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第17話

 

 昨晩はリーシェを宥め、寝台が一人用で狭いことを理由になんとか自分の寝台で眠るよう説得した。リーシェは嫌そうだったが同意させ「でも、時々は、ね?」とか口にしていたのは聞こえなかったことにしておく。実際、狭いのは確かなのだから。主寝室に行けば大きな寝台があるのだが。そこには気付かないリーシェに、ホッとしたのか残念なのか。

 よくよく聞いてみれば、変に距離を置こうとした態度がリーシェには気に入らなかったらしい。帰った時に胸へダイブできなくなったことが、今回の行動を起こす引き金になったようだ。リーシェは抱きつくのが好きなのだろう。安心するのかもしれない。


 そうして、以前と同じ生活に戻った。

 家に帰り着けば、玄関へ駆けてくるリーシェを胸で受け止める日々に。

 以前と違い、夕食後、居間で酒を飲もうとしても、リーシェが居間へ居座ることになった。一緒に酒を飲むわけではなく、ソファーで今日あったことやエンナと話したことなど、夕食時の話の続きを喋っている。

 リーシェは、別にこちらが話を聞いていようがいまいが関係ないようだ。一人で二階に上がらないですむよう居間で粘っているらしい。

 おかげで、のんびりと酒を飲みながら一人に浸ることが出来なくなった。別に、浸りたいわけではなかったが、たまには仕事の事も考えることはあった。考えごとをしていてリーシェに返事をしなくても、彼女には何の問題もないらしい。とめどなく話をするのは、自分が眠ってしまわないようにするためかもしれない。


「ずうっとここに住むの?」

 リーシェが何気なく問うてきた。薄暗い燭台の蝋燭の明りに照らされている表情は、気のせいかいつもより心細げに見える。


「うん? あぁ、雇い主がここを引き上げるときに引っ越す。だから、ここにはそう長くはない。雇い主にはお前も会ったことがあったな」

「あの人が、マークの雇い主なのね」

 リーシェは急に顔を顰める。シスレーは概ね庶民受けのよい貴族である。高圧的な態度を見せるわけでなし、見下す態度をとるわけではないからだ。

 エンナからは特に問題はなかったと聞いているが。  


「どうした?」

「偉そうだったわ」

 偉そうだった? それは、そうだろう。貴族とはそうしたものだ。

 そこで、はた、と気付く。

 実は、貴族を知らないということがあり得るのか?


「彼は貴族だからな」

「貴族?」

 やはり貴族を知らないのか。どこに住んでいたんだ、一体。記憶がないせいなのか?


「貴族とは、王から領地を任されている特別な身分のことだ」

「特別な身分だと、偉そうなのね?」

「王の次に貴族が偉いとされている。身分的には」

「偉い? ふうん。王と貴族は、自分が偉いと思っているのね?」

 どう答えるべきだろう。

 王と貴族を同列に並べるのは不敬な発言だが、身分というもの自体を理解していないのだろう。王のことも貴族のことも、偉いとは全く思っていない発言だ。

 シスレーは、これの相手をしたはず。どんな会話が成り立っていたのだろう。少なくとも、リーシェがへりくだった態度でなかったことは容易に想像できる。

 あのシスレーなら喜んだだろう。

 あの後、しばらくシスレーがリーシェの事を聞きたがったのはそのせいなのか。ハンクにも話しているらしい。

 リーシェのことを問いかける時は、ハンクも耳を澄ましているのだから。



 マークが黙り込んでしまった。何か考えているらしい。王と貴族は、偉い、というものなんだ。多分。

 そういえばエンナは、あの雇い主という人に対して、マークに対するのと同じような様子だったのかも。あんなに偉そうな態度だったのに。少しも嫌そうな顔をしていなかった。

 エンナみたいに嫌そうな顔を見せないようにしないといけないのかも。偉そうな人は、偉いんですねーって顔をして、内心で嫌だなって思っておくものなのだろう。

 そうしないと、マークが困るのかも。


「マークの雇い主は、マークを虐めたりする?」

「いいや。いい人だよ、彼は。少し、面倒なところはあるが」

「ふうん」

 いい人、なのか。マークにとっては。

 次は、もう少し大人な態度をとってあげるようにしよう。偉そうな態度でも。


「じゃあ、次はもうちょっと優しくすることにする」

 そう言いながら、とろんとした目でちょこっとだけ微笑む姿は可愛らしいのだが。マークは苦笑した。

 かなり冷たい態度をとっていたのかもしれない。シスレーはその方が喜んだだろうから、優しくしてやる必要はない。だが、他の貴族相手にそんな態度をとれば、厄介な事になるだろう。どうやって理解させるか。それは、また追々でいいだろう。

 リーシェがそろそろ眠くなっているようだ。

 ユラユラと上半身が揺れているのは、なんとか起きていようと頑張っているせいなのだろう。瞼も伏せ気味だ。時々、ハッと目を開けて見つめてくる。が、すぐに瞼が下がり頭が揺れるのがおかしい。


「リーシェ、そろそろ二階へ上がれ」

 マークがそう声をかけると。

「マークはぁ?」

 リーシェは目を擦りながら、間のびした口調で問い返してくる。


「後で上がる」

「じゃあ、まだいる」

 意地でも一緒に上がろうとする。寝ぼけ状態で一人で階段を上らせるのも危険か、とマークも立ち上がった。

「ほら、もう上がるぞ」

 マークは酒のグラスをテーブルに置き燭台を手に持つ。置いて行かれまいとリーシェも立ち上がってついてきた。先に階段を上らせ、すぐ後ろにつき背中を押してやる。

 油断すると、抱っこは?と甘えた顔で見上げてくるので、振り向かないよう背中を押し歩かせる。一度やってしまうと、こんなことになるんだと反省した一件である。薄暗い明りの中の至近距離で、眠そうな愚図る顔で見上げられると、つい。というわけで、極力見ないようにリーシェは前を向かせるに限るのである。


「ほら、ちゃんと目を開けて上れ」

 リーシェの足取りがおぼつかない。こんなに眠いなら、さっさと上がればよかっただろうに。

 そう思いながら強面顔で声も立てず笑っているマークだった。



 リーシェは、今日は抱っこしてくれなさそうで残念、と、とっても眠いふりをしながら背中に当てられる手の温もりに満足していた。部屋に入ったらブラシを当ててもらおうと思っていたが、それよりも先にリーシェは寝入ってしまった。


 リーシェはよほど楽しい夢を見ているのか緩んだ頬に笑みを浮かべた口から洩れる細い息を、少し悩ましく思いながら、マークは寝台に横になり動かないリーシェにシーツをかけてやるのだった。



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