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第2話

 

 とんでもないものを、拾ってしまった。部屋を出て後ろ手にドアを閉めると、マークは溜め息をついた。


 昨日、馬に水を飲ませてやろうと立ち寄った泉のほとりでのことだった。

 ガラッ。パラッパラパラッ。

 右手の急な斜面の上から、小さな石が崩れ落ちてきた。腰の剣に手をかけ、警戒しながら周囲の様子を窺う。

 が、あたりに人の気配はない。

 小石が落ちてくる先に視線を動かすと、そこには剥き出しになった女性の片足がぶら下がっていた。下からではかなりの高さがあり、あそこから落ちれば命はないだろう。ピクリとも動かない様子では、足の主がまだ生きているかはどうかわからない。

 女性がいる場所より上は、草や木の根が垂れている。この斜面の上から落ちたのかもしれない。あそこで昼寝をしているのではないだろう。


 気は進まないが、見過ごすわけにもいかず、斜面を登ることにした。急斜面ではあるが足場になるところは多く、さほど難なく登れた。そこでは、女性の身体が辛うじて岩の浅い出っ張りに引っかかっているだけという非常に不安定な状態だった。よくここで止まれたものだ。

 手が上から垂れる蔦草を握っている。あれが幸いしたのだろう。生きてはいるようなので、担いで降りることにした。


 女性は、明らかに身体に合っていない大きめの時代がかった服を身に着けていた。困ったことに下着をつけていない。傷を確認しようと服をめくると素肌だったのだ。

 今、目を覚ましてくれるな、と思いながら一通り全身に傷がないか確認した。


 擦り傷、打ち身が数か所。そして後頭部に大きなコブ。おそらく岩の斜面上から落ちたのだろう。泉の水で布を濡らし、傷の手当をする。後頭部の傷を手当している時は、さすがに痛みがあるのか目蓋がピクピクと動いた。だが、目を覚まさない。

 手当をしたものの、このままここに放置しておくわけにはいかないだろう。面倒なことになったものだ。彼女を馬の背に荷物のように乗せ、宿に連れて行くことにした。


 宿の主人には、気を失った女を連れているので胡散臭い目で見られたが、怪我をしているから医者を呼んでほしいと言うと、主人は頷いて部屋へ案内してくれた。

 しばらく後で医者が診てくれたが、傷は大したことはないらしい。気を失ったまま目が覚めないと伝えたが、そのうち目を覚ますだろうと軽く答えられた。本当に大丈夫なのだろうか、この医者は。その診察の様子から不安を抱いたが、他の医者はいないらしい。


 明日ここより南にある街で友人と会う約束があるため、もう少し南へ進んでおきたかった。しかし、もうすぐ日が暮れようとしており、女性が目を覚ますまでは動きようがない。今夜は諦めてここに泊まることにした。夕食を取ろうと、女性を寝台に置いて宿の食堂へ降りた。


 食事を終え部屋に戻ってもまだ目を覚まさない主を観察する。本来なら、身寄りのない子供などを保護する施設がある神殿へ任せれば済むことだった。神殿に連れて行けば、この怪我人の面倒をみてくれただろう。

 だが。下着もつけず、おそらく借り物だろう服を身に着けているこの女性。誰かに殺されかけたのではないのか。何かから逃げているのではないのか。そう思わせた。だから、近くの神殿に連れて行くことができなかった。

 片足は靴が脱げていたが、上品な上履き。きちんと手入れされた髪や肌。仕事などしたことがないと思われる白い手。身体は丸みを帯びており、二十歳過ぎくらいだろうか。金に困ることのない暮らしを送っていたのだろう。服は別として。

 何にせよ、女性が目を覚ませばわかることだと思っていた。


 泥の付いた服を着たまま寝台には寝かせられず、女性には自分の替えのシャツを着せていた。腰近くまでありそうな髪も邪魔になりそうなので、頭の上に小さな紐で頭の傷に障らないよう緩く一纏めにしておいた。夜になり、女性は熱が出たのか「寒い寒い」と繰り返すので、自分も一緒に寝台へ入ることにした。下着も付けていない女性なのだから、男が隣に眠っても大丈夫だろうと軽く考えたことは否定できない。もちろん気を失った女性に何かするつもりはない。

 だが、寝台に入ると、ギュウギュウとしがみつかれた。よほど寒かったのだろう。いくら引きはがしても締め付けようとするので、楽な場所に張り付けるよう脇を開け女性の後頭部が枕に当たらないよう自分にもたれさせた。その抱き枕態勢が気に入ったのか、女性の顔は眠りながら笑っているようだった。


 まさか、翌朝、女性が記憶を失っていると知ることになるとは思いもよらなかった。頭に強い衝撃を受けると、記憶がなくなることがあると聞いたことはあった。仲間内でそんな話を聞いたと思う。確か、そのうち記憶を取り戻すのではなかっただろうか。


 目を覚まし薄い緑色の瞳で首をかしげる女性は、眠っているときより表情が子供っぽい。裸の男性を見ても動じる様子もなく。だからといって色を含んだ目で見るわけでもない。名残惜しそうだったのは、おそらく暖がなくなったからだろう。


 とりあえず女性の恰好を何とかしなければならない。昨日彼女が着ていた服は泥まみれだし、第一カビ臭い。穴がいくつもあいた古い貴族女性が着る夏の夜会ドレスのようだった。実際にあれを着たら、胸まで丸見えになるだろう大きさだ。彼女より二回りくらい大きな女性の服ではないかと思われる。靴も片方ない。そんな状態の女性を放置するわけにはいかない。

 街の女性服を扱う店に入った。マークにとってそれは非常に不本意なことであった。



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