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第6話

 

 マークはレイと分かれて、最寄りの神殿に寄った。ラデナートの街で怪我をした二十歳過ぎの女性を保護しているため身元不明の届けと、女性の身内から失踪届けが出ていないかどうか確認したい、と。

 本人の名前がわからない上、当人がいないため神殿でも困っていたが、一応、ラデナート周辺の街で確認してくれることになった。

 無論、ただではない。いくらかの金を納めた。謝礼という名の金を。

 さほど広範囲ではないため、一週間後にはわかるという。レイとの約束の日に来れば丁度いいだろう。その時までに記憶が戻っていればいいが。そう思いながら、マークは宿へ戻った。


 部屋のドアを叩くと、すぐにドアが開けられた。

「おかえりなさい、マーク」

 嬉しそうな顔で飛び付こうとするリーシェの額を、手で抑えた。額を抑えられた彼女は、マークに伸ばした手をバタバタさせている。その間に部屋へ入った。


「誰かを確認もせずにドアを開けるな」

 マークが低い声で言い放つ。その口調はきつい。リーシェはのばしていた手をおろした。きつい物言いにめげる様子はなく、不思議そうに首を傾げている。


「そうなの? ドアを叩くのは開ける合図ではないの?」

「物盗りだったらどうする。俺だとわかるまではドアを開けるな。いいな?」

 荷物袋から紙とペンを取り出し、テーブルに置く。返事がないのでマークが顔を上げると、リーシェはぼんやりとテーブルを見ていた。


「わかったのか、落し物!」

 叱りつけると、リーシェは不満気に口を尖らせた。


「落し物じゃない、リーシュよ!」

「リーシェじゃなかったか?」

「……リーシェ、よ」

 口を尖らせたままリーシェが小さな声でつぶやいた。自分でも間違えて悔しいと思ったのだろう。リーシェは唇を噛んで俯いている。

 その子供っぽさに、思わず言い聞かせるような口調になってしまう。


「いいか、リーシェ。俺が開けろというまでは、ドアを開けるな。わかったか?」

「わかった」

「さ、あっちで大人しくしていろ。邪魔をするな」

 テーブルからリーシェを追い払うように手をふってみせた。するとリーシェは拗ねてしまったらしく、荷物袋を抱えて寝台の背板に持たれるように腰掛けた。リーシェはあの荷物袋がお気に入りらしい。

 それを目で確認してから、手紙を書きはじめた。シスレーに事の次第を説明し、合流してもらえるように依頼するためだ。

 手紙を書いている間、リーシェはチラチラと横目でこちらをうかがっていた。


 書き上げた手紙を手に立ち上がり。

「出てくる」

 と声をかけた。つられてリーシェも立ち上がり傍に寄ってきたが。

 置いて行かれるとわかったのだろう。リーシェの頬がプックリと膨れた。指でつつきたくなる程だ。

「また荷物番?」

「神殿に行きたいなら連れていってやる」

 そう言うと、リーシェは膨れたまま黙り込んだ。よほど神殿に連れて行かれたくないらしい。知ってて言うのだから我ながら大人げないとは思う。

「忘れるなよ。俺以外ならドアを開けるな」

「はーい」

 あからさまに拗ねてますと主張する返事だった。

 この歳で子持ちになった気分だ。まだ結婚もしていないというのに。


 部屋を出た後、手紙を出したついでに減ってしまった薬などを補充するための買い物をすませた。その後、部屋へもどり、夕食をとるためリーシェとともに宿の食堂へと降りた。


「本当に神殿には行かないつもりか?」

 リーシェはスプーンですくった肉を頬張りながら頷いた。フォークやスプーンの使い方に問題はない。日常生活に困るほど忘れないとはこういうことかと思う。


「なら、明日からは、お前も何か働かなければいけない。ただで飯が食えると思っているわけじゃないだろうな?」

「わたしが働く? 何をするの?」

「表向き、お前は俺の妻として一緒に住まわせてやる。食事の支度、部屋の掃除、洗濯などだな」

「食事の支度、部屋の掃除、洗濯、ね」

「わかっているのか?」

「何が?」

「食事の支度は、何をすることだと思っている?」

「食堂へ来ること?」

「……」

「時間になったら食堂へ行こうってマークに言うこと?」

「これを作ることだ」

 皿の中身をすくった自分のスプーンを目の高さに掲げてみせた。


「この料理ね。わかったわ、これを作ればいいのね」

「作り方は知っているのか?」

「知らない」

 当然だ。あのきれいな手では、ナイフを持たせれば身体が覚えてて料理が自然と作れる、などとは、期待しないほうがいいだろう。


「食事の支度は、教えてやる。掃除は、わかるな?」

「えっと、棚に物を入れて、いらないものを他の人に渡す?」

 なんだ、それは? こいつの掃除は、どういう意味なんだ? 子供の片づけでもあるまいに。いや、まて。こいつは、そういう環境で育ったということか。まるで深層のご令嬢のような生活だ。しかし、十二歳以上の令嬢なら下着くらい知っている。もしや十二歳より幼い? それはないだろう。あの腰のくびれと肉付きから、子供ではありえない。

 身元の手掛りになりそうでならない情報ばかりだ。



 マークからの次の言葉を待っているのに、一向に返ってこない。リーシェは様子を窺いながら、モグモグと食事を進める。

 マークの言葉を反芻する。働かないとご飯は食べられない。マークの妻としてそばにおいてもらえる。妻の仕事は旦那様のために旦那様が望むことを行うこと。わたしが妻なら、マークは旦那様なのだから望むことをしないといけない。で、旦那様が食事と掃除と洗濯をするよう望んでいるってこと。よし、わかった。


「旦那様」

 ブホッ。ゴホッ。

 マークが酒を吹き出した。汚いな。

「旦那様、わたしは食事の支度と掃除と洗濯をすればいいのよね?」

 旦那様は吹きこぼしたグラスを手にしたまま、ポカンと口を半分程開けてわたしを見ている。

「旦那様、違うの?」

「あ? ああ、そうだな」

 とりあえず口のまわりを拭っている。何でも出来る人だと思ってたけど、意外にそそっかしいところがあるのかもしれない。あまり表情を崩さないけど、こういうところは、案外かわいいかもしれない。



 今、旦那様、と、言ったか。

 こいつの頭の中では何が起こっているんだ? どこをどうしてそんな発言になった?

 『妻』という言葉のせいか。妻という言葉の意味は知っているんだな。『表向き』という言葉は理解されているのか?

 いや、そうではなく。

 お前は一体何者なんだ。どこでどう育ったらこんな言動になるんだろうか。


 リーシェを発見したときの状況から、単なる不注意の事故を起こした怪我人と思えず、犯罪者である可能性も被害者である可能性も考えていた。上流社会の言葉使いでもなく、だが庶民というには綺麗な発音をする。その綺麗すぎる発音ゆえに出身地もわからないのだった。王都に住んでいたのだろうか。

 美味しそうに食べるリーシェを眺め、今日届けた神殿からどんな事実が明らかになるだろうかとマークは答えの出ない考えをめぐらせた。


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