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第三話

 翌日、午前十時過ぎ。四人は、啓輔の愛車に乗っていた。


 勿論和人自身も車は持っているのだが、人数もぴったり乗れるし、運転も交代できるから――と、四人で出かける時にどちらかの車に乗る事は、啓輔たちの間では、暗黙の了解なのだ。


 常ならばその後で交通費の半分を相手が負担するのだが、今日は全額負担してもらえるので、その必要も無い。


 啓輔は、本当ならば今日会う筈だった依頼人と、不必要な分の料金を払わせてしまう編集部に、申し訳ない気持ちでいっぱいで運転していた。


 先程まではしゃいでいた優達の声は聞こえない。恐らく、疲れて眠ってしまったのだろう。


 耳を澄ませると、案の定規則的な寝息が二つ聞こえてきた。


 朝早かったもんな――と思いながら、啓輔は欠伸を()み殺す。


「……おいおい、子供(チビ)達につられて、もうおねむかよ? 安全運転で頼むぜ?」


「分かってるって……」


 助手席に座る和人が上げる呆れた声に、啓輔は適当に返事する。


 翌日朝が早いというのに、夜更かしするほど啓輔は阿呆では無い。昨夜も、常に十時前には眠る優と、ほぼ同じ時間に布団にもぐった程だ。


 和人はごそごそとポケットをまさぐり、ミントガムを取り出す。


「……これ食っとけ。取材の移動中に事故死なんざ、俺は嫌だぜ」


「ん、さんきゅ」


 啓輔は、手渡された濃い緑色のそれを口に含み、一回噛む。


 その瞬間口中に強いミントの味が広がる。慣れない辛さに思わず眉をしかめると、“お前はガキか”と、和人が苦笑した。


「お? そろそろパーキングらしいぜ。少し休憩したら、そろそろ運転代わってやるよ」


「……ああ、そうだな。頼む」


 啓輔の言葉を最後に、二人は会話を止めた。




「――い。おい、啓輔。起きろ!」


 耳元ですさまじい怒号が響き、啓輔は肩を震わせた。


「ん、……何だよ、急に大声出すなって――」


 啓輔は嫌そうにそう言いながら、伏せていた瞳を開け、隣に座る和人を苦々しげに(にら)みつける。


 見慣れたその顔は、忌々(いまいま)しげに歪んでいた。


「あのなあ。人が折角起こしてやったっつーのに、その言い草はねぇんじゃねぇの? ……もうとっくに着いてんぞ」


「え?」


 そう言えば、とっくに車は停まっている。


 不思議そうな顔の啓輔を見やると、和人は頭をガリガリと()きながら、カーナビを(あご)でしゃくった。どうやら、時間を見ろ――と言いたいらしい。


 啓輔は、未だぼんやりとする頭のまま、カーナビの画面を覗きこむ。


「……え?」


 無機質なディスプレイの(すみ)には、“PM 3:37”と浮かんでいた。


「…………」


 啓輔は、頭の中で現在の出来事を整理する。


 確か、十一時前ごろ着いたパーキングエリアで運転を交代してもらい、助手席で目を閉じながら考え事をしていて――その後の記憶が無い。


「……悪い。俺、寝てたみたい」


「いや、別にそれは良いんだけどよ。……んな事より、お前かなりぐーすか寝てたけど、普段ちゃんと寝てんのか? 睡眠不足は、頭にも良くないぜ」


「――ああ、大丈夫だ」


 そう言いながら、啓輔は軽く頭を振る。会話を交わしたせいか、既に眠気は吹き飛んでいた。


 その時、啓輔はふと、後部座席で夢の世界に居た少女達の存在を思い出す。


「そういや、優達は? やっぱりまだ、寝て――」


「起きてるよ。優は誰かさんと違って、折角車に乗せて(もら)ってるのに、ぐーすか寝てるほど常識なくないもん」


「ゆ、優ちゃん。啓輔おじさんだって、毎日のお仕事で疲れてるんだから、責めちゃダメだよ……」


 啓輔の問いかけを遮るように、後ろから二つの少女の声が響く。


 後ろを向くと、呆れ笑いを浮かべる優と、そんな彼女をおろおろと見やる海の姿が目に映った。


 それを見ながら啓輔は、俺が運転してる時は、いつも爆睡してるくせに――という言葉を必死で飲み込む。


 そんな父親の思いを知ってか知らずか……優は至って平静だ。


 彼女は呆れ笑いから常の微笑み顔に戻ると、唐突(とうとつ)に口を開く。


「それより和人おじさん。そろそろ行かないでいいの? チェックインの時間、確か四時だったよね?」


「ん? ……ああ、そういやそうだったな。降りるぞ」


 そう言いながら、和人はドアを開ける。


 旅館があるのは森に囲まれた山の中腹部で、カーナビでは周辺地しか出ないのだ。


 窓越しに景色を覗くと、辺りは都内では中々見られない、沢山の緑で(おお)われていた。


「啓輔、何ぼけっとしてんだ? とっとと行くぞ」


「ん、……ああ、悪い。今降りるよ」


 和人の急かすような声を聞きながら、啓輔は慌ててシートベルトを取り外し、ドアを開ける。その瞬間、森特有の澄んだ空気を感じた。


 温泉が近いのか、(かす)かに混じる硫黄(いおう)の匂いが、()んだ森の空気とよく合っている。


 そんな大自然を感じながら啓輔は、ああ、来て良かった――と、一人思うのだった――。

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