冷視線の君
そこに立っていたあの貴公子は。
アレクシス・トゥエル・トパーズ――トパーズ公爵家の長男でした。
――ああ、貴方がアレクシス様でしたのね。
緩慢な動きで見上げた先にいるのは、あの夜会の君。
クリステルは、彼の君がトパーズ家の嫡男であることを今初めて知りました。
――まばゆい陽光の下でお目もじしても、やはり美しい方……
呆然と屈みこんだままのクリステルは、見下ろされる冷たい瞳に射抜かれてもなお、アレクシスのことを『綺麗だ』と思ってしまいました。
「あ、兄上! お客様に何をなさいます!」
自分よりも5歳年上の兄に向かって、抗議するオーギュストの声にハッと我に返ったクリステルでしたが、
「勝手に人の家の花を摘まないでいただきたい」
そんな弟の抗議など華麗に無視し、冷たい目で、冷たいバリトンで、クリステルに言い放つアレクシス。
その冷たい物言いに、もはや凍り付いてしまうかと思ったクリステルです。悲しげに瞳を揺らし、アレクシスを見つめるばかりでした。
「どうしたんですか? いつもの兄上らしくない! 花は母上が許可しています。僕もついていたし」
慌てて兄に言い募るオーギュストに、アレクシスは視線だけを移すと、
「それはヒイヅル国の珍しい花にではないだろう?」
またしても冷たく言い放ちました。
「母上はそんな了見の狭いことをおっしゃりません! この庭の花、全部です!」
「生意気なことを言うな、オーギュスト」
「……っ。……申し訳ありません、兄上」
果敢にもチャレンジしましたが、冷たい兄の一瞥に負けてしまうオーギュストです。
そんな兄弟のやり取りを、おろおろと眺めていたクリステルでしたが、ふと、気が付くとまたアレクシスと目が合っていました。
マノンに抱かれていた肩が、思わずびくりと震えました。
――何をしても、わたくしはこの方の目障りでしかないのですね。
ズキンと痛む胸をこらえて立ち上がり、
「わたくしが、いらぬことをいたしました。申し訳ございません」
「……」
目を伏せ、こうべを垂れます。それを無言で流すアレクシスは、相当機嫌が悪いようでした。きっ、とクリステルを睨んでいます。
「ステラが悪いのではありませんわ! さ、あちらに参りましょう。アレク兄様はなんだか機嫌が悪いようですから!」
「マノン!!」
「わっ! さあ!」
「うん、早く向こうへ行きましょう!」
「オーギュスト!」
それまで黙ってクリステルの肩を抱いていてくれたマノンが、さらに肩を飽き寄せてくれました。そしてオーギュストとともに、不機嫌オーラをまき散らすアレクシスから遠ざけてくれました。
――こんなにも美しい人に、わたくしは嫌われているのですね……
そう思うと、ぎゅっと心が苦しくなるのでした。
平日の昼間に行われていたトパーズ家の茶会に、もはや仕事を持つ身のアレクシスが姿を現したのは、なにやら忘れ物を取りに来たということでした。
アレクシスは18歳。16歳で成人してからは、王城の執務官室に勤務しています。
ゆくゆくは父の宰相の後を継ぐはずなので、そこで見習いがてら事務官をしているのです。
まだ2年しか勤務していませんが、その有能さは周りの認めるところとなっています。
ただ、まだ若いせいもあってか、刺々しい一面も持っていました。両親であるトパーズ卿も夫人も穏やかな人物であるのに。
『誰に似たんだろうね?』『さあ? 腹黒いところは貴方でしょう』という公爵夫妻の会話がよく聞かれていました。
クリステルは、お茶を楽しむ母たちの元へ戻ってからも、ぼうっとしていて周りがよく見えていませんでした。周りが発する穏やかな笑い声も、どこか遠くに聞こえてきます。
そして、先程からぎゅっと握りしめたままのこわばった手。
ふうう、という深呼吸とともに身体の力を抜き開けてみると、そこには先程自分に浴びせかけられた花を握り締めていました。
何本かの、可憐な名も知らぬヒイヅル国の花。
色も種類も違う花でしたが、なぜかそれらは同じ長さに切り揃えられていました。
思わぬ珍客の乱入ですっかり落ち込んでしまったクリステルは、家に帰るとそのまま自室に引きこもってしまいました。
着替えもせぬままに、ベッドに勢いよく倒れ込むクリステル。柔らかな枕に顔を押し付け、今日のことを思いました。
――あの美しい方がアレクシス様だったなんて……。
両親の影響でそれまで社交界にあまり縁のなかったクリステルは、筆頭公爵家の嫡男の名前こそ知っていましたが、顔までは知りませんでした。
夜会で初めてアレクシスを見た時。
あの時、あまりの美しさにしばし見惚れてしまったクリステルです。
――濃いはちみつ色の瞳も、同じ色の髪も、薄い唇も。すべて暖かな色なのに、どうしてわたくしを見る目は冷たくていらっしゃるの……?
そう思うと心が何かに鷲掴みされたようになります。
先程は堪えることができた心は、もはや限界を超えていました。堰を切ったように後から後から大粒の雫が枕に吸い込まれていきます。
初めて感じたほのかな想いは、冷たいアレクシスの瞳によって打ち壊されてしまいました。
今日もありがとうございました(*^-^*)




