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月虹の舞姫  作者: 徒然花
Juillet
13/22

アレクシスがいる夜会で、クリステルはもう失態を犯したくなかったこともあり、断れない相手とだけダンスを踊り、後はべったりと父侯爵にくっついていました。こうしていたらダンスに誘われることもないだろうし、そして何より目立つことはないだろうと考えたからです。

大方クリステルの考えは当たり、静かに華やかな夜会の雰囲気を楽しむことができました。


しかし予想外の事が起こりました。


「クリステル嬢。私と踊ってはいただけないでしょうか?」


にこやかに手を差し伸べてくるのは隣国王子です。まさかのお誘いでした。


「……喜んで」


一瞬言葉を失いながらも、自分に微笑みかける緑の瞳に微笑み返し、その手に自分の手を重ねました。


ダンスフロアにエスコートされる間に、軽やかなワルツが流れてきます。王子とクリステルは緩やかに踊り出しました。


「貴女はダンスがお得意ですか? とても上手だ」

「まあ、お褒めに預かり光栄でございます」

「私のリードはどうですか? 踊りやすい?」

「ええ、とても踊りやすいです」

「それはよかった。先程の方はなかなかに強引なリードでしたからね。あれについて行ける貴女のステップに感心してしまいましたよ」

「あ……」


王子の前に踊った貴公子が、強引なリードをすることで有名な方でした。普通のご令嬢ならば秘かに眉をしかめたであろうところ、クリステルは難なく合わせられていたのです。ちゃんと余裕の笑みで。

当の相手はそうとも気付かずに上機嫌で去って行ったのに、それを王子は気付き、しっかりと見ていたのです。


「そんなことにならないように、しっかりとリードさせていただきますよ?」


クリステルの耳元に王子は口元を寄せて、クスクス笑いながら甘く囁きます。

そんなことに慣れないクリステルはただただ頬を染めるばかりで目を伏せていましたが、そんなクリステルを見つめる王子の瞳はどこまでも甘いものでした。


その後何曲か踊り、ようやく解放されて父の元へ戻った時。

やはり視線を感じました。もはや確認するまでもありませんが、やはりアレクシスです。

アレクシスは今、マノンと踊っていました。絵になる二人に見惚れていると、どうやらマノンには微笑みながら会話をしているようでした。

忘れていた胸の痛みがまた再発します。


つきん、つきん。


――どうしても視界にわたくしが入ることが許せないのですね……。マノンとは穏やかにお話しできるのに。確かにマノンは綺麗だものね。私みたいに貧相じゃない。


そう思うと、悲しくて目の前が滲んできますが、そこはこの華やかな空間。一人悲壮な空気を醸し出すわけにはいきません。きゅっと唇を引き結び、泣き出しそうになる自分を叱咤して笑みを貼り付けなおし、そして隣に並ぶ父の袖を何度か軽く引き、


「あの、お父様? わたくし疲れてしまったのでお部屋に下がらせてもらいますわ」


父を見上げてクリステルは言いましたが、


「そうかい。でも、もういい時間だからね。そろそろお暇させていただこう。ああ、クロードは残していっても大丈夫だね」

父はクリステルを労い、クロードにも声をかけます。クロードは少し離れたところで騎士仲間と歓談中でした。

帰ろうと言ってくれてほっとするクリステル。両親と共に、貴賓席まで退席の挨拶をしに行くことになりました。


「そろそろ夜も更けてまいりましたので、我々はお暇させていただきたく存じます」

「ああ、今宵は来てくれてありがとう。気を付けて帰るんだぞ」

「はい」


父が国王に挨拶を済ませてから、母が王妃に話しかけます。


「今日はとても楽しゅうございました」

「私も楽しかったわ! またお茶もしましょうね」

「ええ、ぜひとも。あ、レティ様?」

「なあに? シシィ」

「ステラに素敵な贈り物をありがとうございました」


母は丁寧に贈り物のお礼を述べました。それに従ってクリステルも深々とお辞儀をします。


「ありがとうございました! とても素晴らしくて……。大事にいたします」


今、自分を飾ってくれている宝飾品に手を添えました。

しかし。


「へ?」

「「へ??」」


キョトンと首を傾げる王妃の姿に、こちらも同じく首を傾げてしまいました。


「私からの贈り物ってなあに?」

「えっ? この首飾りとイヤリングを贈って下さったのでは?」


母が、クリステルを鮮やかに彩っている首飾りやイヤリングを指し示すも、


「知らないわぁ?」


ますますキョトンとする始末。


「パーティーの前に、わざわざアレクシス様が部屋までお持ちくださったものですよ?」

「さあ??」

「「まあ……。では一体……?」」


顔を見合わせるクリステルと母。


「ま、いいわ。私からアレクシスに聞いておきます。ひょっとしたら息子の誰かがこそっとプレゼントしたのかもしれないしね! うちの子たちったらとっても面食いなのよね~!」


パチンとウィンクしながら王妃は言いました。




王城の玄関を出、乗り付けたアウイン家の馬車に乗り込もうとした時でした。

クリステルが父のエスコートの手を取り、馬車のステップに足をかけようとしたところで、


「奥様! お嬢様!」


アウイン侯爵家から連れてきている侍女が、血相を変えて駆け寄ってきました。手には何やら箱を持っています。

クリステルはとりあえず乗り込むのをやめ、侍女に向き直りました。

先に馬車に乗っていた母も顔を出しました。


「何事?」


クリステルが問いかけると、


「これっ、これでございます……! 今しがた、馬車に乗り込んだ時に座席の上に置いてございました!」


侍女が差し出す箱を受け取り中身を確認すると、それは昼間、無くなった(忘れてきた)と思われていた、クリステルの宝飾品が、一式綺麗なまま入っていたのです。


「まあ、こんなところにあったの? 運び込むときに取りこぼしていたのかしら?」

「まさか! そのようなことは……! それに先程馬車の中は改めておりました。その時はなかったのです!」


悔しげに言い募る侍女の肩を宥めるように撫でたクリステルは、優しい微笑みを向けました。そんな主の反応に、侍女が少し肩の力を抜いたのを見てから、、


「ああ、あなたを責めているんじゃないのよ? でも、どうしてこんなところなのかしら……? でもよかったわ。大事なお気に入りの首飾りとイヤリングだったから」

「申し訳ございません。以後さらに気を付けます」

「ええ、わかったわ」


大事そうに首飾りを撫でてから、ふたをきちんと閉めると、クリステル自らが持って帰ることにしました。


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