プロローグ
アンバー王国の王都ディアモンド。
ここに一つの恋物語が動き出しました――。
いつもの物語よりもちょっと未来、20年後のお話です。
その夜はとても美しい夜でした。
おぼろに霞んだ月にかかるは珍しき月虹。
満ちた月にもかかわらず、明るいような霞んだような覚束ない明かりの下。
一人の少女が舞っていました。
大広間の喧騒とは隔離された、誰も居ない庭園で。
微かに聞こえてくるのは彼女が口ずさむ音色。
少女の愛らしいふっくらとした唇から洩れ出ずる曲は、ゆったりとしたワルツの調べ――。
その柔らかな旋律に合わせてふわりふわりと舞う、豊かなドレープのドレス。
裾捌きも軽やかに、何かに憑かれたようにステップを踏む少女。
その様を、一人の貴公子が息を飲んで見つめていました。
月虹の下、美しい舞姫。――夢か幻か。
おぼろげな月の明かりの下でも目の覚めるような美少女の様子に、身じろぎも忘れて見入ってしまいました。
そんな貴公子の視線に気付かないまま、少女は一人静かに舞い続けています。
不意に少女がつむぎだす曲調が変わりました。
それは誰もが知る、早くて難しい曲です。
それでも少女は危なげなく、刻まれるステップはひとつの乱れもなくことさら優雅に。
――あんな難しい曲を難なく踊りこなせるなんて……!
姫君を見つめる貴公子は目を見張り、瞬きを忘れるほどに、さらに少女の舞姿に引き込まれていきました。
時が経つのも忘れて少女を見つめていると、不意に向こうで声がしました。
「ああ、ここにいたんだね」
若い男の声でした。
ハッと気付いた少女はステップを踏むのをやめ、そちらを見ました。
「あ、ごめんなさい。だって緊張してしまって」
それまで唇に乗せていた旋律が途切れ、かわってそれは愛らしい少女の声になりました。
舞姫から発せられた声は、想像通り甘く愛らしいもの。はにかんだ笑みを浮かべながら、近付いてきた若い男に答えています。若い男の方は、こちらからは背になっていて、誰だか判りませんでした。
「ははは! でも、もう時間だよ。さあ、行こう」
「はい」
スッと差しのべられた手になんの躊躇もなく自分の手を預けると、少女は花の綻ぶような微笑を彼に向けました。
そしてそのまま、少女はその男に手を取られ、大広間に入っていったのでした。
短かったですが、ありがとうございました(^^)
細かいことは気にせずw、楽しんでいただけたら嬉しいです♪