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月虹の舞姫  作者: 徒然花
Juin
10/22

瞳の色のドレス

庭園から城内に入り、パールがドレスを用意して待っていてくれるという部屋に案内される途中の廊下も、クリステルはアレクシスに無言で手をひかれてゆきました。無表情で王城の廊下を突き進むアレクシス、その後を、彼に手をひかれながら小走りで付いて行くクリステル。そのおかしな取り合わせに、出会う人がみな不思議そうな顔で見てゆきます。その度にクリステルは恥ずかしくて下を向くのですが、アレクシスはどうも思っていないようで、無表情のままずんずんと進んでゆきました。


そうしてアレクシスに連れられてきた部屋には、王妃付侍女長のパールではない、クリステルの知らない侍女が控えておりました。


「この方に着替えを」

「かしこまりました」


それだけを告げると、アレクシスは部屋を後にしてしまいました。結局この部屋に来るまで、一度もクリステルのことを見向きもしないままに。


呆然とその場に立ちつくしたままのクリステルに、


「さあ、お嬢様。お嬢様によくお似合いになると思う美しいドレスをご用意いたしております。わたくしがお手伝いさせていただきますので、お着替えいたしましょう」


侍女は優しく微笑みながらそう言うと、甲斐甲斐しくクリステルの着替えを手伝ってくれました。

着替えだけでなく、髪型もお化粧も、そのドレスに合うようやり直してくれます。

先程までは桃色のドレスでしたが、用意されていたドレスは繊細な紫がかった水色でした。光の当たり具合では微妙に紫が濃く見えます。


「お嬢様の瞳の色と同じ、繊細なお色ですわ。とてもお綺麗です」


ドレスをクリステルの身体に当てながら、鏡越しに侍女はニッコリと微笑みました。

確かに同じ色でしたが、もとより自分の瞳の色を卑下しているクリステルは、


「わたくしの瞳の色はもっと灰色のようですわ。このように綺麗な色などしておりませんもの」


目を伏せ、ため息とともに吐き出しました。


「何をおっしゃいますか。さ、お支度をしたら気も晴れますよ。わたくしも腕によりをかけさせていただきますわ! お嬢様はどうぞ楽にしていらしてくださいませ」


気分の沈んでいるクリステルを励ますように、侍女は再び笑顔で言いました。


支度をしている最中も『おかわいらしい』『なんてお似合いなんでしょう!』と、様々に声をかけていてくれたのですが、


「お綺麗ですわ。なんて素敵でいらっしゃるのかしら」


侍女が、綺麗に仕上がったクリステルを見てうっとりとため息をつきました。その声にハッとし、視線を挙げたその先にある鏡を見て、仕上がった自分に驚きました。


完璧なレディが、そこにいたのですから。


美しいドレスや華やかに結われた髪やお化粧、どれも総てがあまりにも自分にしっくりと馴染んでいることに目を見開きました。

先程までの鬱々とした気分は、この驚きですっかりどこかへ行ってしまったようです。

ほう、とため息をついて鏡の中の自分に触れ、それから後ろに控える侍女に振り返り、


「あなたが上手にしてくれたからだわ。ありがとう。とっても素敵にしてくださって」


柔らかく微笑みながら侍女にお礼を言いました。そして、


「ところでパール様はどちらに?」


このドレスを用意してくれていたパールにもお礼を言わねばと思い、改めてパールの居場所を尋ねました。支度をしている間、一度もパールの姿を見なかったからです。パールだけでなく、王妃付の侍女の姿もみえませんでした。ずっとこの侍女一人がクリステルを世話してくれていたのです。


「あ、あー、え、と。あ、そうそう、先程急にペリドット様に呼ばれて出て行かれたのです」

「パール様のだんな様の?」

「え、ええ」

「まあ、そうでしたか」


やや焦りながら侍女は答えました。しかしクリステルはそれに気付かず、深く追及することをしないで流してしまいました。




「あら? わたくしが用意していたのと違うドレスのように思うんだけど?」

「きゃ~!! お姉ちゃま素敵すぎます!!」

「うん! うん! どこのお姫様よりも綺麗だ!」

「まあ、私よりも?」

「当たり前だよ」

「ぶうう!!」


頃合を見計らって迎えに来たアレクシスに先導されてお茶の席に戻ったクリステルに、フランシスとクラリスが駆け寄ってきました。そしてそのまま兄妹喧嘩を始めてしまったのですが。

それを見ると、アレクシスはお役御免とばかりに庭園を辞去していきました。クリステルはその背中をクラリスの肩越しに見送りながら、脅威が去ってほっとしている自分と、この場からいなくなることを残念に思う自分とを自覚しました。

しかし先程の王妃の言葉が気になりました。

今自分が来ているこのドレスは、王妃の用意したドレスではないということでしょうか。


「え? 違うのですか? そう言えばパール様が不在だということで、あまり見かけぬ侍女様がお世話くださったのです」

「え? パールが不在? そんなことないはずなんだけど?」


頬に手をやり、小首をかしげる王妃。驚きに目を瞬かせ「一体、どういうことでしょう……?」困惑に瞳を揺らすクリステル。

しかし、


「でもお姉ちゃま、本当に綺麗よ! 今までで一番よ!」


兄をうっちゃり、無邪気にクリステルを褒めそやすクラリスの笑顔に深く考えることをやめた王妃でした。


今日もありがとうございました(^^)

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