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おまけ話 (温泉に行こう)

 

 長閑な草原風景の向こうに白い煙が立ち上っているのが見える。


「あれは何? 何か燃えているの?」

 馬の上で思わず前のめりの姿勢でのびあがろうとするリーシェ。

 マークは右腕でリーシェの腰を押さえた。

 馬に乗っていることを忘れるなんて普通ならありえないだろうに。どうもリーシェは一つのことに気を取られると他を忘れてしまうらしい。


「あれが温泉だ」

 マークはリーシェが腰を安定させたのを確認して、腰から手を離し手綱を取りなおす。

 リーシェは前方に視線をやったまま。

「ふうん。熱そうね」

 と、少し気落ちした様子だ。熱い風呂は苦手らしい。

 それにしても、元気になった。

 三日間眠り続けた時にはどうなることかと思ったが。眠ったまま食べられないので、水分を与え続けたものの日に日に衰弱していったのだ。

 目を覚ましたリーシェは、ハルファング家の借家にいた日までの記憶しかなかった。

 リーシェにとって神殿で暮らした日々はそれほど忘れてしまいたいことだったのか、神殿での薬のせいなのか。それは分らない。神殿での彼女の生活は、現在取り調べが行われている神官達の調書を読めばある程度はわかるが、詳しく読んではいない。読むと神殿を破壊しに行きたくなる。

 彼女の記憶は神殿の近くの宿で目を覚ました時から。それでいいのだろう。思い出しても、思い出さなくても。

 今が、ここにあるのだから。



 二人で湯煙の街へ降り立った。

「ここ、ちょっと臭いね」

 確かに少々臭う。これが温泉の独特の臭いなのだろう。

 リーシェが鼻をくんくんさせながら辺りを見渡す。

 ここは、最近整備された温泉地で、人気上昇中の観光地でもある。そのため多くの人が街を歩いている。

 大きな宿へ入ろうとすると、黒のお仕着せを着た男性に入り口で止められた。


「ここへは立ち入らないでもらおう」

 身なりで宿泊を拒否されたらしい。看板を見ると、貴族専用の宿であるようだ。こんな大きな専用宿ができる程、観光地として賑わっているのかと妙に感心する。人気があるとは聞いてはいたが。


「そうか」

 別の宿へ向かおうとしたところ。


「ちょっと貴方、マークに対してもがっ」

 リーシェがお仕着せの男性に向かって言葉を返そうとするのを、背後からその口を押さえて留める。

 どうやら男性が見下した態度だったのが、リーシェには許せなかったようだ。

 まさか、突っかかって行こうとするとは。

 もがもが言いながら男性に向かって手を振り回し威嚇するように睨むリーシェを彼の視線から遠ざけた。

 男性は訝しむ視線で、なんだこの女は?、と語っている。


「気にしないでくれ」

 そう言い残しリーシェを脇に抱え、その場をそそくさと立ち去った。

 少し歩くとリーシェは大人しくなったようで、口を塞いでいた手を外すが歩みは止めない。リーシェの右脇から前に回した腕に乗せるような状態で、彼女を引きずるようにして歩いた。

 リーシェは横向きで不満そうにマークが回した腕に掴まり遠去かる宿を睨んでいる。腕に乗るリーシェの胸の感触も悪くはないが、いつまでも子供みたいな恰好をさせておくわけにはいかない。一応、妙齢の女性なのだから。

 マークはリーシェに回した腕を彼女が立てるように降ろし、彼女の脇から腕を抜こうとした。

 しかし、リーシェはその腕を手放すまいとしがみつき、くるりと一回転し右横に立つ。右腕に左頬を付けるほどがっしりと腕に掴まり、マークの横から見上げてきた。

 リーシェは腕に掴まるのが気に入ったのか笑顔になっており、先程の不満は忘れたらしい。

 なんて単純なんだ、リーシェ。頭は本当に大丈夫なのか?

 少々心配になりながら、マークは次の宿へ向かった。



 次の宿では、すんなりと泊まることができた。比較的裕福な旅人が泊まる宿で、清潔感があり風呂場もある。とはいえ温泉地なのだから、宿の風呂場ではなく大衆浴場へ向かうことにする。

 大きな大衆浴場はというと、池かと思うような大きさの屋外大浴場と、貴族達が利用する浴場があるらしい。

 狭い個室に通され、まずは軽く身体を洗い流す。その上で、温泉に浸かるための専用の服を着るようだ。係りの者に手渡された専用服は、男性は腰下のみ、女性は下着のような形だった。

 本来は男女別々なのだろうが、リーシェは離れるものかという気合い十分で宿の案内人へ威嚇したためか、二人で家族用の個室に通された。

 リーシェは当然のようにされるがままだ。教えても、してもらえるかもしれないと思うとマークが手を貸すのを待っているのだ。この辺は改善しなければならない。手を出さなければいいのだが、つい。今は病み上がりだからと、甘えるのを許してしまうのだった。


 温泉用の着衣で、大浴場へ向かう通路へ出ると、すぐ大浴場が広がっていた。青白色の水面のそこかしこから湯気が立ち上っている。

 その大きな水面のあちこちに人が浸かっているのが見える。家族、夫婦、恋人友人など様々な人々だ。


「すごいっ。大きい」

 リーシェは早く早くと腕を引っ張っていく。温泉に浸かっている人々から向けられる視線も穏やかなものだった。皆、くつろいでいるからなのだろう。

 温泉に入っても、リーシェはどんどん奥へ行こうとする。奥へ行くにしたがって深さが増していく。

 急に深くなっていたりしたらどうするんだ?と思っていると、案の定。


 ぐぽっ。

 突然リーシェが水面下に消えた。

 繋いだ手を引っ張り、リーシェを水面にあげる。


 ゲホッゲホッ。

 目を閉じ顔を顰めているリーシェを連れて、もう少し浅い所へ移動する。

 リーシェはマークの肩に掴まって浮かぶのがお気に召したらしく、一向に足をつく気配がない。


「面白ーいっ。温泉って楽しいねっ」

 上機嫌で足をバタバタさせたりしてリーシェは広い温泉を存分に楽しんでいた。


 温泉旅行の後は、呑気なリーシェを屋敷へ連れて行く。

 字を書くことや簡単な計算や歴史などの教育を受けさせ、堅苦しいマナーを覚えさせなければならない。レイにはああ言ったが、リーシェは大丈夫だろうか。

 無理に貴族の中に溶け込めなくとも構いはしないが、嫌味な連中の多い世界なだけにリーシェが苦労するのではないか。いっそのこと弟に跡を継がせるか? それもいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、リーシェが自分に掴まって顔を覗きこんできていた。


「どうかした?」

 浮力で浮いているリーシェの顔はすぐ前にあって、近い。

 そして、リーシェは、マークの首に腕を、腰に足を巻き付けるという他人に見られると非常に不味い態勢に持ち込んでいた。

 広い浴場であるため近くに人はおらず、例え近くにいても青白色の湯が水中を見えなくしてはいたが。

 湯に浸かったリーシェの着衣の胸元はゆらゆらと水面で揺れ、濡れたリーシェの胸の大半を隠していない。一旦目がいってしまうと、その顎から胸に向けて滴る水滴の落ちる先を目で追ってしまう。

 急にリーシェの胸元が近付いたと思ったら、グイッとリーシェの手で顔を上げられ唇をあわされた。

 何が起こってるんだ? リーシェは何してるんだ?


「何を、する?」

 唇を離したリーシェに視線を合わせる。リーシェはきょとんとした顔で。


「あっちで、こうしてた」

 そう言うリーシェの指さす方向を見れば、恋人なのか夫婦なのか情熱的なキスを交わしているシーンがあった。マークは眉間に皺を寄せた。

 公共の場で、なんて迷惑な奴らなんだろう。あれはまずい。リーシェの教育上よろしくない。そろそろ出た方がよさそうだ。あのカップルが公共の場でこれ以上不埒な行為に及ばないことを願うが、叶えられない可能性が高そうである。


「そろそろ出るぞ」

 そう言ってリーシェの腰を手で持つ。

 が。


「もう一回、ね」

 リーシェはマークの首に腕を回し至近距離で、にっこり笑顔で首を傾げている。頬を赤くほてらせ潤んだ瞳がこの目の前にあっては、抵抗するのは難しかった。

 というより、簡単に降参することにした。さきほど見たシーンのせいもある。湯の中が見えないということも行動を大胆にする理由だろう。

 マークは、多少温泉を楽しんでも構わないだろう?と自分を宥めたのだった。

 リーシェの望むだけ軽いキスを繰り返しながら、マークは湯の中で手をリーシェの身体のあちこちに滑らせていく。リーシェがそれを拒絶しないことを知っているからその手に遠慮はない。


「マーク」

 リーシェがマークの首に顔を埋め、吐息のような声を出す。

「どうした?」

 マークが優しく問いかけると。


「気持ち悪い」

 のぼせたんだな。

 溜め息をつき、マークはリーシェの身体を抱き上げ大衆浴場から出た。 

 後姿に口笛で冷やかされていたが、気にもとめない。

 マークは他人にどう見られようが全く気にしない男だった。

 おそらくはリーシェも。

 気分が悪いというのにマークの首に縋り付いたまま、リーシェは、また温泉に来たいな、またああいうことしたい、どうしたらいいかな、などと考えていたのだった。



~The End~


以上、らぶらぶENDのつもりのおまけ話でした。

でもそれほどラブラブじゃなかったかも。


最後までお付き合いくださいまして

本当にありがとうございました。m(_ _)m


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