最初で最後の
王子にエスコートされてフロアを進みます。
誰もが王子とクリステルに注目していました。
二人が躍る体制に入ると見ると、楽団は曲を奏で始めました。
先程王子たちが踊っていた曲よりも難しい曲です。
それでも二人は難なく踊りこなしていました。穏やかな微笑みを浮かべて見つめ合う様は、まるでもはや相思相愛の様にも見えました。
美しい隣国王子と、国内でも1,2を争う愛らしさの令嬢が優雅に踊る姿はおとぎ話の中のようでした。
――わたくしはちゃんと微笑えているでしょうか……。届かぬ恋ならば、いっそ離れてしまう方がいい。この国のため、あの方のため。私は国と国との橋になりましょう。これから先、きっとあの方はどこかの令嬢とご結婚なさるでしょう。あの方の幸せを近くで見守れるほど、わたくしの心は広くありません……
微笑の仮面の下で、クリステルはアレクシスに想いを馳せていました。
王子を見つめているはずの瞳でさえ、王子の中に少しでもアレクシスに似通うところを探そうとしていました。
アレクシスと言えば、クリステルはまだその姿を見かけていませんでした。来ていないはずがないのにどうしたのだろうか、と、内心首を傾げます。
内心では『心ここに在らず』でしたが、そんなそぶりも見せずに踊り続けていました。
「クリステル嬢は、私の国に来たことはありますか?」
不意に王子が耳元で囁いてきました。
「いいえ。でも穏やかで豊かな国だとお聞きしておりますわ」
なぜそのようなことを言うのか不思議に思い、顔を上げて王子の鮮やかな緑の眼を見つめました。
「ええ、そうです。この国とよく似ていますよ」
「そのようだと……」
少し首をかしげて王子の次の言葉を待ちます。
「それに、ディアモンドからも馬車で半日もかからないんですよ」
「ええ、そうですわね?」
「だから、こちらとと我が国は気軽に行き来できるんですよ?」
「?」
「あなたは私の国に来ることを望みませんか?」
「あ……!」
そう言うことか、とやっと合点のいったクリステル。パチパチ、と数回瞬きをしました。
――殿下は、わたくしの気持ちを聞いておられるのですね……
王子のプロポーズもどきの言葉に頬を染めながら、
「まあ……。きっと幸せに暮らせるのでしょうね……」
「もちろんですよ」
やっとの思いで言葉を唇にのせるクリステルを、緑色の瞳は柔らかい微笑みを湛えて言いました。
王子と一曲踊り終えた時でした。
「次は私と踊っていただけませんか?」
不意に横から声をかけられました。
先程の王子の言葉に動揺したままのクリステルでしたが、聞き覚えのある声に、ハッと我に返りました。そこには先程まで姿を見かけなかったアレクシスが立っていたのです。
相変わらずの美しさ。そして、クリステルを見つめる冷たい瞳……。
刹那、アレクシスを見つめたまま動けなくなりました。
――ああ……アレクシス様……。
アレクシスが、クリステルに向かって手を差し伸べていました。
しかし、いつも冷たい視線を寄越すだけで、ダンスに誘われたことなどありませんでしたから、クリステルは一瞬『誰と??』と、キョトンとしてしまいました。
「クリステル嬢?」
キョトンとしたまま動かなくなったクリステルを不審に思ったのか、アレクシスが再度声をかけてきました。しかしその声は低く冷気が漂ってくる気がして、クリステルはびくり、と肩を震わせてしまいました。
名前を呼ばれて初めて『自分が誘われたのだ』と認識したクリステルは、
「あ、は、はい。喜んで」
予想だにしていなかった事態に動揺してしまい、アレクシスの差し伸べる手に重ねる自分の手がぎこちなくなってしまいました。
もはや、王子と踊った時よりも緊張しています。
静かに次の曲が始まりました。
今度もなかなかに難しい曲です。本来のクリステルにとっては何でもない曲のはずなのですが、今は緊張が過ぎていつもの様には踊れません。
次第に動揺してきました。張り付けた微笑みも引きつっってきたように感じます。
しかし意外にもアレクシスのリードは上手く、どこまでもクリステルの踊りやすいように導いてくれます。
それに安心し、総てを委ねてしまうことにしたクリステル。
――ああ、アレクシス様と踊っているのですね。きっとこれは神様がわたくしに下さった贈り物ですわ。この思い出を胸に、これから頑張れる気がいたします……
そう思うと、肩の力が抜け、だんだんリラックスすることができました。
――アレクシス様に、引きつった顔ではなくて最高の笑顔を覚えておいていただきたい。
その一心で、愛らしい笑顔は、さらに輝かんばかりの極上の微笑みへと変貌していきました。
しかし相変わらず無表情のアレクシスでした。
何を語るでもなく一心に踊っていただけでしたが、ステラには十分に幸せな時間でした。
今日もありがとうございました(^^)
ロマンチック街道まっしぐら!!(笑)




