美しい人
夜会の会場では大勢の賓客が笑いさざめいていました。
「まあ……なんてたくさんのお客様」
人の多さに驚くクリステルです。目を丸くして会場内を見つめていました。
「そうだね。トパーズ家の夜会だからね。みんな競って参加するんだよ。他の方だったらここまではいかないけどね」
クスクスと笑いながら父が教えてくれました。
「そうなの?」
「ああ、そうさ。これを凌ぐものはもはや王家の夜会くらいしかないよ」
「ふうん」
運ばれてきた飲み物から白ワインをいただき、口にしながら会場を観察するクリステルでした。
仲睦まじく語り合いながらパーティーを楽しんでいる美男美女一家のアウイン侯爵家は、会場内でもとびきり目立っていました。中でも、今宵が初めての夜会であるクリステルの初々しい美しさは、どの令嬢も霞んでしまうほどです。父や母と何やら密やかに話し、時折口元をその手に持った扇で隠しながら微笑むクリステル。
そんな美少女を、恋愛手練れの貴公子たちが見逃すはずがありません。
美しいクリステルに、ダンスのお誘いはひっきりなしにきます。
高位高官がずらりと揃った夜会ですから、その子弟たちもとても優雅で洗練された人たちばかりでした。
「私と一曲踊っていただけませんか?」
「よろこんで」
甘く微笑みながら差し出された手に、クリステルはそっと自分の手を重ねます。クリステルの淡紫の瞳を見つめてさらに甘やかに微笑む貴公子。
今は緩やかな曲が流れています。
手を引かれ、リードされながら踊るクリステル。もう何人と何曲踊ったかわかりませんが、緊張と高揚で疲れは感じていませんでした。
「貴女はとてもダンスがお上手ですね」
「まあ、そんなことございませんわ」
「いえいえ。さすがはアウイン侯爵様自慢のご令嬢ですよ」
「そんな」
「それにとてもおかわいらしい」
「えっ……」
踊りながらも甘い言葉が紡がれます。驚いて顔を上げれば、甘い笑みを向けられています。
恋の駆け引きやさや当てなどまだ全く知らないクリステルは、その甘い囁きにただただ頬を染めるばかりでした。
いつからでしょうか。
クリステルは不意に視線を感じました。
それまでも皆の視線を独り占めしていたようなものでしたが、それとは質が違うように思いました。
突き刺さるような、冷たい視線。
踊っている間にその視線に気づいたのですが、周りも動いているので誰のものとも判別がつきませんでした。しかし、一曲踊り終えて母の元に戻った時。その視線の主に気が付きました。
それは、こちらをじっと見据えるすらりと長身の貴公子。
クリステルはその場に立ちつくしてしまいました。
――男の方に綺麗とか美しいというのも失礼かと存じますが、それでもなんて美しい方なのでしょう。すべてを見透かしてしまいそうな濃いはちみつ色の瞳。軽く引き結ばれた唇は暖かな色。ほのかに微笑んでおられるようなのに、見つめられると、こちらの心の中が暴かれてしまうような不安に陥る……。こんなに美しい殿方が、この世にはおられたのですね。
クリステルはいつの間にか、その冷たい美貌に魅入られるように視線の主を見つめていました。もはやこの場に自分と彼の貴公子しか存在しないかのように。
クリステルの瞳に、彼の君以外はモノクロームにしか見えません。
「ステラ? どうしたの? お疲れになった?」
そんな固まったように呆然と立ちつくす娘の思考を止めたのは母の声でした。瞳を動かし母を見ると、心配そうにクリステルの顔を覗きこんでいました。
「あっ、いいえ、大丈夫です。ちょっとぼんやりしただけです」
ハッと我に返り、慌てて母に言い繕いました。気遣う様子をしていた母でしたが、クリステルの言葉を聞いて安堵したようです。そして、
「ならいいのよ。――ほら、またダンスのお誘いのようよ?」
クスリ、と笑って母が見遣る先には、先程とはまた違った貴公子が、
「私と一曲踊っていただけませんか?」
甘く微笑み手を差し伸べていました。
「――よろこんで」
つつましやかにクリステルが微笑み、差し伸べられた手に自分の手を預けました。
エスコートされ、ダンスフロアに行く途中もやはり視線は冷たくクリステルを追ってきました。
ツキン、と胸が痛むのを覚えたクリステルでした。
今日もありがとうございました(*^-^*)