなさい。私は昔から一人で戦っていたから、協力して戦うことになれていないの」


「言い訳は後で聞く! 今は目の前の敵に集中しろ! この状況をどうにかしなければ、死ぬぞ!」


「ご、ごめんなさい……」


「お前は―――!……いや、良い」



 びくびくしながら一鬼の顔色を伺う碧に、彼は内心怒りを抑えきれなかった。


今目の前に居る敵に集中せずして何が戦士か、と罵倒したくなる気持ちを抑えながら、彼はインディゴを警戒し続ける。

左腕は確かに痛むが戦いに支障が出る程のものではないし、彼は腕一本に慌てて命まで失うつもりはない。

腕を切断されたりした訳ではないし、特に障害が残る程の傷ではない筈だ……気にする必要はない。


 一鬼はそんな己の状態を冷静に分析できているからこそ、碧の態度が気に入らなかった。

そんなものに気を取られる彼女に対して、戦士としての評価を内心下げながら、彼はインディゴの藍色の眼を直視する。

その名前に相応しい藍色の眼からは高い知性と理性が感じられるが、それこそが多くの犠牲者を生んだ理由であることに、一鬼は気が重くなった。


 インディゴは己が超越者になりたいと言う願いの為に、慢心することなく、ただ純粋に進んでいる。

ただ、そのやり方が間違っていることが問題で、一鬼はそこに歪さを見出す。

きっとインディゴはブルー・シャーマン達から感じる神秘性は飽くまで超越したが故のものと考えているのだろう。

しかし、一鬼からすればそれは逆だ……神秘性を持つからこそ、ブルー・シャーマン達は超越したのだ。


 目の前の妖はそれを理解していない……間違った方向に向かって進んでいる。


 そう感じながらも、一鬼は油断することなくインディゴを見据え続けた。




「……気持ち悪い女狐だ。そうやって媚びて、情けを貰うことしか頭にないのか?」


「っ……」


「碧、その程度で揺らぐな。落ち着け……このまま持久戦に持っていけば、俺達の勝ちだ」


「……こちらの息切れが狙いか。だが、果たしてそう思い通りに行くかな?」


「ああ、行く筈だ」



 一鬼は赤い眼を細めながら、未だに蒸気を放つ左腕を動かした。


彼の左腕の既に傷は塞がり始めているので、後十分もすれば完治するだろう。

それよりも問題は、このままでは一鬼は守りに徹するしかできないということだ。

碧も彼も近距離でしか『虹色の肋骨』に対する攻撃手段を持たない為、自爆でそれを妨げられては意味がない。

だが、何も彼が勝つ必要はない……彼は一人ではないのだ。


 自分一人で何もかも為せると思う程彼は傲慢ではない。

今までだって、彼は己にできることとできないことを冷静に区別してきた。

人はそれを諦めが早いと言うのだろうが、彼はその判断は間違ってはいないと思っている。

可能な限りの努力はするが、何にだって限界があるのだから。

そして、一鬼はそれを見極めることに関してだけは絶対的な自信があった。


 彼の直感は目の前の妖に正攻法では勝てないことを示している。

だが、そうでなければいくらでも方法はあることを彼は分かっていた。

今までインディゴと戦っていた間、彼はただ無闇に動き回っていた訳ではない。

藍色の妖を討伐する際には、最悪宿主を殺すことで討伐すると決めていた。

だからこそ、一鬼はその宿主を特定するようにインディゴの位置に気を付けていた訳だ。


 そして、その場所は大まか過ぎるものの、ある程度までは絞れていた。




「まぁ良い……これで終わりだ」


「っ!!」



 インディゴの小宇宙から数十のミサイルが射出される。


一鬼はその数に驚きながらも、咄嗟にそれらの軌道を読んで回避した。

傍を音速で通り過ぎていくミサイルを傍目に、彼は少しずつ位置を変えていく。

背後で建物が、車が、道路がミサイルによって破壊されていく様を見て、内心彼は怒りに震える。

しかし、今はそのことを考えている訳にはいかない……彼がすべきはインディゴを倒すことであって、人命救助ではない。


 一鬼の好みには合わないものの、確かにインディゴの戦い方は最も堅実だ。

少なくとも宿主から数百メートル離れて活動できるであろうインディゴならば、宿主を巻き込む可能性を考慮する必要は無い。

対して他の妖はイエロー・レディーですらも宿主から百メートルしか離れることができない。

己を爆心地にしてそれなりのミサイルを爆発させれば、それだけで大抵の『虹色の肋骨』相手に優位に立てる。


 もしも今目の前に居るのが一鬼ではなく、羽月や美空だったならば、最初の列車で詰んでいただろう。

ブルー・シャーマンならば、このインディゴを相手にしても優位に立てるが、肝心の宿主である愛梨の機動力は人間よりも上ではあるものの、純粋な妖に比べれば遥かに劣る。

そういう意味でも、一鬼とブルー・シャーマンのコンビが最優秀であり、最強と言えるのだが、現実はそうはいかない。


 位置取りに気を付けながらも、一鬼はミサイルの雨を回避していった。




「やはり、誘導はしないようだな。出現した瞬間の状態で固定されていて、そこから変化しないのか?」


「……なに?」


「ただの独り言だ……答える必要はない。それと、俺の話に驚いた振りをして攻撃を止める必要もないぞ。さぁ、ミサイルを撃ってみろ……撃てるものならばな」


「……」


「撃たないのか?」



 一鬼はとある位置に陣取ると、そのままインディゴにそう問いかけた。

インディゴはそれに対して無言を貫くが、その無言こそがある意味彼の推論を肯定していた。

今までインディゴが何故か攻撃しなかった方向に一鬼は居るだけだが、ただそれだけでインディゴは沈黙している。

そもそも、インディゴは最初からできるだけ一鬼との方角的な位置関係を変えさせようとしなかった。


一鬼はそのことに今になって漸く思い至ったが、その考えは正しかったようだ。

何せ、一鬼は最初の列車の件も碧の暴走がなければ、回避するつもりだった。

その後の列車の大群も一鬼は適度に被害が出ないように動いた為、インディゴの遥か後方に居る宿主には害はない。

近距離戦しかできない一鬼達ではミサイルによる自爆を攻略できないし、インディゴはただ相手が懐に来るのを待てば良かったという訳だ。


 だが、一鬼は最初から宿主のことも標的として考えていた。

他の宿主ならば大した機動力も持たない為、インディゴが簡単にそれを妨害できる。

そんなインディゴも、八尾の領域に居る一鬼に対しては音速に達する武器を使用するしかない。

それも、最低でもスナイパーライフル並の速度を持つ物を、だ。

碧という存在が居る為、一鬼はそれすらも捌ききる……結果として、インディゴはミサイルや戦闘機まで出す必要に迫られた。

そうなれば、その絶大的な破壊力を考慮して、宿主の居る方向への攻撃は避けなければならない。


 それが、この状況を生み出した訳だ。




「………なんと……なんと勿体ない」


「……なに?」


「それ程の能力を持ちながら、何故明らかに怪しい駄狐を放っておく? そんな者が居なくとも十分に強い筈なのに……何故?」


「俺が強いだと? バカも休み休み言え。俺は強くない……お前との戦いも、碧が居なければもっと苦戦している。それに、碧とは約束をした。それを果たすまでは決別は無い。俺はそう誓った……だから、遵守する」


「一鬼……」


「……駄狐共め……揃いも揃っていったい何を仕込んだ!」



 苛立ちを隠し切れない声でインディゴは叫ぶと、その小宇宙から再び数十の巨大な腕を碧に向かって射出した。

しかし、その圧倒的な量を前に一鬼は一歩も引かずに全てにラッシュを加えていく。

拳と拳がぶつかりあう度に、インディゴの射出した腕はぼろぼろに崩れて灰になる。

いかに大きさで誤魔化しても、その実中身は空っぽで、一鬼達を前にしてはただのお遊びにしかならない。


速度は戦闘機に及ばず、破壊力も下手をすれば列車にすら劣る程度しかないのだから、彼らが捌けない筈がないのだ。




「か、一鬼……」


「訳の分からないことで揺らぐな、碧。八尾は、お前は……その程度で揺らぐ存在なのか? もしもそうなら、俺はもうお前に頼らない。俺を失望させるな……心の強さを見せてみろ。俺が憧れた戦士の強さを、見せてみろ」


「一鬼……私は……」


「それができないようなら、強くある必要は無い……俺の言葉に従う人形になれ。俺に全てを委ねろ。そうすれば、俺はお前に強さを求めない」


「なっ!?……揃いも揃って……貴様ら姉妹はそうやって取り入るのか!!」



 一鬼の言葉に何かを見出したような表情をする碧とは反対に、インディゴは驚愕と怒りを声に、その藍色の目にのせる。


彼には何故そこまでインディゴが怒り、驚いているのかは分からないが、とにかく今碧が揺らぐのは困るのだ。

彼はまだ死ぬ訳にはいかないし、インディゴを相手に勝利するのは碧と協力しても難しいだろう。

況してや、一人で戦うのは余計に危険で、今は避けなければならない。


 このまま持久戦に持ち込めば一鬼達の勝利は確定するが、ミサイルの雨を避け続ける自信は一鬼にはない。

今の物量ならば何とかなるが、インディゴは数百のミサイル群を撃ちだすことすらできるかもしれないのだ。

そうなれば、一鬼は回避しきれずに一発は確実に貰う。

そして、その一発を始まりにして、爆発は連鎖して彼を殺す。


 そうならない為にも、彼には碧の力が必要だった。




「『彼』に変わり、私が……貴様を殺す!」


「!?……まさか!?」


「核までは行かないが……これで十分だ!!」


「まずい……弾道ミサイルか!?」



 インディゴは怒声と共にその胸部から一つのミサイルが現れた。


それに対して一鬼は圧倒的な死のイメージを抱き、それがこのままでは避けられないものであることを悟る。

彼は直感的にそのミサイルが広範囲を破壊し尽くす弾道ミサイルであろうことを理解した。

すぐさまここを離れなければならないが、マッハで動く物を避けようにも、その爆発範囲は半径数百メートルを超えるだろう。

そんなものを撃てば、インディゴの宿主も当然ただでは済まない筈なのだが、何故かインディゴはそれを撃とうとしている。


 一鬼はなるべき被害を減らす為に上空行くべきであろうかと考えもある。

しかし、それをするにしても精々百メートル程度進んだ頃にミサイルが彼を捉えるだろう。

今彼が居るのは精々高度百メートル程度の場所なので、爆発範囲は地上にまで及ぶ。

ならば、彼に残された選択肢は発射自体を止めるか、この付近の住人を見捨てて逃げるかだが……それすらも難しい。


そして、遂にインディゴがミサイルを射出されるであろう瞬間、彼は見知った気配が近づくのを感じた。




「そのまま動くな」


「!……」



 声に導かれるまま、一鬼はその場で静止する。


次の瞬間、一眼前で完全に静止したミサイルの弾頭と、隣で燃え盛る蒼炎に彼は一つ溜息をつく。

もしも、あのままだったならば彼は圧倒的な破壊力を誇る爆発によって死んでいただろう。

隣に居る碧はただ唖然として固まっており、未だに現状を飲み込めていないようだ。

同じく、インディゴもまたその藍色の眼を驚愕に見開き、ただただ立ち尽くしている。

一鬼はゆっくりともう逆側を向き、そこに悠然と立っている者を見据えた。




「無茶をするなと言った筈だよ。選ばれし子よ」



 そこに居たのは―――蒼炎の超越者、ブルー・シャーマンだった。
















 佐藤羽月は人間としては優秀な部類に入るが、妖からすれば赤子同前な存在だ。


 彼自身もその自覚はあり、日に日に妖として覚醒していく一鬼との差はもはや埋められないものになっている。

かつては競い合った好敵手であったとは考えられない程に差がついてしまったが、彼はそのことを悔しく思うものの、既に受け入れていた。

一鬼を超えるという目標を捨てた訳ではないが、彼はある程度の妥協をしようと決めたのだ。


 ただでさえもう半年もない時間の中で、どうやって一鬼に勝つかを彼はずっと考え、つい今日それが不可能であると彼は認めた。

だが、それ故に彼は一鬼を追いかけることを諦めた訳ではない……寧ろ、このまま最後まで追い続けようと決めている。

一鬼を超えることは諦めるが、追いかけようという意思だけは失わないことを彼は決意したのだ。


 それこそが、一鬼がかつて語ってくれた羽月の強さなのだ。

羽月は小さいころから頭が柔軟で、呑み込みも早いと良く褒められていた。

それを一鬼は常々言葉にしていたし、それが彼に自信をつけることを手伝っていたのは否めない。

結果として羽月は己の柔軟さを理解して、より完璧な仮面を被る術を学んだ。

その柔軟さを彼は生かして、これからの半年を生きていくと決めた。


 届かなくても追い続けて、追い続けて、最後まで父親の影を追うことを決めたのだ。




「美空ちゃん、もう少し早く走れないか? それと、柿坂はもう少し抑えろ。美空ちゃんがついていけない」


「む、無理です……」


「藍色の妖は向こうに居ると分かっているんですよ? 今更団体行動をする必要はない筈です」


「あ~、くそ……一鬼の言うことなら聞くのに、どうしてこう……」



 羽月は街灯に照らされた夜道を走り抜けながら、思わず愚痴を呟いた。


現在彼らは一鬼から連絡のあった地域に向かっている訳だが、数キロある距離をそう簡単に進むことは、人間である彼らにはできない。

一鬼ならば、まさしく文字通り空を走って駆けつけてくれるのだが、彼らには不可能だ。

この中では一番強いであろう愛梨すらも半妖という劣化版妖でしかない上に、美空に至っては能力が高めとはいえ、普通の人間なのだから。


 羽月は脳の欠損が理由かは分からないが、リミッターが外れており、常人よりは強いつもりだ。

疲労を感じない訳ではないが、彼は身体能力を制限するリミッターが外れている。

その反動で余計に寿命が縮んでいることを彼は自覚しているものの、やはりそれを利用しない訳にはいかない。

一鬼と藍色の妖の戦いを是非とも彼はその眼で確認したかったのだ。


 藍色の妖と一鬼、そして碧はどのように戦うのか彼には興味がある。

それを参考にするつもりはないが、ただどれだけ必死に戦うのかを彼は知りたかった。

一鬼が今どの領域に居るかを、藍色の妖の強さは如何程かを、そして彼らの生き様はどうなのかを、彼は見たい。

羽月にはない物を持っている筈の彼らのぶつかる様から、彼はより己が上に行く術を模索したかった。


 だから急ぐのだ。だから進むのだ。




「そんなに早く行きたければ、もっと早く行く方法がある。人間にはかなり無理があるが、愛梨ならば何とかなるだろう」


「ブルー・シャーマン、それは本当!?」


「ああ、本当だ。安全性のないジェットコースターだと思ってくれたら良い」


「……それって全然安全じゃねえだろ」


「分かった。お願い!」


「良いのかよ!」



 羽月はブルー・シャーマンと愛梨の言葉にツッコミながら、未だに姿を現さない緋蓮のことを思う。

彼女は今も彼の肋骨の中で眠っている……朝から辛そうにしていた為、引っ込んでいるのだ。

何故『虹色の肋骨』である彼女が体調を崩すのかは彼には分からないが、取りあえず彼は放置している。

彼が動いた処でどうにかなることではなさそうだったからだ。


 今姿を現している山吹とブルー・シャーマンはそこまで煩くないが、もしも緋蓮がここに居たらさぞ煩かったことだろう。

緋蓮は口が悪い癖にお喋りで、しかも喧嘩っ早いので、ある意味面倒なタイプだ。

羽月達宿主からすれば、そんな彼女も愛すべきバカで済むが、『虹色の肋骨』の方はそうもいかない。


緋蓮、山吹、イエロー・レディーの三名は下級妖で、碧以上の絶対強者からすればまさしく有象無象だ。

特にブルー・シャーマンは緋蓮達のことを歯牙にもかけない為、緋蓮は余計に突っかかっていたかもしれない。

そういう意味では、彼女が今ここに居ないのは非常に良いことなのだろう。


 羽月はそんなことを考えながら、しかし走る脚の動きを鈍らせないでいた。




「はぁ……はぁ……もう……限界……」


「情けないわね。まだ数キロ走っただけよ? 全力疾走でもないじゃない」


「柿坂……はぁ……さんは……ケホッ……そうかもしれないけれど……」


「ふむ……皆運んでしまうか。佐藤羽月よ、お前も早くあの子の戦いを見たいのだろう?」


「……そうだな。美空ちゃんもこんなだし、頼んでも良いか? 但し、安全に頼むぞ」



 息切れを起こしている美空を他所に、羽月は一台もタクシーがない状況を呪った。


いつもならばタクシー会社を利用してすぐさま駆けつけることくらいはできるのだが、この町への人の流れは非常に減少している。

更には、この町で既に百人以上の犠牲者が出ている為、タクシー会社が危険性を考慮してタクシーを派遣してくれないのだ。

派遣してくれないとなれば、必然的にこの町にはタクシーがほぼ皆無という恐ろしい状況になる。


 羽月はバイクか車を所持しておくべきだったと後悔するが、もう遅い。

彼は一応普通車免許も普通二輪免許も待っているが、肝心の自動車を所持していなかった。

あるないでは大分利便性が違うが、彼はいつもバスなどを利用している為、所持しようと思わなかったのだ。

肝心のバスも藍色の妖のせいで本数が減らされており、時間的にも走った方が速い。


 結局走るのが最速という妙な状況に追い込まれていた処だ。

そういう意味では、ブルー・シャーマンの提案は嬉しいが、同時にもっと早く言って欲しかったと羽月は思う。

美空もここまで体力を使わずに済んだし、羽月達もそれなりに体力を消費している。

何故もっと早く教えてくれなかったのかと思うのは、ある意味当然であろう。




「―――!」


「えっ?……爆発?」


「おい、あれを見ろ……なんで列車があんなに沢山建物に乗っているんだ?」


「まさか……ブルー・シャーマン、これは……」


「ああ、間違いなく藍色の妖の仕業だな。今の爆発も相当なものだ……急ぐぞ」



 刹那、藍色の夜空を一瞬だけ塗り替えた光と、静寂を引き裂いた爆音に羽月達は驚いた。


良く見遣れば周囲のビルに幾つもの列車がめり込んでいるという、非常にシュールな光景が広がっている。

それらを申告な表情で見据えながら問う愛梨に、ブルー・シャーマンはその光景の作者が藍色の妖達であると告げた。

内心そのことに驚愕しながらも、羽月は急を要することを再確認する。


 何が起きているのかは良く分からないが、相当恐ろしい戦闘が繰り広げられているのは間違いない。




「面倒だな……皆一気に運ぶぞ。文句は後で聞く」


「へっ?……うわっ!?」


「ひゃっ!?」


「えっ!?」



 ブルー・シャーマンは突然羽月達を空中に放り投げると、そのまま自身も宙に浮いた。

それに驚いて固まる羽月達を他所に、蒼炎の超越者は彼らを次々と空中で投げてはまた投げてを繰り返していく。

手加減されている為、そこまでの速度ではないが、明らかに走るよりは早い上に疲労も少なくて済む。

ブルー・シャーマンは彼らが吐き気を感じないように丁寧に投げてくれており、思いの外恐怖は無い。


 羽月はちらりと愛梨と美空を見たが、両者共に驚きはしているものの、やはり恐怖や吐き気はなさそうだ。

ブルー・シャーマンは愛梨を中心に半径二十五メートル以内で活動できる。

その範囲内ならばほぼ一瞬で移動できる為、羽月達をその範囲から出さないように愛梨と共に運んでいるのだ。

『虹色の肋骨』を見ることのできない一般人が傍から見れば酷くシュールな光景だが、羽月は頼もしさを感じていた。




「――! また爆発が……」


「本当に大丈夫なんだろうな!?」


「ああ、今の処は問題なさそうだ」



 そんな時、再び一キロ程先で複数の爆発が起きた。


連鎖するように爆発していく一帯からは黒煙が上がり、人間達の悲鳴が聞こえてくる。

それが野次馬を呼ぶであろうことは明らかだったが、羽月達はそのようなことを気にしている暇はない。

とにかく一鬼の安否を確認した上で、彼らは藍色の妖討伐を全員で行う。

まともに討伐に参加するのは一鬼、碧、ブルー・シャーマンくらいだが、やはり数は多い方が良い。


 羽月はそう考えると、静かに深呼吸をする。

今から本当に命をかけた戦いが始まるのだ……今度は一鬼や碧のように手加減はしてくれない。

一度失敗すれば確実に死ぬ……いくらブルー・シャーマンが守りに回ってくれるとはいえ、それは変わらない事実だ。

その恐怖に向き合い、克服せねば彼は一鬼を追いかけることすらできない。




「これは……」


「?……どうした、ブルー・シャーマン?」


「どうやら、急いだ方が良さそうだ。少しばかり飛ばすぞ」


「はっ?……うおっ!?」



 羽月達は若干ペースの上がった移動に驚きながらも、そのまま爆発の続く場所へと向かっていく。

その際、遂に露わになった藍色の妖の姿に彼は驚いた……まるで鳥のような頭に、マントを纏っているという、今までの妖とは異なる容姿をしていたからだ。

碧や緋蓮、山吹は人間に似通った姿をしていたし、一鬼から話に聞いていたイエロー・レディーもそうだ。


ブルー・シャーマンも若干異なりはするが、藍色の妖程ではない。

もはや人型かも分からないその姿に、更にはその胸部から放たれるミサイルに彼は圧倒されていた。

同時に、そんな藍色の妖を前に左腕に傷を負っているにも関わらず真正面から向き合う一鬼に、彼は思わず息を呑む。

そこに強い意思を感じ、尊敬の念を彼は抱いた。




「ここで待っていろ」


「きゃっ!?」


「うあっ!?」


「痛……」




ブルー・シャーマンは羽月達をすぐさま近くのビルの上に放り出すと、一鬼の方に向かっていく。

いつも悠然と佇んでいる姿からは想像できない程の速度で、必死さで、ブルー・シャーマンは向かう。

その様子に驚かされる羽月達であったが、次の瞬間藍色の妖の胸部からミサイルが放たれた。

羽月達の眼では目視は敵わない程の速度だ。


それに対して羽月は理解する……そのミサイルを回避するだけの能力は今の一鬼にはないと。

まさしく音速を超え、秒速三キロ以上の速度で迫るミサイルに対応できる筈がない。

以前緋蓮は碧が近代兵器にすら勝てると言っていたが、一鬼はまだその領域には居ないということだろう。

いや、そもそも碧も弾道ミサイルへの対応は不可能だろう……しかも打ち上げるのではなく、直接叩き込まれてはどうしようもない。


 一鬼が碧よりも格下であるとは言い切れない訳だ。

だが、どちらにしろ、今の一鬼ではそれを止めることはできないだろう。

種類によってはマッハ二十で迫ってくる弾道ミサイルを相手にしては、妖といえども、たった一人が対応できる筈がない。

それこそ、超越者でもなければそのようなことは不可能だ。




「そのまま動くな」



 だからこそ、ブルー・シャーマンが駆け付けたのだ……ミサイルを止める為に。


 蒼炎の超越者は一鬼の傍に悠然と立ち、その姿からは先程の必死さは感じられない。

過程を知っている羽月達からすればかなり滑稽に見えるが、当の一鬼にはそのようなことは分からないのだ。

とにかく、ミサイルを眼前で止めたのがブルー・シャーマンであるということに変わりはない。

今のブルー・シャーマンはいつもの五割増しで神秘性を感じる程だ。



「柿坂、体力は問題ないか?」


「ええ、一瞬意識が飛びそうになりましたけど……問題ありません。ブルー・シャーマンもそれだけ必死だったのでしょう」


「おいおい……そこまでか。美空ちゃんも、大丈夫か?」


「えっ?……は、はい」



 若干顔を青くしながら頭を抑える愛梨に、羽月は内心驚く。

人間である彼らと比べれば愛梨は体力も生命力も数倍、下手をすれば十倍以上は持っている筈で、そう簡単に消耗しない。

それを一瞬気絶させそうになる程に、少しばかり力を出したブルー・シャーマンは力を食うのだ。

唖然としていた美空に声をかけながら、羽月は藍色の妖の様子を確認してみた。


 表情の読めない鳥の頭に浮かぶ藍色の眼は驚きに見開かれ、思いの外感情を外に出している。

羽月の想像では藍色の妖はもっと無機質で、冷徹な存在だったのだが、どうやらその想像は間違っていたようだ。

思いの外血の通っていそうなその澄んだ目に、彼は若干の恐怖を覚える。

感情や理性、知性を持ちながらも、千人を超える人間を食ったという事実は、藍色の妖がそれだけ人間を軽視していることを表しているのだ。




「一鬼には一旦退いて貰おう……山吹、あいつの傷の治療を頼むぞ」


「ええ、任せて」


「さて……ここからは俺達がいかに足手まといにならないかだな」



 これから始まるであろう戦いの悲惨さを想像すると、羽月は苦笑しながらそう呟いた。













 一鬼は隣に現れたブルー・シャーマンの姿を、そしてさらに背後に感じる山吹の気配を確認すると、内心安堵した。

流石に弾道ミサイルを直接撃たれるとは想像もしていなかった為、本当に射出された瞬間彼は肝を冷やしたのだ。

だが、ブルー・シャーマンのお蔭で危機は脱した……もう彼は孤軍奮闘する必要は無い。

ブルー・シャーマンの能力を考慮すれば、もう勝利は決まったも同然だ。


 眼前で止まっていたミサイルが灰になって消えていくのを見ながら、彼は静かにその強大さに憧れを抱く。




「確かに無茶をしたかもしれないが……お蔭で宿主も位置も凡そ分かった」


「ならば、後で接触するのも良いだろう……先にこの傍迷惑な輩を倒してからだが」


「ブルー・シャーマン……青の席を賜った者……邪魔をするのか」


「当然だ。私は青を与えられた超越者であり、守るべきものがある。それを害しようとする貴様を邪魔しない手はあるまい。私に勝てると思っているのならば、相手をしてやろう」


「……超越者の中でも『彼』のお気に入りだった青を倒せるとは思っていない。だが……!」


「またミサイルか……!」




 インディゴは再びその胸部の小宇宙から数十のミサイルを打ち込んだ。


しかし、ブルー・シャーマンの近くに来た途端にそれらは全て空中に静止し、そのまま蒼炎に包まれて灰へと変化していく。

まるで時を止めたような芸道に驚く一鬼だが、しかし同時にインディゴの動きを警戒することは忘れない。

まさしく一瞬の油断が死を招く領域の戦いなのだ……油断して良い筈が無かった。


 一鬼はミサイル群の中をこちらに進んでいくインディゴに対して身構え、迎撃態勢を取るが、しかしインディゴはそれを無視して一気に急降下した。

まるでブルー・シャーマンの活動可能範囲から逃げるかのようなその軌道と、先程のインディゴの言動から、一鬼は少なくともインディゴはブルー・シャーマンの能力を知って居るのだと確信する。

一鬼は一瞬だけ追いかけるべきか悩んだが、すぐに追跡を再開することを決定した。


 一鬼側の面子は全員顔が割れてしまったのだ……このまま逃がす訳にはいかない。




「ブルー・シャーマン、奴を追うぞ!」


「焦るな。まずは傷を癒すのが先決だ……」


「こんなものは放っておいてもすぐに治る。それよりも、奴を逃がす訳にはいかない……今潰しておかねば、俺達の誰かが……家族が狙われる。そんな余裕は与えない」


「……そうか。ならば、行くぞ。すぐに終わらせる」


「ああ、頼むぞ……蒼炎の超越者」


「くっくっ……こそばゆいものだな」



 一鬼の言葉に何やら楽しそうにくっくっと笑うと、ブルー・シャーマンは飛んだ。

それに続いて一鬼も飛び、赤い眼で以て愛梨の黄金の眼を直視する。

一鬼の眼が伝えるのは、彼女を彼が連れていくこと、更にはそこから飛び降りろという旨のメッセージだ。

一瞬の間がそこにはあったが、彼女は彼の眼に映った真意を理解すると、そのままビルから飛び降りた。




「なっ!?」


「柿坂さん!?」



羽月と美空がそれに目を見開いて、叫び声をあげることすらできずに居るが、一鬼は二人を無視して、愛梨をキャッチする。

その瞬間、鼻腔を刺激した妖と人間の混ざり合った独特な臭いに、彼は思わず苦笑した。

愛梨は半妖で、彼のようにはなれない……いずれは彼についてこられなくなる。

だというのに、彼女はそれを承知で必死について来ようとしてくれるのだ……嬉しくない筈がない。


 一鬼は、己に大きな価値を見いだせないが、それでも自分を想ってくれる者が居ることは分かる。

血は繋がらないものの両親である明と夜空は昔から良くしてくれたし、兄貴分だった一矢も彼に様々なことを教えてくれた。

彼は一人ではない……孤独を抱えはするものの、決して一人ではないのだ。

その恩に報いる為、更にはその大切な者を奪った者を倒す為に、彼は進み続ける。

まずは、これから先大切な者を傷つけ得る藍色の妖……インディゴを倒すのだ。


 そこまで来て、彼は漸く一段落つくことができる。




「愛梨、痛む処はないな?」


「大丈夫です。それよりも、先輩こそ、左腕は……」


「ああ、少しばかりミサイルの自爆に巻き込まれた。だが、安心しろ……既に半ば回復している」


「そうですか……良かった……」


「機動力は俺が担う。愛梨は、体力にだけ注意してくれ。お前の体力では俺のようにはいかないからな」


「はい!」



 金色の瞳を細めながら微笑む愛梨に微笑すると、一鬼は宙を飛んだ。

彼はそれに先行する形で戦法を警戒するブルー・シャーマンを頼もしく思いながら、同時に後方で唖然としている碧に頭が痛くなる。

彼女は何がどうしたのか、空虚さすら感じさせる程に唖然としており、今はまともな戦力になりそうもない。

そんな姿を見てしまっては、一鬼は益々彼女の戦士としての評価を下げざるを得なかった。


 妖は強い精神力を必要とする存在である筈なのだから、もっと強くあらねばならない。

碧は日頃は強いのだが、一鬼との関係性が関わると途端に不安定になる。

彼に捨てられるのが怖いとでも言わんばかりにその新緑の眼を潤ませ、耳と尻尾をしゅんとさせるのだ。

日頃ならば一鬼もその程度は受け入れられるが、今居る場所は戦場で、一瞬の隙が死を招く。


 そんな時に彼女の相手をしてやれる程の余裕は彼にはない。




「ブルー・シャーマン、済まないが協力を頼む。どうやら今の俺では力不足のようだ」


「ああ、分かっている。私が奴を倒す……そこの殺戮者は使い物になりそうもないからな」


「済まないな」


「気にするな……私は超越者の役目を果たすだけだ。行くぞ!!」


「ああ!」



 一鬼はブルー・シャーマンの言葉に応じて一気に跳躍した。


愛梨を抱えている為、最高速で動くことはままならないが、インディゴの移動速度はそこまで速くない。

彼ならば十分に追いつけるし、どうせインディゴが向かっているのは宿主の元だ。

完全に追いつけずとも、宿主さえ特定できれば、後は宿主を殺せば良い。

だからこそ、内心彼はインディゴの行動を不審に思う。


一鬼達にとって、インディゴが宿主の居る方へと向かうのは有利な状況に違いない。

インディゴはそれを分かっている筈なのに、ブルー・シャーマンを前にしてすぐさま退却を始めた。

それこそ、ブルー・シャーマンの能力を考慮すれば、宿主を特定されるのは必至だろう。

だというのにインディゴはその道を選んだのだ……そこに裏があるのではないかと疑ってしまうのも仕方ない。




「居たぞ……あそこだ」


「宿主はあの車に乗っているな……既にかなり危険な状態のようだが」


「……それが撤退の理由か」


「間違いあるまい。取りあえず一気に踏み込め。今の奴にはどうせ反撃する力も残されていない」


「ああ……分かっている」



 ブルー・シャーマンの言葉に頷きながら、一鬼はインディゴに追随するように車に向かった。


その途中でインディゴの四肢がボロボロと崩れ始めていることに気付き、彼はインディゴが本当に限界を迎えていることに驚く。

確かに彼は相当な消耗をさせたかもしれないが、まだ戦闘を開始して十分も経っていない。

その程度で宿主が死にかけているとなれば、インディゴの燃費が碧以上に悪いか、宿主が不健康か、もしくは双方の可能性が考えられる。


 しかし、そんなものは今は関係ない……インディゴがもはやまともに戦えないことが重要なのだ。

一鬼はこの好機を逃すことなく、すぐさまインディゴではなく宿主を狙うことにした。

彼の身体能力さえあれば、車を破壊してそのまま宿主を殺害することはできるし、ブルー・シャーマンの能力ですぐに終わらせることも可能だ。

後々のことを考えれば証拠の残らない後者が望ましいだろう。




「……っ!」



 インディゴの姿が車の中に消えた瞬間、一鬼は一気に距離を詰めようとし、気付いた……車の窓ガラスをどす黒い何かが濡らしたことに。


それが何を意味するのかを彼が理解するよりも先に車は暴走を始めてしまう。

赤信号を無視して進み続ける車は、信号に従って直進していた車に凄まじい勢いでぶつかり、派手にひっくり返った。

そして、何かの拍子に固定されてしまったのか、鳴り続けるクラクションだけが、静寂を打ち消していく。


 一鬼は数秒程その様子をただただ唖然として見続けていたが、すぐに己を取り戻した。

圧倒的な力を放つ気配が突如現れ、今までにない絶対的な死の感覚が、彼に襲いかかったのだ。

同様に唖然としていた愛梨を抱えたまま、彼は大きく後方に跳躍した。

ただ黙って見守るブルー・シャーマンを他所に、彼は己の本能に従って安全圏まで後退する……明確な死のビジョンを避ける為に。


 その刹那、車は爆発を起こし、先程一鬼が居た場所を数十のミサイルが破壊し尽くした。





「……ブルー・シャーマン、いったい何がどうなっている? この感じは……お前に似ているぞ?」


「ふむ……思いの外、やるものだな。インディゴだったか?……よくぞ、その抜け穴に気付いた」


「ブルー・シャーマン!」


「良く見ておけ、選ばれし子よ……あれが紫の力を部分的ではあるが手に入れた者の力だ」



爆風の向こう側から感じる圧倒的な存在感を前にして、一鬼はブルー・シャーマンに説明を求めた。

しかし、ブルー・シャーマンはただ蒼炎を揺らすだけでそれに応えてはくれない。

ただ、一鬼に対してその眼で確認しろとだけ告げると、そのまま沈黙してしまう。

それが意味することに気付きながらも、しかし一鬼は前方にある圧倒的な存在感を前にして、それを肯定できない。


 ブルー・シャーマンもまた、前方の圧倒的な気配を感じている筈だ。

その圧倒亭な存在感は今のブルー・シャーマンにすら迫る程のものであると、気付いている筈なのだ。

だというのに、そのような余裕を持てることが彼には理解し難かった。

目の前に居る何かは、圧倒的な存在感で、彼に死のイメージを与え続ける。


 八尾の倍……否、五倍はあるであろう圧倒的な力を彼は前方から感じていた。

もはや今の彼では到底勝ち目はない……ブルー・シャーマンですらも、愛梨という制限がある已上は難しいだろう。

しかし、一鬼は蒼炎の超越者の言葉に従って、爆炎の向こう側に佇む者を見据えることにした。

その圧倒的な何かを超えた先に、彼の求める何かがあるのかもしれない。


 だから、彼は逃げずに前を見据えた……これから始まる死闘を予感して。




「ブルー・シャーマン……青の席を承りし超越者……いや、同士よ」



 爆風をかき消すように現れたそれは……やはりインディゴだった。


だが、その竜とも鳥とも取れる頭は若干変化しており、赤い芯のようなものを含んでいる紫色の水晶が角のように生えている。

また、銀色の四肢は失われ、代わりに胸部にあった小宇宙が肉体を浸食していた。

風に揺れるマントの内側はただ宇宙が広がるのみで、他には何もない……だが、驚くべきはそこではない。

マントが揺れている……そう、実体ではない筈のマントが風に揺れているのだ。


 インディゴの宇宙から銀色の手足が生えていくのを観察しながら、一鬼は混乱していた。

実体ではない筈のインディゴの一部であるマントが何故風に揺れるのか、彼には理解できなかったのだ。

新しく生えた銀色の足が地面を踏む度に硬質な音が鳴り響くのも、彼には理解し難かった。

目の前で起きていることが何を意味するかを理解しながらも、彼はその可能性を信じ切れない。

だが、理解せねばいけない……しなければ、命を失う。


 一鬼は腕の中で恐怖に震える愛梨を抱きしめながら、その赤い眼に全てを映した。

圧倒的な力を前に、抗うことを覚悟した。じわりじわりと熱を含み始めた心臓が下がれと告げているが、彼はそれを振り切る。

ここで逃げれば皆死ぬ……ここで終わらせねば、彼は己が存在価値を失う。

戦わねばならない……命をかけて挑まねばならない。美空を、羽月を、愛梨を、彼に居場所をくれたあらゆる者達を守る為に。


 一鬼はただ静かに見据える……死を予感させる圧倒的な力を持つインディゴの眼を。




「いかにも、我が名はインディゴだ」



 その藍色の眼を細めながら、インディゴは高々と名乗りを上げた。


その声は酷く嬉しげで、長年の祈願が叶った者のような、そんな感覚を一鬼は覚える。

藍色の宇宙から感じる圧倒的な何かに彼は恐れを感じるものの、しかし動けない訳ではない。

それに、彼にはこのまま何もしないという選択肢は最初から残されていないのだ。

彼達にしか目の前の存在を倒すことはできないであろうことを、彼は直感的に理解していた。


時は来た……今こそ、両親が与えてくれた守護者の意思を発揮する時だ。

一鬼と明達の、血の繋がらない親子の絆の強さを証明する時が、遂に来たのだ。

これを乗り越えなければ、彼はその程度の存在だったということで、もはや存在価値は無い。

今の彼にできることはただ守るべき者を守ることだけ……それすらもできなければ、彼はこれから己の存在価値を探すことすらままならない。


 勝たねばならない……勝つしかない。




「我こそが、紫炎を求めし者にして―――今や藍色の席を承りし超越者だ」



 だから、彼は己の全てを賭けてインディゴに挑むことを決めた―――己の心臓に誓って。








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