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業炎

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「ッ!?」

もう何本目だろう

私は砲撃の様な勢いで飛来する矢をかわし続けるが、一向に矢が尽きる気配はない。

それが彼女の武器、神働器テウルギアの力。

神働器は魂を結晶化し、魔力を出力するための端末。文字通り神の如く現界に働きかける力の器、と言ったところだ。

「全く、あんな体の何処からそんな力が湧いてくるのよ…」

華奢な指先から放たれる矢は鋭く空を切り、背後の壁や床、フェンスを破壊していく。

正直、相手からすれば神働器なしの私がどうして全部かわしきれるのか、という気持ちはあると思うけれど。


…ぶっちゃけ、あの男よりこっちの方が強いんじゃない?


なんだろう、この損した気分。

まるで蓮のために頑張ってるみたいじゃない。…おぇ。

さておき。多分弓だから至近距離に入り込めば弱いだろうけどあの威力、連射速度からして近づくのは至難の業。

私の武器はなんでもない、ただの拳銃。『私には』神働器を召喚できない。

ちなみに神働器は性質上魂と強く結びついているため、破壊すれば魂に大きな負荷がかかる。…最悪、死に至るほどに。

だからあの弓を壊せば、というのも一つ手であるかもしれないが、はたしてただの拳銃、限られた弾で壊せる代物だろうか。

試しに何発か撃ったものの全て矢で落とされている。…強度以前の話だ。

それどころか反動の一瞬の隙に撃ち込まれた矢で蓮から借りた/強奪した拳銃の銃口を撃ち抜かれて壊された。

故に防戦一方。正確には防御というより回避だけど。攻めれば隙を撃ち抜かれる。

「いい加減諦めて当たって、楽になったらどうです?」

「命懸けなのに、はいそうですかと引き下がるとでも思ってるの?」

彼女めがけて予備の弾倉を投げる。大きさとスピード、撃ち落とすまでもないため彼女は回避行動に移る。

しかしそれは陽動。

もうひとつ、「本命」を投げ、それめがけて的確に弾丸を撃ち込んだ。

弾倉の銃弾に連鎖的に着火し、小型手榴弾のように爆発する。

最初のはかわすのを前提に投げた空の弾倉。

もう一つは、たっぷり弾丸の詰まった未使用の弾倉。

破裂した火薬の勢いで無秩序に鉛玉が散らばる。そして火薬の硝煙で辺りが一瞬見えなくなった。

不意打ちならダメージは通るはず、そしてそこでトドメを…

「甘いですね」

矢が頬をかすめる。衝撃で頬に切り傷が走った。血が頬を伝う。

晴れた煙の向こう、彼女は平然と立っていた。

…まさか、全部撃ち落としたの?

「そんなまさか。狙撃が本業なら近距離に対して防御を固めておくのは当然でしょう?」

よくみれば彼女の周りには武者鎧の肩の部分のような巨大な装甲が六枚、宙に浮いていた。

見た目から判断するに、それ自体は神働器ではなく、彼女が魔力で作り上げたモノのようだ。

…打つ手なし。

弾丸も銃に残っている分だけだし、それは全く通用しないだろう。

ナイフなど振っても近づくまでに撃たれるだろうし。

他に使えそうなものといったら…。


脳裏に一つだけ、状況をクリアする手段が浮かぶ。


でも、アレは。


《アレ》だけは…。


「どうしました?いつまでも逃げていたら、彼も殺されてしまいますよ?」

勝ちを確信し、彼女は弓を降ろす余裕さえ見せる。

「…そうね。背に腹は変えられない、か」

本当はやりたくないけど、流石にこのままだとどうにもならない。

そんなことはないと思うけど、ここで躊躇って死んだら、蓮を地獄の鬼すら泣いて赦しを乞う程度にしばきたおして憂さ晴らしだ。

「まあ、いいわ。あとはお願い、『華蓮』」

ただ、『彼女』の性格を考える限り、この娘が残虐な末路を辿ることになることだけが気がかりだけど。


「貴女、何を…」

轟、と《あたし》を中心に焔が溢れ出す。

「ふふ、ははは、あっはははははははははははははっ!!」

あたしは久々の《外》で気分が高揚して思いっきり笑う。笑うほどに、焔も踊り、あたしと彼女を囲む。

コンクリートが焼け焦げ、熱膨張で弾けたり、頑丈な金属製の柵さえ焔に触れるまでもなくその熱だけで融けて捻じれ、崩れて行く。

「…ようやく神働器を使う気になりましたか。でもそんな見かけ倒し、通用するとでも?」

言葉とは裏腹に、豹変したあたしを見てかなり警戒を強める。

「あはっ、ごめんね。驚いた?久しぶりに朝姫が体譲ってくれたんだから、少しは楽しませてよね?」

魔力を顕現させる。朝姫でなく、あたしの特徴である銀髪と紅い瞳。手には漆黒の大鎌。少し窮屈な制服の胸元を開け、襟を崩す。

揺らめく焔に見惚れ、汚いモノを全て灰に帰して浄化された空気を胸いっぱいに吸い込む。

「―ッ!?」

喋ってる間に、彼女の自慢らしい矢が幾度も打ち込まれたが、全てあたしに届く前に燃え尽きて、灰すら残らない。

「そんな玩具、届くとでも思ってるの?」

焔はあたしに向けられる物理的な攻撃も魔力による攻撃も、全てを焼き尽くす無敵で絶対の盾。朝姫にはあんなにも脅威だった矢も、私には微風程度にもならない。

それでも彼女は撃ち続けるが、さっきとは真逆、いやそれ以上の戦力差である。届くはずなんか、無い。


「…?」

不意に何か違和感を覚える。少女からではなく背後の校庭…つまり結城蓮の居る場所から。

始めは、ほんの小さな魔力の波動。それが徐々に、大きな波の様に強くなっていく。

それが蓮のものなのか、あるいはさっきの男のものなのかはわからない。蓮が死んだらちょっと面倒だけど、まあ《あたし》でいる間なら朝姫ごと生き延びて『細工』をすればいい。

どうせあの子の矢は当たらないからと、あたしは完全に少女に背を向け、校庭を眺める。

何度か地面を這うような雷が轟く。更には地から天に這い上がる蛇のような雷。雷の魔力の方が優勢に見えていた。

だが途端、眺めていた景色が一転した。

「わお…。なかなかやるわね…」

眺める先では、全てが凍り、キラキラと細かな氷粒が舞っていた。

校庭から吹く風はこの焔の中にいるあたしの頬にも、ぞくっとするような冷たさで触れた。

その中心に立つ二人の人影。片方は凍ってるみたいだけど、流石にそれが蓮と男のどちらなのかまでは見えない。

「どっちにしろ、死に切れてないみたいね」

一瞬で凍ったため、コールドスリープみたいな状態になっているのだろう。

「はあ…、蓮だったら早いとこ溶かしにいかなきゃいけないか…」

なんとめんどくさいことだろうか。なんでルールとは言えあたしまで朝姫のように彼を気遣い身を削らなければならないのか。わけがわからない。

「ま、いいや。急がないとだしそろそろアンタも殺しとこうかしら?」

適当に作った魔力製のナイフを三本、右腕、左肩、右太腿に向けて投げる。

「あ、くあぁっ!?」

全部狙い通りに突き刺さる。朝姫の銃弾を防いだ盾は肩と脚には間に合わず、辛うじて右腕は守ろうとしたが、ナイフがその盾を貫いて、腕をコンクリートの床に縫い付けた。

絶望する彼女の左腕を地面に踏みつけ、胸を開かせる。

そうして無防備になった胸に、鎌の刃の、先端の槍の部分を突き立て、その傷口をグリグリと抉る。心臓や肺を傷つけない、致命的でない部位を的確に差し込んでねじり込む。

「ぁ…くふっ、かはっ!」

口から血を吐く少女。傷口から吹き出す血があたしの髪を、顔を、服をぬらしていく。

辺りは濃厚な赤に濡れて、染まる。

「さて。楽しみたいけれど時間もないし可哀想だから一思いに消してあげようかしら」

浮かべた表情は死への絶望と恐怖か、苦痛からの開放の喜びか。

「ああ、でもちゃんと朝姫に『人を殺す感触』を教えてあげないといけないか」

意識は表になくとも、中で感覚を共にしている朝姫。

一番手応えのない銃器でしか殺せない彼女に、その手で命を奪う甘美な感触を、教えよう。

鎌を脇において彼女に覆い被さり、左肩を貫いていたナイフを抜く。傷口からまた血が溢れ出す。口元にまで飛んだ鮮血を、舌で舐めとる。

軽く振って血を払い、相手の制服を切り裂き、胸元を露わにする。

「うく…」

「そういえば、『あのとき』を思い出すわね、朝姫」

それは昔に、たった一度だけ朝姫が私に体を貸したときのこと。

「でも覚えてないんだっけ。ならこれで思い出してくれるといいんだけど」

相手はもう、失血で朦朧としているようだ。虚ろな瞳でうわ言を繰り返している。

「…て、や………て……やめ、て」

ざくり。

刃が皮を破り、骨を砕き、肉を裂いて、心臓まで一息に達した。

刃先に微かにコンクリートの硬さを感じたところで、刃を捻り、抉る。

「----ッ!!」

彼女は声にならない声を上げながら、口から大量の血の泡を吹く。

暴れる彼女を、絶命するまで押さえつける。

やがて、白目を剥いて大きく痙攣し、動かなくなる。

暴れたせいでナイフで留められた右腕はグチャグチャになっていた。

その手に刻まれた刻印は消え、既に私の手に刻まれている。

「焼き払え」

刃に刻まれ、蹂躙された少女の体を高温の業火が焼き尽くす。

灰すら残さず、全てを無に返す。

先ほどの矢のように…それはあっという間に燃えた跡だけを残し、抹消された。

「さて、終わったことだしさっさと蓮を溶かしに…」

ドクン、と体が脈打ち、目眩がして膝をつく。焔が消えていき、握っていたナイフや鎌も、砂のように崩れていった。

「…もう、時間切れ?思っていたより早い…。しょうがないなぁ…戻りますか」

長時間こうしていると体に余計な負荷がかかるため、長い間力を行使することは出来ない。

なにより今は《準備》もあるから尚更。


しかし、どうやらさっきの魔力の気配は蓮だったようだ。校庭からこちらに向かって来る気配は、少女を殺しても問題なく動いているようだし。

なら、あたしはもう戻ってもなにも問題ないわね。


「…ぁ」

そうして、屋上に残ったのはたった一人、無力な少女だけとなった。

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