後日談
それから数日後。いつものように事務所の長椅子に腰かける啓輔は、紙面を大々的に飾る見出しを見て、小さくため息をついた。
「……またこの事件か。マスコミも飽きないな」
「事件の当事者からしたら、何だか変な気分だよね」
来賓用のソファーに腰掛けながらクイーンを読み進める優も、顔を上げないまま相槌を打つ。
そこには、大きく誇張された鬼暮旅館の事件――通称、『鬼暮旅館、第二の惨劇』という文字が躍っていた。
まだ長いままの煙草を灰皿にこすり付けた後、啓輔は更に記事を読み進める。
「被害者東条慎司は、現在意識不明の重体。容疑者である千葉智也は、現在勾留中――って、昨日から殆ど進展してないし」
「しょうがないよ、まだ捜査中なんだから。……女将達や自分の証言もあって、殆ど確定しているみたいだけど」
現在鬼暮旅館では、何日にもわたる捜査が行われているという。何せ、昨年に起きた未解決事件まで出てきたのだ。少なくともあと数日は、世間を賑わせる事となるだろう。
「……まあ、マスコミの人達は、事件その物よりも、それを覆っていた伝説とかに興味を持ってるみたいだけど」
「そんなもんだろ。そっちの方が、話題性があるしな」
煙草に火をつけた啓輔は、ふうっと息をつく。ちなみに、紙面のどこを見ても、“沢内啓輔”の名は書かれていない。
事件だけでもこんなに話題になっているのだ。それを、今話題の名探偵が解決したとなれば――当然、啓輔には物凄い関心が寄せられるだろう。
知名度も上がり、事件の依頼も増えそうな物だが、一日中記者達と対峙して、テレビにまで引っ張りだこ――なんて、御免である。
その為啓輔は敢えて何も言わず、事件は“罪の意識を感じた旅館従業員により発覚した”という事になっているようだ。
勿論それには、事件の関係者であり、一記者を務める和人も、一枚噛んでいるのだろう。元はと言えば、編集長直々の依頼。丸西出版の編集長ともなれば、出版界でも中々の重役だ。彼の力があれば、少しばかり圧力がかかっても、おかしい事はない。
――もっとも、当人達から聞いたわけではないので、真偽は定かでないが。
ピンポーン――。
……とそんな時。突如事務所内には、インターホンの音が鳴り響く。恐らく、本来なら事件当日に現れていた筈の依頼人だろう。先日、帰ってきた――との旨を告げたとき、再度アポイトメントを取ってもらったのだ。
読みかけの本を机に置いた優は、あの日と同じように、扉の前へと進む。そして、そっと定型文を口にした。
「こちら、沢内探偵事務所で御座います」
そう言いながら、ゆっくりと扉が開かれた――。




