Tea time
本編の7話と8話の間。やっぱりいつものあの店へw
カラン
入り口扉に付けているベルの音が鳴りました。いつ聞いても耳に優しい音色です。
でも今日はこれをもう何回聞いていることかしら。
ここは王都の行列のできるパティスリー、マダム・ジュエルの店。
引きも切らずやってくるお客様の出入りで、ベルの音もひっきりなしです。
そんなお客様の出入りを、わたくしはパティスリーの奥の工房から、見るとはなしに眺めていました。もうどれくらいここで粘っているでしょう。横で忙しく作業するだんなさんの横で、ぽけーっと頬杖をついて表を眺めているだけですが。時折目の前の皿に盛られたお菓子をつまみながら。もはやいくつお菓子を食べたのかもわからなくなってしまいました。
小さい頃から出入りしているこのパティスリーは、もはやわたくしの第二の実家と言っても過言ではありません。オーナーパティシエであるだんなさんを『グランパ』、マダムを『グランマ』と呼ぶほどに、わたくしはここに馴染んでいるのです。
家に居ても落ち込むばかりなので、今日は少しでも気晴らしになればとマダム・ジュエルの店に来たのです。
「まだ食べるのかしら?」
その声に顔を向けると、クスクス笑いながらマダムが工房に入ってきたところでした。わたくしに構えるくらいに、ようやく客足が落ち着いてきたようです。
「グランマ。ううん、もういいわ。もう一杯お茶が欲しいけど」
「じゃあ、温かいのを淹れ直してあげましょうね」
そう言ってマダムはキッチンの方へ下がっていきました。
「久しぶりにここへ来たかと思ったら、えらく塞いでるじゃないの」
マダムが淹れなおしてくれた温かいミルクティーを飲んでいると、何気ない風をして聞かれました。
「うん……。ちょっと、ね」
「伊達にステラを赤ん坊のころから見てないわよ。どうしたの? いつもの元気はどこへ行ったのかしら?」
微笑ながらマダムはわたくしの話を聞く態勢になっています。自分用に淹れたお茶を手に、私の向かいに腰掛けてきました。
わたくしは、ここではただの15歳の少女になれます。アメジストの瞳にブロンズの髪の、ちょくちょくお手伝いにくる庶民娘のステラなのです。
だからでしょう。素直に思うところを話します。
「うーん、あのね。初めて会った人にいきなり嫌われてしまったようなの」
話すことで少しは楽になるかもしれません。心にかかる靄を吐き出そうと、わたくしはマダムに話し始めました。
「とっても綺麗な人でね、あ、男の方よ? もう、ほんと、目が覚めるように素敵な方だったの。男の人だけど美しいって思ってしまったわ。その人にね、どうやらわたくしは嫌われてしまっている様なの」
思い出しても気分は沈みます。
「ステラがかい?」
「そう。初めての夜会ではしゃぎ過ぎたのかしら? 目立ってしまったようなの。誘われるままに踊り、休もうとしたら貴公子様たちに囲まれてしまって、逆に目立ってしまう羽目になるし」
「それはステラが魅力的だからじゃないの」
「そんなことないわ。みんな初めてのわたくしが珍しかっただけなのよ、きっと」
「それで?」
「その方に冷たい目で睨まれてしまったの……」
「まあ」
「その後はずっと睨まれたままだったわ」
「そうかい」
「夜会の後、一度お茶の席でお会いしたんだけど、その時は花を浴びせられたの」
「花をかい?」
「そう。頭から。もう、びっくりしちゃって動けなくなっちゃったわ。その方のお屋敷でのお茶の席だったんだけど、どうしてもわたくしのことが気に食わないみたい」
「気に食わないからってレディにそんなことするもんじゃないわね」
「わたくしの無神経がいけなかったのよ」
あの時のことを思い出すと、悲しくて涙が滲んでしまいます。そっと目じりを拭い、ミルクティーを一口飲み、乾いた唇を潤しました。
「そんなヒドイ男のことは気にすることないわよ。世の中にはイイオトコはたくさんいるんだから」
わたくしの涙に気付かないふりをしてくれるマダムは、そう言うと優しく私の頬を撫でてくれました。
「そうよね」
そんなマダムの優しさに癒されて頬を緩めたのですが、
「でもステラはどうしてそんなにそのヒドイ男のことを気にするのかしら?」
マダムの一言に、わたくしは一瞬固まりました。
「えっ?」
「他にもたくさんいたんでしょう? イイオトコたちが」
「う、うん、まあ」
「だのにどうしてその方の事ばかり気になるのかしらね」
「それは……冷たい目で睨まれたり、嫌がらせをされたりしたから印象に残って?」
「そうね」
「それに、初対面の人に嫌われるなんて、ショッキングすぎて……」
「そうね」
マダムは同じ相槌ばかりうってきます。何が言いたいのでしょう?
「……グランマ?」
「ステラは、その夜会にいた、他の殿方のことを覚えているかしら?」
「他の方?」
たくさんいました。どの方も洗練された優雅な仕草、物腰。甘い笑みと甘い囁き。たくさん聞き、見すぎたせいでしょうか、アレクシス様以外は全くと言っていいほど覚えていません。印象にすら残っていないと言ってもいいくらいです。
「覚えてないみたいね」
クスクスとマダムが笑います。
「たくさんお話したからよ、きっと。……でも、覚えてないわ」
ちょっとムッとしながらも、マダムの言うことを肯定します。するとマダムは、更に笑みを深くして、
「でしょう。ステラはきっとその方に囚われてしまったのよ」
わたくしの瞳に笑いかけました。
「囚われた、の?」
マダムの瞳を見つめ返すわたくしの瞳には、きっと動揺が見られたことでしょう。
わたくしが、アレクシス様に囚われる? それって……
「そうよ。きっと初めて見た時に、ステラはその方を好きになったのね。だから嫌われて悲しいし、落ち込むのよ」
わたくしは絶句するしかありませんでした。
「でもね、一目惚れした相手にいきなり嫌われるなんて、わたくし可哀相すぎない?」
私は目の前に盛られたお菓子を勢いよく消化していきました。
「クスクス。そうね。相手が悪かったのじゃない? ステラならもっとイイオトコ捕まえられるわ。王太子妃にもなれるくらいなんだから、もっと自信を持ちなさい」
「フフ、グランマったら。ありがとう。……少し気持ちが落ち着いたわ」
わたくしはアレクシス様のことが好きで、だから嫌われて悲しかったんだ、とマダムに気付かされたことで、心が整理されました。胸の痛みはまだありますが……。
今日もありがとうございました(^^)/




