表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

第1話

中世ヨーロッパ風の異世界が舞台のお話。

 

 凍えそうに寒い。肩が手足が背中が冷たい。少しでも温たかくなりたいのに、身体の上のものがはぎとられ一層寒さが増す。寒い寒いと訴える。誰も聞いてくれるはずなどないのに。悲しみが押し寄せてくる。誰もわたしのことなど。

 しかし、不意に、わたしは温かいものにくるまれた。やさしくわたしを宥める、その温もりと声に。これをどんなに憧れ、求めていたことか。思い描いたようにそれはわたしを温かさで満たしていく。これが夢なら永遠に覚めないで。




 朝、目を開けると、薄着で裸の人に絡みついていた。この裸の人は、柔らかい胸がないので男性だと思われる。寒くて温かいものにすり寄ったことは、なんとなく覚えている。

 湯たんぽの正体は、この男性だったのか。トクントクンと心臓の音が聞こえる。ぬくぬくの湯たんぽ男性の胸元に頬をつけたまま、今の状況を考える。

 ここは、まるで見覚えのないところだった。

 寝台が一つ、今わたしが男性と二人で横になっている。狭いので一人用の寝台なのだろう。あとは小さなテーブルと椅子が二脚あるだけの小さな部屋。寝台の端に立てかけてあるでかい取っ手の細長い金物。これは、剣、のようだ。かなり大ぶりで、男性の持ち物なのだろう。あの剣は、わたしには持てそうにない。

 鳥の高い声が聞こえ、窓から陽の光が差し込んでいる。どうやら今は朝らしい。

 わたしはここで何をしているのだろう。昨夜のことを思い出そうとして。

 なぜこんなところにいるのかな?

 あれ?

 昨日、わたしは何をしていた?

 あれ? あれ?


「起きているなら、この金縛りを解いてくれないか」

 湯たんぽが言葉を発した。ちょうど男性の胸元にしがみついていたので、頭の上から少しかすれた低い声が降ってきた。男性の胸の上に乗っかるような体勢のわたしは、じわーっと頭を上に向けた。

 いつの間にか男性は目を開け、金色の瞳が半目でわたしを見ている。その感情はわからない。とりあえず絡みつかせていた足と腕を解く。名残惜しい。朝はまだ薄寒いので上からは退かない。暖に乗ったまま。

 一応、男性は上半身は裸だけど、下は何か穿いているらしい。がっしりした胸板と所々に残る傷跡。苦労してるのか。

 だいぶん年上の男性だと思う。目鼻立ちはすっきりきりっとしており、眉と口が直線で四角い顔だ。見覚えはない、と思う。


「俺はマークだ。お前は?」

 わたしが乗っているのをものともせず、男性は起き上がり、寝台から降りてしまった。当然、わたしはコロンと横に転がる。転がった先が壁でよかった。

 シーツにくるまり、恨めしそうに男性を見た。あぁ。わたしの湯たんぽが遠くへ。

 しかし、目が合った途端、男性に睨み返されてしまった。割と、かなり怖い顔で。睨まれ続けるのも居心地が悪く、とりあえずわたしも上半身を起こした。


「名前は?」

 再び、男性が尋ねてきた。

 前より声が低められ、男性は寝台の横に仁王立で高い位置からわたしを見下ろしている。今にも目が、金の目が、ピカッと光りそう。

 わたしが質問に答えないせいで怒気が含まれてしまったらしい。早く答えなくては。わたしは焦って口を開いた。


「わたしの名前は……」


 が。


「何でしょう?」


 わたしの頭は真っ白で、何も思い浮かばなかった。見事に何も浮かばない。そういえば、先程もそんなことを考えていたのではなかった?


「ふざけるなっ。さっさと名前を言え」

 男性の低音が響く。その声に空気までも振動していそうだ。とうとう怒らせてしまったらしい。

 でも、答えようがない。覚えてないのだから。


「ええっと。わたし、名前、憶えてないみたい」

 男性は目を見開き、ジロジロとわたしを眺めまわした。そして、眉間に皺を寄せわたしに近づいてくる。

 わたしが首をかしげて見ていると、男性はわたしの後頭部へ手を伸ばした。


「いっ、いだっ!」

 とんでもない激痛がわたしを襲った。すぐに男性は手を離したようだが、まだ頭の後ろがジンジンする。痛かった。というか、まだ痛い。わたしの頭、どうしたんだろう。そうっと自分の手を後頭部にまわし、おそるおそる触れると。

 痛っ!

 でも、何か布がある。そういえば、頭に包帯が巻かれている。頭に巻かれた布を手で触って確かめていると。


「頭を強く打ったんだろう。でかいコブになってる。血は止まっているが、触るな」

 男性は腕を組み、わたしに声をかけてきた。渋い顔でこちらを見ている。この男性が手当をしてくれたらしい。


「昨日のことは、覚えているか?」

 彼がゆっくりと問いかけてきた。ジッとわたしの目を見て、用心深く何かを探るように。

 昨日のこと?


「夜、寒かったことは。でも、その前、その前は……わからない」

「どこに住んでいたとか、誰か知っている名前は?」

 知っている名前? 思い出そうとすると、ムニャムニャ何かが頭を過るような気はする。しかし。

 何だっけ?

 そんな感じで、思い描こうとするものは掴みどころなく全てが霧散していく。つまり、まるでわからないのだ。

 男性に、首を横に振って見せた。

 が、頭振ると気持ち悪いかも。


「記憶がとんだ、か」

 記憶がとんだ?って何かな。ちょっと吐き気のした頭を抱えていると、男性は服を着替え始めた。

 服の上から腰に帯を結び、そこに剣を携えた。厚みのある体格は威圧感を感じさせ、その袖からのびる腕は太くて硬そうだ。がっしり剣士姿、カッコいいかも。惚れ惚れしていると、男性は部屋から出て行こうとしていた。

 ええ? えっと。


「あっ、あの、マーク?」

 とっさに呼び止めた。

 男性はわたしの声に足を止めてくれたものの、振り向くでもなく視線だけ寄こす。何の用だ?と無表情で問いかける。


「あの。わたしは、その、どうしたらいいんでしょう?」

 何とか言葉にしてみた。

 こんなことを言いたかったわけではないような。いや、確かにこれも聞きたかったことなんだけど。


「そこで大人しく待っていろ」

 そう言い放つと、男性は表情も変えず、さっさと出て行ってしまった。閉じられたドアをジッと見ていたが。ドアは開きそうになかった。


 静まり返った部屋は、さっきより肌寒く感じられる。ドアの外からも窓の外からも様々な物音が聞こえてくる。ドアの外は廊下になっているのだろう。人が行き来する音がして、窓の外も、騒々しい物音や人の話し声などでかき消され、鳥の声はもう聞こえてこない。すでに朝の生活が始まっているのだ。


 待っていろと言った。部屋には男性のものと思われる荷物が残されている。きっとあの男性はここへ戻ってくる。その考えは、なぜか、わたしを安心させた。

 どうして頭に怪我をしているのか、とか考えた方がよさそうなことは沢山あるのかもしれない。でも、今のわたしは、そんなことはどうでもいい。

 あの男性と一緒にいなければいけない。これは、全てがあやふやな自分の中で、唯一確信のある思いだった。その思いに理由は必要ない。あの人が、わたしの……。

 再びウトウトと眠りに落ちていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆押していただけると朝野が喜びます→
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ