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虹色の肋骨  作者: 修羅場ーバリアン
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第一五話




 夕方、茜色に染まる景色を眺めながら、佐村敬吾は目の前にある扉を見遣っていた。


 現在彼は、親友である神谷明の所有している家に来ている。

事前に連絡を取ったとはいえ、急な訪問になってしまったことを彼は若干申し訳なく思っていた。

一鬼に何度電話しても返事が無かった為、手っ取り早く明に電話した彼だったが、意外なことに一鬼はまだこの町に留まっているらしい。


現在は一矢の住んでいた家に居るそうなので、この機会を利用して、敬吾は明にある程度の情報を明かそうと考えていた。

流石に千人近い死者をほんの数日で出したような相手を前にしては、一鬼でも苦しいだろう。

もしかしたら、本当に死んでしまうかもしれない。

彼は一鬼本人のことはそれ程重要視していないが、一応親友の息子なのだ。


流石に一鬼に猟犬紛いのことをさせていたことも、そろそろ隠し切れなくなってきた。

親友である明に話をしておく良い機会だと思い、彼は一鬼の居る一矢の家ではなく、ここに来たのだ。

インターホンを押して、暫くの間待っていると、やがて気配が扉の反対側に現れ、ロックを重い金属音と共に開けた。


 そのまま流れるように現れた親友の姿に、彼は内心懐かしさを覚える。




「入れ。美空は一鬼の処に行かせた。少なくとも恐らく後数時間は帰ってこない。これで、じっくり話ができる」


「済まないな。ゴールデンウィークなら普通は家族で出かけるものだろうに」


「お前がそれを言うか。大変なんだろう?……例の連続猟奇殺人事件は」



 導かれて家の中に入った敬吾は、久しぶりに訪れたそこが、依然と殆ど変っていないことに気付く。


まるで時が止まってしまった場所に居るかのような錯覚を覚えながら、彼は靴を脱いで並べた。

明はこういうことにうるさい男で、その子として育てられた一鬼や美空は、昔から随分と行儀の良い子だった。

優希もそれに倣ってくれたから良かったものの、もしも父である敬吾に倣っていたようならば、自堕落な女性に育っていたことだろう。


敬吾は一つの使命を果たす為には努力を惜しまないし、しっかりとしている。

しかし、その反面私生活はだらしない面が目立ち、支えてくれる存在なくして生きられない人種だ。

対して、明は昔からそういったことをしっかりとしており、彼の部屋は昔から生活感をまるで感じさせない程に綺麗だったことを、敬吾は覚えている。




「ああ、はっきり言ってお手上げだ。証拠がまるでないわ、犯行時間は二十四時間だわで、もう捕まえる処か辿り着くことすらできそうにない。まるで、雲でも掴んでいるようだ」


「雲か……まぁ、座れ。今日はその事件と一鬼に関係することで話があると言ったな……どういうことか、説明して貰っても良いか?」


「ああ。しかし……何故そこまで深刻そうな表情をする? 先に言っておくが、あいつが事件の関係者か容疑者だと言う訳ではないぞ?」


「分かっている。あいつはそんなことは絶対にしないからな。もしも、するようなら……私は父親失格だ」



 思いの外深刻な表情をしていた明を不審に思い、敬吾は一鬼と事件の関連性の無さを告げた。

しかし、それに頷きながらも、明の表情は少しも緩むことはなく、寧ろより険しいものになる。

その黒目と仏頂面からは表情が読みづらく、一鬼が誰に似たのかが一目瞭然だ。


 だが、そのようなことは今は関係ない。

問題は、何故明がそのような表情をしているかであり、敬吾にはそれが分かりかねていた。

まるで、何か事情を知っている者のように見えるその態度に、彼は内心困惑せざるを得ない。

勿論、今まで長年の間警官として生きてきた彼はそれをおくびにも出さないが、明の様子は明らかに異常だった。




「ともかく、俺が話したいのはそのことじゃない。問題は、寧ろ俺の方にある」


「?……どういうことだ」


「良いか? お前は怒るだろうが、取りあえず俺の話が終わるまでは押さえておいてくれ。実はな……俺は今まで一鬼に殺人事件の捜査を手伝わせていたんだ」


「何だと!? 敬吾、お前本気で!?……くっ。それで?」



 一瞬爆発的な怒りが明から伝わってくるのを、敬吾は感じた。


ある種の殺気にすら相当するその怒りに、彼は一瞬身構えそうになるが、何とか耐える。

神谷明はこういう男だと彼も知っていた。守るべき者の為ならば、全てを投げ打つことすらできる強さがあることも、敬吾は知っている。

しかし、同時にそれを暴走させない高い知性と理性を明が持っていることも、彼は知っていた。


 そもそも蛸殴りにされるくらいの覚悟をした上で敬吾はここに居る。

いかに優秀であろうとも、未成年に殺人事件の捜査に協力させ続けたことは明らかに異常だ。

それも、親友の自慢の息子を、親友に断りなく協力させている……これは同じ親でもある敬吾本人が、一番許してはいけない行為だった。

本人は確かに協力する意思を見せていたが、時には死と隣り合わせの世界に親友の息子を、親である親友の許可なしで引き込んだのだ。


 親友という絆を崩壊させるには十分過ぎる行為であろう。




「ああ、あいつは最高の猟犬だった。その結果、数々の難事件の解決に貢献してくれたよ。それでだな……」


「今回の事件にも、あいつを関わらせたということか?」


「……そうだ。相変わらず察しが良いな。感情的な面は鈍い癖に」


「うるさい。それで、何故今更私にそれを話す? まさか、今まで息子を危険に晒した責任を取る為などと言い出すつもりはないだろうな? 本心からそう思っているのなら、最初に殺人事件の協力をさせた段階でお前はここに来ていただろう……違うか?」


「……ご名答だ。俺は、あいつがお前の息子でなければ、こうして謝罪しにくることもなかっただろうな」



 敬吾は一鬼の身を案じたことなど、一度たりともない。


彼が一鬼の心配をする時、それは『親友の息子』の心配をしているだけで、一鬼自身の心配など微塵もしていないのだ。

もしも本当に心配していたならば、本当に後ろめたく思っていたならば、彼は明の言う通り最初に殺人事件の捜査に関わらせた段階で、ここに居るべきだった。

明はそれらを一瞬で見抜き、しかしまだ殴り掛かることなく耐えている。


 その強い自制心に驚き、同時にそれが一鬼にしっかりと継承されていることに敬吾は気付く。

一鬼は多くの要素を両親である明と夜空から受け継ぎ、身に着けている。

まるで二人の子であろうとしているかのように、二人の子であると言えるような人柄を彼は持っているのだ。

反面、明達の実子であろう美空はそこまで二人の強さを受け継げていない。


その皮肉な継承の可否に、敬吾は何度も首を傾げたものだ。

幸い、彼女は能力面ではしっかりと両親の子であることが証明されている。

考古学に興味を持ち、既に大量の本も読みこんでいる上に、それに見合うだけの知識量も持っているのだ。

そういう面では美空の方が二人の子どもらしいと言えるだろう。




「はっきり言ってくれるな。確かにあいつは人間離れしているが、万能ではないぞ。それと、他人様の息子を猟犬などと呼ぶな。あいつは、お前の道具ではないし、動物でもない。私の――大切な息子だ」


「分かった。取りあえず、今の事件に関しては流石に退かせようかと考えている。お前もニュースを見ただろう? 数日で千人殺すような奴が犯人じゃあ、流石のあいつでも分が悪い」


「なっ!?……単独犯なのか!? 平時で千人数を一日で殺すとなれば、それこそ巨大な集団くらいにしか起こせまい。幾ら何でも物理的に不可能だ」


「俺もそれは理解しているんだが……一鬼が単独犯の可能性が高いと言っていてな」



 そう、敬吾は一鬼から今回の大量猟奇殺人事件の犯人は単独犯だと告げられていた。


しかし、たった数日で千人もの被害者を出すのだとすれば、一日で三百人超の人間を殺さなければならない。

つまり、単純計算で一時間当たり十人以上殺害する必要がある訳だ。

そのようなことが単独で可能な者が犯人なのだとすれば、流石の一鬼もどうしようもないだろうと敬吾は考えていた。


 それでも少しも怯える処か気負いすら感じさせなかった一鬼の姿を思い出す度に、敬吾はそこに不気味さを見出す。

今までとは明らかに異なる、それこそ別次元と言える領域にある相手を前に、何故そこまで平然としていられるのか、彼には理解できない。

確かに一鬼もまた通常の人間とは一線を画した存在かもしれないが、それでも今回の相手は格が違う。


 その自信はどこから来ているのか、彼には理解し難い。




「あいつが?」


「ああ。あいつは今まで多くの事件を解決してきた実績があるが……それでも、俺には理解し難い。お前、何か知っていることがあるんじゃないのか?」


「……成程。それが今回の訪問の本当の目的か」


「正解だ。実の処、俺がここに居る目的の九割はそれだ」


「薄情な奴だ……しかし、確かにお前には話しておくべきかもしれないな」



 苦笑しながら文句を言う明を見ながら、敬吾は己の目標としていた男がいつの間にか小さくなっていることに気付いた。

明は、敬吾にとって学生時代の頃からその生き様に憧れて追い続けた目標そのものだ。

そんな男が、今や妻を失った一年前の事故以降、弱り切っていた。

今でこそ大分回復しているが、当時は酷い有様だった。


明はもっと強い男であると思っていた敬吾は、当時その姿にとても驚かされたものだ。

反面、そんな父を前にして弱る処か、寧ろ成長し続けている一鬼には驚愕したが。

一鬼は確かに明達の精神を受け継いでいるが、同時にそれ以外の面はまるで異なっている。

聞けば、事故の中心に居たのはまさしく一鬼であり、数台のトラックに撥ねられ、轢かれたそうだ。

それが、今やあそこまで成長しているのは、元来あり得ないことであろう。


 そのようなことを経験すれば、普通は外に出ることすら恐ろしくなってしまう程に恐怖するものだ。

常人ならもう一生立ち直れないであろう傷を負った筈が、一鬼は一ヶ月で舞い戻った。

心も体も摩耗してもおかしくない惨事を前にしても、それを鬼と名付けられた青年は一人で乗り越えたのだ。

その父ですらも乗り越えきれなかった事故を、だ。


 その差異こそが、敬吾が求めている一鬼の正体に関係している筈だった。




「敬吾。お前は、UMAや妖怪のような超自然の存在が実在すると信じているか? 」


「?……いきなり話が飛んだな。何が言いたい?」


「聞け。私はそんなものは信じていなかった……十九年前まではな。しかし、あの日私は出会ったんだ……一人の鬼に」


「……鬼?」


「そうだ。私はその鬼をこう呼んだ……一鬼、と」


「待て。お前、まさか……一鬼が人間ではないなどと言い出すつもりはないだろうな?」



 敬吾は突然起動の逸れた話に戸惑いながらも、明の言葉に反論していく。

いくら一鬼が人間離れしているとはいっても、それが実は超自然の存在だったなどと言われて、はいそうですかと信じられる筈がない。

しかし、彼の目の前に居る男は……神谷明は真面目な表情でそれを肯定するのだ。

自慢の息子の正体が、実は人間ですらなかったと、真剣な眼差しで。




「十九年前に私はとある遺跡を発掘した。それには高橋も柿坂も、佐藤も参加していてな……当時は喜んだものだ。その遺跡は二百年程度前のまだ新しい物だったが、中にあったものは、まさしく逸品だらけだったからな」


「?……そんなことがあったなら、俺も当時新聞にもニュースで見ている筈だ」


「当たり前だ。発掘直後にあそこはすぐさま封鎖され、埋め立てられたのだから」


「?……何故そんなことを態々した? お前の眼から見ても逸品だと思える状態だったんだろう? 価値はあった筈だ」



 苦労して一度発掘した遺跡を態々再び土の中に戻など、通常ならば正気の沙汰ではない。

何をどうすればそのような発想に行き着くのか、敬吾には理解し難かった。

しかし、明が無意味にそのようなことをする筈がないと知っているだけに、彼は続きが気になってしまう。

何がそこまで明を追い込んだのか、彼には興味があったのだ。


 そもそも、彼は一鬼の正体について尋ね、そこからこの話が始まった。

つまり、明らかな話題転換ではない限り、この話は一鬼の正体に直結していることにある。

超自然の存在と遺跡がどう関係するのかは、彼には理解できないが、少なくとも明は関係があると考えているのだろう。

それに、十九年前と言えば……丁度、明が一鬼の誕生を唐突に知らせてきた年だ。


 この遺跡の話は決して無関係ではないと、彼も分かっていた。



「当時、発掘に関わった者の多くが発狂死したからだ。生き残った者達も数年後に突然死し、親戚も多くが心臓麻痺で死に、更にはその子達は異常を宿して生まれてきた。まるで祟りのようにな」


「!?……バカな。遺跡の中でのみ生育していたウイルスや菌の可能性があるだろう?」


「すぐに精密検査を行ったが、そういったものは一切検出されなかった。だからこそ、あの遺跡は呪われていると言われ、二度と誰も到達できないように埋められた。あれは人目に触れて良いものではないし、私からしても忌避すべきものだった。しかし、一つだけ良いこともあった」



 遺跡は基本的に密閉されていた空間である場合が多いので、中に未知の細菌などが存在することがある。

明が話している遺跡の話にもそれが当てはまるのではないかと敬吾は考えたが、それに立強いて明は首を横に振った。

それだけでなく、既に検査を行った上で異常が無かったにも関わらず、そのような異常が起きたのだと、少しも冗談に思えない声音と表情で告げる。


 その鬼気迫る様子から、敬吾は明が語っていることが嘘ではないのだと改めて理解させられた。

そして、同時に最後に浮かべられた笑みの真意を理解しかねて、明の言う『良いこと』が何を示すのか考えさせられる。

良いことなどありそうもない惨状を聞かされた今、いったい何が良いことになり得るのか、彼には分からない。




「良いことだと?」


「ああ、あの日私は……赤子を見つけたんだ。遺跡の中でな。信じられないかもしれないが事実だ。それが一鬼だった」


「はっ!?」


「驚くのも無理はない……だが、確かに私は遺跡の最奥で、揺り籠の中に居る一鬼と出会ったんだ」


「……おいおい、ちょっと待て。流石にあり得んだろ。それなら、お前は何故一鬼だなんて名前にしたんだ?」



 遺跡の中で赤子を発見するなど、何処かのフィクションかと疑いたくなるような内容だ。

語り手が明でなければ、敬吾はまず信じなかっただろう。それ程に眉唾物で、現実離れした内容なのだ。

バカバカしいと一蹴されてもおかしくない程に、ぶっ飛んだ話であることは町が無い。

物語であったとしても無理があるのは明らかだ。


もしも、二百年前からそこに居たのだとすれば、どうやって赤子はその遺跡の中で生き延びた?何故成長していない?

仮に外から紛れこんだのだとしても、いったいどうやって紛れ込んだ?

遺跡の最奥に眠る赤子が居るなど、本当にフィクションでしかあり得ない話だ。

敬吾はバカバカしいと感じる己が居ることを感じながらも、続きを聞くことを選ぶ。


 ここでただ否定するのは簡単なことだ。

しかし、彼が知りたい情報に辿り着くまでは、我慢しなければならない。

佐村敬吾は神谷明の親友としてここに来ているのであって、警視の佐村敬吾としてではないのだ。

そこを履き違えてしまえば、これから得られるかもしれない重要な情報を見逃す羽目になってしまう。




「……当時、赤子だったあいつを包んでいた布に、一鬼と書かれていてな……それをそのまま名前とした訳だ。勿論、ただそのまま名付けた訳ではない。そこには確かな意味がある」


「いざという時には覚悟を決めて、一人の鬼となって欲しい、か?」


「……一矢辺りから聞いたか」


「正確には一鬼からだ。あいつは一矢から聞いたらしいが」


「一矢……余計なことを」



 忌々しそうに一矢が余計なことをしたと言う明に、敬吾は内心違和感を抱かずにはいられない。

一鬼が己の名前の由来を知ることを妨げて、いったい何の意味があるのだろうか?

どんな子も、親がどのような理由から自分の名前をつけたのかは気になるものだ。

一鬼もその例外ではなく、実際名前の由来を知った際には若干嬉しそうにしていた。


 それを忌々しく思う親が居てはいけない……少なくとも、敬吾はそう思っている。




「取りあえず、一鬼は人間ではない……ということだな?」


「ああ、恐らくな。しかし、確証がある訳ではない」


「十分だ。俺もあいつのことは人間らしくないと思っていたからな。これで、漸くその理由が分かった。それで……そのことはいつ一鬼に教えるつもりだ? まさか、墓場まで持っていくつもりはないだろうな?」



 敬吾は己の求めていた情報を大まか過ぎるものの、手に入れた。


色々と突っ込みたいことがある訳だが、その点に関しては、彼は見逃すことにする。

十九年前の話など今更しても、過去は変わることはないし、彼は過去に興味は無い。

彼が興味を持っているのは、未来を大きく変え得る情報だ。

だからこそ、彼は明に問うのだ……己が子と認めた一鬼に、名前のことや出自を話すか否かを。




「……今の処は、墓場まで持っていくつもりだ。これを教えてしまえば、あいつは……恐らく自分を見失う」


「おいおい、そりゃないんじゃないのか? そんな後ろ向きなお前なんか見たくなかったぞ、明。一鬼はもう十九だぞ? 十分……いや、十分過ぎる程に大人になっている」


「いいや、まだ十九だ。一鬼には……話さない。話してどうなる? 今のままで十分やっていけているんだぞ?」


「ちゃっちい嘘をつくんじゃねえよ、明。お前はただ息子を失うのが怖いだけだろう? お前は知らないだろうが、あいつはもう十分過ぎる程大人なんだよ。はっきり言って、今のお前なんかよりも全然上だ。話しちまったら自分を見失うのはあいつじゃなくて、お前の方だろうが」


「……」



 敬吾は苛立ちを隠し切れずに、思うがままに言葉を紡いでいく。


神谷明は彼が生涯憧れ続けるような人間でなければならない。彼が生涯追い続けるような存在でなければならない。

常に先を行く明を敬吾は追いかけ続けて、その果てに今の場所まで上り詰めてきたのだ。

彼にとって神谷明は常に目指すべき目標であり、競うべきライバルでもあった。


 そんな明が、今目の前で息子の弱さを理由に、息子に真実を話すことを良しとしないと言っているのだ。

もしもそれが事実ならば敬吾もただ頷くだけだが、一鬼は少しも弱くないことを彼は知っている。

一鬼は何も感じないロボットではないが、如何なる痛みも受け入れるだけの器があった。

明が弱さを理由にするには、余りにも強過ぎる息子だ。




「一鬼はなぁ……お前の息子なんだろう? なんで、自分の息子を信じてやれない?」


「息子だからこそ、怖いんだ。傷つけてしまうのが……傷つけられるのが」


「バカ言うんじゃねえ。お前とあいつの家族の絆はそんなものなのかよ? 一鬼は、お前にとってその程度のことで絆を捨てちまうような、薄情者なのかよ?」


「バカにするな! あいつは誰よりも大切な、私と夜空の息子だ! 血の繋がりなど関係ない! 私達と同じ精神を受け継いだ、私の息子だ!」


「なら、その自慢の息子を信じてやれよ。その絆を信じてみろよ。その程度で、神谷の姓を捨てちまう程あいつが薄情な訳ないだろうが」



 だからこそ、敬吾はそうやって滑稽な逃げを行う明に現実を突きつける。

生涯追い続けようと誓った男がそのようなことを恐れることが彼には我慢ならないのだ。

神谷一鬼がただの一鬼になることを明が恐れていることが、いかに滑稽かを彼は知っている。

一鬼を本当に己の子だと思うのならば、自慢の息子だと思えるのならば、そのような恐れに躓くことはない筈だ。


 実際に血の繋がらない子を持たない敬吾では想像の範囲内でしかものを語れないが、やはり彼ならば全てを語るだろう。

本当の親子の絆には血の繋がりなど関係ないのだと、彼は神谷一鬼から学んだ。

とっくの昔に己が養子であることに気付いていたにも関わらず、その絆を信じ続けた男の背中は齢十九とは思えないだけの力強さがあった。

明は誇って良い……彼が育て上げた鬼は、まさしく一人の鬼として生きていけるだけの強さを手に入れたのだから。


 確かに才能もあっただろう。一鬼の素地が良かったことは否定しようのない事実なのだから。

それでも、その素地を殺すことなど成長させたのは他でもない明と夜空だ。

二人が一点の曇りもない愛を与え続けたからこそ、一鬼は人間の世界で生きていく。

神谷という姓を名乗り、二人の息子の位置に居ることを望む。

二人の教育は確かに血の繋がらない鬼を息子にしたのだ。鬼を鬼のまま、育て上げたのだ。




「……そう、だな。考えてみよう。一年前のあの事故以来、大分弱ってしまったようだ。以前なら、こんな口論なしで頷けていた筈だというのに」


「仕方ねえさ。愛する者を失った奴ってのは、そう簡単に立ち直れねえさ……愛が深ければ深い程に、その傷は深くなるんだからな。俺はそういう奴を沢山見てきたから、分かるんだよ」


「そうか……」


「こんなにボロボロになる程神谷夜空を愛しているお前が、育てた子だぞ? 安心して話せ。あいつは絶対にお前達を捨てたりはしない」


「ああ、分かっている……分かっているとも」



 敬吾は明に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、誘導を開始する。


一鬼はいずれ家族すら過去として受け入れるだけの非情さを併せ持っていることを、彼は言わないでおいた。

結局の処、己自身でなくとも誰かが家族を守れたならば、それで良いのが一鬼だ。

その非情さを敬吾はいくつもの殺人事件を共に捜査する過程で学んでいるが、明はその一面を知らない。


 神谷一鬼は非常に両極端な二面性の持ち主だ。

どんな者にでも手を伸ばそうとする甘さを持つかと思えば、家族ですら殺せるだけの非情さも併せ持つ。

結局は彼が信じるものこそが最上であり、それを侵害する者は如何なる者であろうと排除するのが彼なのだ。

それでも、可能な限りは手を伸ばし、受け入れようとするからこそ、彼は時に優しく、時に非情に見える。




「そうさ。あいつは、お前達を絶対に見捨てない……裏切らない限りは、な」



 明は運が良い……神谷一鬼の父親になれたのだから。


どんなに非情でも、一鬼は神谷明の息子であると自覚していて、その居場所を最大限守ろうとするだろう。

一鬼からすれば敬吾や優希など有象無象に過ぎないが、明は確かにその父たる位置に坐せるのだ。

だからこそ、一鬼はそれに応えてくれる。美空という血の繋がりが無い小娘を守ってくれる。


一鬼が美空の守護に命をかけるのは、全ては明と夜空に応える為だ。

決して美空が一鬼にとって大切な存在ではないという訳ではないが、実際の序列は明と夜空が最上であろう。

ただ二人の愛に応える為に、一鬼はその愛の結晶たる美空を守る。

過保護と言える程に支え続け、傍から見ても明らかに過度な依存を許してしまう。



 本当に明達は運が良い―――彼らの息子は、己の信念を裏切らない限り、決して裏切らない唯一無二の鬼に育ったのだから。











 茜色が空から消えていき、藍色へと変化を始める頃、羽月は高橋一矢の所有していた家についた。

一鬼から連絡を受けた彼は、すぐさま集合場所となっていたこの場所に来たのだ。

彼に宿る『虹色の肋骨』である緋蓮もまた藍色の妖がこの町に戻ってきたことを察知していた。

その為、羽月はすぐに一鬼と合流することにしたのだ。




「まったく……突然戻ってきやがるんだから、本当に怖い奴だ。ブルー・シャーマンの言う通り、下手に動いていたら入れ違いになっていたな」


「ああ、まったくだ。取りあえず上がってくれ。既に愛梨と美空は来ている」


「分かっている」



 一鬼に促されるままに、羽月は家の中へと入っていく。


羽月は何気ない動きから、一鬼がまた大きく変化したことに気付かされる。

その動きは依然にも増して洗練され、ただでさえ隙がなかった化け物が、更に化け物になっていた。

初めて二人が出会った頃は、もっと人間めいていた筈だが、今の一鬼はもうその時の彼ではない。


 そのことに少しばかりの寂しさを覚えながらも、羽月は歩を進める。

すぐに居間に辿り着いた彼は、既にそこで待機していた愛梨と美空の姿を確認すると、溜息を一つつく。

愛梨と美空の間に漂う居心地の悪そうな雰囲気が、彼にそうさせたのだ。

既にその険悪な雰囲気の正体を知っている羽月からすれば、呆れざるを得ない状況だった。




「なぁ、一鬼……あの二人機嫌が悪そうなんだが」


「ああ、実は組み分けで少しばかり揉めてな」


「組み分け? 何の話だ?」


「電話した通り、今から藍色の妖捜索を開始する。その際に、二組に分かれて動こうと思う」


「あー……大体予想できるけど、一応聞いて良いか? どういう組み合わせで動くつもりだ?」



 返答がどんなものかを凡そ予想はつくものの、羽月は一鬼の話を聞くことにした。


組み合わせで揉めたというのだから、どういう組み合わせを一鬼が考えていたかは容易に分かる。

彼が一鬼の立場だったならば、ブルー・シャーマン達の戦闘力を考慮して、己とそれ以外で分けるだろう。

そして、そうなれば愛梨達が反対することは明白だ。


 羽月は呆れ半分で一鬼がことの顛末を話しだすのを待った。




「俺と碧が単独で動く。機動力と戦闘力を考えれば、俺とそれ以外で分かれた方が都合が良いからな」


「あ~……確かにその通りだとは思うが……二人はそうは思っていないんだろう?」


「駄目! いくら碧さんが強くても、一人だけなんて危険過ぎるよ! 相手はこの数日で千人……殺したんだよ?」


「一鬼先輩、私も反対です。それこそ、総合力を考慮すれば私が単独で動くのが正解な筈。私達の『虹色の肋骨』で最も強力なのはブルー・シャーマンです」


「……だそうだ」



 案の定、一鬼の判断に対しての二者の反論は別の視点のもので、羽月は再び溜息をつく。

心を読める愛梨は彼の思考を読んでいるだろうが、それ故に彼は開き直って思考を続ける。

美空は純粋に一鬼が妖であることを知らされていないが故に反論しており、愛梨は知っているからこそ反対しているのだ。

その違いが何を意味するかを考えるだけで、羽月は憂鬱になってしまう。


 愛梨はブルー・シャーマンの能力に絶対の信を置いており、一鬼の能力もある程度理解した上で己が単独で動くと言っている。

それに対して、美空はまともに戦力を判断するだけの材料を与えられておらず、そもそも一鬼がただの人間であると思っているようだ。

つまり、一鬼はまた美空を甘やかして、肝心の情報を彼女に伝えていない。


 神谷一鬼は妖であり、既に上級妖の領域に足を踏み入れている。

それを羽月と愛梨は知っているからこそ、その能力に信を置くことができるが、知らない美空にはできない。

それを愛梨はさぞ滑稽に思い、同時に内心勝ち誇っていることだろう……彼女の方が、遥かに一鬼を理解しているのだから。

美空への甘さが美空の首を絞めていることを知っていても、一鬼はそれを止めない。


 羽月は、そのことが心配だった。




「だからこそ、足枷をブルー・シャーマンにつけるんだ。俺は足枷をしたまま戦える程器用ではないからな」


「足枷?……私達が足手まといだってこと?」


「そう聞こえなかったなら、もう一度言うが?」


「心配して言っているのに……もう知らない! 勝手にすれば!!」



 本心から心配していた美空からすれば、突然の戦力外通告には驚き、怒ることしかできない。


それが一鬼によって誘発されたものだと気付かずに、彼女は衝動的に一鬼の単独行動を許してしまった。

羽月はその様子に苦笑しながら、内心一鬼の言葉が事実であることを受け入れる。

彼と美空は本人も妖も弱く、ブルー・シャーマンや碧のようにはいかない。

しかも、今回の敵はその二者すらも超える妖である可能性があるのだ……戦力外通告はある意味仕方のないことだ。


羽月は頭を抱えている愛梨を見遣ると、静かに三度目の溜息をつく。

愛梨は一鬼が美空を誘導したことを理解しており、それによって多数決で一鬼の案が採用されることが分かっていたのだ。

羽月は一鬼の案に賛成していることは、彼女も能力で知ることができる。

そして、それを羽月が承知の上で一鬼に同意していることすらも、彼女は理解するしかない。


 羽月はその様子に思わずニヤリと笑うと、さりげなく親指を立てている一鬼とアイコンタクトを取った




「うう……このバカは……」


「そういう訳だ。愛梨、足枷はお前に任せる。機動力を考慮して、捜索範囲は俺が八割行う。お前達は残りの二割を頼む」


「先輩……後で埋め合わせしてくださいよ?」


「言われずとも、元々そのつもりだ。羽月も頼むぞ……そちらの頭はお前に任せる」


「やっぱそうなるよなぁ……やれやれ、豆腐メンタルに電波女とは、貧乏くじだ」



 確かに美空も愛梨も平均以上の容姿をしており、特に愛梨は半妖であることもあってか、大層な美人だ。

しかし、羽月からすればただそれだけのことで、肝心の中身に問題があり過ぎる。

遠くから見ている分には目の保養にはなるかもしれないが、実際に関わると非常に面倒くさいのだ。

更には、羽月は二人とはウマが合わない為、余計に居心地が悪い。


 組み分けに関しては、単純な効率を考えれば一鬼と愛梨のみの圧倒的な組で行動するのが最良だ。

しかし、もしも藍色の妖と入れ違いになれば羽月と美空だけでは確実に殺される。

そういう意味では美空を傍に置くという一鬼の判断は正しく、残酷でもあった。

美空の身の安全はほぼ確実に保証されるが、場合によっては明達が死ぬのだから。

それを承知で美空を傍に置き、しかし自分ではなくブルー・シャーマンに守らせることも、その非情さを良く表している。


 結局一鬼が守りたいのは美空自身ではなく、両親である明と夜空の娘でしかない。

それを知っているからこそ、愛梨も美空にそこまで嫉妬していないのだろうと羽月は考えている。

一鬼自身そのことをはっきりと自覚してはいないかもしれないが、少なくとも羽月にはそう見えるのだ。

ここまで歪な女達と行動を共にしなければいけないことに、彼は思わず四度目の溜息をつく。




「連絡は携帯電話で行う。常に通話状態にしておけ。このハンドセットを使えば、マイクのオンオフを切り替えられる。いちいち駆け直さずにこれを活用しろ」


「へいへい、分かりましたよっと」


「殺戮者よ、その子のことは任せるぞ」


「言われずとも。そちらこそ、妹さんのことは任せたわよ。しっかりと守り抜きなさい」


「当たり前だ。私を誰だと思っている」



 睨みあうように相対する碧とブルー・シャーマンの姿に、更に羽月は溜息をつきたくなった。


両者の間に何があったのかはそこまで知らないが、それが一鬼の出生に関係しているらしいことは、本人から連絡を受けている。

羽月からしてみれば、どちらも多くを語らないが故に不明瞭な点が多過ぎるが、ブルー・シャーマンの方が圧倒的に信頼度は高い。

その言葉には不思議な説得力があり、それをただの山師ではないと断言させるだけの能力と精神を持ち合わせている。


 逆に碧は、高い能力を持っているのは確かなのだが、何処か不安定で怖さが目立つ。

一鬼に対する態度も甘えや恐れを多分に含んでおり、時折見せる捨てられることを恐れているような仕草が、羽月を苛立たせることがある。

非情ではあるものの、同時に甘さも併せ持つ一鬼にそのような表情で甘えることが、彼には腹立たしい。

そうやって一鬼に取り入ろうとする思惑が所々に透けて見えるが故に、彼は碧を危険視する。


 彼にとって碧は実にブレの多い存在であり、同時に一鬼に悪影響を与え得る予感を抱かせる相手だ。

その一鬼に対する態度を見れば、じわじわと一鬼の懐に潜り込んでいることが彼には良く分かる。

死人でしかない癖に、彼女は一鬼にとっての大切な者になろうとしていた。

ゆっくりと蛇が獲物を飲み込んでいくように、彼女は一鬼を飲み込もうとしている。


 それを感じ取っているからこそ、羽月は一鬼に彼女を切り捨てろと忠告したのだ。




「羽月……緋蓮はどうした? 姿を見せないが、何かあったのか?」


「ん? ああ、あいつはちょっと調子が悪いみたいなんで、今は引っ込んでいる。どうせ戦闘では役に立たないし、居ても居なくてもそう変わらんだろう」


「……調子が悪いだと? 何があった」


「何も。飯を食い過ぎて腹壊したんじゃねえの?」


「自分の相棒なのに随分と適当だな……まぁ、そんなものか」


「ああ、そんなものだ」



 一鬼の言葉に頷きながら、羽月は苦笑する。


緋蓮が調子を崩しているのは確かで、彼がそれをそこまで重要視していないのも確かだ。

所詮羽月にとって緋蓮は『虹色の肋骨』という死者でしかなく、その力を認めこそすれ、大切な存在というカテゴリに加える気はない。

緋蓮もそれは同じことで、飽くまで両者は協力関係にあるというだけで、その関係はドライなものだ。

それは、ある意味一鬼が碧に望んでいる関係性そのものだろう。


 一鬼もまた碧をただの戦力として割り切ろうとしているが、彼女はそれを許さない。

まるで乾いた砂に滲みこむ水のように、彼の懐へと着実に彼女は踏み込み始めている。

羽月はそれを感じ取っているからこそ、碧を嫌悪し、その存在を危険視しているのだ。

このまま彼女が踏み込み続ければ、いずれ一鬼が迷いを生む原因になることは明白で、それが原因で死ぬ可能性だってある。

羽月の望む鬼は、そのようなもので死んではいけない。狐に誑かされてはいけない。


その真意を見抜き、拒絶すべきなのだ。




「取りあえず、今から動くぞ。すぐに夜が来る……今夜決着をつけておきたい」


「ああ、確かに二度目はなさそうだな。仮に逃げられたとしても、宿主の特定くらいはしておかなければ」


「そうだ。そこが最低ラインになる。ブルー・シャーマンも、藍色の妖と遭遇したら可能な限り情報を引き出してくれ」


「心得ている。宿主の素性まで辿り着くのは難しいが、どの辺りに宿主が居るかくらいは分かる筈だ」


「頼む。もしも居場所が分かったならば……最悪俺が潰しに行く」



 一鬼の言葉に満足そうに頷くブルー・シャーマンを見遣ると、羽月は今ここに集まっている者達の歪さに思わず苦笑する。

皆目的がバラバラで、そもそも目的などない者までいる始末だが、何故かこうして集っているのが、彼には不思議だった。

彼らの共通項は神谷一鬼という男であり、同時に『虹色の肋骨』という死者達だ。

ただそれだけの筈なのに、それが彼らをこうして一ヶ所に集めさせている。


 羽月はその最たる原因である一鬼を、続いて美空と愛梨を見遣ると、思わず笑みを漏らした。

一鬼は本当に歪なものを引き付ける性質にあることを改めて思い知らされたからだ。

初めて出会った時に強く感じた圧倒的な存在感とその力に彼は憧れ、一鬼を己の目標にすることを決めた。

その後彼は一鬼が愛梨を三年という長い時間をかけたものの、救っていく過程を目撃したこともある。


 愛梨は一鬼の持つという『唄』に救われ、そこから彼の傍に居るようになった。

美空は埋まれながらに一鬼という兄を持ち、その大きな存在に支えられ、嫉妬し、惹かれて生きてきた。

そして、羽月もまた一鬼の強さに感動し、己が目標とすることを誓い、一鬼に近づいたのだ。

ここに居る者達は一鬼の元に集ったと言っても過言ではあるまい。




「さて、行くぞ……これからは妖の時間だ」



 だからこそ、羽月は分かってしまう。


一鬼という光に群がる蛾のような存在である彼らでは、彼には到達できないことが。

蛾は太陽にはなれない。蝶にもなれない。飽くまで蛾として生を終えるのが、彼らの定めだ。

険しい表情で行動開始を宣言する一鬼の後ろ姿から溢れ出す圧倒的な存在感に、彼は次元の違いを改めて実感する。

圧倒的に強く、残酷な存在は手を伸ばせば触れられる場所に存在しているが、しかし生きている世界がまるで違う。


 夜は妖の時間だと一鬼は言うが、しかしその妖である一鬼は羽月達にとっては太陽だ。

その暖かさに惹かれ、しかし近づこうとすればその圧倒的な熱量に焼かれてしまう。

何故一鬼が夜を妖の時間だと言うのかは彼には分からないが、そこには意味がある筈だ。

羽月の知る神谷一鬼という男は無意味なことを嫌う為、その言動には凡そ意味がある。

意味がないことの方が珍しいくらいで、ある意味窮屈な生き方をしているのだ。

その窮屈さを彼の言葉に反映させるならば、彼は妖ではないということになる。


 或は彼自身が己を闇だと思っているだけなのかもしれないが、それでも羽月達から見た一鬼は光だ。





「―――夜明けが来るまではな」



 煌々と光を放つその赤い眼は、熱を多分に含む赤い血潮そのものを表しているのだから。













 もうすぐ日が完全に暮れるであろう時間帯、一鬼はその百八十四センチの肉体を惜しげもなく強風に晒していた。


 現在彼が居るのは五階建てのビルの屋上であり、高さに見合うだけの強風が彼の藍色の髪や衣服をなびかせる。

時間は午後七時……あと三十分もすれば完全に夜がやってくる時間帯だ。

夜……つまりは妖の時間がやってきた今、一鬼はその能力を人目を気にせず使うことができる。

文字通り空を駆け、建物から建物に移動する彼の姿が、時折月をバックに映し出されていた。




『一鬼、そっちに反応はあるか?』


「いいや、ない。その様子だと、そちらもなさそうだな」


『ああ、見事に引っかからない。次の地区に移る』


「了解した。こちらも反応が無ければ、次の地区に移る」



 一鬼はヘッドセットから聞こえる羽月の声に応えながら、互いの状況を確認する。

彼は藍色の妖が町に戻ってきたことを感じた直後に羽月達を呼んで、包囲網を敷き始めた。

その実態は、包囲網と言うには余りにも貧弱なただの虱潰しの作業だが、元々絞ってあった地域は精々半径一キロ程度の距離しかない。

二手に分かれさえすれば、一日程度で網羅しつくは十分過ぎる程に絞れている。


 現在、一鬼は彼とそれ以外の三名で二手に分かれて元々絞っていた地区を虱潰しに網羅していた。

『虹色の肋骨』と妖である一鬼は、更には半妖である愛梨は、同類である妖の気配を感じることができる。

だからこそ、機動力と純粋な戦闘力が一番高い一鬼・碧のペアが単独行動しているのだ。

もう片方の組は愛梨と羽月、そして美空で編成されており、こちらは愛梨が起点となっている。


 総合力では碧を圧倒するブルー・シャーマンに羽月も美空も守らせると言う、ある意味消極的な組み合わせではある。

だが、機動力はないものの、ブルー・シャーマンの反則じみた能力で圧倒的防御力を誇る組なので、藍色の妖に遭遇しても、一鬼が辿り着くまでは確実に持つ。

実質愛梨達の組は防戦前提の編成であり、一鬼が遊撃手に近い役割を担っている訳だ。


そもそも、藍色の妖が不用意に接近してくれたならば、ブルー・シャーマンの能力で一瞬でカタがつくので、この編成はある意味理想的なものだった。



「碧、気配を感じるか?」


「いいえ、まるで感じないわ。この地区はダメね……居ないわ」


「なら、次に行くぞ」


 一鬼が一人で行動しているのにはもう一つ理由がある。


彼の機動力は四名の中で最も高いのは明らかだが、それは二次元的なものではなく、三次元的なものだ。

『虹色の肋骨』の気配の感じ方は基本的に半径百メートル内の妖の居場所を察知し、それよりも遠い場所に居る場合は、町規模の大まかな場所しか分からない。

この半径百メートルという範囲は通常二次元のものだと考えがちだが、実際は三次元のものだ。


前後左右だけでなく上下にも気配察知は働いており、立体的に移動できる一鬼がその恩恵を最も受けるのは明白だった。

だからこそ、一鬼はその機動力を殺さずに済むように単独で行動し、立体的に藍色の妖の気配を探す。

敬吾から得た今までの情報を纏めれば、藍色の妖は常に何処かの建物内で纏めて人間を食っていた。


 その場所には規則性がまるで無いが、その規則性が無いという事実こそが重要なのだ。

規則性が無いということは、逆に考えればかなり広い行動半径を持っていることを示す。

そう感じさせる為に宿主が協力している可能性もあるが、それならばもっと上手くやっていただろう。

彼の推論でしかないものの、一鬼は藍色の妖は単独で行動しており、宿主との間に関係性は薄いことを感じていた。




「……やはりおかしいな。藍色の妖はバカなのか、それとも全て見越しているのか……前者ならば良いが、後者の予感しかしないぞ」


「確かに、ここまで特色を隠すことなく示されては、疑ってしまうわね」



 一度に数十人食うのは分かるが、それを毎回バラバラな条件で行えば、却ってその特徴はバレてしまう。

通常の人間相手ならば、その規則性の無さは場所を特定されないようにしていると思うだろうが、今回の相手は『虹色の肋骨』だ。

自由度が高過ぎることが、その能力値と状況を凡そ推測させてしまう。


実際、一鬼は藍色の妖の行動半径は精々数百メートルレベルであり、キロメートルのレベルに達しないことを予測していた。

イエロー・レディーという前例がある為、一鬼は凡そ事態を把握している。

藍色の妖はその前例と同じく、以外と限られた範囲で『食事』をしているのだ。

更には、犯行時間などがバラバラであるにも関わらず場所が凡そ限られていることから、宿主は基本的に決まった範囲でしか活動していないことも分かる。


 それだけ分かれば宿主がどういう人間かも凡そ検討はついてしまうのだ。

長時間同じ場所に居て、しかしそれなりにフットワークが軽いとなれば、学生が最も可能性が高い。

実際、いくつかの『食事場』は中学校から半径五百メートル程度の距離にあり、『食事』が行われたであろう時間帯も日中だ。

このことからも、藍色の妖の宿主はその中学校の学生か、関係者であると推定できる。


 しかし、ここまで簡単に推測できてしまうからこそ、一鬼は疑う……これが罠なのではないかと。




「……! 今、向こうで何かが動いた。鳥……?」


「あれは……明らかにこちら側の存在ね。ふふ、漸く見つけたわ。距離は訳二キロメートル……一気に詰めるわよ」


「ああ、分かっている。羽月、I地区で藍色の妖と思われる者を目撃した。今から追う」


『意外と早かったな……了解だ。すぐにそちらに向かう。無理はするなよ』


「言われずとも深追いはしない。待っているぞ」



 すぐさま羽月に連絡すると、一鬼は直線コースで目撃した何かに向かっていく。

どうせ百メートル以内に入れば互いの位置は隠しようがないのだから、最短ルートを選ぶのが最良であろう。

一鬼は今回の藍色の妖に関しては話し合いをするつもりはないし、してはいけないと考えていた。

今から接触するのは滅ぼす為であって、対話する為ではないのだ。


 今や空すら足場にできる一鬼にとっては一度高高度まで登れば、後は障害物のことを気にする必要は無い。

彼の現在の身体能力を駆使すれば、二キロメートルなどあっという間だ。

碧曰く、現在の彼ならば音速にすら達することができるとのことだが、彼自身はそうは思えないでいる。

そもそも衣服を駄目にしてまで音速の世界に飛び込む必要があるのかと言われてしまえば、そんなことは早々ないだろう。




「……なんだ? 奴も移動しているようだが、それなりの速度だぞ。宿主が乗り物に乗っているのか?」


「恐らくそうね。この速度だと車かしら? だけど、追いつけるわよね?」


「勿論だ。車程度の速度なら造作もない」



 一鬼は加速と共に、一気に目標との距離を詰めていく。


それに合わせて発生する凄まじい空気抵抗にも彼は負けずに、その重量を活かして前傾姿勢で走る。

ただでさえ重量のある彼が走ることで生じる衝撃に靴が悲鳴を上げるが、その速度が緩められることはない。

碧と同等の領域に辿り着いたことで、彼の体重は彼女とほぼ同等だと思われるトンの単位に達している。


 どのみち靴が悲鳴を上げるのは確定事項だ。




「碧、準備をしておいてくれ。攻撃はお前に任せる」


「分かっているわ。一撃で仕留めてあげる」


「期待しているぞ。さて……そろそろ気付かれるか?」


「……!」


「どうした? 何を……!」



 一気に距離を詰めて五百メートル程度の距離に差を縮めた頃合いに、一鬼は碧が何かに反応したことに気付いた。

それに数瞬遅れて、彼はいくつもの妖の気配が前方百八十度からやってくるのを感じる。

しかし、その気配は酷くあやふやで、『虹色の肋骨』と比べると非常に貧弱なものだ。

一鬼はその気配が恐らく藍色の妖の能力によるものだと考え、速度を落とすことなく直進を続ける。


 気配の数は十六……藍色の妖や碧とは違い、気配が非常に弱弱しいもので、簡単に握りつぶせそうな感覚を一鬼は覚えた。

眼を閉じてでも一瞬で葬れそうな微弱な力しか感じさせないそれらの距離は少しずつ縮まり、やがて二十メートル程度の距離にまで迫った。

その気配の位置から一番近いものの傍に一鬼は一気に跳躍すると、彼から半径五メートル以内に入ってしまったそれは、一瞬で反応を消す。


 次の瞬間、一鬼は背後に居る碧が何かを握りつぶす音を聞いたが、その意味を理解しながらも次の目標に向かった。

ビルの側面に張り付いていた上半身が人間で下半身が蜘蛛のような何かを確認すると、その真下に流れるように張り付き、彼は再び碧が一瞬でその心臓を抜き取る様を目撃する。

彼の半径五メートル以内に入った者は一秒にも満たない時間で心臓を失い、死ぬのだ。


 それだけの力量が彼自身にも碧にもある。




「三尾にも劣る出来損ないね。こんな絞りかすで私達の足止めになると思っているのかしら」


「すぐに片づけるぞ。こんなものに時間をかけるつもりはない」


「ええ、ついでに一度心臓を潰すのを経験しておくと良いわ。覚悟し直せるから」


「っ……ならば、そうさせて貰おう」



 碧の言葉に一鬼は思わず口角を歪めながら、跳んだ。


着地点の傍に居るあやふやなそれの胸部を一瞬で貫き、肉を貫く感触に彼の心は躍る。

そして、そのまま流れるような動作で心臓をつかみ取ると、すぐさま別の目標へと向かう。

今度は二体同時に迫ってくるが、その片方を碧が、もう片方を彼が一瞬で潰す。

同時に彼は手に持っていたままだった心臓を握りつぶし、流れるように回し蹴りで既に死んでいるであろうそれの首を刎ねた。


 心の痛みは無い……それは所詮人形だと彼は理解しているからだ。

明らかに生者として中途半端過ぎるその気配は、彼が牙を揮うことを少しも躊躇させない。

ただ彼は心臓を握りつぶし、命を奪うことを楽しみ、愉悦の余り口角を歪めるだけで、苦しくないのだ。

しかし、同時に余りにも物足りないという感情があるのも確かで、彼はその原因が目の前で灰になって消えていく物達の弱さにあることをすぐさま理解する。


 弱過ぎて、張合いが無さ過ぎて、彼は退屈しているのだ。

もっと強い者の心臓を握りつぶし、勝利を確信したいという願望が彼にはあった。

より強者と戦うことで互いの強さを確かめ合い、その果てに命をかけた戦いをしたいと彼は思う。

しかし、それは飽くまでもあらゆるしがらみから解放された後に為すことだ。


 今彼がすべきことは、藍色の妖を迅速に倒すこと―――それも、確実に心臓を貫いて。




「雑魚に態々一対一をしてあげるのも面倒ね。一気に駆け抜けるわよ」


「ああ、つまり……」



 一鬼は碧の言葉から彼女が望む行動を理解した。


一番近い気配から遠い気配までを、それぞれの気配がぎりぎり半径五メートル以内に入るように緩やかな蛇行をしながら。しかし凄まじい速度で駆け抜けてく。

その間に碧は一瞬で周りの気配に引導を渡していき、彼の邪魔をしようとしていた気配はすべて消えた。

全ての気配が消えたことを確認すると、彼は一度意識の外に追いやっていた藍色の妖の存在を探し、すぐさま追跡を再開する。


 五百メートル程度先に居る藍色の妖を再び目で確認すると、一鬼は一直線に駆け出した。

距離は対して広がっていない……しかし、今ので彼らの気配を感づかれたのは間違いない。

恐らくは数百メートルの行動可能半径を持つ相手に逃げに徹されては非常に困るのだ。

寧ろ迎え撃とうとしてくれるのが丁度良いくらいで、近距離戦を挑んできてくれるのが理想的な展開であろう。

しかし、実際にはそうはいかないであろうことを彼も察している。




「こういうことか?」


「上出来ね。敵対する塵芥は息をするように消す……それが上級妖よ。態々戦う必要はないの。一方的に屠りなさい」


「必要があればな。よし……一気に距離を詰める」


「反撃の対処は任せて、安心して接近しなさい。すぐに終わるわ」


「だと良いが……行くぞ!!」



 一鬼が一気に距離を残り百メートル近くまで縮めると、宙を飛んでいたそれが反転して彼を見た。


鳥にも竜にも見える頭に、ボロボロのマントから覗く機械的な四肢が特徴的なそれは、一鬼を見て何故か大きく眼を見開く。

深い藍色の眼は千人以上の人間を食った者の眼とは思えない程に、酷く澄んでいる。

藍色の妖という名の割には眼しか藍色らしい要素が無いそれは、一鬼を穴の開く程に見つめていた。


 そして、その視線が碧に移った瞬間、更にその眼は大きく見開かれ……次の瞬間細められた。

明らかな殺意をそこから感じた一鬼は攻撃が開始されることを予感しながらも、距離を詰めることを第一とする。

幸い藍色の妖の殺意が彼ではなく碧の方に向いていることは明らかな為、彼はその一瞬の隙に一気に踏み込む。


 それによって、一気に両者の距離は半分の五十メートルまで縮まる。


そのまま一鬼は次の一歩で距離を零にしようとしたが……次の瞬間、藍色の妖であろうそれのマントの中から現れた列車に驚愕した。




「――!」


「列車!?」



一鬼は余りにも不意に現れた列車を前に、すぐさま軌道を変更して回避することを選択する。


そんな彼とは正反対に、碧は突如現れた列車を真正面から受け止め、押し返した。

人間サイズのものとは思えぬ彼女の力によって、列車はあり得ない勢いで藍色の妖の方へと向かっていく。

一鬼は碧の取った行動に若干呆れながらも、藍色の妖がそれをどう避けるかを見極めようとする。


しかし、列車は……そのまま藍色の妖をすり抜けた。




「「なっ!?」」



唖然とする一鬼達を他所に列車はやがて落下を始め、近くのビルの屋上にぶつかる。


その衝撃で部分的ではあるが崩壊していくビルを見ながら、一鬼はただ驚くことしかできない。

ブルー・シャーマンと碧すら上回る資質を持つのだとすれば、相当な能力の持ち主であろうと彼は想像していたが、ここまでとは思わなかったのだ。

今藍色の妖が見せた能力は、大きく分けて二つの解釈が可能だ。


 一つは、物質を移動する所謂テレポート能力の持ち主であること。

この場合は、本人や宿主すらも移動できるのだとすれば相当厄介なことに変わりはない。

確かに、そういった能力の持ち主ならば証拠を殆ど残すことなく人間を攫える。

しかし、こういった能力には限界がある筈で、それさえ見極めれば勝ち目はある筈だ

瞬時に背後に回られたとしても、彼と碧の身体能力ならば寧ろ好都合と言える。


 本当の問題はもう一つの可能性……今藍色の妖が出した列車が元々は存在しなかった物だった場合のことだ。

それが意味することは、今目の前に居る妖がある意味創造主と言える程の能力を有していることを意味する。

もしもそうならば、相手は己の宿主を衰弱死させない限りは実質無尽蔵の弾幕を張ることができるだろう。


そう、もしも……もしも藍色の妖の能力が何もない場所から物を生み出せる能力―――創造であったとしたら……この戦いは非常に苦しいものとなる。




「実体を生み出したのか……それとも、どこからか持ってきたのか。どちらにせよ、これは物量に押されるかもしれないな」


「まさか……本物の列車を生み出すことは流石にできない筈よ。それに、どんな能力であろうとも、宿主が人間であることは確定しているわ。仮にあいつの能力が創造ならば、それこそすぐに息切れするわよ」


「それを狙うのが一番堅実だが……ここで戦えば途方もない被害が出る。今ので何人か死んだかもしれない」


「他人のことなど忘れなさい。気にしていたら、守れるものも守れないわ」


「分かっている……だが、被害は最低限にするぞ。俺の身勝手な偽善だが、それくらいはしておきたい」



 一鬼は碧の新緑の眼を見据え、己の願望を告げた。


彼は確かに強者と戦い、命がけを戦いの果てにその心臓を握りつぶしたいと思っている。

しかし、同時にその戦いが他者を巻き込むのを彼は嫌う。それだけで、彼は醒めてしまうのだ。

彼からすれば、一対一での命がけの戦闘を行うことにこそ意味があり、それに他者を巻き込むのは無粋なことだった。


 しかし、そんなことを言っていては、藍色の妖を討伐するのはより難しくなる。

ここは妥協しなければならないことを分かっているからこそ、一鬼は被害を最小限に留めようと己にノルマを課す。

それは同時に、絶対に誰も巻き込まないという理想に対して妥協してしまうことを意味している。

彼はそうだと知りながらも、妥協することしかできない現状に歯痒さを覚えた。




「すぐに終わらせれば、何の問題もないわ。それで、被害は最小限よ」


「ああ……すぐに終わらせるぞ」


「ええ、勿論……すぐに終わらせるわ。ブルー・シャーマン達が辿り着くよりも先に、ね」



 一鬼は微笑む碧と頷き合うと、眉間に皺を寄せながら、藍色の妖を見遣る。

彼らの様子を伺うだけで攻撃してこない藍色の妖ではあるが、その眼にははっきりと敵意と殺意が浮かんでいた。

ただ、その敵意と殺意は一鬼ではなく、碧に向けられている。

美しさすら感じさせる澄んだ藍色の眼にそこまでの殺意を帯びさせるのは、ただ事ではない。


 何よりも、一鬼はその殺意を前にしても何も感じていないように見える碧に、違和感を抱く。

彼女の反応は藍色の妖のことを知らない者のそれだが、藍色の妖の反応はそうではない。

明らかに碧のことを碧だと認識した上で、敵意と殺意を向けているのだ。

この違いは彼に違和感を覚えさせ、同時に何故彼がその対象にならないのかを疑問に思わせる。


 そこに何か理由があるのだとすれば、その理由もまた彼の過去に関係しているのかもしれない。

しかし、藍色の妖は友好的な態度は示してくれることはないだろう。

どちらにせよ、一鬼の大切な者達に危害を加え得る存在を放っておくことなどできはしない。

彼は今目の前に居る妖がどんな存在であったとしても倒す覚悟をしなければならないのだ。


 その覚悟は既にあるし、それを遂行できるだけの力もある。


だが、彼は……嫌な予感を感じずにはいられなかった。




「殺しておいて、ノコノコと隣に居るなど……厚顔無恥にも程があるぞ、駄狐」


「―――!」



 突如エコーのかかった声で喋りだした藍色の妖に、一鬼は眼を見開いた。


その声はくぐもっているものの、良く響き渡る声で、不思議な程に聞き心地の良い声だ。

碧もまた彼の隣で驚きに目を見開くが、そこに込められた驚きは一鬼のそれとは大きく異なる。

一鬼は無機質さを覚える外見とかけ離れた、感情の籠った声に、碧は思いがけない言葉に驚いているのだ。

自然と険しい表情をする碧のことを傍目で見ながらも、一鬼は一つの核心を抱く。


 今目の前に居る藍色の妖もまた、間違いなく一鬼という妖の過去に関係している。

つまり、今まで出会った六体の妖の内、実に半数が彼の過去に関係あると考えられるだろう。

この半数は果たして多いのか少ないのか分からないが、それでもそれが偶然であると考えるのは無理がある。

七体の『虹色の肋骨』には何かしらの共通点がある筈だ……それを解き明かした時、彼はこの舞台を整えた何者かの意図を知ることができるのだろう。




「お前達の存在は、罪そのものだ。二度目の生など、あってはならない」


「なっ!?」



 流れるような回転と共に藍色の妖はマントの下を露わにした。

一鬼はその下にあるものを見て、驚愕の余り眼を見開き、不気味さを感じてしまう。

マントの下にあったのは、まるで宇宙を模しているかのような、蠢く何かだった。

その小さな宇宙のようなものから、ぼろぼろになった暗銀の手と足が生えており、酷く歪だ。

まるで作り物のような……いや、まさしく作り物であろうその手足は不規則に痙攣しており、どう見てもまともに機能しそうには見えない。


 余りにも歪なその有様とは打って変わって、濁りの無い澄んだ藍色の眼を持つ竜とも鳥ともとれる頭部だけが異質な輝きを放っている。

だからこそ酷くアンバランスで、明らかに頭部とそれ以外の関連性が薄く見えるのだ。

漸く一鬼はブルー・シャーマンが言っていた藍色の妖の本当の危険性を理解した。

最も危険なのはこの妖の人間を食らう行為ではない……その底知れない闇だ。


 胴体部分に渦巻く小さな宇宙のような何かが、恐ろしい引力と斥力を彼に感じさせる。



「いい加減に滅びろ……駄狐共」




 次の瞬間―――その小宇宙から何十もの列車が飛び出し、彼の視界を埋めた。









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