王妃様のご招待
トパーズ家のお茶会からしばらく心の晴れぬ日を送っていたクリステルでしたが、落ち込んでいるからといって無視できるようなものではない招待を受けてしまいました。
王妃レティエンヌからの私的な晩餐のお誘いです。
王妃とクリステルの母は同い年で、昔からの仲のいい友達でもありました。
ですので、今までも時折こういうディナーやお茶会のお誘いが来ていたのです。
その日も、クリステルは自室の出窓によじ登り、そこでぼんやりと本を読んで過ごしていました。この出窓はクリステルのお気に入りの場所です。柔らかな日の光を感じながら、ここでぼんやりと庭を眺めたり、はたまたゆっくりと本を読んだりするのが好きなのでした。そこへ母が直接やってきて、王妃からの招待のことを告げました。
「レティ様からディナーのお誘いが来たんだけど、ステラもぜひご一緒にって」
今日も窓辺でぼんやりとしている娘を見つけると、母はふっと眉を曇らせました。
「まあ……そうですか。わかりました……」
ふぅ、とため息交じりに返事をするクリステルは、やはり元気がありません。
「大丈夫? 無理しなくてもいいのよ?」
断りにくい招待であるにもかかわらず、母は娘を気遣います。
トパーズ家でのお茶会の日。
母はもちろん、あの時招待されていた貴婦人達は、クリステルとアレクシスの庭園での出来事を知りません。というのも傷ついたであろうクリステルのことを思って、オーギュストや令嬢たちが内緒にしておいてくれたからです。母たちにアレクシスの所業を言いつけたところで、クリステルが受けたショックは癒えるはずもありません。ことを蒸し返し、荒立てるよりはそっとしていた方がいいと思ったのです。
マノンはアレクシスの従姉妹に当たるので、彼の人となりを知っていたので、どうしてそんなことをしたのだろうかと訝しく思いました。しかし彼の始業には怒り心頭でした。まして、他人であるアリエルの中では「アレクシス様は嫌な方」という認定がされてしまいました。
そして傷ついたであろうクリステルのことを思って箝口令をしいてくれたのです。
ですから、クリステルの憂鬱の原因は家族の誰も知りません。
あの日から様子のおかしくなったクリステルを、父も兄も心配していました。
仕事から帰り、招待のことを聞くと、
「嫌なら断ればいい。ちゃんと解ってくれる人たちだからね」
と父は言いました。
無言で父の優しいアメジストを見つめ、瞳を揺らすクリステルです。そんなクリステルを見ながらも、しかし、引き籠ってばかりではさらに落ち込むばかりではないかとも思っています。
ですので、
「レティ様のとこのクラリス様と遊んではどう? ステラに会いたい会いたいと言ってるよ? 今日も執務室まで押しかけてきて大変だったんだから」
昼間の出来事を思い出し、苦笑しながら言いました。
クラリスというのは、国王家の末っ子で、6歳になる姫君のことです。
国王陛下には4人のお子様がいらっしゃいましたが、上3人が男の子で、末っ子のクラリスだけが女の子なのでした。
男兄弟ばかりなので、優しく美しいクリステルのことを本当の姉のように慕っているのです。
王妃によく似たかわいらしいクラリスの様子を眼に浮かべたクリステルは、自然、笑みが浮かびました。『王城の癒し系アイドル』の名をほしいままにしている姫君ですが、お転婆なところもどうやら母親似です。
クリステルは、昼間に父の執務室を襲撃しているクラリスが容易に想像でき、思わず笑みがこぼれました。
「ええ、私もクラリス様にお会いしたいですわ。……一緒に行きます」
クラリス効果で久しぶりに微笑んだクリステルは、一緒に行くことを承諾したのでした。
昼下がりに母と共に王城に着いたクリステル。
「シシィとステラは先に来て、私とクラリスとお茶してましょうよ! どうせ侯爵様もクロードもこっちにいるんだし」
王妃の一言で、クリステルたちは先に王城へ行くことになったのです。
父と兄は、仕事が終わり次第合流することになっています。
父は、以前は執務官室勤務でしたが、トパーズ卿が先代を継いで宰相になったと同時に異動になり、今は国王直轄の側近として仕えています。兄は『執務官室だけはやめておきなさい』という父の言葉を実践して、成人するや、騎士団に入団しました。今は騎士としての頭角を現し、精鋭部隊である近衛兵として王城に勤務しています。
クリステルたちが門衛に護られながら王城の玄関を入ると、すぐさま小さくて柔らかい物体に飛びつかれました。
クラリス姫です。
「ステラお姉ちゃま!! 会いたかったのよ!」
王妃譲りの超絶かわいい満面の笑みです。この姫の笑顔に勝てる者はいません。そしてそれは塞ぎがちだったクリステルの心も、一気に浮上させる効果がありました。
「まあ、クラリス様。少し見ぬ間にまた大きくなられましたか?」
抱き付いてきたクラリスを抱き返しながら、屈み、目線を合わせます。無邪気な笑顔を見ると、自分も自然と口元が綻びます。
「ほんと? クラリス、大きくなってる?」
「ええ、ええ! もちろんでございますわ!」
ひしとしがみついてくるクラリスの、柔らかい、濃いはちみつ色の髪を撫でてあげます。
王妃譲りのそれは、トパーズ家に伝わるもの。それには苦いものが込み上げてきますが、しかしすぐさまクラリスの笑顔で浄化されます。
手触りのいい、まだ肩すれすれくらいの長さのサラサラの髪を愛でていると、クラリスが気持ちよさげにはちみつ色の瞳を目を細めます。
「お姉ちゃまに言われるとうれしいわ! 他の人だと胡散臭いのよ!」
「……クラリス様……」
おませなクラリスに苦笑するクリステルでした。
「さあさ、クラリス。挨拶はそれくらいにしてお庭にステラたちを案内してあげて?」
クリステルとクラリスのやり取りを微笑ましく見守っていた王妃の声にそちらを見ると、そこには王妃と第3王子のフランシスが、クリステルたちを出迎えてくれていたのでした。
今日もありがとうございました(*^-^*)