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第15話

 

 シスレーは、玄関へ出てきた女性が案内する前に中へ入った。貴族の特権の一つである。貴族の自分が押せば向こうが受け入れるしかないのだ。

 仕方なく女性が部屋へ案内すると、そこには妙齢の女性が立っていた。

 ピンときた。

 これが、マークの原因だ、と。

 やわらかな肌、それなりに整った愛嬌のある顔立ち、一般より小さめの口が少し開いて、あどけない表情をしている。その口元にある黒子が、子供っぽい表情にそこはかとなく色気を加味している。

 その女性は、しだいに訝しむような顔になっていく。シスレーはあわてて名乗った。


「私はマークの雇い主のシスレー・ブルフケンだ」

 だが、訝しむ顔はそのままだ。彼女は警戒心すら滲ませていた。部屋に案内してきた女性とシスレーを交互に見ている。シスレーは女性にこれほど警戒されたことがないので、その彼女の態度に困惑するしかなかった。

 彼女はジッと見つめてくるだけで、何も発しない。すると、見かねたのだろう出迎えた女性が彼女に声をかけた。


「奥様、ブルフケン卿は旦那様を訪ねてこられまして、ここで旦那様が帰られるのをお待ちになられるそうでございます」

 奥様、ということはマークの妻なのか。結婚したと聞いた覚えはないが。

 シスレーは首を捻りながら女性の言葉を反芻する。


「そう。マークはまだしばらく帰ってこないわよ?」

 奥様と呼ばれた彼女は名乗りもせず、思いっきり上から目線の言葉をシスレーに投げた。その態度は、早く帰れ、と宣言している。

 出迎えた女性は、彼女の言動にハラハラしているようだ。それもそうだろう。貴族でしかも上流階級である装いの男性相手にこの態度なのだから。


「お茶をお持ちいたします。ブルフケン卿も奥様もこちらでおくつろぎください」

 女性は彼女に声をかけ部屋を出て行った。彼女はこちらを見ていたが、女性の言葉に従いソファーに座ることにしたらしい。

 あくまでシスレーのことは警戒したままで。


 面白い。

 マークはどこでこんな女性を見つけてきたんだ?

 シスレーは普通ならあり得ない態度をとる彼女に、大いに好奇心を刺激されていた。顔が緩み破顔しそうになるのをシスレーは必死で堪える。


 貴族男を嫌う女なのか。ここまで貴族であることを無視されたことはない。

 彼女は貴族女性ではないだろう。マナーをこれほど無視できる貴族女性に未だかつてお目にかかったことはない。


「名前を聞かせて頂けるかな?」

「なぜ?」

 即座に、この切り替えし。ワクワクする。シスレーはマゾ気があったのかと己を顧みる。


「名前を知らなければ、貴方の名を呼べない」

「あなたに呼ばれたくない」

 マーク、お前、マゾなのか? こういう女性が好みだったのか。確かに、ある意味、快感ではある。


「そう言わずに、教えてくれないか。貴方の名を口に出してよんだりしないから」

 下手に出て相手を説得しようとする。そこへ、先程の女性がお茶を持って部屋へ入ってきた。

 女性は二人の様子を見て、何ともないようだと安心したらしい。落ち着いた手つきでお茶を入れている。その仕草から、この辺りの一般女性なのだろうと推測する。

 それに比べ、マークの妻という彼女は正体不明だ。お茶を入れる女性と決定的に違うのは、その姿勢や仕草だった。

 振る舞い、所作の一つ一つが美しい。優雅でもある。時々ハッとするほど凛とした態度に、孤高とでもいうのか近寄り難いものを感じさせる。マナーとかいう次元ではなく。


「わたしは、リーシェ」

 しぶしぶ彼女は投げやりな言い方で名乗った。本当に嫌そうに明後日の方へ向って。会話するつもりはないと態度に出している。


「いつも助かっているのだよ、マークが仕えてくれて」

 含みを持たせるような物言いで彼女を見つめてみる。これでも昔はこの低音と眼差しで多くの女性を落としたものだ。多少あざといが、マークの雇い主だということを仄めかせる。貴方の夫を使う立場なのだぞ、と。

 だが、彼女には何の効果も無かった。それが何?という風で、どちらかというと余計に彼女の機嫌を害したようだった。

 貴族相手だというのに、夫の雇い主だというのに、普通ならもう少し愛想よくするとか何とかしそうなものだが。

 なかなか手強い。


 そう思っていると、玄関外で大きな物音がした。もう帰ってきてしまったか。

 ハンクと一緒に出掛けたマークが、後で館に寄るだろうと伝言を残しておいたのである。今日はまたやけに早い。


 目の前の彼女の態度が一転し、そわそわし始めた。さっきまでの不機嫌さはすっかり消えている。

 玄関扉が音を立てると同時に、彼女が勢いよく立ち上がった。こちらのことは恐らく全く意識にないだろう。

 立ち上がった彼女は玄関に向かって駆け出す。

 おいおい。シスレーはそう思いながらも、玄関へ彼女の後を追いかけた。お茶を出していた女性も後ろをついてくる。見慣れた光景なのだろう、突然の彼女の行動に驚きもしない。


「お帰りなさい、マークっ」

 玄関では、明るい声でそう言いながらマークに彼女が突進していく。そして、腕を広げてそれを受け止めるマークも慣れたものだ。


「あぁ、ただいま」

 胸に彼女を張り付けたまま、彼女の背中を軽く叩いている。

 おいおい。マーク、自覚しているか?

 お前、顔が、顔がゆるんでいるぞ?

 もちろん表情が豊かというわけではない強面では、ほとんど表には出ていないが。知っているものが見れば一目瞭然だった。普段、ほぼ固定された顔しかしないのだから。

 それにしても、お前。


「おかえりなさいませ、旦那様」

 後からついてきていた女性が声をかけた。その声にこちらへ視線を向けたマークは、シスレーをみとめ思いっきり顔を顰めた。


「おかえり、マーク」

 シスレーはマークに声をかけた。目が合った途端のマークの嫌そうな顔ときたら。余程、見られたくない現場だったらしい。さすがにマークへは、ニヤリと笑いかけるのを抑えることはできなかった。こんな楽しいことを一人で黙っていたとはな。後でハンクに教えてやろう。

 その後、間をおかずシスレーはマークに追い出された。もう少し二人の様子を観察したかったのだが。それは次の機会にすることにしよう。

 シスレーはいたく満足して、マーク家訪問を終えたのだった。



 翌日、マークに散々彼の妻について質問しまくったのだが「関係ない」の一言で秘されてしまった。


「あんなうら若い女性を囲っていては可哀想だと思わないのか? 早く結婚してやるべきだろう」

 そう言うと、マークに冷たく言い放たれた。


「余計なお世話だ。この有閑老人がっ」

 マークは語気荒らかにドカドカ足を踏み鳴らし立ち去った。


「有閑老人はないだろう。まだ私は若い。せめて有閑人くらいにしてほしいものだ。なぁ?」

 ハンクに同意を求め、声をかけた。

 が、それは彼に黙殺された。

 私はまだ若いぞ、シスレーは心の中でつぶやいた。




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