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月虹の舞姫  作者: 徒然花
Juillet
12/22

冷たい瞳と温かい瞳

「わたくしも気になりますから、馬車まで見てきますわ」

「わかったわ」


クリステルもそう言って母の了解を得ると、侍女を追って部屋を出て行こうとしました。

そして、扉を開けたところでそのまま止まってしまいました。

廊下で侍女と誰かが話をしているのが聞こえたからです。

その驚きに、自分の心臓が飛び跳ねた音が聞こえた気がしました。


「何事かな? 先ほどからバタバタと慌ただしいようですが」

「あ、アレクシス様。騒がしくしてしまい、申し訳ございません。実は――」


瞠目するクリステルの視線の先、侍女に話しかけていたのはアレクシスでした。


ここは国王夫妻の私室や王子・姫の私室、並びに客室などが居並ぶ、いわば王城のプライベート空間です。公人たちの執務室や事務官たちの執務官室は階が違うのに、なぜこんなところに仕事中であるはずのアレクシスがいるのかという不思議には一切気付かずに、侍女は美形の貴公子に話しかけられて舞い上がり、あろうことか宝飾品紛失(遺失?)のことを話しかかっているところでした。


「あっ! だめっ!!」


侍女に向かって手を伸ばし、思わず叫んだクリステルでしたが、そんなクリステルの制止も間に合わず、侍女は現状をアレクシスに話してしまいました。


「ふむ、そうでしたか。ここにレティ様からアウイン侯爵令嬢殿への贈り物の宝飾品がございますから、今宵はこれを身に付けてはいかがかな」


大きな声を発してしまったクリステルをとがめるかのようにスッと目を細め、冷たい雰囲気を纏い淡々と告げるアレクシス。

手に持っていた真っ白なビロード張りのケースを、自分の前にいる侍女に手渡しました。


「え……そんなこと、レティ様おっしゃっておりませんでしたから……」

「レティ様のことですから、サプライズなのではないですか」


先程まで一緒にいましたが、贈り物の『お』の字も聞いていません。しかも宝飾品などという高価な贈り物。喜びよりも戸惑いの方が先に出てしまいます。

ゆらゆらと淡紫の瞳を揺らめかせながら、自分よりもずいぶんと高い位置にある、冷たい、美しい顔を見上げました。

しかし、『そんなこと私に言われても知りませんよ』と言いたげな様子で、視線はすぐさま逸らされてしまいました。


「はあ、まあ……」

「では、私はこれで。ちゃんと手渡しましたよ?」

「……はい。ご足労をおかけして申し訳ありませんでした」


深々と頭を下げるクリステルを一瞥すると、『用は済んだ』とばかりにさっさと踵を返して、颯爽とその場を後にするアレクシス。


――今日もやはり冷たいお方でした。


侍女から白いケースを受け取り、去っていくアレクシスの背中を見送るクリステル。縮まることのない自分たちの距離に、心はツキンと痛みました。




部屋に帰りケースを開けると、首飾りとイヤリングがお目見えしました。

大ぶりなアメジストを小さなダイヤが縁どり、それらを嵌めるプラチナの土台は繊細な透かし模様になっています。繊細でいて華やかな、なんとも美事な意匠でした。

それに、今日のドレスともよく似合っています。


「まあ、レティ様ったら突拍子もないことなさるわね。でも助かったわね」


安堵の吐息をこぼしながら、母が言いました。先程までの困惑顔は綺麗に消え去り、いまはかわいらしく微笑んでいます。


「ええ、本当ですわ。しかもこんなに綺麗な首飾り! 今日のドレスにもしっくりと似合っていて素晴らしいですわ」


アレクシスと遭遇したことで思い出した胸の痛みをこらえ、微笑むクリステルです。


とりあえず今すぐに必要なアクセサリーは間に合ったので、準備を進めることにしました。持参したアクセサリーは、引き続き侍女たちが探すことになりました。




ダンスフロアに華やかな光と音楽が溢れています。

今宵は隣国からの賓客も招いているとのことなので、いつもよりなお一層盛大な夜会でした。

貴賓席に国王夫妻が並び、国王シャルルの横はその賓客・隣国の第一王子が座っています。


あれから合流した父と兄のクロードとともに、クリステルも謁見するために貴賓席へ向かいました。


「今宵はお招きいただきましてありがたき幸せ。……初めてお目にかかります、アウイン侯爵ディータ・リトバリテ・アウインでございます。お目にかかれて光栄にございます、殿下」


父侯爵が、最初は国王に、それから隣国王子に向かって挨拶をしました。それから順に、母・クロードと挨拶が済み、クリステルも、


「娘のクリステル・アリアロス・アウインでございます」


淑女の礼をしながら挨拶をしました。

礼のために伏し目にしていた瞳を上げてそっと王子の顔を見ると、意外にしっかりと目が合いました。

柔らかな緑の瞳は暖かな笑みが浮かび、薄い唇は緩やかな弧を描いています。

王子はクリステルに向かって柔らかに微笑んでいました。


――この方もなんて素敵な方なのでしょう。優しい微笑みに、こちらも心が温かくなるような。緑の瞳は豊かな草原の様で。きっとおおらかに民を包んでいくのでしょう……

あの方とは対照的な方ですわ。あの方の美貌には敵いませんけど……


王子の微笑みに魅入りながら、クリステルは思いました。

そして、こんな時でもおのずと浮かぶのはアレクシスのこと。そのことに気付き、クリステルは我知らず苦笑をもらしました。


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