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氷獄



――――――「…ふぅ」

私は、屋上の扉の前で息を吐いた。

あのまま蓮といてもいずれ矢の餌食になるだけ。

なので男が蓮に気をとられて気付かないうちに校舎に入り、弓矢の狙撃者を探すことにした。

砂煙もすごかったし、バレてないはず。


矢が飛んでくる角度や方向から大体の居場所に見当をつけてそのあたりを調べた。

調べている間に2組のペアを見かけたので気付かれる前に殺したけれど、あの剣士のような強い奴でもなかったので楽勝。手首にはあわせて三つの刻印が刻まれている。

今まで見たところでは、参加者は全員この学校の生徒だったみたい。あるいはみんな制服コスプレマニアかもしれないけど。

…覚悟は決めたつもりだったけれど、人を殺すことは思っていたよりも、重い。

ただ、得物が銃であったこと。そのおかげで自らの手で殺した感触が少ないことだけが救いになっているようなものだ。

全く、ゲームのようには行かないものね、とため息ひとつ。

「…うじうじしてないで行きますか」

ドアノブに手をかけ、扉を一気に開いて屋上に飛び込む。

それとほぼ同時に、自分がさっきまで立っていた所を矢が貫く。

一瞬でもタイミングがずれたら串刺しになっていただろう。

掠めた矢に髪が数本持っていかれたが、タイルが砕けコンクリートが破壊される音を背後に、少しだけ肝が冷える。

「いつの間に…もうここまできたのですか。賞賛に値しますね」

狙撃していたのは、意外な事に華奢な少女だった。

…あの威力からして、もっとごつい奴だと思ってたのに。

「でも」

スッ、と彼女を包む空気が一変する。

「残念ながらあなたを生きて帰すわけにはいかないんですけどね」





――ゆっくりと、白い刃の輝きが眼前に迫る。

いわゆる、走馬灯って奴だろうか。周りがゆっくりと、ほとんど止まっているかのように見える。しかし、刃《死》は確実に迫っている。

その中で、俺の心は至って平静になっていた。

諦め?

絶望?

ああ、俺、もうここで死ぬんだ。

…なら、ここで終われるのか?

どくん。

脈打つ鼓動は、それを否定する。

それは、嫌だ。

俺が死んだら道連れになる朝姫に何言われるかわかったもんじゃない。

死んでまであいつについてこられるのは勘弁だ。

あいつが平穏に、死んだままでいさせてくれるとは到底思えない。

しかしそうは言っても、だ。

俺には何もできない。マンガの主人公みたいに、こんな状況を打破できるような力なんて俺には無い。

あるなら欲しいさ、そんな力。でも俺は無力なただの…

どくん。

また、否定するように脈打つ。

…右手が、突然輝きだす。

それは、停止した世界を染め上げるように、蒼く、澄んだ閃光を放った。

もし、これがただの死に際の幻覚だとしても、何でもいい。

目の前の敵を討ち倒し、生き残る力となるなら…ッ!!

「なっ!?」

強く、凄まじい光が刀を弾く。

そしてなお激しく、輝きながら波動を放つ右手を、何もない宙空に翳す。

目の前の空間が、悲鳴のような甲高い音を立て、ガラスのようにひび割れた。

一瞬躊躇ったが光に導かれるままにその中に手を突っ込むと、グリップのようなものがあり、それを引き抜く。

現れたのは、柄から切っ先まで複雑な装飾を施された漆黒の剣。

召喚された余韻で煌々と蒼く輝いている。

「これは・・・」

初めて握ったはずの剣だが不思議と手に馴染み、握っているだけで力が湧いてくる。

「ふっ、それでいい。それでいいさ結城蓮。そのまま終わるにはもったいなさ過ぎる」

伏見は笑い、刀を鞘に納め、抜刀する姿勢で構える。

俺も剣を構え、対峙する。

「何故、俺の名を知ってる?」

「お前は有名だからな。いや、正確にはお前と共にいる桐生院朝姫や白雛兄妹が、だが。ともあれこの学校でお前らを知らないやつはいないさ」

俺まで変な評判ついてんのかよ!

あいつらと同類は嫌だ!

…って、それなら何故朝姫の外面が通用するのだろうか…この学校は謎だらけだ。

「まあいい…その辺りはあとで本人に言って聞かせようか」

「あとがあるなら、な?」

伏見が踏み込み、振り抜いた得物を力が取り巻いて炸裂する。

「雷祓ッ!」

抜き放たれた刃が雷を纏い、それが巨大な刃となって横薙ぎに放たれる。

俺は前に、倒れこむように体を沈めて雷をかわし、地面スレスレを駆け抜け、下から一閃、斬り上げる。

「はあっ!」

「くっ!?」

ギリギリで防がれ、刃と刃が火花を散らす。

同時に、背後で雷の刃が爆散して大量の土埃が舞い上がる。

一瞬視界を奪われたが、後ろに回りこんでさらに斬りつける。

しかしややあてずっぽうで放った一撃はもちろん容易くかわされる。

「まだまだぁっ!」

かわされて隙を見せた俺に、渾身で斬りかかってくる刃をなんとかいなし、大上段から勢いよく振り下ろされた刀の峰を、手にした剣で思いっきり地面に叩きつける。

「なあっ!?」

刀はその勢いで深々と、容易に抜けないほど深く地面に突き刺さる。

「観念しろ、お前の負けだ」

切っ先を伏見の眉間に向ける。

しかし、彼はまだなお瞳に闘志を燃やしている…!?

「そういう暇があるのなら、トドメは確実に刺すモノだ」

伏見が握ったままの刀に力を込める。

凄絶な笑みを、紫電が彩る。

大気を震わせ、彼の周りに放電を始めた…!

「くそっ!」

大きく後ろに飛んで間合いを開く。

同時に激しい雷が、地面すら砕いて幾重にも渦を巻く。

間一髪かわしきれたが、油断していた。

今ので刀は地面から抜き放たれ、刀が刺さっていたあたりの土が砕けている。

…電気って、物理破壊出来るのかよ。

「…しかし、無理をするモノではないな。今のでかなりの魔力を失った。この場ではあと一撃が限度か…」

しかし無駄ではなかったようだ。確実に敵は削れている。

削れてはいるが、もしその最後の一撃を至近距離で切り結んでいる逃げ場のないタイミングで撃ち込まれたら…無理だろう。

ただでさえ伏見の剣技には素人の俺じゃ叶うはずもないのだから。

使いこなせる最適な武器を召喚し、更に魔法まで使う。そんな相手に俺は最初の勢いを失い、徐々に押されて来ていた。

雷を軽く纏った刃は、掠めただけでも一瞬身体が鈍り、その一瞬で命を取られる。

そうなりかけながらもどうにか、頑丈な剣が意思を持つように動いて打ち返すお陰で命を繋いでいた。

「いいな、なかなかだ。今までやってきたモノがまるでママゴトのようだ。真の命のやり取りがこんなにも楽しいモノとはな!」

「この戦闘狂が…!こちとらお前のお楽しみに付き合いたくてやってるわけじゃねえっての!」

制服の端々が切れ、中の肌に火傷を負っている。…少し、見ない方が良かったと後悔した。

「そろそろ終わらせようか結城蓮。ああ、お前のような奴がこの後にもいればいいのだが」

勝ちを確信したセリフ。

ああ、そうだな。俺も正直もう打つ手ねえよ。

せめて伏見が使う雷のように、俺にも魔法があれば、などというのは過ぎた願いなのだろうか。

…いや。

伏見の刀と同じ要領でこの剣を出せたんだ。だから、ひょっとすると…。

また、右手が蒼く輝き始める。

「!?」

「…そうか」

伏見が笑む。

蒼い輝きは刃に収束し、濃度の濃い冷たい輝きとなっていく。

いや、これは比喩でなく本当に…

「…冷たい、な」

剣を追う様に、振った後に残像のように氷の粒が尾を引く。

これが…俺の力。

「力に目覚めゆくモノと戦うことほど予測のつかない面白い戦いはないな。そう、今までの戦いにはない…高揚するな」

戦意を昂らせる伏見は刀に雷を幾重にも纏い、圧縮する。轟音と光が派手に彩る。

恐らくは、伏見の全力。

「なら、俺も全力で断ち切る!」

刀身が黒から蒼に染め替えられるほどに濃密な魔力を込める。俺の周りが凍りつくほどの冷気が刀身に集まる。

…正直言って、俺自身がクッソ寒い。

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」」

強烈な輝きを放ちながら至近距離で雷が轟く。それを押し返すのは、大気さえ凍らせる圧倒的な冷気の波動。

拮抗する力に飲まれそうになりながら俺は剣に導かれ、その魔法を…更に解き放つ!

「凍てよ、氷獄コキュートス!!」

雷を発生させる電子の運動を、停める。それはあたかも稲妻を凍らせたかのように…


ピシピシピシッ――――――


「…うわぁ」

ところが、どうやら思いっきり力加減を間違えた様だ。

雷はおろか刀、伏見も、と言うより校庭全体が見渡す限り完全に凍結し、空気中の水分すら凍ってキラキラと輝いていた。

「なんというか…とりあえず、勝った、のか?」

全てが凍てついた、ダイアモンドダストが降り注ぐ氷獄で呆然と立ち尽くしながら呟く。

人の命を奪ったことよりも、自分の力に、愕然とした。



…にしても寒いっ。

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