第六話
「ねえ、みてみて! あのお花、すっごく綺麗じゃない?」
「あっちにも飾ってあるよ! かわいいっ!」
今にも語尾にハートが付きそうな勢いで会話する子供達を、啓輔と和人は退屈気に見やっていた。
旅館探険を始めて数十分。探検を思い切り満喫しているの子供達とは対照的に、後ろを歩く二人は早くも飽き始めている。――それも無理はない。
此処鬼暮旅館は、一階建のこぢんまりとした旅館だ。その為、一般的な旅館やホテルと比べると、かなり敷地面積が狭い。……という事は当然、見て回る物も少ないわけだ。
長く続く廊下に所々飾られている花や絵画に最初は興味を示していた二人も、今では目に留まりすらしない。
二人で勝手に行かせればよかった――とも思ったが、目を離すと何をしでかすか分からない危険児達を野放しにするリスクを考えると、黙って着いていくしかなかった。
隣を歩く和人が、感心したように呟く。
「……しっかしあいつら、本当よく飽きねぇよな。こんな何も無いとこで、あんなに楽しそうにはしゃげるなんて、中々出来る事じゃねぇそ?」
「だな」
今の自分の心境と全く同じ和人の言葉に、啓輔は苦笑を浮かべる。ふと隣を見やると、心なしか少し疲れた様子の幼馴染が目に映った。
それでも、二人を放っておくつもりは無いらしい。呆れた様な視線は、きちんと優達に注がれていた。
そんな彼をしばらく見ていると、視線に気付いたのか、和人が怪訝そうな視線を送る。
「何だよ。そんなにじろじろ見て……。俺の顔に、なんか付いてんのか?」
「――いや、別に。愛だな~って、しみじみ思ってただけだよ」
「……お前、頭大丈夫か?」
どこかほのぼのとした啓輔の言葉を聞き、和人の眉間にみるみる皺が寄る。その視線は、幼馴染を案じる――というよりは、痛々しい人間を見た時のような物だ。……ある意味睨まれるより辛い。
和人の顔を直視する事が出来ず、啓輔は視線を前へと戻す。そこには、年相応にはしゃぐ少女達が――――いなかった。
「おい、……啓輔? どうしたんだよ、急に黙り込んで……っ!」
訝しげな声を上げた和人も、啓輔の視線の先を見て事の全てを察したらしい。やがて、辺りには重たい沈黙が漂いはじめる。
やがて、恐る恐る啓輔は口を開く。
「――これって、つまり」
「迷子……だよな?」
そう呟く和人の口調には、怯えの色が混じっていた。
勿論彼がそういった感情を抱くのには、れっきとした理由がある。別段、強度の親バカだから――という訳ではないのだ。
普段は年の割には落ち着いて見える優達だが、二人とも、テンションが上がると周りが見えなくなるという悪癖を持っているのだ。――そう、今日のように。
例えば、鬼ごっこか何かを始め出した後、いつのまにか外に出ており、気が付いたら迷子になっていたり――ふざけてはしゃいでいたら、飾られている壺か何かを割ってしまったり……考え出せばキリがない。
実際に起こった数々の事件と、その度に付きつけられてきた請求書に思いを馳せ、啓輔は軽く目眩を覚えた。
「と、取り敢えず落ち着こう。つまり……俺達が目を離した隙にあいつらがいなくなって。それで、壺が……森が……」
「啓輔、まずお前が落ち着け。目を離した隙――っつっても、一瞬の事だろ? まだ、そんな遠くには行ってねぇ筈だぜ? ……ったく、探偵が焦ってちゃあ世話ぁねえな」
「……悪い」
自分よりはずっと落ち着いた和人の声音を聞き、啓輔は幾分か冷静さを取り戻す。一つ深呼吸をすると、いつも通りのクリアな思考が戻ってきた。
「なあ、和人。あいつらが行くとすれば、どこだと思う?」
「そうだな……。鍵は俺達が持ってっから、部屋に戻る事はありえねぇ」
「同じ理由で、温泉もなしだ。確かタオル類は、各自持参の筈だからな。――とすると……」
啓輔は記憶をまさぐり、旅館の中に何があったのか思い起こす。そして、そこの存在を思い出した。
「卓球場――じゃないか? ほら、さっき大浴場の位置を確認した時、こぢんまりとしたのがあったじゃないか」
「ああ……そういや、そんなもんもあったな」
和人は一瞬渋面を浮かべた後、そう告げる。かなり小規模な物だったので、瞬時に思いだす事が出来なかったのだろう。
「……取り敢えず、あそこから行ってみよう」
啓輔の確信めいた言葉を聞き、和人はそっと頷いた。