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第5話

 

 マークが神殿に寄ろうとすると、リーシェは馬の上だというのに暴れだした。まるで子供が駄々を捏ねているようだ。子供でも、馬の上で暴れるのは危険だということぐらいわかるだろうに。思考レベルは幼児なのか。リーシェの駄々を通すわけではないが、時間に遅れそうだったため、まずは約束の場所へ行くことを優先した。


 マークは街の宿で部屋を取り、リーシェをそこに押し込んだ。ついて来ようとするのを、荷物番と称して部屋から出ないよう、なんとか言い聞かせる。が、マークは急いでいたため雑な言い方になってしまった。

 ドアが閉じる瞬間まで荷物袋を抱えてこちらを見つめ続けるリーシェの姿がマークの目の奥に残った。


 後ろ髪を引かれるような思いを振り切り、マークは急いで街の外れにある崩れた神殿跡へ向かった。そこには、すでに馬を連れた剣士が佇んでいた。


「レイ、待たせたか」

「いや。それほどでもない。珍しいな、お前が遅れるとは」

 そこにいたのは友人であり騎士仲間でもあるレイナードだった。マークより二つ程年下だが、よく組んで仕事をしている。


「少し面倒事にあってな。まあ、それはいい。ラデナート神殿の寄進内容だが」

 マーク達は、ラデナート神殿で最近多額の寄進を行っている人物を調べていた。国内での偽造貨幣の行方を調査していたところ、出所がラデナート神殿へたどり着いたためだ。

 マーク達は、軍部の中でも諜報部門のある極秘部隊に所属している。軍部内でも、ごく一部にしかその存在を知られてはいない。だから志願してなったわけではない。たまたまレイナードの領地を荒らす輩を捕えたことが元でスカウトされたのだ。

 二人とも王都警護騎士団に所属はしていたが、比較的上位の貴族の跡取り息子であるため閑職に置かれていた。もちろん上位貴族の跡取りといえど、一部は王族の側近となる者もいるがその定員は少ない。

 跡取り息子であるがゆえに、危険な任務から遠ざけられ、役職だけは立派だか何の働きもしないという許し難い立場に追いやられていたのだ。

 そんな中、危険は伴うが国のために働いてみないかと誘われれば。当時レイは二十歳、マークは二十二歳だったが、誘いに乗らないはずがない。極秘任務のため表だって評価されることはないが、不正を暴いたり窃盗団を捕える仕事に携わるなど、以前では味わえない充実感があった。

 そうして今は、王都にまで出回った偽造貨幣を追っているのだ。

 二人とも今は剣士風のなりをしている。貴族の息子では町の噂が耳に入らないが、剣士なら色々な情報が入ってくるからだ。


「最近ではリケンズ家とハルファング家、それから地主のカティーガン氏が多額の金銭を寄進していた。二年以上前の記録は神殿の奥にしまわれていて見られなかった」

 ラデナート神殿で調べたことをレイに伝える。


「リケンズ家は神殿から西と、ハルファング家は東か。離れているな。カティーガン氏はどこだ?」

 レイは既にこの地域の貴族は把握しているようだ。偽造に貴族が絡んでいると考えていたのだろう。


「東だ。ハルファング家に近い。俺がそちらの東側を調べよう」

 先に調査先の割り当てを口にする。東の方が街が大きく、連れがいる現状では動きやすいだろうと考えたからだ。街が小さければ、その分、詮索されやすい。


「では、俺はリケンズ家に近づくことにしよう。貴族か。貴族名を使うと近づきやすいが、どうする?」

 レイは眉を少し上げたが、特にどうということはなくマークの提案に同意した。どちらを調査することになっても構わないと思っていたのだろう。

 マークはレイの問いに答える。


「シスレーを呼ぶ。シスレーは上流貴族だから、その警護に紛れ込ませてもらうことにしよう。自分の貴族名を使うと後々面倒になる」

「歳のシスレーを呼ぶのは酷じゃないのか?」

「まだ五十前だぞ。引退しても参加したくてうずうずしてるんだ。呼べば喜ぶさ」

「俺の邪魔さえしなければいい。こっちはとりあえず剣士のままで近づく」

 とりあえず分担が決まり、いつものようにそれぞれ調査を行うことにした。一週間後、またここで落ち合うと約束して。


「ところで、面倒事って何なんだ?」

 レイがマークに声をかけてきた。

 覚えていたとは。マーク自身も話したことをすっかり忘れていたというのに。


「実は、ラデナート神殿に寄った帰り道で、妙な女を拾ったんだ」

「妙な女? なんだそりゃ」

 マークは言葉を選びつつ状況をレイに説明した。泉のある崖で倒れていた女性を見つけ、手当をして宿に泊めたが、翌朝目を覚ました時には記憶がなくなっていたことを。


「一緒にいるのか、お前が?」

「あぁ。この後、近くの神殿に、身元不明の届け出をしようとは思っているが」

「神殿が住民登録を管理しているからな。だが、名前がわからないことには届を出してもわからないだろう」

「まあな。家族がいれば探しているかもしれん。曖昧でも届け出はしておいた方がいいだろう?」

「その街に置いてくればよかったじゃないか。こんなところまで連れてこなくても」

「そうは思ったんだが。少し気にかかることがあって、な」

「普通の女ではないのか?」

 レイは思った以上にこの話題に食いついてくる。意外だ。任務の事でもなければ、こんな風に興味を示してくるなどそうはない。マークが拾ったリーシェが何かの事件に絡んでいるのでは、と思っているのは間違いなさそうだった。

 今進行中の任務があるというのに。


「何かに巻き込まれたのではないかと、思っている。記憶が戻ればわかるだろう」

 話を終わらせようとレイに背を向けた。だが。


「記憶は必ず戻るとは限らないぞ?」

 なんだと?

 振り向くと、レイは腕を組み斜めに構えてこちらを見ている。含みのありそうな物言いで。話を無理に終わらせようとしたのが気に入らないらしい。


「お前が記憶喪失になった騎士の話をしてくれた時には、しばらくして記憶が戻ったと言ってなかったか?」

「その騎士はそうだった。だが、医者は記憶が戻るかどうかはわからないと言っていたんだ」

 記憶が戻らないかもしれない?

 あの生活力の欠片もなさそうな状態で?

 考え込んでしまったマークに、レイが口調を明るく変え話を続ける。


「ところで、どんな娘なんだ? 連れているからには可愛い娘なんじゃないのか?」

「娘? 可愛い? まぁ、かわいくない、ことはない」

「何なんだよ、そりゃ。若い娘なんだろ? 美人なのか?」

「美人……と言えなくもない……いや、言えないか」

「お前。その娘を連れていくのか?」

「仕方がない。服もまともに着られない女を一人にするのもな」

「服を着られない?」

「あぁ。忘れてしまったらしい」

 その言葉に、レイが驚いた顔をした。


「どうかしたのか?」

「マーク。俺が知っている記憶喪失だった騎士は、日常生活に不自由することはなかった」

 眉を寄せる。何が言いたいんだ?

 レイはひどく奇妙な顔だ。


「その騎士は、剣を持たせれば、習ったことは覚えてなくとも剣は扱えた。身体が覚えていたんだ。食事の仕方や挨拶もな。服の着方がわからないなんて。その娘は、もともとその服を知らなかったんじゃないのか?」

「下着の付け方もか?」

「下着?」

「……」

 詳しく語りたくないので、黙る。

 レイもその沈黙の意味するところを、なんとなく推測しているようだ。

 視線を交わし合うが、互いに眉をあげるだけで。


「そりゃ確かに奇妙な娘のようだな」

 適度には意思疎通ができたらしかった。


 

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