お茶の席で
天気はこの上なく上々だったので、庭園に設えられたテーブルでお茶をすることになりました。
王妃たちに案内されて庭園に行くと、そこにはすでに執務を終えた国王シャルルの姿もありました。
クリステルはお茶もそこそこに、おねだりに負けてクラリスとフランシスと遊んでいました。
「ありがとうステラ。子供たちの相手をしてもらって」
国王も気さくに声をかけます。そんな国王の言葉に、恐縮しながらもはにかんだ微笑みを浮かべるステラです。
「いいえ、とんでもない! こちらこそ、姫様たちにお相手していただいているのですわ!」
「そうそう」
「これ、クラリス!」
「えへっ」
みんなに溺愛されているクラリスは無敵です。いたずらっぽく笑って、クリステルにしがみついてきました。そんなかわいらしい様子に思わず笑みをこぼしながら、
「さ、クラリス様、フランシス様。続きをしましょう」
「「はーい!」」
休めていた手を動かし始めました。
お茶のテーブルの横、ふかふかの、よく手入れをされている芝生の上に二3人で座り込んで、花冠を作っています。これにもまた苦いものが込み上げてきましたが、すぐにクラリスたちの無邪気な笑顔で癒されました。
「ここに新しく花を足して」
「うん、うん」
「この花で纏めるんですよ」
「ああ、そうなのね。こう?」
「ええ、ええ、お上手ですわ!」
しばらく穏やかに3人で花冠づくりに興じていると、不意にクリステルの後方から、ザ、ザと芝生を踏みしめる足音が近付いてきました。誰か来たのだなとは思いましたが、クリステルからは見えません。やがてその足音はクリステルたちの横まで来て立ち止まりました。
手にしている花冠から視線を上げようとしたところで、クラリスの動きは止まってしまいました。
足音の主が声を発したからです。
「おくつろぎのところ申し訳ありません。陛下、急ぎの書類を預かってまいりました」
――聞き覚えのある声……。
クリステルハッとし、止めていた視線を上げたところ。
そこにはアレクシスが立っていました。
クリステルにそれまで浮かんでいた柔らかな微笑みが、彼に気付いた途端に強張りへと変わってしまいました。
アレクシスの横顔を見上げたまま、体が固まったように動かなくなりました。
「お姉ちゃま?」
「ステラお姉さま?」
怪訝な顔でクリステルの顔を覗きこむクラリスやフランシスの声で、やっと我に返りました。先程から何かにつけて思い出すことの多かったアレクシスですが、まさか本人に遇うとは思ってもみませんでした。
クラリスたちの不思議そうな顔を見て、慌てて微笑むステラです。
「あ、え、と、どうかしましたか?」
「ううん。お姉ちゃまが動かなくなっちゃったから」
「そうだよ。急に固まっちゃうからどうしたのかと思ったんだから」
「あ、まあ、ふふふ、すみません。で、次はここを……」
何事もなかったように繕い、子供たちに花冠の続きを手ほどきを再開しました。
一方のアレクシスは、そんなクリステルなど眼中に入ってないとばかりに一瞥もくれず、普段と変わらぬ冷静さで、
「こちらの書類です。お目を通していただきたいのですが」
そう言って手に持ってきた書類を国王に見せています。手元に書類を貰おうと「こちらに」という国王の言葉に、アレクシスが国王に書類を渡そうとした時。
カチャン
茶器に書類が当たり、陶器同士が触れ合う音と共に倒れるティーカップ。
まだ並々と入っていたお茶は一滴余さずテーブルから零れ落ちてゆきました。
「「「――あっ!!」」」
その中身は、クリステルのドレスを汚すには十分な量でした。
テーブル横の地面に座っていたために、こぼれたお茶でドレスを汚してしまったクリステル。思わぬアレクシスの登場に動揺していたクリステルは、刹那の出来事に避けることもできずに零れ落ちてくる液体を見つめていました。ドレスに滲む茶色いシミも、どこか他人事のように思えます。
「まあ、大変! やけどはない?」
「ああ、テーブルの始末を! 早く、アメシスお願い。これ以上ドレスにこぼしたくはないわ!」
そこに居た人々が一瞬固まりましたが、何が起こったのかを認識するや否や慌ただしい雰囲気に包まれました。
すぐさまクリステルに駆け寄る王妃と母。
幸いにも紅茶はすでに冷めていて、クリステルがやけどを負うことはありませんでした。
「大丈夫です。お子様たちにかかってなくてよかったですわ」
「お姉ちゃまの綺麗なドレスが汚れちゃった……」
「僕、助けてあげられなかった……」
王妃と母に向かって気丈に微笑むクリステルでしたが、クラリスとフランシスはその愛らしい瞳いっぱいに涙を溜めています。二人が悲しげに見つめる先には、お茶のシミが広がる淡い桃色のドレスの裾。
それを見た王妃は、安心させるようにクリステルたちに向かって相変わらず超絶カワイイスマイルを繰り出し、
「大丈夫よ、ステラもフランシスもクラリスも。ちょうどステラにプレゼントしようと思って誂えていたドレスがあるから、それをパールに言って用意させるから」
何でもないことのように言い切りました。
「えっ?! そ、そんな!」
「汚れたドレスのまま帰したなんて、王妃の名が廃るってものよ?」
「は、……はい」
「大丈夫。レティの気の済むようにさせてやって?」
「陛下まで……」
突然の贈り物に驚き、恐縮して縮こまっているクリステルに、もう一度にっこりと超絶スマイルで言い切った王妃は、すぐさまその顔を引っ込めるとアレクシスの方を向き、
「アレク。ちゃんとお詫びなさい。こんな失態をレディにするとは何事ですか!」
厳しい口調で言いました。珍しく王妃が柳眉を逆立ててアレクシスを睨んでいます。
それでも無表情なアレクシスでしたが、一応王妃の命令に従い、クリステルに向かって深々と頭を下げると、
「申し訳ございませんでした」
と、謝罪しました。
しかしその声音も、クリステルを射抜くように見つめる瞳も冷たいまま。王妃に言われたから丁寧に謝ってやった、といったところでしょうか。
「あ……あの、いえ、気にしておりませんので……」
胸に突き刺さる何かを感じながらも答えるクリステル。目も合わせられず、ギュッと自分のドレスを握り締めて視線を下げてしまいました。
――こんな、偶然の出来事で王妃様に厳しく叱責されて、わたくしごときに頭を下げるなど……。きっとまたわたくしのことが嫌いになってしまいますわ……
自分に向かって謝罪するアレクシスを見ながら、心がぎゅっと痛くなりました。
クリステルがそんなふうに考えているなど想像もしない王妃は、
「じゃ、アレクが責任もって、ステラをパールのところへ連れて行って差し上げてね」
甥っ子の謝罪を確認したからか、先程の厳しい態度を一変、いつものかわいらしい王妃に戻るとアレクシスに命令しました。
しかし、それはクリステルにとってはあまりうれしくない命令なのでしたが、
「御意」
相変わらずの無表情で淡々と答えたアレクシスに、強引に手を引かれて立ち上がらされ、その場を後にする羽目になってしまいました。
今日もありがとうございました(^^)/