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月虹の舞姫  作者: 徒然花
Aaût
16/22

想い

夜会の日が来ました。

表向きは『隣国王子が帰還されるので、その送別の夜会』となっていましたが、裏では『花嫁候補の選定、王子との顔合わせ』も兼ねられていました。

花嫁候補の家にも、それは周知されています。




花嫁候補に名乗りを上げてからこちら、クリステルはひたすら努力をしてきました。

隣国の王子に焦がれたからではありません。ただ一人、アレクシスの役に立ちたいがためにです。




その夜は、奇しくもアレクシスと初めて出会った夜のように月に虹のかかった美しい夜でした。あの日は霞みがかって朧な明かりでしたが、今宵は冴え冴えとしています。クリステルの決心が曇りなきように。


国王夫妻に挨拶をした後、そっとクリステルは一人で庭園に抜け出しました。


――あの夜のように。




庭園まで一息に駆け抜けました。誰にも気づかれないように。

ハーフアップにされたプラチナの髪が、後ろにたなびき月の明かりを受けて輝きを増します。


夜の庭園は誰一人いません。広間の喧騒も漏れ聞こえてきません。


圧倒的な静寂でした。


夜露に煌めく芝生に一歩踏み出します。凛と背筋を伸ばし、ゆっくりと目を閉じて深く息を吸い込みました。

心を鎮め、目を開け、月虹を見上げました。

そして緩いワルツを、その愛らしい唇に乗せました。


――隣国へ行く前に、あの方にはせめてひと目お会いしたい。


隣国王子との婚約が整えば、すぐにでもあちらの国に出立せねばなりません。そうなると次はいつアレクシスに会えるかもわからないのです。アレクシスに出会える最後のチャンスになるかもしれない今宵、クリステルは想いの君の顔をしっかりと自分の心にに焼き付けておこうと思っていたのでした。


クリステルがステップを踏むたびに、美しいドレスの裾もふわふわと踊ります。今宵は盛装をしてきました。いつものようにシフォンやレースではなく、羽のように柔らかで軽い絹でできています。それを幾重にも重ねて、まるで大輪のバラの花びらのようでした。それは淡い桃色のドレスでしたが、月の光の下では純白のドレスのように見えました。


ふわり、ふわり。くる、くる。

ゆったりと踊ります。


――あの方の前で、最後くらい、少しでも美しく舞いたい……


その一心で、ステップに集中していきます。

アレクシスの姿を焼き付けたいと思う一方、自分の姿も、少しでも覚えていてほしいと願うクリステルなのです。

美しく華やかな姫君がひしめく夜会でアレクシスの目に留まれるとしたら、自分にはダンスしかないと考えました。誰よりも上手に、美しく踊ること。フロアの中で一番に輝く、そうすればアレクシスに覚えていてもらえるのでは、と考えたのです。

やがて、緩いワルツは終わりました。クリステルは「ふう」と一息つき、深呼吸をひとつすると、背筋を伸ばし、きりりと表情を引き締めました。


早く、難しい曲。


元々上手だったのですが、最近の特訓によってさらにテクニックも上がっています。どんなに早くても、表情一つ変わりません。愛らしい微笑み、優雅な身のこなし。完璧に仕上がっていました。


――最後はちゃんと笑えるかしら。 笑顔の私を覚えていてくださいませ……


心の痛みすら表情に出しません。


静謐なる月虹の下、しばし舞に我を忘れたクリステルでした。




「ステラ! どこに行っていたの?」


広間に戻ると、そこにはクリステルを探していた母がいました。


「ごめんなさい、お母様。ちょっと緊張してしまっていたから、テラスで落ち着けていたの」

「まあ、そうだったの? 急にこっそりといなくなるから心配しちゃったじゃない」

「ごめんなさい。もう大丈夫ですから。ああ、少し喉が渇きましたわ」

「ほら。ステラのために果実水をいただいてきたよ」


クリステルが見つかりほっとしてはいるものの、柳眉を逆立てる母です。クリステルは忘我の域で舞ってしまっていたので、どれほど時間が経ったのか解っていませんでした。

でも喉が渇いてしまうほどには、長く外にいたようです。

父が差し出してくれた果実水に口を付け、喉を潤しました。




しばらくは父と母と、広間の華やかな様子を見物していました。


件の隣国王子も踊っています。今は違う花嫁候補の令嬢と一緒でした。

父から聞いていた候補の令嬢たちを見ると、どの方も美しく愛らしい方ばかりでした。このような候補の中、一番見劣りする自分が名乗りを上げてしまったことに、クリステルはいささか後悔してしまいました。侯爵令嬢という身分くらいしか彼女たちと競えるものはありません。身の程知らずだと思いました。

ワイングラスを持つ手が震えます。


――大丈夫。大丈夫。


目を閉じて、心を落ち着かせます。頬に影を落とす長い睫が小刻みに震えています。

その時、一曲終わりました。

ゆっくり目を開けると、隣国王子がこちらへ来るところでした。

クリステルと目が合うとニッコリと笑って、


「やっと見つけましたよ。私と踊ってくださいますか?」


手を差し伸べてきました。

『否や』などありません。クリステルもとびきりの微笑みで、


「喜んで」


王子の手に、自分の小さな手を委ねました。





今日もありがとうございました(^^)/


目指せ、ロマンチック!!

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