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第14話

 

 夜明け前、マークは静かに家を出た。今日はレイと落ち合う約束の日なのだ。昨日のうちにリーシェとエンナには伝えてある。仕事で朝早く出て帰りは夜中を過ぎると。いつもなら、この距離を一日で往復しようなどとは考えない。それなりの時間的余裕をもたせて行動するのが常だ。夜リーシェを一人にするのは可哀想だという理由で、こんなことをするとは。

 今迄とは違う自分の行動を自覚しながらマークはまだ薄暗い中で馬を走らせた。今日は届を出した神殿にも寄る予定だ。リーシェの身元についても何かわかるかもしれない。



 待合わせた神殿跡には、すでにレイが来ていた。

「今日も遅刻か。ほんとに珍しいな」

 薄汚れた剣士姿でニヤニヤしている。その後ろには、別の剣士が立っていた。


「遅れてすまん。ダナンも来ていたのか」

「久しぶりだな」

 ダナンも騎士仲間の一人だ。ハンサムな顔で非常にモテるのが不満だという男だった。もちろん顔をフル活用して、女性からの情報を集めるのは得意だ。おかげで仲間からは重宝されている。女性達はいくつになってもハンサムな男性が好きらしい。逆もそうだろうが。

 レイが口を開いた。

「こちらの情報は揃ってきた。リケンズ家は、盗品を売り捌いているらしい。盗品を集めている集団はまだ掴んでないが、な」

「リケンズ家で偽造貨幣を造っている様子はない。どこかから手に入れている」

 レイとダナンの話では、盗品を集めている集団も調査していくようだ。

 マークも現在つかんでいる状況を二人に報告する。

「ハルファング家には問題がなさそうだ。カティーガン氏が怪しい。敷地内に、それっぽい建物は見つけたんだが、見張りが厳しくてな。ハンクと調べてるところだ」

 カティーガン氏の敷地には、いくつかの放置された石造りで円形のずんぐりした塔のような建物が点在している。以前は、大量の穀物や藁などを格納していたのではないかと思われる。入口は大きいが数が少ない上、塔の上部から見張っているらしく塔に人が近付くと入口周囲に警備の剣士達が現れ調査に手間取っているのだ。


「そこで偽造貨幣を造っている可能性が高い。必要な材料は運び込まれている。あとは確証が欲しい」

 カティーガン氏のところで偽造貨幣を作っているとなると、リケンズ家は偽造貨幣には関わっていないのかもしれない。だが。

「リケンズ家とカティーガン氏にはつながりがあるかもしれない。仕掛ける時は、合わせた方がいいだろう。下手に警戒されては面倒だからな」

 マークと同じように思ったらしいレイの提案に肯いた。これほど近い距離に住みながら悪事に手を出しているなら、つながっている可能性は高い。そのどちらも逃すわけにはいかないのだ。

 三人は細かい連絡方法を打ち合わせて解散した。レイが何か余計なことを聞きたそうだったので、早々に別れた。

 レイといいシスレーといい、あんなに他人に干渉する性格だったか?

 マークは、自分の態度や行動が彼らの興味を引いているとは気付かず、そんな不満を抱いていたのだった。



 その後、リーシェの調査結果を確認するため神殿へ立ち寄った。だが、得られたのは、それらしい該当者はいないという短い調査結果だった。何も得られなかったことに苛立ちはあった。だが、ホッとしたような気持ちも、あった。はっきりとしない何かが胸に留まり、苛立たせる。自分が何を望んでいるのか、望まないのか。いや、今は任務を優先すべきだ。己の葛藤などに気を取られるべきではない。そうした濁った気分を振り払うように、マークは神殿からハルファングの借家へと家路を急いだ。


 帰り着いたのは夜中もだいぶ過ぎており、家の中は暗い。静かに入った二階の部屋では、マークの寝台でリーシェが眠っていた。その様子に苦笑が漏れる。

 剣を置き服を脱ごうとしていると、寝台でリーシェが起き上がった。


「おかえりなさい、マーク」

 リーシェは眠っていたわけではなく横になっていただけのようだ。寝起きのぼんやりした様子ではない。


「あぁ。自分の寝台で寝ろ」

 視線を合わせずそう言葉をかけると、リーシェは素直に寝台から立ち上がった。服を脱いでいる背中にリーシェがそっと手と頭をすりつけ。

「おかえりなさい」

 リーシェは囁くように口にすると、自分の寝台へ潜り込んだ。

 振り向いてはいけない。

 マークはそのままリーシェを視界に入れないようにして、自分の寝台へ横になった。さっきまでリーシェが寝ていたせいで温もりの残るその場所には、涙の跡もまた残されていた。

 寂しかったのだろう。慰めて欲しがっている。だが、リーシェが自分に抱きついてこないのも、拒絶しているのがなんとなく感じられるからなのだろう。

 拒絶したいわけではない。ただ。

 リーシェの望むように、穏やかに慰めてやることができないだけだった。ただ抱きしめているだけで留めるには、今の自分は苛立ち過ぎていた。

 何に苛立っているのか。長距離の移動で疲れているからなのだろうと思う。だが、それだけではなく。リーシェの身元がまるでわからないせいなのか。わからないことに安堵する自分へなのか。それとも、リーシェに手をのばせない現状のせいなのか。

 もぞもぞと動くリーシェが寝入るまで、マークは身動きできずにいた。



 翌朝、マークが仕事に出掛けるのをリーシェは不安そうな顔で見送った。昨夜遅くに帰ってきて、あまり眠る時間はなかったはずなのに。それに、今朝のマークは少し変だった。何となく視線を合わせてもらえなかったから。

「ねぇ、エンナ。マーク、今朝はいつもと違ってたと思わない?」

 エンナは、わたしにお菓子を出してくれている。今日はりんごのケーキ。家中に甘酸っぱい匂いが漂う。


「そうですか? 昨夜は遅いおかえりで、お疲れだったんじゃありません?」

 言いながら彼女の手は忙しなく動いている。わたしにお茶を出した後、夕飯の支度に取り掛かっている。

 疲れていたのか。大丈夫かな、マーク。今日くらいお休みすればいいのに。リーシェが心の中で文句を並べていると、この家に初めてのお客さんがやってきた。


 訪ねてきたのはシスレーである。

 シスレーはどうしても好奇心が止められず、マークの借家を訪ねることにしたのだった。マークがハンクと調査に出かけて留守であることを承知の上で。

 あの世辞も言わない実直だが無愛想な任務最優先だった男が、毎日いそいそと夕方前には家に帰ろうとするのである。マーク自身はまるで気に留めていないようだが、その変わりようはかなりなものだ。当人に自覚がないのが不思議だった。

 こんな状況で、知らないふりをしろと言われても無理だと思わないか。実際、ハンクには冷たい目で見られ「マークは根に持ちますよ」という有難い忠告を受けた。だが、好奇心には勝てなかった。

 シスレーは自分の好奇心に対し実に正直に生きている男だった。


 シスレーが借家を訪ねると小ざっぱりした女性が出てきた。

「どなた様でしょうか?」

 女性はシスレーが貴族男性だと認識し、頭を下げた。


「マークはいるか? 彼の雇い主のシスレー・ブルフケンだ」

「旦那様は只今留守にしておりますが」 

「待たせてもらおう」


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