第7話
食事を終え部屋へ戻った。今夜は二つの寝台があるので、昨夜のようなことにはならない。
マークはリーシェの妙な行動には深い意味を追求しないことにした。そうしなければ、理解できないことばかりでおかしくなりそうだったからだ。
「明日は東の街へ移動してしばらくそこに滞在する。お前にも必要なものを買ってやろう。何がいる?」
「食べ物」
わかっている。聞いた俺が悪かった。
「飲み物も欲しいわ」
どんなことを想像しているのか、考えたくない。なのに、リーシェは話を続けていく。
「温かい寝床があったら嬉しい」
あれは放っておくとして、リーシェの服が一枚きりというのも可哀想だろう。
そう思いながら剣を枕元に置き、寝台を確認する。部屋も寝床も問題はない。部屋に置いたままだった荷物にも手が付けられた様子はない。もちろん食事に行くとき、外から鍵をかけてはいた。だが、下手な宿に当たると、部屋への隠し扉があり金目の物を盗まれるということがあるのだ。
そうした仕掛けがないことを確認すべく、ゴソゴソと部屋中を調べて歩く。そのマークの後をリーシェがついて回っていた。彼女に意味はわかってないだろう。
「お前の寝台はあっちだ」
言わなければ、いつまでそうしているかわからなかったので、もう一つの寝台を指さし言った。
リーシェは素直に頷き、あちらの寝台へ移動する。
もっと早く言うべきだったか。
すると。
背後から、しゅるしゅるっと布が擦れる音が聞こえ。リーシェが着替えをはじめたらしい。
不用意に振り向かないようにしようと思いながら、ドアの内鍵がかけられているのを横目で確認した。
リーシェに男の前で服を脱ぐなと教えるべきか?
衝立というものの使い方を教えるべきか?
そもそも、なぜ恥じらいがないんだ。あれには。普通、女には最初からそれが備わっているものではないのか。
……放っておこう。
そうして、マークは自分も眠ろうと剣を抜き腰帯を解いた。
ハッと振り向く。
背後に人に立たれたためだが。
そこには、予想された光景が目の前にあった。全裸で立つ女性の姿が。
「わたしの夜の服は?」
首をかしげて問いかけてくるリーシェ。
夜の服? 何かと思えば。昨夜着せていたシャツのことらしい。
「服を全部脱ぐ必要はない。お前には自分の服をやっただろう?」
脱ぎ捨てた寝台の上の服を顎で指し示し、マークは自分の寝台へ向き直る。
リーシェのことは放って、さっさと寝ようと寝台へ入った。
わたしの服?とつぶやきながら、リーシェは寝台へ乗り上げ、脱いだ服を探っている。
マークはうっかり横目で隣の寝台の様子を窺ってしまった。
あれはワザとなのか? こっちへ尻を向けるなっ! 絶対にワザとだ。そうに違いない。
全裸の女性が寝台でゴソゴソ動いている楽しい(?)光景に、マークがつい目を離せずにいると。
「ちょっと待て」
リーシェの腰の後ろ、右尻の上の方に、何かが薄茶の線で描かれていた。痣ではなく、明らかに誰かの手による入れ墨のようだ。大きくはない。手の甲ほどの、右下へ花弁を垂らした花一つ。
この国での入れ墨は、いい意味を持たない。入れ墨は罪人につけられたり、盗賊集団が仲間としての証しにいれたりするものだからだ。
リーシェは、下着を手に不思議そうな顔で振り向いている。
それは彼女には見えるか見えないかという位置にある。どこかで見たことがあるようだが、何という花だったろう。
「旦那様、どうかした?」
「いや。さっさと寝ろ」
昨日は気付かなかった。入れ墨の色が薄いということもあるだろうが。より一層、訳がわからなくなっていく。
リーシェは白い下着を上から被り着て、大人しく寝台に入った。
「お休みなさい、旦那様」
リーシェは笑顔でそう言うと、シーツの中にもぐっていった。
リーシェは悩むということをしない。もともと深く考えない性質なのかもしれないが、記憶がないせいなのだろうか。それとも頭をうったせいなのだろうか。
あの花の入れ墨を手掛かりに、身元がわかるだろうか。リーシェはろくでもない集団に所属していたのかもしれない。女性に入れ墨を入れるとは、悪趣味な奴がいるものだ。そして、リーシェはそれを許したのか。あの白い素肌をさらして。ふいに沸き起こる不快な感情にそれ以上考えるのを止めた。
そして、マークは灯りを消し目を閉じた。
リーシェが目を覚ますと、あたりは真っ暗でシンと静まり返っていた。シーツから出ると少し肌寒い。慌ててシーツを引き上げる。
まだ深夜なのだろう。
窓からのほんの僅かな薄明りが室内に陰影をもたらしている。音もないその光景は、時が止まってしまったようで。
横の寝台に視線を向けると、旦那様の頭がシーツから出ているのが見えた。鼻筋の通ったその横顔に。なんとなく、ホッとする。
でも、動かない。
耳を澄ませると、微かに聞こえる呼吸音。それは何度も繰り返される。
旦那様はそこにいる。
わたしの側にある。
大丈夫。
再び、リーシェは眠りに落ちていった。