故意か過失か
王妃たちとのお茶会からしばらくして。
今度は王城で夜会が開かれることになりました。今回のパーティーは、隣国との新たな貿易通商条約締結のお祝いの宴ということです。外交がらみのパーティーは、国を挙げての盛大なものになるようでした。
もちろんアウイン侯爵家にも正式な招待状が来ました。
両親も夜会など華やかな場所嫌いで有名ですが、クリステルもデビュー以来、夜会に出たがる様子はありません。クリステルにとって、デビューの夜会が苦い思い出になっているようでした。それでも今回のパーティーは国王夫妻の主催するものですから、よほどのことがない限り、断りなどもってのほかです。しかも、「アウイン家の皆様ぜひお揃いでいらっしゃってくださいね」と、王妃直々の伝言も付け加えられていたのですから、もはや『否』とは申し上げれません。
――こんな大きなパーティーだと、またあの方にお会いしてしまうわ……。あんな美しい方に、どうしてわたくしは嫌われてしまっているのでしょう。悲しくて心が裂けそう……
国王主催のパーティーならば、必ずアレクシスは来るはずです。また冷たい瞳に睨まれてしまうのかという悲しみと、一方でその美しい姿を一目でも拝することのできるうれしさとで、クリステルの心は千々に乱れます。
パーティーの日。
「どうせ侯爵様もクロードも王城にいるんだから、シシィたちも早目にこちらに来て、一緒にお支度しましょうよ」
そのように王妃からお誘いがありました。母もクリステルも、王妃の仰せに甘えることにしました。
午後のお茶の時間より少し早くに王城に到着するために、朝からアウイン侯爵家はバタバタとしていました。クリステルの自室で母とドレスや合わせるアクセサリー類を選んでいたのです。
「今日はローズにしてはどう?」
母が数あるクローゼットの中からローズカラーのドレスを取り出しました。臙脂でもなく濃いピンクでもない、その間。それは何かにつけてセンスのいい父が、先日クリステルのためにと仕立てたものでした。
「この間お父様からいただいたものですしね。それにします」
「きっとディー、喜ぶわよ!」
「ふふ、目に浮かびますわ」
「じゃあ、首飾りとイヤリングは、一緒にそろえてくれたルビーになさいな」
「それがいいですわね」
「他の方から頂いたものを付けていたら、ディーの機嫌が悪くなるわ。ふふふ」
デビューの夜会以来、クリステルの元には貴族の若者から色々と贈り物がされることが多くなっていたのです。お断りしようにも『貰っていただけるだけでも光栄です』と押し付けられる。それは手紙から花束から、はては高価な宝石類まで、多種多様の贈り物がクリステルの元に贈られてきました。しかしそれらは残念なことに日の目を見ることなく、新しいままに保管されています。それらの贈り物はやはり丁寧に仕舞われたままに、父がドレスに合わせて仕立ててくれた宝飾品が用意されました。
侍女たちと共に支度を済ませ、クリステルと母は王城に向かいました。
王妃からの伝言の通り早目に到着したクリステルと母は、そのまま王妃たちとお茶を楽しんだ後、今日の支度用にとあてがわれた部屋に案内されました。
二人は、侯爵家から連れてきていた侍女たちに手伝ってもらいながら着々と準備を進めていたのですが、最後の仕上げのところで問題が発生しました。
首飾りやイヤリングなど、クリステルの宝飾品がまるまる見当たらないのです。
「確かにドレスと共に持ってきたはずなのでございます。ドレスのお箱の上にジュエリーケースを置きましたもの」
オロオロとしながら、侍女たちが、持ってきた荷物をくまなく探しています。
「そうね。確かにわたくしも見ましたわ」
アウイン家のクリステルの部屋で、午前中は侍女たちがいそいそと準備をしていたのをクリステルは見ていました。
「そうよね。ステラだけじゃないわ、私も見ていましたもの。あれからどこかに置き忘れてきたとか、は、ない?」
クリステルに同意しながら、母は侍女たちに尋ねます。
「はい。確かにドレスの入った箱と一緒に持ってまいりました」
「念のため、馬車の中も探してみて、無い様だったら取りに帰ってもいいわね。まだ時間もあることだし」
「はい、奥様」
母の指示に従って、侍女の一人が一礼して部屋を出て行きました。
「ただの忘れ物ならいいのだけど、もしも盗難ということになったら王城内は大変なことになってしまうわ」
静かに閉まった扉を見ながら、母は頬に手を当て柳眉を曇らせました。そんな母の様子に、クリステルも嫌な胸騒ぎがします。
「わたくしたちの落ち度ならばいいのですけれど……」
「今はとりあえず心当たりを探しましょう」
「はい」
二人して不安の溜息を洩らしました。
今日もありがとうございました(^^)




