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第三十二話

 部屋を後にする和人を見送りながら、啓輔はこれからの事を考える。

 ――さて、これからどうすべきか。

 今やるべき事といえば、やはり補足調査しかないだろう。仮に慎司が源泉地付近から見つかったとしても、犯人は未だ不明なままだ。

 旅館関係者が絡んでいる事はほぼ間違いないのだろうが、それなら何故眞耶が啓輔に事情を話したのか説明が付かない。

 もし、彼女の言った事が全て、調査を撹乱させる為のガセだったのなら――勿論、真相は別の場所にあるだろう。

 その場合、何の根拠も無いというのに警察を呼びだした事になる。

 そこまで考えた時、啓輔は不意に頭痛を覚えた。


「お、おじさん……?」

 急に頭を抱える啓輔を見て、海が不安げな声を上げる。何を思ったのか、優はくすくすと笑っていた。

 軽く睨みつけてやると、優は微笑んだまま小首を傾げてみせる。

「で、パパ。この後はどうするの? 警察の人が来るなら、もう少し調査をしておいても良いんじゃないかな? 犯人だってまだ分かってないんだし」

 どうやら、啓輔の考えは殆ど見透かされていたらしい。……一応名探偵と呼ばれている大の大人が、ランドセルを背負っている子供に思考を読まれるというのは、はっきり言って面白くない。

 無意識にむくれていたのか、海がくすっ、と笑った。


 ――犯人、か。

 もし若女将が嘘をついておらず、啓輔の推測が当たっているのなら、当然慎司さんを消した犯人がいる筈だ。去年同様、人間は“山神様”なんかに消されはしない。

 動機的に一番怪しいのは、やはり智也だろう。……いや、例え恋仲にあったとしても、トラブルが無かったとは限らない。実際、交際中のトラブルが事件に縺れ込むケースは、決して珍しくない。そういう意味では、玲も充分怪しいのだ。

 ……そう考えると、どちらも動機があるように思えてくる。

 ここまで来たら、動機に関しての推理は無理だ。これ以上は、ただの妄想になってしまうだろう。

 ――とすると、今すべき事はただ一つ。

 急に立ち上がった啓輔を見て、海が目を丸くする。


「お、おじさん?」

「二人に話を聞きに行ってくる。二人とも、和人が来るまで大人しく待ってろよ」

「うん。分かった」

 ――と言いながらも、優は立ち上がる。やや遅れて、海も立ち上がった。

 二人の考えを瞬時に読んだ啓輔は、少し呆れ気味に言う。

「……一応言っとくけど、着いてくんなよ?」

「やだよ。パパの事、一人にしておけないもん」

「お前にだけは言われたくない」

 啓輔が“だけ”という部分を強調して言うと、優はむっとした顔になる。こういう所は、年相応に幼いのだ。


 ――全く。この頑固な性格、一体誰に似たのやら。

 やがて、置いていくのも置いておくので、また問題が起きる――と悟った啓輔は、投げやりに声をかける。

「……まあいい。着いて来るのは勝手だが、邪魔だけはするなよ?」

「やった! そんなことしないよね? 海ちゃん?」

「うん!」

 花のようにぱあっと微笑む彼女達は思いのほか愛らしく、啓輔はふっと口元を緩めた。




「失礼します」

 そう言いながら啓輔が扉をノックすると、隙間から憔悴しきった怜の顔が覗いた。

「……沢内探偵、ですか」

「すみません。先程の件について、少しお聞きしたい事が御座いまして――宜しければ、少し御時間頂けませんか?」

「ええ、どうぞ」

 躊躇う様子もなく、玲は三人を部屋へと招き入れた。




「――で、今度は何の御用でしょうか? 僕等に答えられる事でしたら、何でも協力しますよ。な、玲?」

「ええ」

 智也は思ったよりも元気そうだ。玲も一応微笑んではいるものの、目尻が腫れているのは気のせいではあるまい。

「慎司さんですが、昨夜何か変わった事は? 例えば、何かに狙われている――などと言った発言など」

「さあ……特に無かったと思いますけど。玲は、何か聞いている?」

 玲は、黙ってふるふると首を横に振った。


「そうですか。では、お二人は、今夜慎司さんが何処かに行く、または呼び出された――なんていう話を聞いていませんか?」

 啓輔がそう言った途端、今まで大人しかった玲が、まるで鬼のような形相でまくし立てる。

「そんな話、聞いてたらとっくに報告してます!!」

「……それもそうですね。すみません」

 啓輔は慌てて謝る。

 ――だが、恐らく彼が何も無しに外に出たという事は無いだろう。仮にそうだとしても、源泉地まで辿りつける筈がない。

 旅館関係者に呼び出されたのは、ほぼ間違いないと思ったのだが……。

 ……と、啓輔が黙り込んでいると、優が助け船を出す。


「ねえ、お兄さん。慎司さん、何か手帳とか物持ってない? 誰かから何か言われてたら、もしかしたら、何か書き残したりしてないのかな?」

「ああ――どうだろう。あいつ、見かけによらず結構几帳面だったからな。何なら、あいつの荷物でも見てみるかい?」

「ちょっと、智也君! そんな事、慎司にバレたら――」

「良いじゃないか。別に見られて困る物がある訳でもないんだし。……それとも何だ。玲は、何か見られたら恥ずかしい物でもあるっていうのかい?」

「み、見られたら恥ずかしい物って何よ! 別に、そういう訳じゃないけど……」

 からかうような智也の言葉を聞いた途端、玲は顔を真っ赤にする。

 恋人のいる男が旅行中に持ってくる、見られたら恥ずかしい物――何となく察しがついて、啓輔はそれ以上の想像をやめた。


「では、お願いしても宜しいでしょうか?」

「どうぞお好きに。でも、あまりじろじろ覗かないで下さいね。手掛かりがないと思ったら、すぐに詮索を止めて下さい」

「勿論、最大限の考慮はします」

 啓輔の力強い言葉を聞くと、玲はやや不満気に俯く。少し躊躇った後、奥の方から大きな黒い旅行鞄を持ってくる。装飾は少ないが、実用性に長けた物だ。どちらかといえば派手な慎司にしては地味目な物で、啓輔は少々面喰う。

 そんな啓輔の考えが読めたのか、玲は少し苦笑した。


「じゃあ、私達は一旦此処を出るわね。……慎司も、あんまりじろじろ見られたくは無いでしょうし。智也、行きましょう?」

「ああ、そうだね」

 自分達は荷物を見ない――というのが、玲のせめてもの抵抗らしい。智也も特に文句は言わず、玲の後に続く。

 ――さて、調査開始といきますか。

 二人が部屋を出たのを見届けると、啓輔は静かに鞄へと手をかけた。

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