開戦
――――――「さて」
色々巻き込まれてはいるが生憎と武術みたいな戦うスキルなどは持ち合わせていない。
ナイフと拳銃、そして予備の弾倉をいくつか制服のポケットにしまう。
拳銃のスキルもないがエアガンくらいなら撃ったことあるし、当たらなくても実弾なら牽制くらいにはなるだろう。
朝姫に至っては無駄に器用だからな。銃くらい普通に扱えて不思議はない。朝姫だしな。
俺は立ち上がって教室のドアに手をかける。
ドアは普段どおりに開いた。
「何処に行くのよ?」
さっきまでの威勢はどこへやら、朝姫は不安げな瞳で俺を見る。
「ここに居続けるよりもどこか隠れられる場所でも探した方が良いだろ」
行く当てはない。だが、教室にいたら隠れるのも逃げるのも限定されるからな。
「待って、私も行く」
そう言って朝姫も得物を持ってついてくる。
…そうは言っても本当に行く当てなんてないんだよな。さて、どうしたものか。
とりあえず廊下に出て適当に歩く。体育館や特別教室のある方だ。
足音に気をつけて、気配を消しながらゆっくりと進む。
不意に、どこかから金属音が聞こえた気がした。自慢になるようなものでもないが俺は目と耳は良い。多分、誰かさんのせいで危機を察知するための能力が通常の人類より進化したんだろう。
…いや、そんなに言うほど別にすごくはないけど。
そしてまた、今度は確実に音がした。金属同士がぶつかり合う音。音源は…。
「響き方と距離的に体育館か」
「…行ってみる?」
恐らく、いや間違いなく、行ったらそこでは殺し合いをしてる。巻き込まれれば無事ですむとは限らないだろう。
でも、うまく決着がついて勝った奴が疲弊したところで不意打ちすれば。
卑怯だが、上手くすれば一度に2組の刻印をゲットできる。
そもそもこんなゲーム、卑怯も何もあったもんじゃない。
さっさと終わらせて主催者様とやらをぶん殴ってやろうじゃないか。
考えを纏め、歩き出す。
「そうだな、行こう」
――――――体育館に到着。できるだけ音を立てないように、細心の注意を払いつつ中を覗く。中では日本刀を持った男がナイフを持った二人組と対峙していた。
日本刀の男のパートナーが見当たらないが、どこかに隠れているのだろうか。
構えているが、攻撃しようとしない日本刀男(段々適当になってるように思えるのは気のせいだ)に痺れを切らしたようにペアの一人が突っ込んでいく。
隙だらけの素人の攻撃、彼はそれを待っていたのだろう。
結果は言うまでもない。突っ込んでいった奴は一太刀で切り伏せられた。
同時に、ペアのもう片方も床に崩れ落ちる。刻印の効力とやらだろう。
しかし、日本刀の男は、人を殺したというのに特に疲れた様子もなく、平然として殺した人物の刻印を回収した。
…今仕掛けても無駄っぽいな。俺は朝姫にアイコンタクトで、逃げることにしようと伝える。
まだ奴も気づいていない。さっさと逃げよう。
しかし、俺も朝姫も完全に油断していた。パートナーが隠れていることの意味を何も考えていなかった。
何処からか矢が三本、俺たち2人を囲むようにコンクリの地面に突き刺さる。なんて威力だ。ありえねえ。
しかもそれで奴もこっちに気付く。
「ちっ。逃げるぞ、朝姫っ」
俺は朝姫の手をつかんで全力疾走。狭い所だと刀がかわせそうに無いので『遮蔽物も無く、視界を遮るものの無い校庭』に逃げる。が、すぐにそれが失策だと気付かされる。
空から注ぐ大量の矢によって。
続けざまに降り注ぐ矢が校庭を抉り、土煙があがる。
「コホッ、矢って普通こんなに威力あるものなの!?」
朝姫が半ギレで文句を言いながら拳銃の安全装置をはずす。
俺はナイフを構えて、土煙の向こうからの襲撃に備える。近くに刀男がいるからか、矢もあまり飛んでこない。
つまり、だ。
刀男の相方が隠れているのは、安全地帯から刀男の死角をカバーし、遠距離から仕留めるため、というわけか。
サリッ、とわずかに踏み込む音。
「ここだっ!」
俺は刀を振り上げる音と同時にナイフで刺突を繰り出す。
「なッ!?」
男は刀を引いてギリギリでナイフをかわし、後ろに飛んで間合いをあけ、俺を睨む。
内心ビックビクだったが虚勢を張って俺も睨み返す。
万年帰宅部で半引きこもりのくせに、よくもまあこんなことが出来たもんだ。自分を褒めてやりたい。大絶賛してやりたい。今じゃなくて良いが。
距離を開けられてしまったが、朝姫が拳銃を連射する。いつのまにか俺のも抜き取って二丁拳銃である。
そんな連射も、全て刀で弾かれる。
「何処のマンガだよッ」
と、連射を受けた直後の隙を狙ってツッコミ混じりにナイフで斬りつける。
「ハッ」
と、一閃。ナイフの刃は刀と鍔迫り合いになることなく、紙切れのように根元から断たれる。
俺はギリギリで刀をかわし、今度はこっちから間合いを開けようとするが、大股で詰められ、大上段から刃が振り下ろされる。
咄嗟に握りっぱなしだったナイフの柄を男の顔めがけて投げつけ、ひるんだところで隠し持っていたもう一丁の拳銃を刀の柄尻に押し当て、ゼロ距離で発砲。まずは武器を破壊する。
小型ではあるがはじめて銃を撃った反動は思ったより大きく、後ろにつんのめる。
よく朝姫はこんなの連射できるよな。
刀は吹き飛び、拾ったところで柄は砕けて使い物にならない。
…絶対的に不利なのにも関わらず、男は余裕の表情だ。
あー、そうだ。コイツどっかでみたような気がすると思えばうちの高校で始めて剣道で全国に行ったっていう、伏見涼介じゃないか?
何度か集会の表彰式で見たような気がするな。
…初戦の相手にしては、おかしくないか?
そういえば朝姫が居なくなってる。どこかに隠れたか。まさかこいつのパートナーを探しに行くなんて気の利いたことはしてくれまい。
なんてったって朝姫だからな。
「なかなかやるじゃないか。侮っていた。しかしそれならばこちらも本気を出すとしよう」
男は右手を掲げ、そこに白い光が集まり始める。
え、ちょっ。
「顕れよ、『天之尾羽張』」
光が集結、日本刀を形成し、白い鞘の刀となる。
「なっ…」
待て、ちょっと待て。こんな出鱈目があってたまるか。
「まさか能力すら自覚していない者にここまでやられるとは思わなかった。筋は良いが、これで終わりだ」
自覚って…まるで俺にも武器を呼ぶような能力があるかのような。
って言うかそんなの聞いちゃいねえよ!殺し合えって言って武器も用意したのに自前調達できんの!?
…本気でヤバいとき、人は動けない上にどうでもいいことを考えてしまうという出来れば知りたくなかったことを身をもって知った。
「さらばだ。なかなか楽しかったぞ」
そして、刃は振り下ろされた。