記憶
――――――そのまま校庭に立ちっぱなしは寒すぎるので俺はとりあえず校舎に入ろうと、一歩踏み出そうとして…
「うおあっ!?」
盛大にこけた。何かに躓いたというより足を上げられずにバランスを崩した感じだ。
足元を見ると、凍らせた時に靴底が張り付いて地面にくっついていたようだった。
さすがに凍った校庭を靴下で歩いたら足が凍傷になりかねないので無理矢理靴をはがして履きなおす。
さて、と。
「朝姫を探さないとな」
いつの間にかいなくなったっきりだ。俺が生きてるからあいつも死んではいないだろうけど…。
どこから探したものかと悩んでいると、上の方から轟音と共に真紅の火柱が上がった。
もし、万が一朝姫が弓の方を探しに行ったとしたら…だったらいるのは屋上辺りだろうか。
俺は外にある非常階段を駆け上がる。
「朝姫…」
脳裏に、最悪の状況がよぎる。
俺は全速力で階段を駆け上がった。
――
私は華蓮から朝姫に戻り、脱力して床にへたり込む。
胸を貫いた時の返り血が制服に飛び散っている。
手にはナイフ越しに伝わった感触が生々しく残っていて、私が人を殺したことを責め立てている。
華蓮と交代した時、こうなる事はわかっていた。
華蓮は私に取り憑いた破壊衝動の塊。
何故私にそんなものが憑いているのかは知らないけど、私は彼女を好きになれない。
怖い。
…駄目だ。私は全部華蓮のせいにしようとしている。
確かにあの子―結局名前を聞けなかった―を殺したのは華蓮。でもそれ以前に、二組のペアも殺した。アレは華蓮じゃない、私だった。
それに、私が華蓮に頼ったからあの子も…。
体が重いのは、魔力の使いすぎでも、制服が返り血を吸ったせいでもなく、罪悪感がのしかかっているから。
そして、もう一つ。
華蓮が言った。私が以前にも彼女を使ったと。
さっきまではぼんやりと、危険だとしか認識していなかった。
けれど、思い出した。
私は彼女と共に殺した。自分の家族を。両親を。
それは私がまだ幼い頃、10年近く昔だろうか。
その頃には既に華蓮という存在は私の中にいた。
彼女は何度も転生している。
その度に人の体を奪い、その絶大な力で破壊を尽くした。その武勇伝を聞かされ続けた。
でも、今回は何故か私から肉体を奪えず、私と共生するしかなかった。
桐生院の家で私は疎まれていた。私は双子だったが、片割れは生まれてすぐに死んでしまったそうだ。
それがとても良くない、として私は座敷牢のようなところに閉じ込められていた。
鬼が人の子と共に生まれ、それを食って皮を纏った、と言われていた。
だから私の周りには誰もいなくて、華蓮しかいなかった。
彼女の名前の由来は私の片割れにつけられるはずだった子供の名前。
何度も私を責めるその名前を、たった一人の「友達」につけた。
華蓮の話は残虐で怖い話ばかりだったけれど、たまに外の話をしてくれた。
そして毎回その話をするたびに、「外に出てみない?」と私を誘う。
私はいつか叶うなら出てみたいと思った。けれど、それが叶わないことも薄々気付いていた。
近いうちに私は殺されてしまうだろうということにも…。
今にして思えばそれは華蓮による誘導だったのかもしれない。
けれどその時の私は、絶望して、辛くてたまらなかった。だからあの日、彼女の言葉に頷いた。
「外に出たい。死ぬなら、最期に外の世界を見てみたい」と。
そして華蓮はそれを成した。
私のために、逃げられぬ私の目の前で、この手で両親を殺し、家を焼き払った。
元より親に愛なんて感じてなかった。
けれど、あまりにも残酷なやり方に私は目を覆いたかった。
…やっぱり私は、人の皮を被った鬼なのかもしれない。
そう思いながら華蓮の中で泣いた。
泣いても暴虐は止まらず、広かった桐生院の家は全てあっという間に燃えかすの塵芥と成り果てた。
全てを焼き尽くしたあと、私は安全なところで華蓮から肉体を返された。ご丁寧に彼女は返り血一滴私の体に残さなかった。
そのおかげで私はそのあとにきた警察に、唯一の生き残りとして保護された。
そのとき、ショックのあまり私はその事件どころか全ての記憶を失っていた。
そして華蓮の焔では燃えたあとに何も残らない。人間の持ちうる炎ではここまで完全に焼き尽くすことは出来ない。
だから警察も犯人を見つけることは出来ず、結局事故、ということになった。
けれど親戚はほとんどが私を恐れ、身元を引き受けようとしなかった。
そんな中で唯一私を引き取ってくれたのは白雛家だった。
普段からある意味で異端、親戚中では一番嫌われていたけれど、一番良識があったんだと思う。
中には桐生院の財産目当てだとかいう人もいたけどそんなのお構いなしに私を育ててくれている。
初めて私に優しい両親と、兄妹が出来た。それに彼らと仲の良かった蓮とも仲良くなった。
もし、私のこんな姿をみんなが見たら、私をどう思うだろうか。
親を殺した私は、信じて育ててくれた人に顔向け出来るだろうか。
全てを思い出した今。私はどうするべきなのだろうか…。
胸が苦しくて、泣きたくなった。
そんな資格があるかもわからない。
でも、痛みは、苦しみは止まらない
しゃくりあげそうになって大きく息を吸い込むと同時に、奇跡的に無事だった非常階段の扉が勢いよく開かれる。
…来てしまった。
私を断罪するであろう者が。
「いたっ!朝姫!」
蓮は一直線に私に駆けてくる。
「朝姫、大丈夫か?怪我して…って血塗れ!?大丈夫か!?」
「…平気よ。返り血だから」
努めて冷淡に言い放つと、彼が私に差し伸べようとしていた手が固まる。
お人好しな彼の手をすりぬけて、私はぐにゃぐにゃになったフェンスの方、屋上の端の方に歩いていく。
「ゲームの目的どおりに3人、ペアだから6人か。殺したのよ、私が」
淡々と、彼に背を向けて言う。
…そうしないと泣いてしまいそうな顔が見られてしまうから。
ここで涙を見せるのは、卑怯だと思うから。
だから、一瞬彼のしたことが理解できなかった。
蓮は私を後ろから優しく抱きしめた。
「蓮…?」
「…嫌だったか?」
「そ、それもそうだけど!!問題はそこじゃなくて」
想定外過ぎて危うく受け入れかけたが慌てて突き放すと、蓮は若干落ち込んだ。
しかし嫌なものは嫌だ、一昨日来やがれ。
…でも、なんで私に優しくするのだろう。
白雛家といい、蓮といい。
こんなに血で汚れているのに。
怖くないの?
そう訊こうとした。
でも、それを遮るように彼は言った。
「ごめんな」
「…え?」
「朝姫にばっかり辛いこと押し付けて、ごめん。俺がちゃんと覚悟してなかったから」
「そ、そんな覚悟なんて、普通できっこない。…それが、普通だから」
「…だよな」
…それは私もだ。
全てを思い出して、そして今も、血にまみれて泣きそうになっている。
私はそんな程度だ。後ろばかりみている。
でも今は、躊躇ってはいけない。
他人を殺してでも、生き残らなければならない。
思い出したことは、全てが終わったらみんなに白状しよう。だから、そのためにはなんとしても生き残らなくては。結果がどうなろうとそれは私のすべきことだと思う。
そしてなにより、私のそばにいてくれた一人を、罪深い私の為に死なせてしまうことは、出来ない。
「蓮」
「なんだよ」
振り返り、きちんと彼の顔をみて、言う。
「意地でも、生きて帰るわよ」
「お、おう」
慰めてやろうとした突き飛ばされた。
ここはヒロイン的にしおらしく腕の中で泣いておくべきなんじゃないのか朝姫さんよ。
…しかし、そんなキャラじゃないよなーとも思う。
いや、俺じゃなかったら案外すんなり行きそうな気もするが。
が、突然情緒不安定になったかと思えばなんか自己完結して啖呵を切って、挙句フラーっと倒れこむように寝てしまった。
なのでとりあえず屋上に近い教室に朝姫をおぶっていった。
誰にも会うことはなかったので朝姫はそのままグッスリである。
俺は適当に机をどけて場所を作り、そこに朝姫を寝かせた。
とりあえず上着もかけてやる。
…それにしても、いくらなんでもリラックスしすぎだろうよ。
ともあれすることもなく暇なのでしばし朝姫を観察してみる。
ホント、大人しくしてれば可愛いのにな。
喋ると全部台無しだけど。
「うにゃぅ…へぅ」
…喋るにしても寝言は可愛いんだな、お前。
それはさておき、無防備な美少女と教室で二人っきりと言うシチュエーションなんだよな、今。
なんというか、寝返りを打って捲れたスカートから覗く太腿とかが妙に生々しい…。
このまま朝姫観察してたら流石にまずい気がして来たのでとりあえず黒板とか見てみる。
黒板の参加者リストには、もう4組しか残っていない。
ふむ…。
ってオイ。
「朝姫寝てる場合じゃないっ!他にあと3組しかいないっ」
「う…何よ…って、ふぁああ!?」
起こされて不機嫌になりかかっていた彼女を無理矢理立ち上がらせて首を黒板の方に向けさせる。
「首痛い…」
「それより、もう他に三組しかいないんだ!」
「わかったから落ち着きなさい!」
「落ち着けるかっ!やばいって!」
「騒いでたら敵に居場所バレるでしょうがっ!!」
…あ。
「この馬鹿ぁ~~~~っ!!」
なんだろう、朝姫にうるさいとか言われると凄く理不尽なものを感じるんだが…。
って言うか俺よりも朝姫の方が騒いでるような…。
こんなんで俺たち、生き残れるんだろうか。