最終話
ハルファング家の借家に、レイが訪ねてきた。
「で、どうするんだ?」
椅子にどっかりと腰を下ろして、レイが問いかけてきた。
あれから三日が過ぎ、ラデナートの街での仕事はすべて終了した。
神殿では遠い昔約百年に一度、未婚女性を捧げる儀式を執り行っていたらしい。今回の神官長は、古い儀式の文献に没頭するあまり、儀式は段々と過去の方法を取り入れるようになっていった。そうして禁止されている人を供物にするという儀式も復活させようとしたのだという。
神殿には、大人や子供など身寄りのない者や怪我をした者が集まる。リーシェはそうした中の一人だったのだろう。
結局、彼女が誰なのか知ることは出来なかった。神官達は、最初から彼女を供物として『神の花嫁』と呼んでおり、誰も本当の名前を知らなかった。前の神官長が生きていれば知っていたかもしれない。だが、前神官長は現神官長に代替わりして間を置かず亡くなっていた。
リーシェはここで亡くなったとされている幾人かの少女達の中の誰かなのだろう。
寝台で眠るリーシェのやわらかな頬に手を添える。彼女は、気持ちよさそうに寝息をたてている。
すでに三日、彼女はこの状態だった。
あの日、神殿から借家に戻るころには朦朧としていた。神経が張り詰めていた状況だったし、疲れが出たのだろうとすぐに寝台に寝かせた。寝台に寝かせても、腕を離すのを嫌がったので、リーシェが寝付くまでそばについていた。微笑んで「迎えに来てくれてありがとう」そう小さな声で囁き、眠りについた。
そして、翌朝が来ても夜が来ても、彼女は目覚めなかった。
医師によれば、彼女の頭の傷のせいなのか、儀式の前まで飲まされていた薬のせいなのかはわからないが、脳に障害がおこっているのではないかという。
明日目覚めるかもしれないし、ずっと目覚めずにこのまま命が終わるかもしれない、と。
「ここで目覚めるのを待つ」
答えに、レイは眉を上げた。その答えは予想していたのだろう。
「目が覚めたら、どうする? 跡取り坊ちゃん」
からかうように、なおも問いかけてくる。貴族の跡取り息子のくせにと言いたいのだろう。
「屋敷に連れて行くさ」
「お貴族様ごっこさせるのは大変だぞ」
レイは相変わらず貴族社会や社交界が好きではないらしい。自分も属しているだろうに。からかうような言葉だが、心配してくれているのはわかっている。
「大丈夫さ、こいつなら」
「そうかい。余計なお世話だったな」
ゆっくり立ち上がり、レイがリーシェの顔を見た。
「今度はちゃんと紹介してくれよ」
そう言い残し、レイは去って行った。王都の屋敷に戻るのか、別の任務へ向かうのかはわからない。また、ひょっこり連絡がくるだろう。
エンナが夕飯の支度ができたと声をかけてきた。そういえば、美味しそうな匂いが漂っている。
はやく目を覚ませ。
お前の好きなエンナの料理も、欲しがっていた家族も、ここにあるのだから。
「リーシェ」
名前を呼ぶと、ピクピクと瞼が動く。
薄緑色の瞳が現れるのは、きっと、もうすぐ。
「レイ。マークの様子、どうだった?」
ダナンがレイに尋ねた。心配しているらしい。
「まあ、元気そうだったな」
「彼女は?」
「まだ」
「そうか」
ダナンも、なんとなくマークが彼女に惚れてるんじゃないかとは思っていたのだろう。
「可愛い娘なのか?」
自分も確か同じ質問をマークにした。レイはそのときのことを思い返した。
「マークは、可愛くないことはないし美人ではない、と言っていたが」
「なんだ。容姿にはこだわらないタイプだったか?」
「色っぽ可愛いって感じだな。眠っていたからよくわからないが。口元と首筋にある黒子がまたなんとも」
「マークの好みじゃなかったのか?」
「嫌、好みだろうさ。単に言いたくなかっただけだと思うね」
案外、独り占めしておきたかったのかもしれないな。神殿からの退場シーンを二階から見ていたが、あれだけの人々の前だというのに全く気にせず彼女を腕に抱いて出て行ったのだから、よほど大事な思い人なのだろう。
早く目を覚ましてやってほしいものだ。あんな風に待っているのは、辛い。そんなことを言いはしないだろうが。
「さて、行くか」
レイはダナンに声をかけた。自分達はこれからリケンズ家に盗品を売っていた集団を探しに行く。レイ達の仕事はまだ終わってはいないのだ。
彼らは、新たな先へ向けて馬を走らせた。
~The End~
最後まで読んでくださってありがとうございます。m(_ _)m
いつか騎士様が~と夢を見る女性の恋話のつもりです。
実際には騎士様ほだされ物語になってる気がしますが。
らぶらぶエンドがお好きな方は、おまけ話がつきますので、
よろしければもう一話お付き合いくださいませ。
らぶらぶエンドがお好きじゃない方は、おまけ話は読まない方がいいんじゃないかな~って思うです。




